遭遇
「聞いてくれ、つ、伝えたい事がある。俺はずっと南の方から歩いてここまでやってきた……いいや逃げてきた……前まで俺がいた場所ではAIは襲われる側で……待て、ここここれは俺は実際に俺が体験してきた事だ、嘘じゃない本当だぞ、しっ…信じてくれ頼む! おいやめろ追い払おうとするな! 銃を下ろせ!」
「要点だけまとめろ、要点だぞ」
「1000キロ、いいいやもっとこここから離れた場所での事なんだがが…その時俺は壁板を拾いに工場区画へ行ってい」
「要点」
「撃つなァーー!!」
「なんでそのシーンを忠実に再現しようとすんの……」
廃都市に到着してすぐ日は暮れた、2日歩き続けて疲れ果ててもいたので、元ホテルだったらしいビルの1階ロビーにロープを張ってビニールシートをかぶせ、簡単なテントを設営した。調査開始は明日からだ、今日はもう夕飯食べて寝ようと思う。
でん、と3人の中央に置かれた円筒には4つの送電コネクタが貼り付けられ、それぞれからコードが伸び、それぞれの機器へ電力を供給中。ひとつはLEDランタン、キャンプを明るく照らしている。メルが使うのはタブレット端末の充電だ、スタンドを使って立てられ、無線接続のキーボードを伴っている。持ち主は現在立ち上がって、3人がここに来た理由となる最初の噂話を1人舞台でセルフ再生しており、画面は真っ黒、白抜きの文字がひたすら高速で流れ続けている。
ヒナの方へ向かうコードは長距離通信機に繋がっている、ヘリコプターのドロップポイントまでは通信網が敷かれていたので、道中の適当な場所に中継器を設置しておいたのだ。目的地に到着した事は報告済み、その際オペレーターの横から聞こえてきた『ほれ見ろ役に立ったろうがぃ! バッテリーだぞお前達! バッテリー!』というのには「早よ病院戻れボケ」と返しておいた。
最後のひとつは電熱器、通電効率をとにかく悪くして意図的に発熱させるシート状の調理器具へ繋がっている。小さく丸めて運搬できるが、火力はちょっと心許ない。
「まぁまぁ、とにかく聞いてみようじゃないか」
「ティー中隊長」
「落ち着いて話してみ? 何があった?」
「あぁ……聞いてくれ、伝えたい事が」
「え、そっから…?」
鍋にオリーブオイルを注ぎ、それに香りが移るまでニンニクとネギを炒めていく。次に炊いていない硬いままの米を入れ油を馴染ませ、白ワインを少々。アルコールが飛んだのを見計らってブイヨンスープで米を浸す。
「その時俺は壁板を拾いに工場区画へ行っていた、家に穴が開いちまってな、真夜中に慌てて外に出た。思い返してみればこの時点でおかしかったんだ! 工場とはいえ機械の残骸が多すぎないか? 壁に残った爪痕は? これは戦場跡なんじゃないのか? ってな……戦場跡なんかじゃなかった、虐殺現場だ、AI兵器のなぁ!」
「近い…近いて……」
「その時雲が切れ月明かりが奴を照らし出した! 積み上がった機械の山の上! 4本の足で立ち、全身をトゲで覆った怪物だった! 俺がそいつに気付いた瞬間、待ちかねたように奴は吼えた! オオカミのようなトラのような全身が震えあがる鳴き声だ! ヴォォォォォォォォォォ!!」
「顔!! 近い!! 怖い!!」
「おいお前離れろ!!」
あまりかき混ぜずに煮ていく、蒸発により米が露出するようならスープを追加、ほんの少し芯を残したアルデンテになるまでそれを維持。
「影はもうひとつあった!! 怪物の横に佇む人影!! 飼い主だそうに違いない!! 人の命令を聞くんだあれはァァーー!!」
「は、な、れ、ろォォォォーー!!」
「アアァァァァーー!!」
塩、コショウ、パルメザンチーズ、好みの具材を入れてもうひと煮立ちさせたら完成。
以上が理想的なリゾットの作り方である、実際にフェルトが作ったものはオリーブオイルの代わりにサラダ油、白ワインの代わりにみりん、ブイヨンには謎コンソメが使われている。具材も、白身魚に見えるが白身魚ではない。
「ふざけるなどっか行け!!」
「撃つな!! 撃つなって!!」
「ファンクラブ一桁をナメるなァァーー!!」
「ひぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」
「………………ま、一応報告しとくかね」
「本当の話なら、ですが」
「で、ファンクラブって?」
「あっ……」
以上、と、調理と同時にメルの1人舞台は完結した。ばっとタブレットまで戻って、いつの間にか停止していた白抜き文字のスクロールに対し数秒ほどタイピング、また同じような動作を行わせる。
「それ、ずっとやってるよねぇ? 何をしてるのぉ?」
「何をやってるか、と言われればそれは"個体認証コードの書き換え"だけど」
「?」
出来上がったリゾットを器に入れ、ヒナとメルにそれぞれ渡した。付け加え戦闘行動に必要なエネルギー量を満たすため棒状の携帯食料を配布、空になった鍋は掃除したのちお湯を沸かす。
「登録実印みたいなもんだよ、これを変更してしまえばデータのやりとりができなくなる、上からの命令も受理しなくなる」
「何の?」
「まぁ後々ね、近いうちにお披露目するよ。それより今はこの噂の真偽でしょ、話通りの姿形をしてるなら明らかに自然獣ではない」
"バケモノ"、"クリーチャー"、フェルトらサーティエイトは"歩くゴハン"と呼ぶ事もあるが、正体は単に巨大化しただけの動物である。放射線を受けて突然変異し、若干グロテスクになっている事もあるが、元となった動物から大きくかけ離れる程の変異をした個体は発見されていない、少なくとも今のところは。証言者によると相手は細身の4足獣で全身トゲだらけ、この点はメルの演じたヤバげな男だけでなく複数人で一致した。トゲだらけといってもハリネズミやヤマアラシほどではなく、フォルムはイヌに近いとか。
「ひとまず合成獣と呼ぼう、目撃証言が集中してるのはあっち、人が住んでるのはそっち、明日からこのふたつを調査するよ。夜の方が出現しやすいみたいだから、まず人に会って聞き込みを……おっと」
別段、副隊長は決めていなかったのだが、シオンが抜けた時にどうなるかと言えば当然こうなる。メルはリゾットにスプーンを突っ込みつつ今後の予定を話していたが、急にタブレットへ目を移すや高速タイピングを開始、やがて目を輝かせ。
「やったーー!!」
「キャーーーーーーッ!!」
「ぁ…?」
両手を上げた、その瞬間、外の方から悲鳴が響いた。