6、My song後
「なんなのよ、みんなして」
石田にしても、あの女の子にしても、今日に限ってどうしてこんなに引き止めるのよ。いや、妹もそうだ。妹がもしも相棒を持ってこなかったら帰ろうと思っていたのに。
「それは、君にとって音楽はなくてはならないものだと分かってるからだよ」
突然背後から聞こえてきた声に驚いて振り返ると、花壇越しにあのおじさんが立っていた。
「あ、この前の」
「ああ、また驚かせてしまったかな。でも言ったはずだよ? また来ると」
おじさんは、この前と同じ、不気味な笑顔を浮かべると小走りで走り去った。恐らく、回り道をしてこちら側に来るためだろう。
私はその間、呆然と待つしかできなかった。
本当なら、待ってたって意味が無いと立ち去るべきだったかもしれない。
だから、そんな考えが浮かばなかったのは、おじさんの言葉をもっと聞きたいと思ってしまったからだろう。
私の正面に立ったおじさんは、この前と同じような服装、同じ鞄を持った状態で、今に限っては息が上がっている。
そんなに距離はないが、小走りをしたからだろう。
「あの……、今頃私のところに来たってもう期限切れているんですが」
そんな彼に、自分から言えたのはあまりに情けない状況だった。
暗い顔をの私を見た彼は、やはり不気味に微笑んだ。
「アシカ君。僕は君の歌や、君の歌に対する真っ直ぐな姿勢に惹かれたんだ。そんな君を簡単に諦めるのは惜しい。その力が社会でどれくらい通用するか、試してみないか?」
「でも、期限が……」
歯切れの悪い自分の言葉は、もはや行きたい気持ちを殺すための言い訳であることは分かっていた。
おじさんは、俯き気味に呟く私を他所に、明るい声で『あっ』とこぼした。
私がその声で頭を上げると、おじさんの視線は私ではないところに注がれていて、辿ると私のギターケースに向かっていた。
「何ですか。そんなにギターを見ても何も無いですよ」
「いや、あるよ。その紙がある!」
おじさんが言った『紙』が何なのか、一瞬わからなかったが、ギターケースを見てすぐに分かった。
ギターケースのポケットから、あのチラシが覗いている。
私がしまい直したものだ。
「あ、これですか。でも、発送してませんし」
ポケットから出しておじさんに手渡すと、おじさんは怪しくも満面の笑みを浮かべて言った。
「記入済みのこれがあれば十分だよ。そして、」
「え?」
おじさんは、そこまで言ったところであの日のように鞄を漁り始めた。
「あったあった、はいこれ」
そう言って渡してきた紙を見てぎょっとした。
「あ、あのこここれ!?」
その紙には、『歌手KING選手権・一次審査推薦枠通過通知書』と書かれていた。
私は、紙とおじさんを何度も見比べながら目を白黒させた。
「二次審査は歌唱力だから来てくれないか?」
何か言わなければ、と真っ白な頭から必死に言葉を捻り出して言えたのは、
「い、行きます! 行かせてください!」
それだけだった。
その後、どうやって帰ったのはよく覚えていない。
ただ、次の日は休日で、遅めに起きた私の枕元に、通過通知書や二次審査会場への地図があって、部屋で騒いだ挙句、両親と妹に柄にもなく怒られた。
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「では、次はアシカさんです。どうぞ!」
司会者の明るい声を合図にミニスタジオの袖からステージに駆けでる。
正面には、あのおじさんを含めた審査員の方々がいて、その視線だけで逃げたくなった。
「は、はい! エントリーナンバー15、アシカです。宜しくお願いします!」
私は、その視線に負けないようにと声を張って挨拶をした。
このオーディションがどんな結果になるかなんてわからない。
そもそも、どうしてあのおじさんがここまでして私をここに立たせたかったのかすらよく分かってない。
それでも歌うしかない。
私は歌うことが大好きだって、今なら言いきれるから。
逃げた私も、向き合う私も全て大切にして、これからも自分の歌を歌いたい。




