86話 助けてカミラ様! ……なおカミラ様はランチ中。
「うわぁ…………今日も沢山、人が見に来てますよカラミティス様……」
「これも有名税というモノだアメリ。ふふふ、人気者は辛いな」
廊下から覗く人だかりに、カミラは満更でもない笑みを浮かべ笑った。
カミラとユリウスが性転換して数日、噂が噂を呼び、精悍な美少年に変貌したカミラを見に、休み時間の度に廊下は大騒ぎ。
「辛いって言うなら、嬉しそうな顔しないでくださいよ…………だいたいさっきの移動授業の帰り、人混みをかき分けて先導したのは、わたしじゃないですか!」
「うむ、いつも苦労をかけるなアメリ…………」
むすーっと、可愛らしく頬を膨らますアメリに、カラミティスはそっと寄り添いその腰を抱く。
「うえっ!? ちょっ! カラミティス様!?」
「よしよーし、よしよーし。いつも有り難うな、助かっているぞ!」
「あん、もぅ……。髪が乱れちゃいますってばカラミティス様ったら…………」
わしゃわしゃと、愛犬を撫でるが如く、大胆かつ乱雑で、しかして愛を込めてアメリの頭を撫でる。
(うわっ…………アメリの胸は大きいから、こうして密着すると当たるのね…………そして股間に悪い)
女性である時は何とも思わなかったのに、男になった途端、現金に反応する己の体に、カミラは戸惑った。
だが。
だが、相手は親愛なるアメリである。
決して、決して劣情など抱いてはいけない相手だ。
(私はユリシーヌ一筋、一筋だから!)
これは只の感謝の行為で、下心など無いと。
カラミティスが必死に性欲を押し殺している間に、アメリと言えば幸福と苦難に戦っていた。
(はふぅ…………男の人の大きい手で撫でられるって良いものですねぇ…………。それはそれとして、うぅ、視線が痛いです……)
カミラは気づいていない事だが、早くも学内にはファンクラブが出来ていた。
元々、女生徒にも人気があったカミラだ。
その時から、側にいるアメリには時折鋭い羨望や嫉妬の視線が送られていたが。
(カミラ様が男になったからって、何で視線の数が倍増しているんですか……。これ絶対後で校舎裏案件ですよ、またラブレター山盛り…………で済めばいいなぁ…………)
嬉しくも、複雑そうな顔をするアメリに、カミラもやっと気づいたのか、フム、と一呼吸おいて撫でるのを止める。
「このまま撫でているのもいいが、昼休みがなくなってしまうな…………」
「あう……、カラミティス様。乱れた髪くらい自分で整えますから」
「そう言うな、いつもしてる事だろう?」
(たしかにそうですけどっ! 今言うと余計な噂がほらぁーー! クラスの人もひそひそしてるじゃないですか!?)
顔を真っ赤にしながら、嵐が過ぎ去るのを待ったアメリは、カミラが満足気な顔で席に戻ったのを見届けてから、ひとまず深呼吸。
(わたしも、自分の席に戻って…………、教科書を置いたら今日は何を食べ…………あれ?)
アメリの机には、白い封筒が一つ。
手早く教科書を片づけると、いつもの様に中身を確認。
(どうせ、カミラ様宛なんでしょうけど。わたし経由になる以上は、中身を改めさせて頂きます――――んんっ?)
はて? とアメリは首を傾げた。
あれれ? と右へ左へ首を傾ける。
(拝啓、アメリ・アキシア様。突然の手紙をご容赦………………わ、わ、わ、わたし宛ですかああああああああああああああああああああ!?)
え、は、え、と慌てふためくアメリを不審に思ったのか、カミラが近づいてひょいと手紙の中身を覗こうと――――。
「――――だ、駄目ですよカラミティス様!」
「ふぅん。隠すって事は私宛では無いのか、ならいいや」
予想に反し、あっさりと引き下がったカラミティスに、アメリの胸はずきりと痛んだ。
(…………わたしに、恋人が出来てもいいんですか?)
声には、出せなかった。
アメリはカミラにとって、あくまで“親愛なる”そして“もっとも近しい”従者。
恋人にラブレターを送られた者の反応を、期待しても、求めてもいけない。
「…………ままならないですね」
「何か言ったかアメリ? それより食堂に行こう、昼休みが終わってしまうからな」
さあ、と女の時と変わらず手を引こうとするカミラに、アメリは断りを入れた。
「申し訳ありませんカラミティス様。わたしは用事が出来てしまったので、ユリシーヌ様とお食べください」
「ああ、さっきの手紙だな。断るにしろ受けるにしろ、キチンと考えて答えろよ。どんな事になっても私は貴女を受け入れるから」
「はい、カラミティス様…………」
そう、屈託無く笑うカラミティスに、大いに後ろ髪を引かれながら、アメリは手紙に記された屋上へと向かった。
□
アメリを呼び出したのは、隣のクラスの男子だった。
彼の口から飛び出したのは、予想に違う事無く“好き”の言の葉。
だが、というか、やはり、と言うべきか。
一ミリたりとも心を揺れ動かす事なく、ばっさりお断りの言葉を返す。
(もしかしたら、もしかしたら。この人と、幸せになる未来があるのかもしれない)
けれど、アメリはその未来を望まない。
友人から始めて、好きに、愛になる可能性もあったかもしれない。
(でも、駄目なんです…………わたしは、わたしは…………)
気づいてしまったから。
たとえ同性でも、今は男でも。
カミラという存在が“好き”だという事に気づいてしまったから。
――――その“幸せ”の可能性を、アメリは閉ざす。
「ああ、お腹空いたなぁ…………」
男子生徒が去った屋上で、一人になってしまった屋上で、アメリは澄み渡る蒼を見上げた。
自らの心と違い、雲一つ無い“そこ”を、恨めしそうに見上げる。
(変なの。お腹空いているのに、今は何も食べたくない)
告白を断った罪悪感からだろうか、それとも、カミラへの悟られてはいけない想い故だろうか。
「きっと、…………両方、ですねぇ」
誰に向ける出もなく吐き出された答えに、しかして問いかける声が一つ。
「ふむ、何が両方なんだね? 生徒アメリ」
「うええっ! ど、何処っ!? 誰ですか!?」
二人きりだと思った、今は一人だと思った。
(ま、真逆一部始終見られて…………!?)
アメリは前後左右、隈無く見渡せどそこには誰もいない。
「ははは、すまない。上だよ上」
「上? ――――って学園長!? どうしてそんな所に、っていうか見ていらしたんですか!?」
アメリが見上げた先、階段へと続く扉の上、更にその上の給水タンクに腰掛けるナイスミドルのオジ様が一人、学院長のディンである。
そしてアメリは預かり知らぬ事ではあるがその正体は、――――魔族ディジーグリーなのだ。
ともあれ、屋上からストンと降り立ったディンは、アメリに近づいてその肩をぽんぽんと軽く叩く。
「いやはや、すまないな生徒アメリ。食後のひなたぼっこをしていたら、出るに出れなくなってしまってな…………。結果的に覗き見る様になって申し訳ない」
「え? は、い、いやっ! こちらこそ申し訳ありません」
気を付けの姿勢でで直立不動するアメリを、ディンは柔らかく笑う。
その姿は、いかにも善良な学院長といった所だ。
「ああ、楽にしていい。ところで君は昼食がまだの様だが、いいのかな?」
「いえ、お腹が空いていないの――グゥ~~……はうっ!」
「はっはっはっ! 若者はそうでなくてはな」
意志に反して鳴り響いた腹の虫に、アメリは顔を真っ赤に。
ディンはその様子を軽やかに笑うと、しかしてこうも言う。
「うむ、誰かの純粋な想いは。それを断るのも精神的に疲労するのも仕方がないな今は。だが全く食べないのも体に悪い、これでもお食べなさい……」
懐からリボンと袋で可愛らしくラッピングされたクッキーを取り出し、アメリへと差し出す。
「ええっ! そんなお気遣いなく…………」
「いやいや、遠慮する事は無い。これは先程、家庭科の授業で作ったモノを頂いたのだがね。……実は私は、甘いモノが苦手なのだよ。助けると思って貰ってくれたまえ」
「……そういうことなら、有り難うございます」
差し出された袋を、アメリは恐る恐る受け取る。
するとディンはベンチを指さして、
「何、礼など要らないが、これも何かの縁だ。食べ終わる間、そこに座って少々愚痴を聞いてくれないか?」
と言った。
「はい、わたしで宜しければ」
近くのベンチにディンと共に座ったアメリは早速、袋からクッキーを取り出し小さく囓る。
「あ、美味しい」
噛んだ途端、口の中に芳ばしい香りが広がり。
外はサクサク、中しっとり。
(乗せられたアーモンドが良いアクセントになってますね…………作ったのは女生徒でしょうか? これなら直ぐにお店で出せるレベルですね!)
余談だが、作ったのはゼロス王子である。
ピンクのふりふり若妻エプロンが、妙に女生徒に人気だったのは、学園の公然の秘密だ。
ともあれ。
少しだけ食欲を回復させたアメリは、次の一口をさっきよりも若干大きく。
さらにその次は一口で、順調にクッキーの数を減らすのだった。
「では、そのままでいいから聞いておくれ」
サクサクあむあむと、リスのように頬張るアメリを、ディンは(内心は兎も角)微笑ましい目で見ながら語る。
「これは個人的な事なのだがね。私は大切なモノを亡くしてしまったのだ――――。昔の、話だがね」
そう語る目は、郷愁や悲しみに色づいていて、アメリは思わず手を止める。
「だが喜ばしい事に、ある日。それが見つかった。…………もっともそれは、とても残念なことに、偽物……いや、誰かが作った代用品に過ぎなかったのだがね……」
アメリは口内に残るクッキーを、ゴクンと飲み込んで言った。
「――代用品では駄目なくらい、大切なモノだったのですね」
「それは、イエスともノーともいえるね…………」
今度は自嘲するようにディンは笑い、綺麗に整えられた顎髭を撫でた。
「喪う前から大切に思っていた。喪ってから更に、代わりになるモノなど無い、と思っていた。――――でも代用品が見つかった途端、私は思い知らされた」
「何をです?」
「何一つ似ていない、手元に、近くに居ない、しかも薄汚い紛い物に過ぎない、だが私は――――、満足していた、満足してしまった。“それ”が存在するという事実に…………」
苦しみの声を出す学院長に、アメリは掛ける言葉が見つからない。
だが、そんなアメリの様子も気にせずに、学院長は続ける。
「だから私は、私達は、代用品でもいいと、求めたのだ。導き手になって欲しいと。――――だが、その手は払いのけられた。ならば、ならば何故我らは存在しているのだっ!」
ディンは拳を堅く握りしめた。
その漏れ出す怒気に、アメリは怯える。
(――――怖い。この人はいったい何を話しているんです?)
ディンは血走った目で、アメリの肩を強く掴んで怒鳴る。
「自ら代用品となった癖に、あの薄汚い人間は我らを拒んだのだ! 許せるものかっ! ――――我らはは実力行使に至った、でも駄目だった。ああ、そうだ! だからこその存在なのだ!」
「い、痛いです学院長っ! 放してくださいっ!」
アメリを一際強く睨むと、ディンはふっと力なく手を離す。
「…………我らは沈黙する他なかった。静かに、世の動向を見定めるだけしか、だが――――見つかったのだ、こんどこそ! 代用品では無いあの“お方”が!」
「私の、我らの大切なモノ――――魔王様がっ!」
「え、あ…………ま、おう?」
――――魔王。
その単語によって、アメリの全身に緊張が走る。
(まずいまずいまずい)
逃げなければ、早く逃げて誰か、カミラ様に。
そう考え、同時に体も動かそうとするが――――。
「――――っ!?」
(口が――――体が、動けないっ!?)
そう、あのクッキーには魔族特製の毒が入っていたのだ。
(しまったっ! カミラ様! 真逆、さっきの告白すら仕組まれ――――)
驚愕と恐怖に顔を青くするアメリに、ディンは優しく語りかける。
「生徒アメリ・アキシア。君に頼みがあるのだ。ああ答えはいらないよ、君はもう――私の支配下だ」
瞬間、アメリの思考が靄にかかったかの如く、ボヤけていく。
(カミラ、カミラ様…………)
声にならぬ声、そして当然の様に魔法を封じられ、不特定の誰かにすら助けが届かない。
「君は覚えていられぬだろうが、説明しておこう。最近になって、我らが愛しきドゥーガルド陛下が復活なされたのだ。――――そう、君のクラスの転校生だ。だがどうにも――――怪しい」
「我らとしては、あんな紛い物の小娘に従う意志は無い。陛下のお立場を奪った人間など不届き千万、即刻殺せばいい。なのに、何故陛下はあの人間を殺さない? 何故我らとの接触してこない?」
「……ああ、こっちから接触すれば? それは魔族的に不敬なのだよ愚かな人間」
物言わぬ人形と化したアメリに、なおもディン――否、魔族ディジーグリーは告げる。
「人間、お前には確かめて欲しいのだ、我らが魔王陛下が本当に我らが魔王であるのか。そして、あの紛い物に今一度、魔王と君臨する意志があるのか、問いた正してくるのだ」
ディジーグリーはそういうと、懐から“銀の懐中時計”を取り出しアメリに手渡す。
「これには、お前の欲望を解放する魔法と、所持せずにはいられない魔法、そして、私がお前に介入する魔法がかかっている。――そうそう、事が済んだら返すのだぞ。これは我が家に代々伝わる宝物なのだからな」
「――――さあ人間よ、上手くやるのだぞ」
ディジーグリーの言葉に、アメリは虚ろな瞳で微笑んだ。
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評価欄は最新話下
そろそろ、感想とかブクマとか評価が恋しい頃なんで。
まだの方は宜しければ是非、是非!
私の原動力となりますん!




