一歩手前
食糧研究室、仰々しい名前が付いているが、要は"それが食べられるか否か"を判断する場所である。主にふたつのタイプがあり、外から採集してきたものと、室内で生み出したものだ。前者は植物が多く、後者は動物が多い。最近の功績はなんといっても例のアレだ、見た目はともかくアレのおかげでバンカー内の動物性タンパク不足はかなり改善された、見た目はともかく。
生きている個体を見た事はあった、ミニバンよりやや大きく、外観はイソギンチャクそのもの、すべての触手がミミズに置き換わっている。これを細かく刻んだものが店頭に並び、フェルトが購入、焚き火で煮込まれ、時に見舞い品になったりもする。
触手のぶつ切りの原料である、正式名称はなんだったか、やたらかっこいい名前が付いていたような。
「あぁー……これは薄い本が出るわぁー……」
女性、立ち入り厳禁。
男性、自衛武器を必ず持ち込む事。
そのような張り紙がされたドアの先、細かい格子の向こうにはそれが5体か6体、いやもっとだろうか、みっちり絡まっていてよくわからない。ここまで来るとさすがに気持ち悪さが勝る、目を逸らして室内を見渡すも職員はどこにもおらず、1台の管理PCが稼働しているのみ。
「おいそこの貴様ーッ!! 俺を助けろーッ!!」
いや1人いた、格子の向こうである。
既に絡め取られている。
ネイビーのシャツとオフホワイトのパンツ、その上から白衣を着た金髪の男だ。大量の触手に胴上げされた状態で、入室してきたメルを見つけるや叫ぶ。
フェルトが連れてきた謎の男、何をしていると思えばここに配属されていたか、遺伝子学専攻らしいのでまぁ適任だろう。今、何をやっているのかは不明だが。
「嫌だよ、おっさんだから冗談で済んでるけど私がそうなったら冗談で済まないもん」
「おっさんでも冗談で済まぬわ阿呆がーーッ!!」
管理PCの前まで行ってタブレットを接続、"彼女"に捜索をさせておく。その間メルは手持ち無沙汰なので、超喚いてる金髪をもう一度見て、次にPCの表示を確認する。マウスを握ってカーソルを動かし、エアコンの設定を最低、急速に設定した。水棲生物のイソギンチャクはともかくミミズは変温性の環境生物だ、温度が下がると動きが鈍る。決して死にはしないが脱出も容易になろう。
「寒くなったら自分で助かってね」
「クサムァーーーーッ!!」
見届けてもよかったが、風邪をひきたくないのでメルは研究室を出た。タブレットはデータの動きを特定済み、外周部の一軒家を示している。追跡は終わりだ、これでたぶん。
『こちらデータセンター、フェイよりメルへ』
そうしたらタイミングよく通信が入ってきた。
「どしたの?」
『事の次第を上層部へ報告して、一緒にティーの無罪を主張した。で突っぱねられた、データを改竄するなんてできる訳がないと」
「つまり紙媒体至上主義のアナクロ野郎だったと」
『私にはそう見えたけど、アリソンが不審に思って調べたら彼の自宅にはちゃんとパソコンがあった、しかもかなり高性能』
ほぅ、と足を止める。どうやら実行犯の確保は後になりそうだ。
「データの流れは?」
『掴んだからわざわざ通信してる。中継点無しの直行、バックドアを露呈して、痕跡もだだ見せ。ゲームのコントローラを渡された子供のよう』
「オーケー、まずそっちに行こう」
『行く必要ある? バックドア塞いで通報すれば済むと思うけど』
「いやいやそれじゃ面白くないし腹の虫が収まらない」
方針転換、内周部へ。実行犯は後回し、まず首謀者を懲らしめよう。
上層部の居住区はセキュリティ付き、警備員が常に巡回している。正門から入ろうとしても追い返されるだけ、1人では厳しそうだ、ヒナあたりに協力してもらって、
「お仕置きDA☆」
いやいけるか。




