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07話 一日の終わりの過ごし方



 この学院には、寄宿舎がある。

 とはいっても伝統的に、学院生徒の上位陣専用と化しているのだが。


「ユリシーヌ様がいらっしゃらないなら、私も実家から通おうかしら……?」


「そんな事言わないでくださいよカミラ様~。ここのご飯、家のシェフが作ったのより美味しいし、わたし出て行きたくありませんよぅ」


「ふふっ、冗談よ。貴女との生活も悪くはないわ」


 寄宿舎に部屋を持っているカミラは、自室でくつろいでいた。

 入浴は既に済ませており、今はアメリに髪を手入れして貰っている最中であった。

 格好は当然ネグリジェで、内面を考えなければ垂涎モノの光景であった。

 ――内面を考えなければ。


「今までユリシーヌ様を、滅多にこちらで見かけないと思ってましたけど、ようやっと疑問が晴れましたよ……」


「あら、よかったじゃない」


「うう……、こんな形で知りたくなかったですぅ……。学院一の美少女のユリシーヌ様が、真逆男だったなんて……」


「でも、これからは大丈夫よ。近い内にこっちで暮らせるように色々するから」


「何をするんですかカミラ様!? ……はぁ。あまりユリシーヌ様を困らせるのは……」


「あらユリシーヌの心配? 彼女が男だった事に拒否反応とかないのアメリ?」


 カミラの問いに、アメリは手を止めて考える。


「そりゃー、知った時は吃驚しましたけど。わりと中性的な顔立ちでしたし、男装姿が見たいっていうファン層も結構いましたし。それに、王族が関わっているなら、何かやんごとなき事情があるのでしょう? 殿下の婚約者たるヴァネッサ様も知らなかったみたいですし。何より……」


「何より?」


「――カミラ様の好きになった人ですから、悪い人ではないです」


 にこにこと断言したアメリに、カミラも素直に答えた。


「ありがとう。貴女は本当に、私にはもったいない位の忠臣だわ」


「えへへっ、それこそもったいないお言葉ですカミラ様。でも、その優しい御心をヴァネッサ様にもお伝えしてくださいね。『カミラ様とユリシーヌ様が禁断の愛に苦心している、だからなま温かく見守ろう』って噂を流してくださる、と仰っていましたから」


「これで堂々と学院内で接触(物理)が出来るわね」


「力強く言わないでください、親指を人差し指と中指の間に挟んで拳を作らないでください、はしたない……」



 一方その頃、寄宿舎の最上階。

 王族のみが住むことの許されるスペースに、一人の来客があった。

 歩く姿は百合の花の如く可憐な、長い銀髪の美少女、――少女? ユリシーヌである。


 彼は今、ゼロス王子の部屋前で立ち尽くしていた。

 中から声がするのに、ノックの返答がなかったからだ。


「……あんっ、んんっ、やんっ、……ほら、また止まってらっしゃるわよゼロス。そんな事ではまた子犬に逆戻りですわよ」


「……ふんっ! ふんっ! 今宵こそ、お前に根を上げさせてやるっ! おおおおおおっ! ふんっ! ふんっ! ふんっ~~!」


 王族が住まう場所とはいえ、そこは古い古い歴史を持つ寄宿舎。

 薄い扉からは、女の矯正の様なモノと、男の唸り声が聞こえてくる。

 一見何かと勘違いしてしまいそうな状況だが、そこはユリシーヌも慣れたもの。躊躇なく扉を開け中に入った。


「またそんな事を……、ウィルソンの様に筋肉達磨になりたいんですか殿下」


「ふんぬっ! ふんぬっ! おお、ユリシーヌかっ! どうっ! したっ! お前がっ! こんな所にっ! 来るとは珍しいぃっ!」


「いつもは、ご実家の方で寝泊まりしているのでしょう? 何かございまし――きゃあ! 殿下、もうちょっと丁寧に動いてくださいまし」


「…………。私の用事の前に、まず殿下は筋肉トレーニングを止めていただけますか? そしてヴァネッサ様も、いくら重石代わりとはいえ上半身裸の殿下の腰に座るなどはしたない……」


 深いため息と共に頭を押さえ、気苦労が耐えないという風なユリシーヌを前に、二人は顔を見合わせる。


「うん、流石に失礼だったかな? すまない」


「ええ。少々、淑女らしからぬ行動だったわね。今後貴女の前では止めておくわ」


「今後いっさいしない、という言葉は出ないんですわね、お二方……」


 甲斐甲斐しくゼロスの汗を拭き、上着まで着せているヴァネッサの姿と、満足気な顔をするゼロスの前に、ユリシーヌは諦めた声を出した。


「それで、何の話だユリシーヌ。またエミール達の話でもあるまい」


「……それにも関係してくる話ですわ殿下」


「なんだまたか……」


「またかではありま――」


「うん? どうしたユリシーヌ。……ああ」


 ヴァネッサに視線を向け、言葉を止めたユリシーヌに気付き、ゼロスはヴァネッサに部屋に戻るよう言った。


「おほほ、また秘密のお話ですのね。でも大丈夫です、今回は混ぜてくださいませんこと」


「混ぜてって、これは王家の浮沈に発展するかもしれない話なんだヴァネ――」


「――わたくし、知っておりますわ。彼女が『聖女』なんですわよね」


「なっ――!」

「ヴァネッサ、どこでそれを――!?」


 驚く二人に、ヴァネッサはえへんと威張る。


「親切な『お友達』が教えてくれましたの。あのセーラ様が『聖女』であるって、エミール達を侍らしているのも、その力のお陰だと」


「は!? え!? エミール達の事がセーラの聖女の力だと言うのか! 初耳だぞ!?」

「…………ヴァネッサ様、もしやその『お友達』とやらは、我が国の、若き筆頭宮廷魔法使いではありませんか?」


「ご想像にお任せするわユリシーヌ。それとゼロス、いくらその手の事をエミールに任せっきりだったとしても、少しはご自分で調べてみたらいかが」


「ぐぬ……、わかった。いくらあの者達が優秀で信頼出来るとはいえ、こういう事態も起こりえる事も想定すべきだった。精進しよう」


「ええ、殿下は自分の過ちを、足りないところを自覚できる人ですもの、このまま努力を続けていけば、きっと良き王となられるでしょう」


「それを諫言出来る、そなたは得難い女だ。感謝しているよヴァネッサ……」


「ゼロス殿下……」


 見つめ合う二人が、そのまま世界に入ってしまわないよう、ユリシーヌは注意を引いた。

 将来国を背負って立つ二人が仲睦まじいのは良いことだが、まだ用事は終わっていない。


「……コホンッ。んんっ」


「おっと、すまないユリシーヌ」


「んもう。貴女は相変わらず真面目なんだから」


「申し訳ありませんわ。しかしご相談したい事は、まだ終わっていないのですもの」


「セーラ様が本当に魅了の力を持っているかは、明日になれば直ぐわかりますけど、他に用があるの?」


「…………どの様な手段で確かめるかは、後でお聞きするとして。セーラ様とカミラ様の諍いの件ですわ」


「それなら既に報告は受けている、何でも仲良く談笑していたら、急にセーラ嬢が怒り出してカミラ嬢を平手打ちしたという話だな」


「はい。その処分は下されましたか? まだなら如何致しましょう」


「うむ、エミール達がいないから手が回らなくてな、明日お前に相談しようと思っていた所だ」


 ユリシーヌは少し考えた後、口を開いた。


「大方、あの魔女めが何か挑発したのでしょう。しかし、手を挙げ危害を加えてしまったのはセーラ様。ここは、セーラ様に数日の謹慎、カミラ様にも何か軽めの沙汰を与えるのが妥当かと」


「喧嘩両成敗、という訳だな。ならば、さてどうするか……」


 ゼロスが考え始めると、ヴァネッサが閃いたと言わんばかりに、手を打ち合わせる。


「殿下、よろしいですか?」


「何か考えを思いついたようだな、言ってみろ」


「では僭越ながら、カミラ様には明日の休日、生徒会の手伝いをやって頂いたらどうでしょう。先ほど人手が足りないとも仰ってましたし。セーラ様のお力を確かめる件でも、彼女には学院内に居て貰ったほうがよいでしょう」


「成る程そうしよう。あの者も普段些末な書類仕事などをアメリ嬢に任せっきりと聞く。これを期に、下の者の苦労をしればいいのだ、俺の様に」


「まぁ殿下ったら、おほほほほ」


「それで本当に、あの者が苦労を知ればいいのですけれど…………」


 やや私情の入った決断に、ユリシーヌもそれでいいか、と同意すると。

 ヴァネッサから、思いも寄らぬ言葉が飛んだ。


「わたくしの大切な幼馴染みユリシーヌ、貴女、明日はカミラ様とご一緒なさってはくださいませんか?」


「…………、ヴァネッサ様。何故その様な事を?」


 一瞬、苦い顔をしたユリシーヌを見逃さずに、ヴァネッサはにんまり笑う。

 それを見たゼロスも、とある事に思い至っていたのか、援護射撃をだした。


「春が来たという事だな、よし。カミラ嬢も生徒会は不慣れだろうし、手伝え、これは『お願い』だ」


 ここに来て王子に、ヴァネッサにもカミラは根回し済みだった事をユリシーヌは悟った

 王子と気安い仲のカミラの事だ、本当の性別を知っている事も、その上で告白してきた事も、宣言していると断定して間違いがない。


 その上で、ユリシーヌに何ら命令がないという事は、王子はそれを良しとした事だ。

 更にユリシーヌは、あの時即座に口封じを考えなかった自身に気付き、非常に不機嫌な顔をした。


「……………………わかりました。明日はカミラ様を手伝うとします。では明日のセーラ嬢の件は、明日早朝にでも打ち合わせを致しましょう」


 非常に複雑な顔をしながら立ち去るユリシーヌの背に向かって、ヴァネッサは一つ問いかけた。

 幼馴染みとして、親友として、長い時間を共にした故、彼女が何かヴァネッサに言えない秘密を抱えているのは気づいていた。

 だから、この答え如何によっては、カミラの協力を一部、拒むつもりでもあったのだ。


「ああ、最後に一つ。――カミラ様はお嫌い?」


 足を止めたユリシーヌは、背を向けたまま沈黙し、ぽつりと答えた。


「親友だと、思っていました。……今は、少し。わかりません」


 ユリシーヌ/ユリウスという人物は、役目に忠実な機械の様な所が過分にあった。

 親しい仲である、ゼロスやヴァネッサになら、今でこそ様々な顔を見せてはいるが。

 学院の生徒の殆どには、綺麗な作り笑顔で壁を作っている。


 それを崩したカミラへ、ゼロスもヴァネッサも期待していた。

 ……同時に、非常に不安でもあったが。


「ならさ、その解らない事を知ってこい。もしカミラ嬢に何か無理強いされたらすぐ言えよ、俺は、お前の

味方だからな」


「わたくしもですよユリシーヌ」


「……ありがとう。ゼロ、ネッサ」


 幼い頃の呼び方を一つ残し、ユリシーヌは部屋を出て行った。

 ゼロス王子とヴァネッサは、ユリシーヌの幸せを願った。

言うまでもない事ですが、原作ゲームからは既にかけ離れています。

これも全て、カミラ様ってやつの所為なんだ!

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