9 二人
夏休みはあっという間に過ぎ去った。始業式の放課後、華蓮に声をかけられた。
結論を出すのが早すぎるとも思ったが、この真面目が服を着たような少女が、適当に答えを出すわけがないと思いなおす。そもそも俺の感覚が麻痺しているだけで、人間の十代にとって一ヶ月は、充分に長い期間である。
他に誰も居ない教室で、華蓮と向かい合う。
「もう答えが出たのか?」
「うん。私は、それでもマリユス君が好き。人間でも、化け物でも、マリユス君はマリユス君だよ」
「そうか……」
彼女の表情は真剣そのものだった。自分の中の警鐘は抑え込まれ、今まで抑え込まれていた華蓮への愛しさが溢れだす。
彼女の背中に手を回し、苦しくない程度に力を込める。
「俺は、世界が壊れるまでお前を離さない。後悔しても遅いからな」
彼女の耳元で、低い声でそう告げて、うなじの辺りに犬歯を突き立てた。
「んっ」と小さく喘ぐ彼女をより強く抱きしめて、吸血行為による充足感に浸る。数秒で口を離し、無言で頭を撫でる。痛みで涙を浮かべながらも、腕の中の少女は嬉しそうに笑っていた。
涙を見て、俺は親父の言っていたことを今更ながら思い出す。
『不老不死は、心を壊す。無限に続く別れに、その悲しさや虚しさ、辛さに人の心は耐えられない』
自分の出した答えでは不十分だったな。
「華蓮」
「マリユス君」
でも大丈夫。
俺はもう一人じゃない。
孤独には終止符を打った。
二人でならどこまでも行けるさ。
目の前の愛しい少女に、心からの思いを込めて、そっと優しいキスをした。
〈了〉
これにて本編は完結です。
ご愛読ありがとうございました。