肆 孤独
第二次世界大戦の時。
実年齢はともかくとして、書類上の年齢は少年のマリユスと、その父親のジャックは戦場に駆り出された。この時ばかりは流石に彼らも、極東の島国に閉じこもっていることは出来なかった。
二枚の赤紙が示されたとき、彼らが怖がることはなかった。吸血鬼というのは、心臓を銀製の武器で武器で傷つけられない限り、死ぬことが無いからである。
しかし、それが油断であった。
「父さんが、死んだ?」
中国大陸の戦線で、マリユスは信じられない通達を聞いた。ありえない、と思わずにはいられなかった。
何を思って、人間同士が殺し合う戦場で、柔らかい銀の武器を持ってくるのか。
ヴァンパイアハンター。それ以外に考えられなかった。少しの驚きと、少しの悲しみと、多くの虚無感で思考力が失われた。
母は無い。親友は死んだ。残っているのは父親だけであったのに、それすらも殺されてしまったというのか。
マリユスは、もはや取り返すことの出来ない幸せな過去に、思いを馳せることしか出来なかった。いや、思いを馳せることすら出来なかった。
ここは戦場で、個人の都合で動いてはくれないのである。
「敵襲! 敵襲ー!」
誰かの叫び声が響いた。仲間たちが、慌ただしく銃を持ち、持ち場へ戻ってゆく。
マリユスは、ジャックの墓標となった、南方の島々の方角へ一秒ほどの極短い黙祷を捧げた後、上官の叫びに従って持ち場へ戻った。
その日、彼は、撃って突いて叩いて、大戦果を挙げた。
既に全てを失った彼には、後日の勲章など何の慰めにもならなかった。
マリユスは、一人だけ世界大戦を生き残った。家族も、友も、もういない。