5、My song前
「はい、お姉ちゃんっ!」
「あ、ありがとう。てか、わざわざごめんね?」
「いいのいいの。丁度文化祭の振り休で暇してたし」
放課後、妹にギターと私服を持ってくるようダメもとでメールを送ってみると、快諾の返事がすぐに来た。
数十分後には、満面の笑みを、浮かべた妹が意気揚々と持ってきてくれた。
こんな妹を見たのは久々だった。
「本当気ありがとう。あ、今日は帰り遅くなるから」
「分かってるって。じゃ、楽しんでね!!」
「うん」
その後、スキップでもしそうな足取りの妹を見送った私は、すぐに着替えて重い足取りで駅前の公園へと向かった。
あ、何も変わってない。
久々に足を運んだ私の会場を見て、一番におもったのはそんなものだった。
2週間でそんなに変わるとも思ってなかったが、いざそれを目の当たりにすると妙に安心するものだ。
相棒の準備をしていた時、ピックを取り出そうとケースのポケットに手を入れて、紙の感触を捉えた。
取り出すと、あの日おじさんに貰ったチラシだった。
裏面は、エントリーシートになっている。そこで、必要項目はすべて埋まっていることに気づいた。疑問に思ってよく見てみると、隅の方に鉛筆で小さく『妹より』と書かれているのに気づいた。
「ばか……」
その気遣いは本当に嬉しい。だけど、申し込み期間はもう終わっている。この紙切れの効果は無くなっていたんだ。
やっぱり、帰ろう……
ただの紙切れになったエントリーシートを見ていると無性に逃げたくなって、今広げたばかりのギターの片付けに取り掛かろうとしゃがみ込んだ。
「……アシカさん?」
「え?」
突然そう呼ばれて顔を上げると、同年代の女の子が立っていた。
肩口で切りそろえられた艶やかな黒髪、茶色い瞳の大きな目の、小柄な女子生徒だ。制服を見れば、他校だということが分かる。
「ねえ、歌うの楽しい?」
「え?」
「あ、突然ごめんね。ここ、私の通学路でなの。で、通る度によくあなたの歌声が聞こえてきてて、聞く度に何故だか元気が出るの。どうしてそんなに人を元気にできるのかと思ってあなたの顔を見てびっくりしたわ。なんて楽しそうに歌うんだろうなって思った。でも、しばらく来てなかったでしょう?今日来てるのを見たらいてもたってもいられなくなって、つい声掛けちゃった」
呆気に取られる私を他所に、彼女はそこまで話すとニッコリと笑った。
その笑顔があまりに純粋で、見とれてしまっていた私は慌てて口を開いた。
「えっと、聞いてくれてたんだね。ありがとう。歌うのは好きだよ? ただ、人に元気を与えられるほどできた人間じゃないの。ただただ歌うことが大好きで、才能はないのに歌うことしか頭に無いバカだよ」
言ってて自分が惨めに見えてきた。こんなことをこの子に言ったところで、私がもう1度歌うのはないのに。
「え? 才能はあるよ! ちゃんとある! 私が保証する。それに、才能の有無なんて自分じゃわからないでしょ、ね?」
思わぬ反論に、肩から力が抜けていくのを感じた。
「あ、もうこんな時間。アシカさんごめんね。私、もう帰らないと」
私が黙ったままでいると、彼女は勝手に話を切り上げて、スッキリとした笑顔で立ち去った。
私は、呆然とその姿を見送ると、何故か自然と膝から力が抜けて、座り込んでしまった。




