98話 そして皆、元通り
時が戻った瞬間、カミラはカラミティスで。
アメリは化け物のままで、ユリウスもまたユリシーヌだった。
唯一の違いは、カラミティスの手に“銀の懐中時計”がある事。
「何をしているカラミティス! アメリを止めるのでは――――」
焦るガルドを余所に、カラミティスは冷静に一言。
「――――『戻れ』」
今のカミラには、カラミティスにはこの様な事態、解決するのは息を吸うよりも容易い。
アメリの体はみるみる内に、元の姿に戻る。
「こ、これはっ!? いったい“何”をしたのだカミラっ!?」
カミラはふわりと笑うと、何も答えずにもう一度。
「『戻れ』そして『戻れ』」
その刹那、カラミティスがユリシーヌが“本来”の性別に戻る。
唖然とするガルドと、事態が把握できないユリウスを置いてきぼりに、カミラは続ける。
「ついでよ――――『戻りなさい』」
そして、東屋に花が開いた。
そこに戦いがあった事など、焼けて塵となった事など微塵も感じさせないほど元の姿に。
――――否、それどころでは無い。
四季の概念を無視して、全ての花が咲き誇っている。
「まるで、楽園みたいですねカミラ様」
「ちょっとしたサービスって所ね。この光景は園芸部員や庭師達の努力を――――“呼び戻した”モノ。汚した代償にはならないかもしれないけれど、これくらいはしなければね」
「そうですねカミラ様」
うふふ、えへへと、にこやかに笑いあう主従に、ガルドは必死に疑問を叫ぼうとするが。
何からつっこんでいいのか分からない。
然もあらん。
先程までとは打って変わった、――――穏やかな空気。
それを壊すように、一人の男が絶望の声を上げる。
「何故だ! 何故だ! 何をした卑しい魔女めええええええええええええええ!」
「カミラ様っ! アイツまだ――――」
「警戒は無用よアメリ」
カミラはアメリを制すると、四肢をもがれたディジーグリーの場所へ、瞬間的に移動する。
「礼を言うわディジーグリー、盲目なる魔族よ。貴男のお陰で、私はまた一つ知り、強くなったわ――――ありがとう」
「返せ! 返せ! 返せ! 返せえええええええええええええええええええええええええええええええええええ!」
もはや涙混じりの絶叫が響きわたる。
その音色は、ただひたすらに――――哀れ。
「残念だけど、相手が悪かったわね。貴男の目論見は全て外れ、引き起こした被害も元に“戻した”わ」
カミラは怒りを携えて、嘲笑した。
“戻した”のは東屋や園芸部倉庫だけでは無い、サロンや破壊した傀儡兵でさえも、元通りだ。
――――身につけていた衣服等に関しては、タイムパラドックスにより、全く同じモノが増えてしまったが、ご愛敬。
ともあれ、カミラの言葉に全ての気力を失ったディジーグリーは、呆然と呟く。
「私は、私は…………私はただ…………」
「ご同情申し上げるわ学院長…………」
今更ながらに到着した騎士達が、ディジーグリーを取り押さえる中、事態の説明をアメリに丸投げし、カミラは思案した。
(このままじゃ駄目。私とユリウスが安心して暮らすには、魔族を放置しておけない)
全ては魔族という存在を下に見過ぎていた、カミラの落ち度。
(少し…………ゲーム世界だという“ガワ”に、捕らえられていたみたいね)
彼らもまた、人類種。
同じく思考誘導されているとはいえ、人間側の“それ”とは違い、魔族は“人類に敵意”を持つように設定されている。
勇者や聖女といったモノには、特に、だ。
(嗚呼、煩わしい…………。ユリウスの事だけ考えて生きていたいのに…………)
魔族への対応を考えあぐねていると、アメリから声がかかる。
「カミラ様ーー! この物騒な光る棒、消してくださーーい! 危なくて運べないそうです!」
「わかったわ、今――――。今、行くわ」
カミラは“消す”といいかけ取りやめて、ディジーグリーの下へ出向いた。
一つ、思いついた事があるからだ。
(今回の事で、実力差は判った筈。そして、ガルドの想いもわかったでしょう――――ならば、利用できる。“可能性”という楔を打てるはず)
慈悲なのか邪悪なのか、判別しにくい目的を持ってカミラはディジーグリーの横に到着する。
「始めに言っておくけど。この雷を消すと、この魔族は死ぬわ」
真っ赤な嘘である。
「だけどその前に、一つ、人助けをしてもいいかしら?」
「人助け……ですか? 筆頭魔法使い様」
壮年の騎士の問いに、カミラは柔らかに、しかして悲しそうに頷く。
「この魔族は卑怯にも、学院長を乗っ取っていたばかりか、この体を維持するのに、何処からか浚ってきた赤子を利用しているのです」
「な、なんと卑劣な! ではその赤子を!?」
「ええ、今すぐ助けます。いかに魔族とはいえ見ての通りの深手、助けた後は死んでしまうでしょうが、そこはご了承くださいませ」
「いいえ、筆頭様。魔族などより、我ら同胞の赤子の方が遙かに大事、思うままになさってください」
「ありがとう騎士殿」
嘘八百を並べながら、カミラはディジーグリーの胸へ手を伸ばした。
(私は、殺さない。…………利用価値は生かしてこそよ)
ガルドや他の者の目を欺く為に、複雑だが特に意味を為さない魔法陣を展開。
同時に、銀時計にタキオンを込めて策謀開始。
「――――“返り”なさい」
一秒後の“カミラが雷を遠隔操作で抜いた”分岐未来からディジーグリーを現在に、同時に肉体の固有時間を遡行。
更に記憶情報――意識を、今の体から赤子へ移行。
端から見れば、偽装に使った魔法の効果で、赤子を取り出した様に見えるだろう。
「おおっ! おおおおおお! 成功しましたな我らが魔女よ!」
「ま、ざっとこんな所ね」
実の所、平行世界に数多いる時間移動能力者の中でも、類を見ない程の離れ業、奇跡とでも呼ぶべき手腕だったが。
知らない故に、誇ることなく立ち上がる。
「さ、騎士殿。この魔族は辛うじて息があるみたいですわ。早急に移送する事をおすすめします」
「は、感謝いたします! 皆の者、今すぐ取りかかるぞ!」
「はっ! 直ちに作業開始します!」
抜け殻となったディジーグリー(大)の移送風景を見ながら、カミラはディジーグリー(小)に“念話”で話す。
万が一も考えて、時間の早さを遅くする念の入れようだ。
(感謝するのねディジーグリー。これで体を調べられても何も出てこない、貴男は生きていられて嬉しいでしょう)
(ぐぬぅ! 何をし――――あっ、いえ。何をなされたのですか女王陛下)
(ふふっ、聡い子は好きよディジー坊や)
本能的に“女王”と呼んだディジーグリーに、カミラは朗らかに嗤う。
(気が変わったわ、貴方達“魔族”の“長”として君臨してあげる。――――今回の生存は、その“証”だとおもいなさい)
(ありがたく存じ上げます。で、ですが陛下…………)
言い澱んだディジーグリーに、カミラは然もありなんと頷く。
(ええ、解るわ。ガルドの事でしょう)
(…………ご慧眼、忝く)
(これは強制では無いわ。今更ですものね…………だから、選択肢を与えます)
(ガルド様か、女王陛下か、ですな)
(ふふっ、よく考えなさい。軛からの解放か、今まで通りの“平穏”か。――――来る時に、また答えは聞くわ)
会話が終わった途端、時間の流れが元に戻る。
尤も、それを感知しえたのは当のカミラだけだったが。
「ふふっ、ふふふ――――」
「…………悪い顔してますよ、カミラ様。今度は何を思いついたんですか? よちよち、可愛い子ですねぇ。親は誰なんでしょう」
カミラの腕の中のディジー坊やに、そうとも知らずアメリは頬をつっつく。
「あら、解らないのね」
「知っているんですか? カミラ様――――」
「カッカッカッカッカ、カミラ!? その赤子は真逆、いやそんな、現実にありえる筈が、いや余の目に間違いなど――――」
慌てふためきやってきて、錯乱状態のガルドにカミラは赤子を手渡す。
流石元魔王、この赤子の正体が解った様だ。
「ふふっ、大切になさってねガルド。――――貴男とセーラの子よ」
「はいっ!? 何時の間にアタシ産んだの!? 真逆アタシは――――聖女!」
同じく駆け寄ってきたセーラは、がびーんと驚きながら、赤子の抱き方に苦戦するガルドを手助け。
その様子に苦笑しながら、最後に到着したユリウスは疲れた様に言う。
「いや、お前は元から聖女だろう、何を言ってるんだ…………」
「あらユリウス、体の調子はどう? アメリのついでと言っては何だけど、私達の体も一緒に“戻した”のよっ!」
胸を張るカミラに、事態を把握したユリウスは何とも言えない顔をした。
「…………もう、お前が何をしたって驚かないぞ馬鹿女」
「いやん、そんなに褒めなくても…………」
「褒めてません、褒めてませんよカミラ様!」
ったくもう、と苦笑するユリウスに、艶めかしく腕を絡ませるカミラ。
いつもの光景に密かに喜ぶアメリは、それはそれとして告げ口。
「あ、知ってますかユリウス様! カミラ様ったら、また何か企んでるご様子なんですよぅ!」
「企んでるとは人聞きの悪い、ユリウスへの“愛”! 愛の発露よ、ただの!」
「頼むから、穏便にな、穏便に。…………はぁ、また殿下と陛下に説明に行かなければ…………」
「迷惑をかけるわ、ユリウス――――ちゅっ」
「――――ッ!? カミラが自分からキスを!?」
「頬にキスくらい、何度もしてるじゃないっ!」
ぷくーっとむくれるカミラに、ユリウスは冗談だと笑い、優しく抱きしめる。
「許してくれよ、俺のカミラ…………」
「んもう、ユリウスたらぁ…………」
「いちゃつくなら、帰ってからにしませんかねぇ……」
砂糖を吐きそうな顔で嘆くアメリに、カミラはもっと側に来るように手招き。
「そうそう。“これ”を渡しておくわアメリ」
「これは、あの魔族が持っていた秘宝とやらか?」
「ええ、完全に私のモノにしたし。万が一の為に、ね。アメリ、貴女に持っていて欲しいの…………」
差し出された懐中時計に、アメリの目が一瞬潤んだ。
カミラの真意が解ったからだ。
「――――はい、カミラ様。わたし、アメリ・アキシアは、カミラ様のもう一つの“鎖”となります」
「ええ。“お願い”するわ、私のアメリ…………」
確かな言葉など、今の主従には必要なかった。
未来永劫、確かな信頼と親愛を持って、カミラはアメリを従え。
アメリもまた、“忠”を尽くす。
今日、垣間見たカミラも過去も、いずれユリウスに話す時が来るかもしれないが今は――――二人だけの秘密。
二人の醸し出す雰囲気に、ユリウスが微かな疎外感と可愛らしい嫉妬を覚えていると。
空気を読まずに、割り込む女が一人。
「なーに恋人放ってストロベリってんのアンタら? やっぱそっち系の趣味でもあんの? それよりコッチ手伝いなさいよ! アタシ、赤ちゃんの世話の仕方なんてしらないんだからね!」
「す、すまぬ。余を助けてくれ皆!」
セーラは兎も角、ガルドの言葉に目を合わせた三人は、手早く行動を開始する。
「――――残念ね、セーラ」
「もう少し空気読んでくださいよ、それでも聖女ですか?」
セーラの両腕を、カミラとアメリは溜息と共にガシっと掴む。
「あれ? え? 何で両腕掴むのよアンタら?」
「ガルド、取り敢えず俺で我慢しろ。――――もう少し反省しろ、な? セーラ」
冷や汗だらだらと、態とらしく首を傾げるセーラを置いて、ユリウスはガルドと赤子の下へ。
カミラとアメリは殊更に微笑んで。ズルズルと寄宿舎へセーラを引きずり始める。
「そもそも、今回の騒ぎの発端は――――」
「いったい誰だと思っているんですかねぇ…………」
「えっとそれは、……えへへへ? っていうかカミラ、アンタも同罪――――あ、いえ、何でもないです、はい!」
その後、寄宿舎にて数時間に渡り、セーラの叫びが辺り一面に響きわたったのであった――――。
所で、新規読者獲――ゲフンゲフン。
目立ってランキングに――ゲフンゲフン。
失礼、つい本音が。
えー、何となく、ふと思うところがあって。
タイトルをまたマイナーチェンジしてもいいかな? 駄目カナ?
ともあれ取り合えず。
次の更新は8/15(金曜)20:00の予定です。




