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8 告白

 夏休みが目前に迫り、今後一ヶ月をどう過ごすか思いを馳せる者たちや、貼り出された成績を見て一喜一憂する者たちによって、ここ最近の昼休みはカオス極まっていた。特にそれらに興味がない俺は、例外的に普段と変わらない様相を見せる、屋上の日陰でだらだらと休んでいる。

 如何せん暑すぎる気がしないでもないが、教室は別の理由で熱い。

 屋上先輩も流石に煙草を吸う気分にはならないのか、よく冷えたバニラミルクを飲んでいた。この人バニラ好きだな。


「にしても、暑い」


 思わず口に出して、余計に暑くなる。屋上先輩が舌打ちしながら、もぞもぞと場所を変え、冷えたコンクリートに潰れたようにへばりつく。

 制服を着崩したりして格好つけているものの、この人は根本的に欲求に忠実だ。俺もそれに倣い、壁に体を押し当てた。冷たくて気持ちが良い。

 暫く壁にくっついたり団扇で仰いだりしつつゴロゴロしていると、塔屋の裏側でドアの開く音が聞こえた。屋上に人がくるとは珍しい。


「マリユス君」


「ぅえいっ?」


 声をかけられるとは微塵も思っていなかったので、思わず間抜けな声が漏れる。半拍ほど遅れて声の主を見ると、黒髪の美少女が小さく笑みを浮かべて立っていた。

 暑いからだろうか、下ろしていた髪を、頭の後ろで一つにまとめていた。


「髪型変えたのか。華蓮」


 女性が髪型を変えたら取りあえず口に出せ。そんなことを誰かが言っていた気がする。たぶん、親父か昔の上司が処世術の一つとして教えてくれたのだろう。


「う、うん、どう? 似合うかな?」


「似合うよ。下ろしてるのもいいけど、夏はこっちの方が涼しそうで良いね」


 先ほどのように社交辞令ではなく、嘘偽りなく本音だった。ポニーテールは好きだし、美少女がそれをして褒めない理由はない。華蓮はそれを聞いて、照れたように顔を赤らめた。

 何となく直視できなくて目を逸らすと、屋上先輩が視界に入る。すると、今まで壁と同化していた屋上先輩が唐突に腰を上げた。何の空気を読んだのか、こちらに軽く目配せをして無言で立ち去って行った。


 二人きりになることは初めてではないが、わざとらしくそうされたようで、何か必要以上に意識してしまう。華蓮に視線を戻すと同時に目が合い、思わず硬直する。


「あのね、マリユス君、私ね――」


 彼女の表情は真剣そのものだった。


「――私は、マリユス君のことが好き。だから、付き合ってください」


 そう言って、彼女は頭を下げる。

 自分の中の何かが、決して受け入れてはならないと警鐘を鳴らす一方、心は彼女を自分の(もの)にしたいといっていた。本能と感情で激しい自己矛盾が生じて、軽く頭痛を覚える。

 何か言わなければならないと、乾ききった口に残る僅かな唾を飲み込む。


「素直に嬉しいよ。でも、俺は……」


 全て正直に話すことにした。もう一度唾を飲み込む。


「今から話すことは全部本当のことだ。よく聞いてくれ。俺は、東條マリユスは吸血鬼の血を引いている化け物だ。寿命は無く、怪我をしてもすぐに治る――こんな風に」


 自分の腕を噛み切り、それを華蓮に見せる。

 彼女は最初「ひっ」と小さな悲鳴を上げて顔を歪ませたが、十秒とせずに治癒した腕を見て、その表情を驚愕へと変える。


「もし付き合うとしても、お前を噛んで眷属にした後だ。不老不死の悪い所をしっかりと考えて、せいぜい後悔しない道を選べ」


 自己矛盾の答えは、他人に丸投げすることが俺の精一杯だった。表向きはそっけなく吐き捨て、華蓮のことをしっかりと見つめた。

 黒髪の少女は思いの外、力強く頷いた。

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