7 言葉
懐かしい夢を見た。あの日も今日と同じように、蒸し暑い夏の朝だった。
一八九四年八月、まさに日清戦争の真最中の某日、親父――ジャックはカーテンまで閉め切った暗い部屋の中で、ワイン片手に俺に真剣な目を向けてくる。
本物の吸血鬼である親父は、赤ワインで吸血衝動を緩和しているらしい。真偽は兎も角、少なくとも親父はそう言っている。
「お前は純粋な人間に限りなく近いと思っていたのだが、どうやら違うようだ」
そう言って、血のような赤ワインを一気に飲み干す。
声にならない疑問を上げつつ、澄んだ碧眼で射貫くと、親父はワイングラスを机に置いて、続きを語りだす。
「お前は怪我の治りが早いこと。不老不死、少なくとも不老であること。以上二点を除いては千代子の血を受け継いでいると思っていた。しかし、隣の家で飼っている犬、あいつは今年で三十歳になる。そして、あいつはお前の血を口に含んだことがある」
当時まだ実年齢で二十歳過ぎだった俺は、少ない知識と人生経験を総動員して、親父の言った言葉を必死に整理した。数分考えるが、答えは出ない。
「補足だ。眷属を増やす条件は『血を吸う』ことではなく、『体液を入れる』ことだ」
それは答えといっても差し支えないものだった。普通は吸血時に唾液が相手の体内に入る。今の話の場合は、逆に噛まれたときに血が相手の体内に入った。そして、その相手は、寿命を明らかに超えているのに生きている。結論としては、俺に『眷属をつくる能力が備わっている』ということだ。
しかし、突然そんなことを言われても、理解の域を超えていた。
呆然とする俺を見つつ、親父は黙ってワインをグラスに注ぎなおす。再びワインを一気に飲み干し、「今から言うことだけでも覚えておけよ」としっかり念を押して、俺が落ち着いたのを確認してから話を続ける。
「むやみに眷属は増やすな。まだ若いお前には分からないかもしれないが、不老不死は、――」
けたたましい電子音で現代に引き戻される。折角の休日にも関わらず、スイッチを切り忘れていた愛用の目覚まし時計は、最も重要な『何か』を聞かせてくれなかった。
あの時親父が、長い時間を生きてきた純血の吸血鬼ジャックが、いったい何を伝えようとしていたのか。一番重要なことであるはずなのに、どうしても思い出すことが出来なかった。
寝癖のついた頭を、苛立ち半分にガシガシと掻き毟る。
答えは分かっているのに、そこに至るまでの途中式が分からない、出来の悪い数学の答えを見た気分だった。自分なりに考えて、それなりに納得のいく結論を出した。
「孤独――寂しさ、か?」
当然、答え合わせは出来ない。