ハッカーは面会に行った2
「あ……どうも……」
ダムの決壊によって水没した集落を覚えているだろうか。その際1人だけ、生存者を連れ帰ったのも覚えているだろうか。
病院のカウンターで面会受付を済ませて病棟に入るとまずその1人に出くわした、ようやく立って歩けるくらいまで回復したらしく、庭へ散歩に出ようとしていた。身長160cm程度、茶色い短髪の男性で、表情が死んでいる。今まで生きていて楽しい事が一切無かったのが原因で、特に"笑う"という行為が苦手なようだ。聞いた限りでは昔のシオンもこんな感じだったらしい、とりあえず一笑に付しておいたが。
「順調みたいだね、来月には退院できるでしょ」
「そう言われてます」
顔がとにかく固い、まるでぼっちの中高生だ。年齢は聞いていないものの、見た限りサーティエイトよりは年下、13〜15だろう。今更ながら各員の年齢を並べておくと、シオン18、ヒナ17、メル15、フェルト不明。不明というのは本人にもわからないという意味を含む。
名はアラド、姓名は無い、持つ必要が無かったとのこと。
「姐さんとこ行ってきたの?」
「まぁ」
「毎日?」
「まぁ」
「ほぅ……うん、私らは基本出払ってるからね、面倒見てもらえるのは助かるよ」
何を言っても反応は薄い。喜怒哀楽を表現する事に関してもリハビリが必要だろう。無理に笑わせても仕方ない、というかどこで笑えばいいかわかっていないように見える。「じゃあね」とメルは手を振って通路の奥へ、アラドは逆にカウンターの方へ。
十数メートル進んだ場所がシオンの病室である、4人部屋で、入院直後は満室だった。今はシオン1人のみ、皆退院してしまって、やる事もなくつまらなそうに文庫本をぱらぱらめくっている。
「18歳と15歳っておねショタに入るかな」
「入室してすぐ訳のわからん発言かますのをノルマにするなと何度言えばわかるんすかねぇ……」
黄色いチェック柄のパジャマを着た彼女はメルに気付くや顔を上げ、問いに即答、本を畳む。
別段変わった様子はない、手術痕も傷付いた内臓もナノマシンが素早く修復してしまい、もう数日もすれば退院だ。「ナノマシン治療受けてる最中にナノマシンが起こした事件の話聞かされる私の心境がわかるか!?」などと叫んでいたがそれはいいとして。
「仲良くやってるみたいだね」
「ああ彼? まぁ飽きずによく来ますんでね、仲良くかどうかは知らんけど」
「うん。……うん?」
ちょっとくらい話し相手にはなってますよ、みたくシオンは言う。言って、それで終わってしまった。
違う、聞きたいのはそうじゃない。
「まさか何もない? 男女が1人ずつ揃ってるのにどこまでもいってない?」
「いってねぇっすよ……なんでそうなる……」
「あんな告白紛いのセリフ吐いといて?」
「う…? うーん……ぇーー……正直なところ、何言ったか覚えてねーんですけど……」
「ハタ迷惑なやっちゃなこのクソアマ……」
「クソアマ!?」
駄目だこりゃ、文庫本を口元に寄せ、らしくもない照れ顔を見せるシオンからメルは急速に興味をなくす。ベッドの隣まで歩いていって、そこでしゃがみ、壁を見る。LANポートがひとつだけあった。
「まとにかく、助けたのは姐さんなんだから、そこらの雑用モブで済ませるかハーレムものの主人公みたくするかは自分で決めてよ」
「メル子……お前は人に話を理解させる努力をしろ……つか何やってる?」
タブレットを接続すれば直ちに捜索が開始される。ハッカーが残したと思われるソースコードを発見、タブレットに移し、病院のネットワークから消去するまではほんの5秒、『やはり、ただの中継点だな。だが続きがある』という声がヘッドギアに入ればメルは僅かに口角を上げた。
「一応本物か、囮にまで意味を求めるとは欲張りさんめ」
「うぉーい、メル子ー?」
次のIPアドレスを入手した、航空機格納庫である。急ごう、辿っているのがバレる前にゴールへ辿り着かねば。
「まぁ仲良く、仲良くね、スーパーハカーはクールに去るぜ」
「ちょっと待……その前に説明ぇーーーー」




