少女は行った
鈴蘭自身を原因としてこの町、バンカーというらしい場所は既に落ち着きを失っていたが、「西から敵接近」というフレーズが連呼され出すとさらに騒がしくなっていく。車両が数台用意され、格納庫から引っ張り出してきた榴弾砲と迫撃砲が1門ずつ後ろに置かれた。大きな榴弾砲は元よりタイヤが付いており、砲口部分の牽引フックと車両を繋げば移動可能になった。迫撃砲はそれよりずっと小さいので牽引具を標準装備しておらず、リヤカーのような2輪台車に乗せてから同じく車両と接続する。
「サイレンとか鳴らないんです?」
「鳴ってからじゃ遅いのよ」
なんて、隣でその様子を眺めていたレアはそう答えた。バンカーは中心の核シェルターと司令部施設、内周居住区、外周居住区、防護壁からなるが、外縁部集落と呼ばれる層がもうひとつ、壁の外側にあるらしい。時が経つにつれこの集落は肥大化していくにも関わらず壁の内側から支援はまったく行われず、警報システムのアップデートもされていない。サイレンが鳴った、つまり本来規定されている警戒ラインまで敵が踏み込んだ時とはつまり外縁部集落が蹂躙された後という意味であり、可能な限り死人を減らしたいというのならサイレンなど当てにしてはいけない、という事だ。元々偉いさんはそんな集落を作る気など無く、「勝手に住み着いただけの奴らをどうして守らなきゃならん」のスタイルである。膨大な人数に上る外縁部集落を防衛線の内側に収める戦力リソースは確かに無い、とは言うが、どうしても少しばかりは怒りを覚えた。
「搭乗急げ! 先遣隊が交戦始めるまでもうないぞ!」
指揮を執るのは白緑色の長髪が見目麗しい女性だ、ネイティブ柄のポンチョとヘアバンドが目を引く。武装が間に合った兵士を片端から車両へと招き入れ、自身も榴弾砲の牽引車に乗り込んだ。
「どけどけーぃ! そこは私のスペースだぁぃ!」
「サーティエイト! 戦力外っつったでしょうが! どうしても行きたいなら砲兵の護衛で手打って!」
「クソがーーーーっ!!」
そのうち砲を接続されていない6輪トラック、たくさんの歩兵が既に乗車して座り場所の無くなりつつある荷台に銀髪の少女が割り込もうとするも静止させられ、すぐ隣の牽引車へジャンプ。屋根が無いオープンカーなそれのボンネットに着地し、もう一度跳ねて運転席に収まった。数秒後、同じく紫外ハネショートカットが地面からボンネットに上がり、ライフルを投げ、フロントガラスに両手をかけたら回転、無駄な倒立を決めてから助手席へ。
「あの……」
「何?」
「席に空きって……」
「……へ?」
その様子を見ていたら無性に見てみたくなった、彼女らの言う"敵"とはどんなものなのか。
「あの! 私も乗っていいですかー!?」
「へぁっ!? いや…!? まずキミは誰だ!?」
「シェルターの生き残りの」
「あっ……」
後部座席の隊長は鈴蘭の問いに最初は慌てたが、シオンからすぐに言われて納得、さらにこちらには聞こえないよう口元を隠しつつ耳打ちすれば眉を寄せる。その間、歩兵のみっちり詰まった荷台では「なんてことだ」「あんなかわいい子が」「きっとすぐあんな感じのオテンバに」「やはり会わせるべきじゃ」「アイツのせいか」「まるでシータとドーラだ」「天空の城の」なんてのが始まり、「聞こえてるよお前たち!!」「何も言ってないよママー!!」で両方とも終わる。
「ドライブじゃないよ!? 殺し合いだ! どうして行きたいの!?」
「知りたいんです! 皆さんが何と戦っているのか! 私も無関係ではいられないんでしょう!?」
「それはそうだけどちょっと早すぎじゃ……」
と、やはりいきなりすぎたか、断られる雰囲気である。急いでいる時に無理を言ってしまった、諦めて下がろうとし、
「いいんじゃねーですか? ほら丁度良く員数割れの分隊がある」
「む……護衛に付くって事かね?」
「合わせればぴったり4人だ」
「それもそうか……まぁ後ろから眺めるだけなら」
下がろうとしたが、シオンが肩を持ってくれた。
目を輝かせ、顔を上げる。
「ちょっと待ってそれ私も入ってない? 入ってますわよね!?」
「なーにお嬢様ぶってんだそら40秒! 着替えと武器持ってこーい!」
ああもう!と、代わりに大慌てとなったレアに手を引っ張られ近くの建物へと走っていく。申し合わせたように男性が何人か反応して皆と同じフリースジャケットカーゴパンツを2セット用意、さらにライフルが差し出された。
「ほんとに通りかかっただけなのにぃーー!!」




