90話 カミラ様はわりと油断レディー
王都全域に、魔族襲撃の警報が鳴り響き。
そして、――――“夜”が訪れる。
王城に詰める兵士達に緊張が走る中、王都の結界が指し示した場所。
学院内のカミラのサロンには今、アメリを通じてディジーグリーの魔力が暴風雨の様に吹き荒れていた。
「嘘だ嘘だ嘘だ嘘だあああああああああああ!」
「最後まで聞いてくれっ! ディジーグリー! 余は――――!」
真実を知り狂乱状態に陥ったディジーグリーに、ガルドは何かを伝えようとするも、それは魔力の嵐によってかき消される。
「見たところ、魔族の真実が一割、信じていた者に裏切られた事が四割、そも信じた者がやはり偽物だった事が五割、といったところか?」
「何を暢気に分析しているんですかカミラッ! このままではアメリどころか学院さえもッ!」
聖剣をえっちらおっちら構え、険しい顔をするユリシーヌが、カラミティスに叫ぶ。
その視線が油断無く、アメリに向けられているのは戦う者として流石と言った所か。
「別に慌てる事ではないさユリシーヌ。……アメリは大丈夫だ」
「大丈夫ってアンタっ! いったい何の根拠があって――――」
悠然と紅茶を啜るカラミティスの頭を、バシンと叩くセーラ。
だが、その文句も最後まで届く事無く、ディジーグリーが叫ぶ。
「随分と余裕だなぁ! 忌まわしき簒奪者よっ! こちらにはお前の大切な人間を人質にとっている事を忘れるなよおおおおおおおお!」
「はいはい、忘れてないぞ」
「軽っ!? 返事軽すぎよアンタ!?」
「どうしたんですかカミラッ!? アメリが人質に取られているんですよ!?」
「そうだぞカミラ! 暢気に紅茶など――――」
一様にカラミティスを責める言葉の中、飲み終えたカップを置き、そして一言。
「――――アメリ、おかわり」
「はい、カミラ様ただいまっ! ――――ってぬおおおおおおおおおお! 何だコイツは! 勝手に動くんじゃない! 何故ティーポットを――――」
元気よく返事をし、カラミティスのカップに紅茶を注ぐアメリの姿に、一同は驚愕し目を丸くする。
そしてカラミティスは、再び紅茶を啜り一言。
「あ、お茶菓子も持ってきてくれ」
「はい、こないだヴァネッサ様からみかんのお礼に貰ったヤツでいいですか? ――――何が起こっている! コイツは完全に支配――――」
「そう、それでいいぞ」
時折漏れるディジーグリーの叫びなどなんのその、普段と変わらぬ日常を行う主従コンビに、ユリシーヌが恐る恐る問いかける。
「えーっと、その。カラミティス? これはいったい…………?」
「ふふっ、見ての通りだよユリシーヌ。確かにアメリは人質に捕らえられていると言っても過言ではない」
カラミティスは、マイペースに紅茶の香りを楽しんでから、大胆不敵に笑う。
「だが――――、何の対策もしていないと、思ったのか?」
「――――っ!? アンタ、この事態を予測していたっていうの!?」
驚くセーラ達に、カラミティスは呆れた顔で一同を見た。
「そも私は力付くで魔王を簒奪した者だ。何故、同じように狙われないと考えない? ならば当然、備えはしているモノだろう? ――――よく思い出せセーラ。貴女の魅了からゼロス殿下を守りきったのは、いったい誰だと思っている」
「ならば何故、私を泳がせたのだ忌まわしき簒奪者!」
憎しみの瞳を向けるディジーグリーに、カラミティスはにこやかに答えた。
「私は世界一の魔女で、魔王だ。だが神の如く万能では無いからな。…………知りたかったのだよ、お前達の考えが、どういう行動を取るか」
「…………知って、どうする気だったのだ? カラミティス」
言葉の裏に不穏な“何か”を感じたのか、ガルドが強ばった口調で言う。
それを感じ取ったカミラは、故に“不穏”を言葉にした。
「適度に間引く為だ。ガルド、私はお前と違って今の安寧を好む――――“魔族”という驚異が存在する平和を」
「な――――っ!?「ふざけるなあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
ガルドが驚愕し、そしてそれ以上にディジーグリーがカミラの言に激高した。
「許せるものか! ああ! 許せるものか! ドゥーガルド様を殺した挙げ句、我らを間引くだと!? どこまで“魔族”を愚弄するつもりだ貴様あああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
「愚弄? 何をバカな。貴様達の事は“歯車”としか思っていないぞ。ふふふっ、歯車を愚弄するなんて無駄の極み――――ほら、愚弄なんてしていない」
「~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!」
カミラの嘲笑に、言葉にならぬ憎悪を燃やすディジーグリー。
その光景に、ユリシーヌは直感した。
(そうか、これが。これがカミラが隠していた事――――ッ!)
恐らくこれは、その一端でしか無いのだろう。
(カミラ、お前はずっと一人で。人類や世界の秘密を一人で背負って――――)
少しでいいから教えて欲しかった。
その重みを分かち合いたかった。
だが――――。
(――――今は、嘆く時じゃないッ!)
聖剣を握りしめる手に力をいっそう込めて、ユリシーヌはカラミティスを見る。
「カミラ貴女は、――――間違っている」
そして、ユリウスはカミラに剣を向けた。
ユリウスの行動に、セーラ達のみならずディジーグリーまでもが息を飲む。
ただ一人、――――カミラを除いては。
「かもしれないな」
「貴女は自分勝手で、そしてどこか冷徹で。だから“らしくない”とは言わないわ」
「なら?」
静かに答えたカラミティスに、ユリシーヌは儚げに笑うと、懇願する様に言った。
――――否、それは確かに懇願だった。
「頼むから、……頼むから。私を理由に、誰かを犠牲になんてしないで」
真っ直ぐな瞳に、カミラは目を反らして短く答えた。
「いいえ、これは私の為」
「私達の“未来”の為、――――でしょう?」
ユリウスの言葉に、カミラは何も言い返せなかった。
(嗚呼、嗚呼。だからきっと。私はユリウスに惹かれたのだわ)
犠牲を良しとしない“正しさ”に。
唯一無二の“恋人”として、心情を理解してくれるその姿に。
(でも、私は譲れないし、話せない――――)
世界に対し、カミラがしようとしている事を知ったら、この優しい恋人は、必ず止めようとするだろう。
だがそれは、――――不確定な争い満ちる世界への一歩だ。
「…………駄目なんだユリシーヌ」
「貴女はそう言うと思った。――――だから、止める」
譲れない想いを抱え、見つめ合う二人を。
そこに存在してしまった“隙”を、ディジーグリーは見逃さなかった。
魔王に聖剣が向けられた時、その力は封じられる――――世界の絶対法則。
それが今、目の前にある。
ディジーグリーの、“魔族”の悲願を受け入れないのなら死を。
叶わぬのならば――――せめて一矢。
「カミラっ! ユリウスっ! アイツが何か――――」
「しまった!? させぬ――――」
瞬間、アメリのスカートのポケットから“銀の懐中時計”を取り出したディジーグリーは、憎悪に膨れた顔で叫んだ。
「時よ、止まれえええええええええええええええええええええええええええええええええええ!」
「――――? いったい何…………っ!? ディジーグリーは!? ユリウス!? セーラは何処――――カミラっ! 大丈夫かっ!?」
次の刹那、ガルドの目に写ったのは。
聖剣が右肩に刺さり、倒れ込む最中のカラミティス。
二人を取り囲む黒いパワードスーツ――――傀儡兵達。
そして。
ディジーグリー、ユリシーヌ、セーラの三人の姿は、室内の何処にも無かった。
次回は8/21(月)20:00頃です。




