2、怪しいおじさん
「♪〜♪〜♪〜」
今日も立ち止まりそうにないな。
その日も、私はいつもの時間、いつもの場所で歌っていた。
最近は、秋になって気温が下がったからか、『滅多に立ち止まらない』足は、『全く立ち止まらない』足になっていた。
寒いし、今日はもう引き上げようかな。
私自身、ギターを握る手が中々暖まらないことを理由に、早めに切り上げるようにしていた。
今日も同じ理由で、早々に帰ろうと思って俯き気味にギターをしまっていた。
その時、狭くなっていた私の視界の隅に大きな靴が映りこんだ。
誰だろう? と思いながら顔を上げると、小太りのおじさんが立っていた。
秋でも油の浮いた顔に、ヨレヨレの服と大きな鞄。それだけでも怪しいのに、その容姿に笑顔がプラスされているのを見ると、関わりたくないと思うのは女子高生として何らおかしくないと思う。
ファン……じゃ無さそう。私にファンがいるとは思えないし、もしいたら何度も会ってるはずだから顔ぐらい見分けられる。
じゃあ何、騒音のクレーマー? 笑顔なのに?
初めての展開で混乱した私は、おじさんが口を開くまで目を見開き、金魚のように口を何度も開閉させることしか出来なかった。
「……あの」
「は、はいっ!」
おじさんはそこまで言うと、私の反応お構い無しに自分の鞄を漁り始めた。
どうしよう、今なら逃げれるよね。よし逃げよう! 足が……動かない。
冷や汗が背中を伝うのを感じながら、足をどうにか動かそうとした私は、おじさんの前で小さく揺れていた。
「あ……あったあった」
「……っ!?」
警戒心と恐怖心でいっぱいの私に気づいてないのか、おじさんは鞄から1枚の紙を引っ張り出すと、満足そうに微笑んだ。
それすらも私には、不気味なものにしか見えない。
やばいやばい、この笑顔はやばい人のだ!
「はい、君がアシカ君だよね」
「……え、アシカ?」
予想外の単語に一気に頭が冷えた私は、おじさんが引っ張り出した紙を、私に向けて差し出しているのに気づいた。
「本人であってるよね? いやー、青ざめた顔させちゃってごめんね。君にこれを渡そうと来てみたら、もう帰り支度をしててびっくりしたよ。本当渡せてよかったよ」
その言葉に自然と貰った紙に視線を落とすと、そこには、
『第13回・歌手KING選手権!!
〜歌手デビューをするのは誰だ!!〜』
そう書かれていた。
あ、これ知ってる。決勝戦はいつもテレビ中継されてて、優勝すると大手歌番組への出演権と歌手デビューが約束されるっていうやつだ。エントリー期間はもう終わっているはずの。
……ん?
「ここここれ!?」
だから、ただのチラシだと思って裏返したんだが、エントリーシートになっているものの、普通のと違っていて、まだ期限まで時間がある仕様になっている。私は再び目を見開いて、おじさんの顔を信じられないという表情で二度見した。
「あはは〜。そうそれエントリーシート。どう? 出てみないかい?」
その時の私はとっくにキャパオーバーで、何かを言うほどの気力はなかった。
「あ、そうだ。僕はこういうもので怪しくないからね。まあ、また今度ここに来るからそれまでじっくり考えてよ」
突っ立ってるだけの私の手におじさんはそっと名刺を乗せて、意気揚々と立ち去った。
その後も暫く、私は現実を現実と受け止めれずにいた。
そんな中で出来たのは、どこか頼りない街頭の明かりが灯り始めた公園で1人、相棒を抱きしめることだけだった。




