83話 コーヒー美味しい
アメリの入れたブラックコーヒーは、苦いけれど暖かかった。
「…………ふぅ。見苦しい所を見せたなアメリ」
「気を使わせたわねアメリ様。ありがとう」
「いえいえ、お二人が幸せならそれで…………」
仲睦まじく照れるカラミティスとユリシーヌの姿に、心の何処かの痛みを無視しながらアメリは答えた。
会議と言いながら一向に進まないままコーヒーブレイクを迎え。
先の一波乱で流石に落ち着いたカミラは、セーラとガルドの正座を取りやめ、今は共に食卓に着いている。
「それで…………何でしたっけ? この集まり」
「色ボケが過ぎますよユリシーヌ様。セーラとガルド様の処遇のお話と、元に戻る事を話し合う席じゃないですか」
「…………確かに、最初はそう言う名目で集められていたな。すっかり頭から飛んでいた」
隣同士に座り恋人繋ぎを堂々と晒す二人に、アメリは嘆息する。
「まぁ。性別の変わった次の日に話し合えというがのそもそも間違いだったんでしょう…………でも、そろそと落ち着いた様ですし。きちんと話し合いをしましょうか」
「うむ、そなた達が問題無いなら余も賛同しよう。――――セーラはどうだ?」
「どうだ? ってアンタ。元凶のアタシがどうこう言える訳ないでしょーが」
ずずずっとコーヒーを啜りながらアメリの提案にまったり答えた二人に、TSコンビも賛同する。
「では先ずはお前達の処遇からだな…………前もってゼロス殿下には。私の好きにするように言われているが…………」
ガルドが元魔王だとか、原因が痴情の縺れだとか、どう上に報告して、どない判断せいっちゅーねん(意訳)
つまりは何とかできそうでかつ当事者のカミラ達に丸投げである。
「どうするのですカラミティス。私は貴男の決断に従いましょう。――しかし、何らかの処罰は与えてくださいね?」
にっこりと青筋を額に見せるユリシーヌに、カミラは然もあらんと頷きつつ考えた。
(ガルドは百歩譲って赤子の様なモノだし、本人も正しい事柄を学ぶ気があるので現状維持でいいとして。問題は――――)
(どうしてくれようかこん畜生)
「どうしてくれようかこん畜生」
「ひえっ! お助けぇっ!」
「カラミティス様、カラミティス様。本音漏れてますよ」
「おっと失礼アメリ」
「謝るのそっちじゃないわよっ!?」
「そなたがツッコム権利もないのではないか? セーラよ」
「…………ある程度穏便にしてくださいねカラミティス」
あ、いつものカミラだ、と安心しながらユリシーヌは微笑むが、セーラのフォローをしていない辺り、根に持っている証拠だ。
(本当に、どうしたものかしら…………)
男の姿では、オカマにしか見えないモノローグを紡ぎながら元カミラは思考する。
元凶を考えれば何か罰せないといけないと思うが、ある意味同じ人種として、罰してはいけない。
だからこそ、非常に不本意だが、そう来ると思わなかったが、性転換ビームなる怪しげな魔法を受けたのだ。
そして何より――――。
「事実だけ抜き取ると、園芸部の倉庫を壊したのは、私がユリシーヌとアメリを呼び出した結果だしな…………」
「え! あれっ!? わたし達が壊したんですか!?」
「…………ああ、なるほど。私達の到着前に壊れたのでは無く、到着したからこそ、壊れてしまったのですね」
「確かに原因作ったのはアタシらだけど、その一点においてはアンタ達の責任なのよねぇ…………」
「だからと言って、余達の責任が無くなる訳ではないぞセーラ」
「はいはい、解ってますって」
手をひらひらさせるセーラに、真面目に注意するガルド。
驚くアメリに、頭を抱えるユリシーヌ。
いったい誰を何の罪で、どう罰すればいいのだ。
「…………となると、先ず私とアメリとユリシーヌは暫くの間、東屋と倉庫の修復に加え、生徒会の雑用もする。という事でよろしいか?」
「罰を受けるのはいいですが、実行可能な事にしましょうよカラミティス様。東屋の修復と生徒会の仕事って、どう見ても平行してできませんよぉ……」
「そうですね。かと言って無罪放免は如何なモノかと…………」
うーん、と悩む元カミラ達三人に、セーラが脳天気な声をかける。
「馬鹿ねアンタら。今この場で最大の被害者なんだから、全責任をこっちに押しつければいいのよ」
「そうだな……すべては余の未熟が招いた事。全責任は余が請け負おう……」
その殊勝な言葉に、しかしてカミラは同意出来なかった。
罪というなら、自分だってもっと上手くやり過ごせたかもしれない。
だが、あくまで可能性の世界。
ここはひと先ず――――。
「そうだな。…………今回の件は誰が悪いと責任を取り合うのでも押しつけ合うのも違う。全員悪かったという事で、東屋と倉庫の早急な復帰を目指そう」
「それしかありませんか……」
「はーい、さんせー」
「そなたらがそれでいいなら、余もそれでいい」
「カラミティス様がそういうなら従いますよ。では次に行きましょう」
結局当初の東屋修復に、園芸部倉庫修理が加わった形で決着となった。
後でアメリを通じて、園芸部に謝罪と備品の補充等を約束しておこうと、カミラは堅く心に刻みつつ、次にして、最大の問題へ着手する。
「では、単刀直入に聞くぞセーラ。――――この“性転換ビーム”の魔法の解除は可能か?」
「それは…………」
言い淀んだセーラに、他の全員の注目が集まる。
アメリは不安と期待で、ガルドは静かに。
ユリシーヌは些かの期待を滲ませながら。
しかしてカミラは、全く期待などしていなかった。
(一応と言っては何だけれど、この子も現代日本人の人格がインストールされているわ。だから余程変な維持を張っていない限り、既にに解除している筈)
それをしていない、という事は――――。
「言いにくいなら代わりに言おうか? 魔法の解除は出来ない、と」
その一言に、ユリシーヌとアメリはざわめき出す。
「カミラ!?」
「え、マジなんですかセーラ!?」
一方ガルドは、腑に落ちた様な顔で頷いていた。
「やはり、そうか…………」
「…………はぁ、やっぱムカつくわアンタ。そこまでお見通しなら聞かずに言えっつーの」
「別に只の確認だ。解除魔法があるなら、既に使っている筈だし、ガルドが出来るのなら同様だ。私達の性別がもう戻っていてもおかしくない程時は経っている」
冷静なカラミティスの指摘に、ユリシーヌが縋るように問いかける。
「で、では……。カラミティスはどうなのです? 貴男ならきっと――――」
だが元カミラは、首を横に振った。
カラミティスとはいえ、目を覚ましたその場で解除を試みている。
「駄目だ。少なくとも今すぐは無理だ。――――ガルドも同じ答えだろう?」
「ああ、余から説明しよう。セーラが使ったあの魔法が、余やカミラが容易に解除出来ぬ理由は――――“魔王”であるからだ」
「だが、ガルドはもう魔王ではないのでしょう? でしたら…………」
「そう簡単にはいかぬのだ。この魔法は“聖女”の力を利用した魔法。余も解析をしたが、下手にいじくれば此方まで性別が反転してしまうし、何より、そなたらの体にどんな影響があるかわからん。…………結局、本人かセーラが解くしかあるまい」
ガルドの説明をカラミティスが引き継ぐ。
「ややこしくしているのは、私達の間にある“絶対命令権”の魔法だ。ユリシーヌは私の余波で性別が判定しているからな」
「ではカラミティス様がご自分で解除なされば…………!」
アメリが明るい顔をするが、元カミラは浮かない顔だ。
「そう簡単に話は上手く行かない。……第一に“聖女”の魔法は無条件に“魔王”に効果があるシステムである事」
「システム……? いえ、続けてカラミティス」
システムに込められた不穏な響きに、ユリシーヌは引っかかりを覚えるが、今はそこを追求する場ではない。
だから、元カミラに話を戻す。
「ああ。では第二に――――その非常に残念ながら手…………」
「残念ながら、何です? カラミティス様?」
純真な目で首を傾げるアメリに、カミラは悔しそうに告げる。
「私とて、国一番の魔法使いだと自負している。ともすれば世界最強だと。しかし、その、なんだ?」
「えらく口ごもるわね、アンタ……」
「…………はぁ。この際、はっきりと言っておくと私が強いのは経験豊富だから。そしてガルドと同じ特殊な手段を持っているからだが」
「だが? なによ、はっきり言うなら言いなさいよ」
頬杖をついて、投げやりな態度のセーラにカミラは怒鳴る。
「ええいっ! 他人事みたいに言うんじゃないこのくさったオタ女子がっ!」
「腐ったオタで悪かったわねっ!」
「悪いはこの馬鹿女! いくら魔法があるかって、性転換する魔法なんて趣味に走ったモノ作るんじゃないっ!?」
「魔法があったら欲望の一つや二つ、実行してみたくなるもんでしょーーがっ!」
「それはわかるがっ! “聖女”の力でだから“魔王”の力で強引に解けないしっ! 既存のどの形式にも当てはまらないから、一から分析して解析して、一から解除する魔法を作らなきゃならないだろうがあああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
ガッテムと頭を抱えるカラミティスに、流石のセーラも悪いと思ったのか素直に謝罪する。
「正直すまんかった」
「すまんで済んだら警察はいらないだよっ! 貴女も男にしてやろうかっ!」
「やれるもんならやって――――ああ、嘘嘘。ごめんちゃい。マジごめんなさい」
速やかに土下座に移行したセーラの姿に、ぐぬぬと歯ぎしりしたカラミティスは大いに嘆いた。
「このぐらいなら、一ヶ月もあれば解けると思うが。それまで男のままなんだぞ畜生…………あわよくば、ユリウスの理性を獣にして、処女を強引に奪ってもらう計画を立てていたのに…………」
その手を専門とする魔法使いでも、年単位の仕事をさらっと一ヶ月と言った事は兎も角。
ぶっそうな計画が、知らずの内に消え去った事に、ユリシーヌはサムズアップ。
「よし、ナイスですよセーラ! 貴女はとても良いことをしました!」
「ユリシーヌ様の手首がぐりんぐりん回ってますねぇ…………」
「これは…………余はどう思えばいいのだ?」
セーラはカミラの欲望を知って、その悪知恵を閃かす。
「――――っ!? カミラ、否、カラミティス。アンタに一つ良い提案があるわ」
「ほう、言ってみろ」
土下座のまま大声を出すセーラに、カミラは提案次第では只じゃおかないと、腕を組んで見下ろす。
「カラミティスは、これを期に男女の機微――――特に男の機微を学べばいいと思いますっ!」
男の機微とは、何であろうか。
何か楽しい響きを感じ取り、カラミティスは続きを促す。
「ふぅむ。続けろ」
「ははっ! では僭越ながら! せっかく恋人同士で性別が反転したのであるならば、具体的には男から見た女の性とやらを、じっくりねっとり比べてみれば如何でしょう!」
「良し採用!」
「採用じゃない馬鹿共が――――――ッ! セーラ! 一瞬でも貴女に感謝した私が馬鹿でし――――ってカミラっ!? 何貴男、手をいやらしくわきわきさせて近づくのですッ!?」
「今の私はカミラではない――――カラミティスだ。という訳で、お互い不便だろうから、一緒に学びっこするぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
「ああもうっ! 近づくんじゃありません馬鹿男おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!」
こんな所にいられるか、と脱兎の如く逃げ出すユリシーヌに、即座に追いかけるカラミティス。
後には、安堵したセーラに、呆れるガルド。
複雑そうな顔をするアメリの姿が。
なお、この追いかけっこは、夕方になり“絶対命令権”をユリシーヌが思い出すまで続いた。
どうでもいいですが。
書くときには毎回、ブラックコーヒー必須です。




