68話 嵐を呼ぶ転校生
――過去が追いついてきた。
その瞬間、カミラは驚愕と戦慄の渦に身を捕らえられた。
(――――真、逆。真逆、そんな…………)
新しい担任、エドガーではない。
一緒に入ってきた“転校生”に、だ。
そして、そんなカミラの胸中を誰一人として察することなく事態は進む。
気付かなければならなかった恋人のユリウスは、突然の兄の登場で、混乱の中、兄エドガーの熱い包容を受けている。
「いやぁーー、久しぶりだなユリシーヌ……いや、今はユリウスか。真逆お前が魔族の呪いにかかってたなんて、気付かなかった不甲斐ない俺を許しておくれっ! お兄ちゃんはそれでもお前を、家族として愛しているぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
(何故――――)
「お兄さまッ! ああ、いや、兄さんッ! 痛い、痛いからもうちょっと力を弛めてくれッ!」
中性的な美少年ユリウスと、精悍な顔のワイルドなイケメン、エドガーとの包容に、セーラを始め腐った女生徒が思わずスケッチを始める。
(何故――――)
「てぇええええいっ! いきなり何してるんですかセーラ、没・収! というか、ええっと。エドガー先生? ご家族であるユリウス様に会えて嬉しいのは解りますが、そろそろHRを始めてくださいませんか?」
セーラ達の奇行をすぐさま制したアメリは、次にエドガーからユリウスを解放する。
だが、その行動も転校生の笑顔で水泡に帰した。
「――級友諸君、余がドゥーガルド・アーオンだ。これからよろしく頼む。さぁ、何なりと質問するがいい!」
(何故、お前は――――)
きゃああああああああああ、と騒ぎ始め群がる女生徒達。
無理もない、ドゥーガルド・アーオンと名乗る転校生は、この場の誰よりも、美貌で知られるユリウスよりも美しかった。
少し高い背に、怜悧なフェイス。
さらさらのおかっぱ金髪に、涼やかな青瞳。
程良くがっしりした肩幅に、長い足。
それに何故だか、人を引きつける“風格”というのを兼ね備えた“王”の様な少年だった。
「まったく……ドゥーガルドが笑うと毎回こうだ」
「兄さん……いいえ、エインズワース先生。あの転校生とお知り合いですか?」
疲れた様に苦笑するエドガーに、ユリウスが訪ねる。
(嗚呼、嗚呼……)
「エドガー先生、と呼んでくれ。……んでだな、彼は旅先で知り合ってな、少しの間一緒に旅してたんだ」
「成る程、苦労してそうですね」
「はっはっはッ! まぁ。見ての通りだなッ!」
兄弟が、特にわだかまりも感じさせず会話する中、アメリは立ち尽くしたままのカミラに問いかけた。
「カミラ様は行かないんですねぇ、やっぱユリウス様がいるから――――って、あれ? カミラ、様?」
その時ようやくアメリは、カミラの異変に気付き。
ユリウスもまた、遅まきながら“それ”に気付いた。
カミラは立ち尽くしたまま、少し俯いている。
その顔を覗き込んだアメリは、ぎょっとして一歩下がった。
(――嗚呼、嗚呼、嗚呼、何故。……何故)
「ど、どうしたんですカミラ様?」
アメリの震える声、カミラの形相はまるで鬼の様であり。
恐怖に怯える“それ”でもあった。
ユリウスは慌ててカミラの前に立ち、彼女の突然の異変に困惑した。
「おい、カミラ。いったい何があった。何を見て――――」
視線が定まらず、しかしてしかと前を睨むカミラの先には、件の転校生。
ユリウスが何かを言う前に、カミラはぐいと、その体を押しのけてゆっくり一歩、また一歩と踏み出した。
(嗚呼、嗚呼、嗚呼、そんな馬鹿なっ! あのとき確かに、確かに――――)
(確かに――――っ!)
「……したはずよ」
「…………ろしたはずよ」
なのに。
なのに何故。
(何故)
(何故、生きている)
(――――――――魔王ドゥーガルド・アーオン)
嗚呼。嗚呼。嗚呼。
カミラの息が乱れる。苦しい、視界がぐらりと歪む。
呼びかけるユリウスの声が遠い、何を言ってるのかわからない。
新しい担任のエドガーや、アメリ、セーラ達が何故か気を失っているが。
でも、大丈夫。
直ぐに済ませるつもりだ。
(また、また、また巻き戻るの?)
確かに殺して、殺して、奪った筈だ。
でなければ、ここにカミラがいる訳がない。
今だってほら、こんなにも“魔王”の力が体中に溢れているのに。
「くくくくくっ、ははははははははははっ!」
胸にどろどろとした熱い何かが渦巻く。
焦燥感と、不安で、動悸が高まる。
吐く吐息は灼熱で、下腹から痺れるような黒い快楽が全身を駆けめぐる。
(嗚呼、嗚呼。――――世界は、こんなにも私に優しくない)
カミラがいったい何をしたと言うのだろう。
カミラはただ、生きながらえたかっただけだ。
好きな人と、一緒に居たかっただけだ。
高笑いをしたまま、カミラは顔を覆う。
制御を離れた膨大な魔力が、重圧となって周囲に襲いかかる。
(魔王を)
(魔王を殺さなければ)
(また“繰り返す”事になってしまう)
(また、全てが“無かった”事とになる)
ユリウスの気持ちが全て無かったことになるなんて。
また“赤子”から繰り返す事になるなんて。
(もう、もう二度と御免だわ――――――――っ!)
「ドゥーガルド・アーオンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンンっ!」
カミラの覇気に生徒が怯え、ドゥーガルドの周囲から逃げ出す。
(殺す――――)
澄ました顔で、でも楽しそうにカミラを見るドゥーガルド。
その余裕の視線が、カミラの感情の“糸”を激しく揺らした。
(殺す――――っ!)
殺意にまみれた拳が、握りしめられ。
今、弓を引き絞る様に、振りかぶられ――――。
「――――止めろッ! カミラァッ!」
瞬間、魔力で編まれた鎖がカミラを縛り、その動きを阻害した。
その鎖の魔力は、先日の“魂”の主従契約によるもの、カミラの魔力で以てカミラ自身を拘束する抑止力。
カミラは、どす黒く濁った金色の瞳でユリウスを睨みつけた。
「邪魔をする――――っ!」
「カミラッ!」
直後、パンと乾いた音と共に、カミラの頬に痛みが走る。
ユリウスがカミラの頬を打ったのだ。
「…………え、あ、わ、私…………、ユリ、ウ……ス?」
「あ、ああ。俺だ、ユリウスだ。いったい突然どうしたんだお前?」
未だ吹き荒れる魔力に暴風に必死に耐えながら、ユリウスはカミラに強ばった笑顔で問いかける。
その表情に、カミラの戦意が少しずつ収まって、替わりに悲しみが訪れた。
(いや、いやよ…………そんな顔で笑わないでユリウス、同情するような、哀れんだ目で私を見ないで――――――)
強く締め付ける様な心臓の痛みに、胸をぎゅっと拳を押さえたカミラ。
涙を流さず、泣いているカミラの姿にユリウスがそっと手を伸ばすが、その手を払われてしまう。
だがユリウスは、もう一度カミラに手を伸ばし、逃げようとするカミラを確かに捕まえた。
「カミラ……、俺はお前が何を考えているか解らない。でも、これだけは解る、――――苦しんでいるのだろう? なら、さ。言ってくれ、話してくれよ。それで少しでもお前が楽になれるのなら…………」
震えるカミラの肩を、華奢な体を。
ユリウスはそっと抱きしめて、カミラに優しく囁いた。
カミラは、ユリウスの逞しい胸板に顔を埋め、声にならない呻き声をだした。
(ああ、ああ、私は、私は…………)
駄目だ。駄目だ。
今ここで、ドゥーガルドを“殺す”のは駄目だ。
巻き込んでしまう、そしたら、ユリウスが死んでしまうかもしれない。
カミラは唇を強く噛みながら、ユリウスの抱擁から抜け出す。
その腕の中は、とても暖かで安らかだったけれど。
(――――甘えては、いけないわ)
たとえユリウスが将来を誓い合った恋人でも、これはカミラの業、清算すべき過去。
決して、巻き込むわけにはいかない。
「ゆ、りうす。…………ああ、ごめんなさい。ごめんなさい……少し、取り乱してしまったわ。――寮に戻って、少し休みます」
俯き歯を食いしばり、爪が肌を食い破って血が滴っても、なお堅く握られる拳。
誰も彼も、ユリウスさえも拒絶するその姿に、誰も声をかけられる者はいない。
――――否、たった一人。事態を傍観していたこの男だけが、去りゆくカミラの背に、声を投げる事が出来た。
「久しぶりだな愛しいカミラ・セレンディア。放課後、東屋まで来てくれ。――――待っているよ“偽物”さん」
カミラは一瞬足を止め、しかして教室から去っていった。
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ストックって何なんだろうな……。
かゆ……うま……




