廃墟、3人、独白後
「ナノマシンとは、大雑把に言ってしまえば超ちっちゃいロボットの総称、現在では人体に注入する医療器具を指している場合が多い。医療業界はナノマシンを使う事で人体のメンテナンスフリー化、つまり健康診断や人間ドックを不要とし、さらにはあらゆる病気の撲滅を達成できると考えた。究極的には不死の体を目指しているとも」
そのへんから拾ってきた一斗缶は帰ってきた頃にはシャワーに早変わりしていた、底に穴をたくさん開けて、水を入れ、高い場所に吊るしただけであるが。それをこれまた拾ってきたトタンで覆い、下にビニールでも敷けばシャワールームが完成、体の汚れを効率よく洗い流せる。ちゃんとした設備と比べてはいけない、比べるなら川辺に置かれたバケツ1個とかにして欲しい。
「うー…つめたい……」
「例えばガン、抗がん剤を内包したナノマシンを悪性腫瘍へピンポイントで送り込めば副作用に耐えなくて済む。例えば腎不全、腎臓は機能停止したら絶対に回復しないと言われてるけど、回復、ないし代替できれば人工透析が必要なくなる。アルビノとか先天的な障害、病気まで治せる可能性すらあるとかなんとか。ただ理想的な使用法としては健全な体にあらかじめナノマシンを仕込んでおく事だ、そうすれば本人は病気にかかった事にすら気付かない」
お湯を沸かせれば良かったのだが、残念ながら水である、時間をかけたら風邪を引く。急いで石鹸を泡立て頭、上半身、下半身と一気に洗う。頭から水をかぶりつつまた上から流せば風呂終了、後はタオルで拭くだけだ。
「ちなみに情報、シオン姐さんの臓器損傷もナノマシンが補助に使われてる。縫合した腸の接着を促進させ、潰れた肝臓に寄り集まって止血してるとか」
「んん……人間の姿形は変えられる?」
「どうだろう、理論上は翼も生やせるとか聞いた気もするけど……ま、結果論では可能だったという事で」
「遠隔操作は?」
「そこは余裕でしょ、脳から筋肉への信号には電気が使われてる。本物の信号を遮断しつつ、ナノマシンから偽物の信号を出せばいい」
タオルを頭に巻きつけ、下着、カーゴパンツ、インナーシャツの順に着て、外に出る。
シャワールームの前ではメルが座り込んでタブレットを見つめていた。操作は行なっておらず、しかし画面には高速で文字が打ち込まれていく。すべてナノマシンに関する情報だ、ここまでメルは7割方それを朗読しているだけだった。ヒナはキャンプの中で保護した少女を寝かしつけていたが、目を向ければそろりと出てくるところ。
「確認しよう、あのキメラはナノマシンで異形化した人間である」
「ほぼ間違いなく」
「AIへの対抗手段として魔力を使うには素体が人間でなければならない」
「そう」
「あの子、2924号ちゃんの体内には既にナノマシンがある」
「それも」
「放っておけば超グロテスクワンコになる」
「それも」
「人権を無視した人間の人権を尊重する気は無い」
「……えーと…」
「当然」
メルからの質問に順次即答していき、最後のひとつには言い淀んで、代わりにヒナが断言した。
「潰すわよ、どうやってでも」
「少なくない人数、殺すことになるけど?」
「どうやってでもって言った」
「ふむ……フェルト?」
本来の調査対象、役に立つか、味方になり得るかを調べてこい、というのが仰せつかった指示である。道義的問題を差し置けば、彼らは本部にとって初めての、頼り甲斐のある味方となる、間違いなく。真実をそのまま報告すれば、さすがに少しは紛糾するだろうが、結局目を瞑るに違いない。そのまま報告すれば。
しなければいいだけだ、1000km以上先の出来事をリアルタイムで知る術は今の人類には無い。ガセでした、の一言ですべて片付く。
「……」
ヒナと入れ替わりでキャンプに行ってみる。
少女はまだ起きていた、ヒナの子守りスキルはゼロだったらしい。ツェルトという、骨組みが無いため自立できない代わり軽量で安価(最重要)なテントを覗き込むと、横になっていた少女と目が合った。
「聞こえちゃってた?」
僅かに頷く。今にも泣きそうな表情でフェルトを見つめてくる。
肌の変色が拡大していた、注射針の打ちすぎによる痣ではない、あのキメラと同じ腫れ上がった色だ。最初見た時にこんな腫れはまったく無かった、あれからまだ3時間程度、おそらく無線信号とやらでスイッチを入れられたのだろう、急速に変異を起こしつつある。
「たす……けて……みんな……」
「うん」
「私はいいから……」
「……うん、任せて、助けるから。もう少しだけ我慢してね、ごめんね」
「大丈夫……」
まったく痛くない、という事などなかろう、全身が痛む筈だ。それでも彼女はそう言った、自身よりも他者を優先した。僅かに笑った彼女に目を細め、フェルトはテントを離れる。どのみちやる事は同じだ、優先的に助けるのが少女にしろ、"みんな"にしろ。
「どうすればいいの?」
「停止コードを手に入れればいい、無線信号っていうのは要するに電波だ、私らの通信機でも十分な範囲に信号を飛ばせるよ。ナノマシンは直ちに停止、新たな補給が無い限りは発汗や出血、排泄とかに紛れて体外へ排出されていく。……でも……私達にできるのはそれだけだね、"既にキメラ化した人を元に戻すことはできない"」
「ん……」
「今のうちに決めて。彼らに人並みの思考能力が残ってるとは思えない、本人の意見は聞けない」
生かしておくか、殺してしまうか、メルの問いはそれだ。少女に聞こえないよう小さな声で問われ、即答など当然出来ずヒナへ視線を投げる。彼女も彼女で思う事はあったようだが、「任せる」とだけ告げて黙ってしまった。
解き放ったとて時間の問題だろう、そう長い寿命を持っているとは思えない、苦しみを長引かせるのみならせめて楽に死なせてやるのもひとつの救済と言える。
「辛いだけなのかもしれない、けど」
だがそれでも、まだ命があるなら。
「ほんの少しだけでも"生きて"ほしい」
縋り付くべきだ。
「うむ」
笑みを見せたメル、まず荷物へ駆け寄ってリュックをまさぐる。出てきたのはヒナのスナイパーライフルに合致する8.6mm弾だ、前々回にフェイから貰ったものと同じく10発セットで紙箱に納められており、ただあの時の魔力炸裂弾が濃緑、貫通弾が黄色く弾頭に着色されているのに対し、それは白色に塗られていた。
「ヒナちゃん、今回は猪突猛進女もいないし、本領発揮だ、先に行って陣地を確保して」
「よしきた」
投げ渡されたそれを懐に入れたヒナはさっそく外へ、ライフルを携え、迷彩コートを濁った灰色にしつつ暗闇に消えていく。
「あの……それでね、私、も」
と、
言い損ねていた事を、始める前に言っておきたかった。だが自分のライフルを持ち上げながらメルはにやりと笑う、口元に人差し指を当て、しーっ、と息を吐く。
「その補足情報に意味はないよ、どっちにしろだ」
まず面食らって、次にフェルトはふわりと笑う。フリースジャケットを羽織り、サブマシンガンを右太ももへ、分割した槍を腰へ。
さあ始めよう、裁きの時だ。
「でもその前に髪乾かして」
「あ」




