参 死別
何十年もたってから、彼はようやく不老不死の悪い所を、かつて感じた不安を理解した。病床に伏せ、生死の境目にいる親友の前で。
「賢徳」
十六歳の姿のままで。
「マリユス、か?」
老い枯れた同い年は笑う。
「お前は本当に変わらないな」
本当に変わっていないのだ。
己の感情の奔流に呑まれ、笑みを作れない。
初めて感じる激情は悲しみと悔しさ。母が死んだ時も悲しかったが、「親は子供より先に死ぬ」という自然の理が幾らかマシにしてくれた。しかし、今回はそれがない。
マリユスは己の友人を抱きしめ、勝手に胸を借りて、思わず溢れた涙を隠す。
「死ぬのは怖いな。でも、その前にお前に会えて良かった。」
顔を上げて賢徳を見ると、彼は笑顔を浮かべていた。――なんだ、賢徳も中身は変わってないじゃないか。とマリユスは思う。
「死ぬのが嫌なら、俺が噛めばいい。親父の言う通りならば、俺にも、出来るはずだから」
「生涯の伴侶にするなら、こんな爺よりも若い女の子の方が良いだろう?」
冗談めかして賢徳は言う。老人らしくない冗談はマリユスを元気づけるためのものだろう。
賢徳が表情を暗くして、首を振りながら「ごめんな」と呟いた。
マリウスは「そんなことない」と言おうとしたが、言葉にならなかった。
賢徳は再び笑顔になり、死ぬ前とは思えないほどハッキリと言った。
「ありがとう」
彼は静かに目を閉じ、二度と開かなかった。
もう何も止まらなかった。涙も鼻水も垂れ流しのままで声を上げて泣いた。
「『ありがとう』はこっちの台詞だよ、親友」
一度たりともマリウスのことを化け物呼ばわりしなかった彼の親友は、少年のような顔で眠っていた。