百腕の巨人
遠目で見ればヘラジカでも納得できたが、近くに行ってみるとシカというには異形が過ぎた、緩やかに盛り上がる半球状の胴からセンサーポッドが突き出ている様はコガネムシにも見え、しかし本体を下から支える4本の脚がパイソンやバッファローにも見せる。武装は前方に向けて装備したガトリング2対、計8門の榴弾砲と、背中から上を向く4門の迫撃砲。そんなに積み込む意味とは何だ、左右同時攻撃をするとしてもそれぞれ2門ずつでいい筈。
いや、とにかくそれは今はいい、サーティエイトにとって重要なのは榴弾砲と迫撃砲"しか"装備していない点である。近距離を攻撃する手段が何も無い、ヘカトンケイル自身がサーティエイトを攻撃してくる事はなかろう。
「3時方向!」
それを補うのがサイクロプスだ、奴とて対人向きの兵器ではないが56mmレールガンに榴弾を乗せれば十分に対応でき、木の生い茂った斜面を80km/hで疾走、超硬度のスパイクアームで格闘戦も行う。今は相手をしていられない、いなす程度に済まさねば、ならないのだが。
『こちら415部隊! サイクロプスは主砲をこちらへ指向ちゅ……』
中央に川の流れる谷の左側、底近くをサーティエイトは進んでいる。対岸に姿を現したあの4脚三角錐は腹の下でアーク放電を散らし、パシュンという、気の抜けた射撃音とは裏腹にこちらの魔力貫通弾を素で凌ぐ飛翔速度を持つレールガン弾体を放つ。ほぼゼロタイムで4人の左前方へ着弾、爆発、仲間が1部隊通信を絶った。
「オマエ会ったばっかの頃は榴弾なんか撃てなかったろうが! どこで覚えた! 富士か!? ヤキマか!?」
「私達でしょ!!?」
取り逃がしに取り逃がして対人戦闘というものを学習させ続けた結果である、機関銃を追加装備するのも時間の問題に違いない。
とにかく今はヘカトンケイルだ。照準修正射撃を終え、4本ワンセットの砲身をドアガンと同じ要領で回転させ始めた、射撃が開始されればほぼ間違いなく、人知を超えた勢いでの大砲撃となるだろう。アホか、口径を考えろ口径を。
「分担するぞ! LAWをこっちに!」
66mm使い捨てロケットランチャー、1人1本ずつずっと持っていたものだ、ヒナとメルの分をシオンとフェルトで持ち、身軽になった彼女らはその場で停止、銃口をサイクロプスへ向ける。2人が注意を引き、その間に仕留めて、そうしたら離脱だ、サイクロプスも仕留めたいのは山々だが、もはやアレは片手間で相手できる存在ではない。
LAWと呼ばれたロケットランチャーは現在長さ67cm、2本の筒が重なっていて、使用時には20cmほど引き延ばす。射程は200m、しかし威力が足りているとはとても言えず、普通に撃っても砲身を1、2本潰すのが精々だろう。狙うなら腹だ、あれだけの重武装ならば機体内部には予備弾薬がみっちり詰まっている筈、装甲さえ貫通できればいいのだ。そのためには射距離50m以内。
『ミサイル!』
頼むから集中させてくれ、ほんの1分だけでもいいんだ、祈ってみたがあの三角錐は横腹にあった4つのハッチをすべて開け、左右斜め上方へ向け4発のミサイルを一斉発射した。本格的な誘導飛行を開始する前にヒナが発射した青白い閃光によって1発が空中爆発、サイクロプスは衝撃波によろめく。残った3発は白煙を引きつつみるみる加速して、シオンらのいるあたりに等間隔で着弾していく。レーダー誘導の対戦車ミサイルだ、人間をロックオンする事はできず、おそらく慣性誘導(指定した方向へまっすぐ飛び続けるだけの誘導方式)をうまく使ったバラまきである。幸いにも命中は無く、巻き上がった土を少しばかり被ったのみ。
サイクロプスの残り兵装はレールガンのみだ、それも大した残量は残っていなかろう。薬莢底部の雷管をぶっ叩けばいい通常の火薬式と違い、あれは多大な電力を必要とする、搭載弾数を増やしたくても増やせないのだ。付け加えここは木の生い茂った、平坦な場所の無い谷、移動するだけでも相応のバッテリーを消費する。
対戦車ミサイルを無理矢理撃ってきた点もそれを証明している、5発は撃てないと見た。
『446、本命は諦めろ、サイクロプスにすべて撃ち込め』
ティーも同じ結論だろう、決着がつくまでおよそ30秒、シオンかフェルトがヘカトンケイルの腹部を狙える位置まで移動すれば勝ち、レールガン4〜5発を凌いでも勝ち。ロケットランチャー装備者が全滅したら負け、それより前にダムが耐えきれなくなっても負けである。詰将棋は上空に浮かぶ中隊長殿の仕事だ、歩は前進あるのみ。
『ガンナー! ヘカトンケイルを撃ちたまえ! 弾代は私が持つ!』
初手、谷の対岸をシオンより遅れて進んでいた4人がサイクロプスへロケット弾を発射、1秒ずつの間隔を空けて4発撃って、そのうち1発が右前脚のシールドを粉砕した。普段の単独行動なら撤退開始に値する損傷であったものの、回避行動を終了したサイクロプスは戦闘を続行、レールガン1発を反撃に使う。なんらかの被害は出たようだが全員無事だ、通信は途絶えていない。
次は自身の乗るヘリコプターである、機体左側のガトリングガンが、毎秒50発で、魔力貫通弾を発射。もはや完全にビームだった、再加速時の残光はまったく途切れず、青白い光線がセンサーポッド付近を薙ぎ払う。可視光カメラを破壊したらしい、嫌がるような動作をし、砲身の回転を緩めた。
『シオン!1発撃っとけ!』
フェルトを先に行かせ一時停止、背負っていたロケットランチャーを1本掴み、代わりにライフルをその場に置く。筒を引っ張って伸ばせば安全装置は解除され、上部の簡単な照準器を展開、肩に担いだ。
「死にさらせ!」
トリガーというよりスイッチに近いそれを押し込めば強力な後方爆風を残して66mmロケット弾は射出される。弾丸と比べるとかなりのろったるい速度でヘカトンケイル右脚付け根へ着弾、大きな爆発を起こした。
折れないのはわかっている、僅かなりとも挙動を乱せただけでも上出来だ。すぐさま2本目を用意、ライフルはその場に残して地面を蹴る。
『レールガン!』
目の前の木が爆発した。
「づぅ…!」
一時、足を止めてしまう、それがいけなかった。
サイクロプスは既に次弾をチャージ中、四方八方から射撃を受けつつも砲口はシオンを向いていて、すぐに逃げ…いや、駄目だ間に合わない、ヒナが放ったらしい魔力貫通弾が奴のセンサーポッドに突き刺さった光景を最後に見てその場に倒れこむ、頭を抱える。
直後、音と光が消えた。
「…オ……シオ……!」
体感ではすぐ復帰したのだが、ヒナが駆け寄って、肩を揺さぶるくらいの時間は意識が飛んでいたようだ。手足が動くようになるまでぼんやりした視界でヒナの顔と、砲撃を開始したヘカトンケイル、および腹部に命中するロケット弾を眺める。着弾後すぐにかなりの反応があった、しかし撃破には至らず、砲撃もやめない。秒間8発は撃っている、あれはやばい、あんなものを受けたらどんなものでも。
「い……痛ぅッ……!」
「大きな傷はない、でも内臓やばいかも」
フェルトが撃った2発目も撃破に至らず、連続した砲声に紛れてバキリと、コンクリートが裂ける音が響く。
壁が崩れていく音だ、すぐに水が溢れ出し、何もかも流されて消える。集落も、そこに住む人も。
そんなものは駄目だ、絶対に駄目なのだ。何であれ、誰であれ、死の恐怖に怯え続けただけの、惨めなだけの命で終わるなど。
許さない、許したくない。
「く…そがぁぁぁぁ!!」
「待…それなら私が…!」
直撃は受けていない、サイクロプスは弾切れのようだ、もう姿は無かった。全身痛む体で落ちていたロケットランチャーを掴む、寝転がったまま構え、照準、前進し続けるヘカトンケイルは横腹をシオンにも見せていた。
『総員退避! 上に上がれ! とにかく逃げろ!』
放たれた最後の1発はフェルトが損傷させた部分へ吸い込まれ、爆発、内部の砲撃を誘爆させまた爆発、さらに爆発。ヒナに両脇掴まれ斜面を上がっていく中、ヘカトンケイルは崩れ落ち。
だが喜ぶ余地は無かった、負けである。
「あ……ぁ……」
ヘカトンケイルの大爆発よりも大きな音を立て、ダムの堤体は崩壊した。