09話 白銀に濡れる
「しかし、以外と早く終わりました。予定では午後過ぎまでかかる筈でしたが」
「ええ、皆さん思ったより協力的で、やはり『白銀』のユリシーヌ様はご人望がありますわね」
「あらあら。私の目には皆一様に、貴女に驚き慄いていた様に見えましたわ。流石は学院の黒幕といった所ね」
「ふふっ、困ったものね。黒幕という言の葉はヴァネッサ様にこそ相応しいのに」
「流石に、貴女には負ける思うのですが……」
学院の食堂も休日は営業していない。
生徒会室でアメリから届けられた昼食を食べた後は、急いで仕事を始める事はなかろうと。
二人っきりで、紅茶片手に優雅に談笑していた。
なお、平の生徒会役員はカミラの微笑み一つ(暗黒微笑)で外に食べに行き、そのまま午後の作業に入るそうである。
勤勉なことだ、勤勉なことなのだ。
「そうそう、恐らくですけど。今日の仕事が減ったのは、ゼロス殿下のお陰かもしれません」
カミラはユリシーヌをからかうべく、次の邪な一手を打つべく、王子を犠牲にする。
「あら殿下が? けれどあの方に、他人の分まで仕事をこなす要領がおありでしたかしら?」
「ふふっ、ユリシーヌ様もお言いになるわね。この前サロンにお邪魔したときの事ですけれど、殿下、筋トレしながら何やら書き物をなさっていて……」
そこでカミラは、力強く拳を握りしめて出来るだけ低い声をだした。
「おおっ! 見てくれカミラ嬢! ふんっ! ふんっ! これなら仕事と筋肉をっ! 一緒に出来るっ! 方法を見つけたぞぉっ! ふんぬーっ! これを見たならっ!ウィルソンやエミール、リーベイも戻ってくる筈だっ!」
余談だが、リーベイとは現在セーラが寝取った三人衆最後の一人であり、陰のあるひ弱ヤンデレキャラだ。
「……ごほん。等という事が」
「………………くっ、おいたわしや殿下。あの脳味噌まで筋肉で出来ているウィルソンですら、思いついてもやらなかった事を」
もしかしてあの行為は本気ではなく。三人と離れ、寂しさや仕事量に負けた殿下の奇行だったのでは。
と、今更ながらに思い至ったカミラの肩を、ユリシーヌがガクガクとゆする。
真逆、隣に座った弊害がこんな所で出ようとは……!
「魔女! 我が友の魔女! せめて殿下を筋肉に傾向する前に戻す事は出来ませんか!? 出来ないのならばせめて原因だけでも!」
わりとマジなユリシーヌの眼力に、カミラは目を反らしながら思案する。
戻せなくもないが、王子の変化はカミラの仕業ではなし、戻したらつまらない。
かといって原因に心当たりはまったく無いが、前にちらりと何か聞いた気もする。
「……そういえば」
「そういえば?」
「殿下が筋トレを始めた頃、嬉しそうにヴァネッサに勧められたと、話していた様な……?」
「ヴ、ヴァネッサ様……、貴女はなんと言う事を……」
ふらっと、色っぽくよろめき、がくっと失意体前屈を見せるユリシーヌの芸の細かさを堪能しながら。
カミラは魔王の力をフルに使って、後ろに回る。
咄嗟の事だが、準備は万端だREC。
「……まぁまぁ、元々、得意とするところが無かった殿下ですもの。肉体ぐらい伴侶の好みに合わせて鍛えるぐらい、どうって事ないですわ。はぁはぁじゅるり」
男だと言われても、誰もが信じられない美しい曲線を描く尻を、カミラは目と脳と、魔法で映像を記録する。
「確かにそうですけど、物事には限度と言うものが……。カミラ様、息が荒いようですが何を――はッ!」
ユリシーヌが四つん這いのまま振り向くと、そこには血走った目で凝視するカミラの姿が。
「何でもありませんは、ユリシーヌ様。触りたくなる尻――――ゲフンゲフンっ! いえ、どの様なポーズでも絵になるな、と」
「もう少し本音を隠して下さいカミラ様ッ! それから手にもった妖しげな水晶はなんですッ!」
「いえいえ、急に占いをしたくなっただけで、決して美尻を記録などしては――」
「ええいッ! 何をしてるんですか貴女はッ! チィッ! 逃げるなッ! 魔女めがッ!」
「素が出てますわよユリシーヌ様、淑女らしくしませんと~!」
鬼の形相で追って来るユリシーヌを背に、付かず離れずの距離を維持して、校舎の外の庭園へ向かう。
(ふふっ、引っかかりましたわねユリシーヌ様! めくるめく濡れスケの時間ですわっ! そしてそして、その後は――!)
「ふふふっ、鬼さんこちら、ここまでいらっしゃーい!」
目的地へと到達したカミラは、念話の魔法でアメリに合図を送る。
それ、もうすぐだ。
一……、二……、……三!
「捕まえまし――――きゃあッ!」
ユリシーヌがカミラの腕を掴んだその時、二人の上から、ばっしゃん、だばー、と大量の水が降り注ぐ。
「ふふっ、水も滴るなんとやら、ですわねユリシーヌ様」
「…………これも貴女の仕業ですかカミラ様」
「ご想像にお任せするわ」
「私とした事が、こんな手にひっかかるなんてぇ…………」
疲れた顔のユリシーヌは、水で白銀の髪を顔に張り付かせながら、情けない声を出した。
少し遠くから、男子生徒が物凄い勢いで謝罪する声が届く中。
カミラは百年の恋もさめる形相で笑い、濡れスケを堪能し始めた。
誰が得するのかわからない、女装男子の濡れスケ描写は、明日です!
……何故、私は男の濡れスケを書いたのだろうか(哲学的な疑問)