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5 屋上

 自覚はある。

 俺は無意識に、華蓮のことを『大切な人』フォルダに入れてしまっている。

 こうなったらもうどうにもならない。好きの反対は無関心だというように、嫌いな相手が死んだとしても悲しいと思ってしまう。そして、好きから嫌いに変化することはあっても、無関心に戻ることはない。また一人、いつか別れを告げなければならない相手が増えてしまった。しかも、親父と同じことになっている気がしてならない。


 華蓮のことを考えていると、口の中に、煙草のような強い苦みと僅かな甘みを感じた。『良薬は口に苦し』の次元に収まらない、明らかに毒と分かる苦みと、バニラの甘ったるいフレーバーが舌を刺し、思考の渦に呑まれていた意識を現実まで一気に引き戻す。


「俺のテリトリーで辛気臭い面を(さら)してんじゃねえよ」


 一目で不良と分かる、制服を着崩して煙草を咥えた少年が、邪魔だとでも言いたそうな眼で見下ろしてくる。人が少ないという理由で、俺が最近よく訪れている、学校の屋上のほぼ唯一の利用者。俺は勝手に『屋上(おくじょう)先輩』と呼んでいる。関わりはあまりないが、たぶんおそらくきっと、根は悪い人ではないと思う。


 屋上先輩はそれ以上何も言わず、俺の隣に腰を下ろし、塔屋の壁に寄り掛かる。その行為に深い意味等なく、ただ日陰に腰掛けただけだろう。皐月の天照大神がその美しさを遺憾なく発揮して、日向の暑さ(どちらかといえば「熱さ」の方が近いかもしれないが)を半端ないことにしていた。

 今は昼休みだから、その熱さたるや、日の当たる場所は焦熱地獄と化していた。屋上先輩は「暑い……」と小さく呟き、短くなった煙草を、どこからか取り出した携帯灰皿にグリグリと押し付けて消火する。


 沈黙が訪れる。お互いにほぼ無関心なので、気まずいという感情すらも湧いてこない。校内の騒めきが遠くに感じる。季節外れのミンミンゼミが一匹、叶うはずもない恋の歌を歌い、それだけが時間の流れを教えてくれた

「お前さ、なんか悩んでるんだろ? 暇潰しにさ、話してみろよ」


 ミンミンゼミの規則的な鳴き声を50回は聞いた頃、屋上先輩は唐突にそう切り出した。

 彼の性格からすると、本当に暇つぶしだと思うが、同時にちゃんと回答してくれる予感もした。だから、関わりの少ない彼だからこそ、俺は本当のことを話してみることにした。


「まず前提として、俺は不老不死なんです」


 我ながらふざけた内容だと思う。しかし屋上先輩は、暇つぶしと割り切っているからか、特に追究をせず、一度小さく頷くことで続きを催促する。頷きを返し、話を続ける。


「大切に感じてしまった人がいるんです。でも、彼女ともっと仲良くなって、一生を添い遂げると決めたとしても、いつか別れは訪れます。友達が死んだときですら、ぼろぼろと泣き崩れて、何日も立ち直れなかった。だから、うっかり好きな人を亡くしてしまった日には――きっと、耐えられない」


 屋上先輩は俺の語りを聞いて、咀嚼するように考え始めた。再び沈黙が訪れ、ミンミンゼミが存在感を示す。体感にして数分後。


「とりあえず、お前の眼が濁っているのは、くだらない理由ではないってことは判った。だから言うぞ。あんまり深く考えるな、惚れた時点でお前の負けだ。だったら精々、少しでも自分が幸せになる道を選べ」


 そう言って、屋上先輩は煙草を咥えた。「もう答えたから後は勝手に頑張れ」と無言の圧力で伝えて、彼はこちらから目を逸らした。


 再び自問自答する。昔、親父が言っていたことを思い出す。今、屋上先輩が言った言葉を反復する。彼女のことを強く思う。――浮かんだ独善的な案を、頭を振って打ち消す。

 煙草の強い苦みと、バニラの甘ったるいフレーバーが舌を刺した。

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