4 会話
「ごめんね。手伝わせちゃって」
その日の放課後、無神経な担任教師高橋浩太郎(以後、無神経高橋と呼ぶことにする)から渡されたプリントの束を教室に運んでいる途中、俺より頭一つ身長が低いもう一人の学級委員はそう言った。同じ立場のはずなのに、この完璧少女は何を気にしているのだろうか。
「俺も立場は同じはずだぞ。もし、『私だけがやればいい』なんて考えならお門違いだ。俺は最終的に、自分で手を挙げた」
嘘は言ってないつもりだが、キザな言い回しになったような気がしないでもない。そんな俺の台詞を聞き、彼女は目を丸くする。
……今更だが、基本無言で人と関わるのを嫌う俺は、華蓮含むクラスメイトから、会話することが苦手だと思われている節がある。『別れが辛いからそもそも仲良くしない』等という考え方は、十代の少年少女にはまず理解されない。
目的を考えたらそれで良いのかもしれないが、プライドみたいなものがないといえば嘘になる。どうでもいい意地だ。
「でも……」
キザっぽい台詞に対して、華蓮は何かを言いよどむ。言いたいことは流れでなんとなくは分かったので、先回りして答えておくことにする。
「仕事するのは嫌いじゃない。まあ、好きでもないが。あと、俺は人と『話せない』のじゃなく、『話さない』だけだ。返答くらい出来る」
華蓮の顔に僅かに赤みが差す。俺でも同じ境遇に置かれたら、彼女とニアリーイコールな反応をするだろう。自分の言葉だからこそ、「あ、これコミュ症の理論と同じだ」と気が付くことが出来たが、言われた側だったら思考停止して、勘違いしていたと思い込んでしまうだろう。目の前にその証人がいる。まあ、今回に限っていえば勘違いでは無いのだが。本当は、俺は話すのが大好きだ。
数秒たって、外界との会話機能を回復した証人が少しおどおどしながら、謝罪の言葉を述べる。
「えっと、ごめんなさい」
「謝るようなことは何もないだろ。ええと、だから、つまりだな……」
教室は夕焼けでオレンジに染まっていた。自分の持っていたプリントに加え、華蓮の持っていた分をひったくるように取り、教卓の中に押し込む。暇になった手のうち、右側を自身の首に添える。
「普通に話しかけてくれて構わない。仕事でも、それ以外でも」
少し驚いた表情を見せた後、彼女は微笑みを浮かべた。その笑顔の前では、夕日の美しさすら霞んでしまう気がした。
俺の顔は太陽のように熱くなった。