午前4時 朝一番乗りならず
予定に無いアラームが鳴った、それも最大音量で。
「ぐぅ……!」
叩き起こされたメルは可及的速やかに布団から這い出てタブレットの画面に右手を落とす、停止ボタンは外したが、それでアラームは止まる。
「ちくしょうめ……」
"外が騒がしい、見に行ってこい"
画面にはそう表示されていた、AM4:05とも。隣を見てみればヒナは熟睡中、今のアラームに気付いた様子は無い、なんで今ので起きないのか。タブレットから充電ケーブルを引き抜いて立ち上がり、ついでに黒のタンクトップとショートパンツな彼女の掛け布団を直して、大きなTシャツを上からかぶる。次に鏡の前に立ち、ブラシで髪を簡単に整え、戦闘用のヘッドギアを装着。
「騒がしいってどこが」
『中心部の方だ、重要施設に侵入があったように見える』
「また監視カメラで遊んでたな……」
途端に通信機が女性の声を発する、それと会話しつつヒナを跨いで居間の方へ、行こうとしたものの、タイミングよく彼女は動いた。
「んっ……」
「うわえっろ」
いや何を言っているのか、若干寝ぼけているかもしれない。
横向きから寝返りを打って仰向けになったヒナは目を閉じたまま、タンクトップの肩部分をずらして、慎ましいとは言えないが大きいとも言えない、100点満点中48点くらいの胸を上下させている。なーんというか、煽情的、色っぽい、男に見せちゃいけないやつ、そんな感じである。黙れば美人ってのは実在するのだな、とか思いながら直したばかりの掛け布団を押しのけた彼女の左腕、肩の付近に"Aegis01A"という文字列とバーコードが入るそれを掴んで伸ばし、布団をまた直して、改めて寝室を出た。
2人が住む家は部屋ふたつ、長方形の敷地を半分に割っただけで1KとかLDKとかいう概念など無く、玄関のある方が居間、もう片方が寝室である。ふたつ合わせて10畳あるかどうか、収納ゼロでモノはすべて床に積む。
居間というか、物置に近い、ゴミ屋敷はギリ回避していると信じている。1ダースある濃緑色の弾薬缶には年末セールでまとめ買いした6.8mm弾が詰められ(ヒナの8.6mm弾は精度が必要なので都度購入、6.8mmも月1缶を上回る消費をしたら追加購入と共に食事が抜かれる)、その横に爆薬のピラミッドがあり、そこからタオル、ティッシュ、洗剤と買いだめ可能なだいたいのものが壁を埋めている。寝室の方がまだ広く、実際くつろぐならそっちなので、もはや倉庫でもいいかもしれない。
『サーバールームだな、ダウンはしていないが』
「そんな凝った事するAIとかいる?」
『おらんだろ、回りくどい』
居間(間にドアは無い)へ出てまず靴下を履く、次に和箪笥くらいのサイズがある火器保管庫の前に立った。本来なら弾薬もこの中でなければならないのだが、とにかく中には合計5挺の銃が入っている。サイズ順に並べると、本拠点の最長狙撃記録を保持するボルトアクションスナイパーライフル、ヒナのメイン武器セミオートスナイパーライフル、メルのアサルトライフル、ヒナのサブ武器サブマシンガン。今用があるのは一番小さいやつだ、戸を開けて、掴んで引き出し、戸を閉めた。
「メルちゃん?」
「うひっ!?」
黒いボディのハンドガンから弾倉を抜き、予備と共に4.6mm弾を詰めていたら玄関ドアから静かにフェルトが現れた、尖頭弾が床に散らばる。
「待って、なんでもう起きててしかもゴーグル着けてんの?」
「お肉煮込みながらメンテナンスしてたんだけどぉ」
「肉って?」
「触手のぶつ切り」
「……バレないようにね」
今から朝食まで煮続ければ食べる頃には原型を失っているだろう、との考えと思われる。ひょっこり室内を覗くフェルトはゴーグルで探知した話し声の相手を探すも当然見当たらず、大急ぎで弾を拾い、右太ももにホルスター、左太ももにマガジンポーチを装着、メッセンジャーバッグにタブレットを詰め、フェルトを押して外に出た。玄関先ではトライポッドに吊られた鍋が焚き火に炙られており、中身は例のアレ、シオンとヒナが拒否するにも関わらず、とにかく安いという理由でフェルトが買ってくるぶつ切り肉である。焚き火を挟んだお向かいがシオンとフェルトの家、間取りは同じだが、シオンは未だ病院なのでここしばらくフェルトのみが住んでいる。
外の風は冷たかった、冷たかったが、寒くはない。ばさばさと音を立てるそれは適度な風速で心地良く、上を見れば空にオレンジと青のコントラストがあって、雲がアクセントを足している。朝焼けのやや下方にある防護壁には見張り員の人影が見え、それに歩み寄った別の人影がコーヒーカップらしきものを差し出した。控えめに言って最高の夜明け前だ、メルも焚き火の近くでスープでも飲みたくなる。と、思っていたらフェルトがマグカップに鍋の煮汁をくんで、それに謎コンソメと塩コショウを投入、かき混ぜて渡してきた。
「本部の方、変な音源はある?」
「言われてみればいつもよりは騒がしいかなぁ」
丁度いいので聞いてみよう、即席コンソメスープを頂きながら多機能ゴーグルを目に当てたままのフェルトに拠点中心部を見てもらう。24時間稼動の設備もあるので無音には絶対ならないものの、機械音に紛れて人の声多数、との返答。
「きっと何かあったんだねぇ」
「ちょっとしたトラブルで済めばいいけど、なんか嫌な感じだ。お呼びがかかる前に様子見てくるよ、朝ごはんまでには帰ってくるから」
「あ、お呼びがかかってさっき話してたんじゃないんだぁ」
「あぁ……」
「…………」
「うん……ちょっと隠し事はしてる」
「へぇー」
ゴーグルを外した彼女はなんというか、ヤバいもん隠してるだろ、みたいな目でメルをじっと見てきたので、そこはぼかしつつも正直に言っておく。ひとまず満足してくれたのか、空のマグカップを受け取った後は鍋の中身を一混ぜ、機材のメンテナンスに戻った。
「さて」
行ってこよう、サーバー施設だ。
もしかしたらメルも中に入れるかもしれない。




