97話 【過去】
最初は、先の戦闘の光景が映し出された。
そしてそれは数秒も経たずに、少し前の話し合いの光景へ。
そしてそれも――――。
「カミラ様が全然写ってませんね、これ」
物珍しそうに映像を見るアメリの問いかけに、カミラは不安を感じながら答えた。
「…………ええ。“私”の記憶だからね」
「おお~…………、流石カミラ様。ユリウス様で一杯――――あ! 今わたし写ってますよ、それも沢山!」
一日が何秒で巻き戻されているか、正確にはわからなかったが。
映像はあっという間に、カミラの十六の誕生日を通り越して数年前を写していた。
「いやー、こんなに早いんじゃあ。カミラ様との思い出を語る暇もないですねぇ…………あれ?」
のほほんと笑うアメリは、その“違和感”に首を傾げた。
「変な所で繰り返しですか?」
映像では、幼いカミラが何処かの城の謁見の間と思わしき所で、ガルドによく似た人物に惨殺される所だった。
何度も、何度も――――。
(嗚呼、嗚呼、嗚呼…………確かに“これ”は、確かに“私”の“記憶”――――)
ある時は、天井から襲いかかり。
ある時は、地下から。
ある時は、正面から。
潰され。
焼かれ。
溺れ。
塵となって。
おおよそ、人が想像しうる全ての死が、何回も何回も幼いカミラを死に至らしめていた。
「そんな、酷い。なんでこんな…………」
不幸にもその全てを目撃してしまったアメリは、青い顔をしながらカミラに質問しようとしたが。
当のカミラは憎々しげに、悲しそうに。
唇を噛んで真っ青にしながら、映像を睨みつけていた。
(…………質問できる雰囲気じゃ、ありませんね)
カミラの心中を慮り、アメリは言葉を喉より下に留め、手持ちぶさたに映像へ目を向ける。
(カミラ様は先ほど“私の記憶”と仰りましたけど――――)
映像を見れば見るほどに、疑問が沸き上がっていく。
幼いカミラが死んで、巻き戻って両親と平和に暮らし生まれるまで。
するとまた、幼いカミラが“死”ぬ。
それが何百と繰り返された後、唐突に。
ユリシーヌが登場する様になった。
(けど、これも変ですね。ユリウス様はずっとユリシーヌ様のままです…………)
映し出される映像に、偏りがある。
アメリ自身が出てこないのは、まだいい。
問題は――――“笑顔”が無い事だ。
「どうして…………。ユリウス様すら、笑顔が…………」
「――――っ」
笑顔がない、というのは語弊がある。
正確には、悲しみ、怒り、同情、憐憫、そして――――、憎悪。
全て顔が、負の感情で満ちあふれている。
そして、とうとう。
アメリにとって耐え難い、直視にしたくない光景が現れた。
「――――な、なんでわたしがっ!? こ、こんなの知りませんっ! やってませんよカミラ様っ!?」
その“光景”に、アメリは悲痛な声で叫んだ。
(貴女には、貴女には見せたくなかった。見られたくなかったわ。アメリ――――)
映し出されていたアメリは、憎しみの表情でカミラを後ろから剣で刺し殺していた。
怒りの顔で、カミラを拷問死させていた。
憐憫の情で毒殺したと思えば、その過程で、裏切りを働いている様な場面も見受けられた。
殺し、殺され。
そして――――他人。
ただすれ違うだけの、認識すらされていない、他人。
写っていたのは、たまたま視界の端にいたから、と言わんばかりの映像――――カミラの“記憶”。
「何なんですかカミラ様!? この“記憶”は、こんなものが本当にカミラ様の“記憶”なんですか!?」
カミラはそれに答えず、ただ悲しい顔で頷いた。
思うような回答が得られず、無性に苛立つアメリの前に、惨劇は続く。
多くは魔族に。
しかし、それと同じくらい、見知った知人によりカミラの命が奪われて、逝く。
セーラに、ゼロスに、ヴァネッサに、リーベイら三人は言わずもがな、その婚約者や、果てはジッド王。
そして――――両親に。
名前を知る者、知らぬ者。
その全てがカミラと何らかの形で敵対し、必ず残酷な結末を迎えていた。
何もかもが、見知らぬ、悲しい光景の中で。
アメリは唯一、光とも思える“共通点”に気づいた。
「――――だから、好きになったのですね」
「ええ。…………たった一人、たった一人だけだったのよ」
カミラの哀しくも嬉しそうな言葉の響きに、アメリはこの“記憶”が真実だと確信した。
アメリにはその確信を提示するだけの、確固たる理由も、物理的証拠なども、何一つなかったが。
“魂”と呼ぶべき“何か”が、真実だと確信させていた。
繰り返されるカミラの、“生”と“死”の“記憶”の中。
最後の最後。
今際の際だけはいつも、ユリウスの顔があった。
例え、途中でカミラと敵対しても。
ユリシーヌが、ユリウスだけがカミラを“殺害”する事は一度たりともなかった。
(ユリウス様が、カミラ様唯一の拠り所…………)
或いは、依存先とも言い換えてもいいかもしれない。
だが、どんなに歪な関係であろうとも、その“先”になれていない、なれなかった事をアメリは悔しく思った。
「カミラ様のその人知を越えた“力”は、全部――――ユリウス様の為なんですね」
「私には、それしか無かったから…………」
自嘲するように呟いたカミラと、静かに寄り添ったアメリの前に、映像はまだ続く。
もはや数えることすら出来ぬ繰り返し、――――“ループ”の中。
時折写る、鏡の中のカミラはその姿をどんどん変えていく。
美しかった髪の輝きは色褪せ。
肉体は魅力を落とし。
化粧の腕も落ちて。
やがてそこには、誰とも知れぬ“平凡”な女生徒の姿があった。
すれ違っても記憶に残らない、けれどそこら中に存在していそうな“平凡”な少女。
「これはもしかして…………」
「ええ、始まりの頃の私。まだ何も知らなかった頃の、私…………」
平凡な少女が、幾度と無くまた“生”と“死”を繰り返し――――。
――――映像が一度、プツンと途切れた。
「終わったんですか?」
「いいえ。私の予想が正しければまだ――――」
カミラがそう言いかける中、再び“記憶”の再生が始まる。
それは、アメリにとって奇妙なモノだった。
そして、カミラにとって懐かしいモノだった。
「――――カミラ様のご実家の城下町に似てますね。いえ、これに“似せた”んですね?」
「やはり、ここまで写すのね…………」
白く大きな鉄塊と壁に潰され、――――圧死。
同じように逆再生が始まり、見える光景は“異質”。
灰色の巨棒が立ち並び、昼と変わらぬ夜の明るさ。
灰色の地面に、よく解らない白文字の文様――――漢字。
「“私”じゃない“私”のいきた“時代”…………ええ、そうね。“平成”の世はこんなモノだったわ…………」
郷愁漂う言葉に、アメリが疑問を上げる暇なく、映像は切り替わっていき。
(お父さん、お母さん…………嗚呼、私は顔さえも忘れて…………)
東洋に住まうとされる“黄色人種”の一家の、平和な生活が映し出され――――。
――――そして、今度こそ映像は終わった。
「最後のは、いえ。そもそも“何の”記憶なんですか? カミラ様…………」
静かに伺うアメリの声に、カミラは答えるのを躊躇った。
ここまで、最後の最後、前世の記憶まで。
目を伏せて、カミラは思考する。
(誤魔化したくはないわ。けれど言いたくも無い。けど――――)
耳が痛くなるような無音の無言。
その中で、カミラはゆっくりと目を開きアメリを見た。
アメリは、ただ真っ直ぐにカミラを見つめていた。
そこに、負の感情も。
そして、正の感情も。
何一つ見受けられず、ただ言葉を一心に待つ姿があった。
(嗚呼、嗚呼、嗚呼、嗚呼、嗚呼…………)
憐れみが無かった嬉しさか、嘘だと信じていない哀しさか。
カミラの心に、暖かな何かが渦巻く。
(私はきっと、こんな風に強くいられない――――)
それは羨望であった。
その様な心の持ち主が側にいるという、誇らしさであった。
同時に、罪悪感が生まれる。
(相応しくないのよ、私には。だって、だって…………)
カミラには、アメリに返せるモノが何一つない。
信頼に、好意に、愛に。
何一つ、何一つ――――。
(――――だから、せめて)
カミラは深呼吸をして、アメリを見つめ返す。
自分の過去を話すことがアメリに対する“何か”になる事を祈って。
「私はね、アメリ。――――時を、繰り返していたの」
「繰り返して“いた”ですか?」
「ええ、自動的に私を巻き戻していた機械は、破壊してしまったもの。私は“時間”に流される只人になった――――そう、思っていたわ」
「これの、所為ですか?」
アメリは、懐中時計を指さす。
自嘲の笑みを浮かべながら、カミラは頷いた。
「多分、私が壊したのは“これ”の、紛い物だったのね。今なら解る。“これ”こそが、唯一にして無二のイレギュラー。――――“本物のタイムマシン”」
「カミラ様…………」
「こんな、こんなモノがあるから私は――――っ!」
涙を溢れさせ、瞳を怒りと哀しみ、そして無力感に染め上げたカミラに、アメリは鋭く問いかける。
「これが無ければ、カミラ様は幸せでいられました?」
「――――いいえ、何も知らずに。“壊れたシナリオ”通りに死んでいたでしょうね」
「これが無ければ、ユリウス様が好きになられませんでしたか?」
「それは…………解らないわ」
ユリウスへの好意に、カミラが即答で断言しなかった事に、アメリは少し悲しく思った。
そして、それだけ。
“繰り返し”が重いことを痛感する。
(今まで、カミラ様は“強い”人だと思っていましたが、そうじゃなかったのですね…………)
それは失望ではない、怒りでもない。
哀しみでもなければ、憐れみでもない。
――――例えるならば、愛。
気の遠くなる程の繰り返しの果てに、積み上げられた強さ。
弱さを晒けだす――――優しさ。
敬い、愛する事に、今までより強く、今のアメリに何の躊躇いもない。
だから、だからこそ、今のカミラが放っておけない。
「全て、全て私の“力”では無いわ。借り物の力。貴女を最初に助けた事だって、ただ私は――――」
瞬間、バチンとカミラの頬が鳴った。
アメリが、平手で打ったのだ。
それを認識すると、カミラは大粒の涙をこぼし呟く。
「私は、貴女に慕われる資格なんて――――」
バチン、と再びカミラの頬が鳴る。
今度は反対側だ。
怯えたような視線を向けるカミラに、アメリは言った。
「貴女が好きですカミラ様。――――異性へのそれとして、愛しております」
「わ、わた、私は――――」
思ってもみなかった言葉に、カミラは声を詰まらせる。
何故、何故、何故。
幾度と無く疑問を繰り返せど、カミラの中に答えは存在しない、する筈が無い。
戸惑うカミラを、アメリは柔らかに微笑んで抱きしめた。
「いいんです、無理に言わなくて。答えは解っております。私達はユリウス様より長い時間を過ごした主従。僭越ながら家族とも、親友とも思っております。――――それは、カミラ様も同じでしょう?」
頷くカミラに、アメリは続ける。
「存じておりますカミラ様。貴女が同性へユリウス様へのと同じ“愛”を向ける事は、決して無いと。何より――――ユリウス様を、愛している事を」
「だから、同じ気持ちを返して欲しい、とは言いません。――――でも、それでも。貴女の側に居させてください。この身が果てる時まで、貴女の力にならせてください」
静謐な光を瞳に、カミラに縋るでも無く、懇願するでも無く。
全てを、受け入れると。
カミラの言葉、決断に従うと柔らかに微笑むアメリの姿に。
カミラのその罅だらけの心に、柔らかな何かが降り積もり、癒す。
(私は、私は、私は)
本当に男として産まれてきたらよかった。
こんな自分の側に、これからも居たいといってくれた人に。
やはり、カミラは何も報いる事が出来ない。
(こんなにも、こんなにも嬉しいのに――――)
せめて言葉だけでも、果たせぬとしても約束だけでもと、カミラは必死に言の葉を紡ぎ出す。
「…………ねぇ、アメリ。さっきの私の“記憶”、その最後を見たでしょう」
「はい、カミラ様」
「私はね、違う時代の記憶――――“前世”の“記憶”を持っているのよ」
アメリが望んでいた“愛”ではないけれど、想いを返そうとしてくれている。
その事に気づき、言葉の続きを待つ。
「人はね。死んだら誰かに生まれ変わるのよ。だから、もし“来世”があるとしたら、一度は貴女にあげるわ」
「えへへっ。一度だけですかカミラ様?」
まるで恋人の様に抱き合い、カミラの胸に顔を寄せながらアメリは聞いた。
「既に来世以降も、私はユリウスを愛すると決めたわ――――でももし、私が男に産まれたなら。その時は貴女を探し出して、絶対に幸せにするわ」
「欲張りですね、カミラ様。でも、嬉しい…………あ、でもその時はユリウス様どうするんです? わたし、三角関係は嫌ですよ?」
「ふふっ、その時は。私達の子供として、ユリウスを産んで慈しむわ」
「もうっ! カミラ様ったら、本当に欲張りなんですから」
二人は心から笑いあった。
その顔にどちらも涙があったが、それはきっと嬉しさからなのだ。
悲しさじゃない、嬉しさからだと二人は微笑み。
そんな、新たな関係に至った主従を祝福するように、懐中時計が再び淡く光り出す。
「――――もう、時間の様ね」
「わたしとしては、もっと居てもよかったですけどね」
「だけど、現実に戻らなくてはね」
「…………はいっ!」
カミラとアメリは体を離し、けれど手を握りあう。
そしてカミラは、掌握が完全に終わった“銀の懐中時計”に“タキオン”を込めて――――。
そして、二人の世界に“色”が戻った。
約一週間ぶりですね。
ではまた次話でお会いしましょう。
多分、明後日です。




