2 挨拶
次の日、LHRでクラスメイト達と自己紹介をすることになった。既に昨日の段階で顔を合わせているのだから今更感はあるが、学校側が行う儀礼的なものであるともいえる。
HR開始を告げるチャイムと共に教室に入ってきた、クラス担任の三十代程度の男が「静かに」と言い、騒がしい教室を黙らせる。全員が口を閉じ、前を向いたのを確認して、担任は二の句を紡ぐ。
「昨日のSHRで連絡した通り、今日は自己紹介をしてもらおうと思う。……っと、その前に俺の自己紹介がまだだったな。このクラスの担任になった高橋浩太郎だ」
黒板に『高橋浩太郎』と達筆な文字で刻まれる。
「担当教科は日本史だ。質問があれば休み時間にでもしてくれ。じゃあ、出席番号順に会田さんから自己紹介をお願いします」
黒板に書いた自分の名前を消しながら、担任改め高橋がそう言うと、クラスメイト達が順々に自己紹介していく。申し訳ないが俺は正直半分も聞いていなかったけれど。
何故なら、関わるつもりのない人間の情報など仕入れないに限るから、知ると余計な情が湧いてしまうから。華蓮のことは多少気になりはしたけれど、自制心を持ってして聞き流した。
暫く耳を閉ざしていると、どうやら俺の番がきたようなので、致し方なく立ち上がる。何を言おうか一瞬考えた末、最も単純な結論が出た。
「東條マリユスです」
名前だけならば誰も興味を持たないだろう。ドン引きされるレベルで語るという案もあったが、面倒くさいのでやめた。そもそも、真実は信じてもらえないし、妄想癖の皆様よろしく戯言を大量生産出来る程、俺の想像力はたくましくない。ついでに心もたくましくない。
一人には慣れたものだが、「なんだコイツ」みたいな視線を正面から受けるのは多分耐えられないと思う。
閑話休題。
この名前だけ作戦は、結論からいうと失敗だった。逆に興味を引いてしまったようで、教室内が軽くざわついているし、高橋も苦笑いを浮かべている。悪目立ちだった。今更言葉を付け足す訳にもいかず、どうしようもなく、ひたすらに平静を装う。
その時、右前から視線を感じた。否、正確には四方八方から感じるのだが、右前から特に強く視線を受けた、気がした。思わず右前を見てしまい、自分の判断が誤りだったと気が付く。偶然か、必然か、華蓮と視線が交錯する。時が止まる。数秒あるいは一瞬が経ち、彼女は悟ったような微笑を浮かべた。
俺は我に返ると同時に目を逸らした。それが純粋な照れなのか、それとも無意識に合理的な行動をとったものなのか、自分でも判断が付かなかった。