63話 カミラ様不在会議
数日ぶりにお届けデース。
コンコン、とカミラの部屋にノックの音が響いた。
ユリウスは、カミラの予備の制服を着た状態で開ける。
出来れば部屋も片づけたかったが、贅沢は言うまい。
「さ、早く入って――――――へ? うぇえええええッ!?」
「よう、俺とヴァネッサも参加させて貰うぜユリシーヌ」
「ごきげんようユリシーヌ、数時間ぶりですね」
「いやー、お待たせしましたユリシーヌ様!」
「助っ人を連れてきたわ、感謝してよ~~!」
扉を開けた先に待っていたのは、アメリとセーラだけではなく、ゼロス王子とその婚約者のヴァネッサの二人。
ユリウスは、叫んで隠れたい衝動堪えて、ただ頭を抱えてしゃがむ。
「………………終わった」
今、王子達がここにいると言う事は、さっきのアレやコレが全て筒抜けになっている可能性がある。
四人が部屋に入った後、ユリウスは力なく扉を閉めて、その場で倒れ込む。
「ああ、何だ。気持ちは解るがそうしている場合ではあるまい?」
「けけけっ! どーうユリシーヌ様? 敬愛する王子様にこの惨状を見られた御・気・分は?」
「ちょとセーラっ! もう少し手加減をですねぇ…………にしても、どんな激しいプレイをしたんです? ユリウス様?」
「………………あまり、とやかく言いたくありませんが。無理矢理はいけませんよユリシーヌ」
誰かが発する度に、ユリシーヌの体がビクっと跳ねる。
言葉が、視線が、剣となってユリシーヌを苛んだ。
然もあらん。
先ほど急いで服を探した影響で、クローゼット等が開けっ放し。
床には、破れた制服や下着が散乱し、ベッドの上は水気で多々湿っている。
誰がどう見ても、犯罪の現場か特殊なプレイの後だ。
「…………………………………………何故」
「うん? 何か言いましたかユリシーヌ様?」
ユリシーヌはガバっと起き上がり、セーラの肩を掴んでガクガク揺らす。
「セーラぁッ! 貴女が原因ですかッ!? 確かに来てくれって言いましたがッ! 何故殿下達まで呼んだのですかああああああああああああ!? 答えろッ! 答えなさいいいいいいいいいいいい!?」
「けけっ、げっ、はっ、ちょっ! ゆ、ゆらっ! 揺らしすぎっ! やめっ!」
「お気持ちは解りますが、ええ、わたしもカミラ様の恥を晒すようで躊躇いましたが。ええ、仕方ないのです」
「うむ、現在カミラ嬢は学院内を爆走中でな、苦情が出始めているのだ」
「話を聞きに入ってみると、貴女との仲が拗れそうだって言うじゃない? 大切なお友達ですもの……わたくし達にも、手助けさせてくださいませ」
苦笑するゼロスに、生暖かい笑みで半笑いのヴァネッサ。
面白半分に、首を突っ込んでいるのは想像に堅くない。
ユリウスはセーラから手を離し、苦虫を十回程噛み潰した非常に渋い顔で全員をにらむ。
「――――――――わかりました。この様な私事に殿下を巻き込むのは非常に心苦しい…………非常にッ! 心苦しいですがッ! やるからには徹底的に手を貸して貰いますッ!」
「お、おう…………、何か変わったか? お前」
「ええと、淑女がする顔でなくてよユリシーヌ?」
事情に詳しくない二人は、数時間前の授業の時とは様変わりした様子に戸惑い。
事情を知るアメリとセーラは、顔を見合わせて複雑そうに笑う。
「それで、何処まで事情を聞いていますか殿下」
「殆どまだだ。カミラ嬢が学院内を爆走している事と、その原因がお前という事だけだな」
「いったい何があったんです? いくらあのカミラ様でも、無差別に迷惑をかける人では無い筈です……」
「では僭越ながら、わたしが説明を――――」
「――――いいえ、私が話します」
名乗り出たアメリを止め、ユリシーヌは自ら買って出た。
これは二人の問題だ。
ならば一番の当事者である、ユリシーヌ自身が説明するのが筋と言う所だろう。
「ひゃっふー! さっすがユリシーヌ。とんだ羞恥プレイ野郎ねっ! ――――あ痛っ!」
「――天・罰っ! もう……黙らっしゃいセーラ。ではユリシーヌ様お願いします」
茶化すセーラの脳天を殴って止めたアメリは、ユリシーヌに快く譲った。
軽く頷いたユリシーヌは、口を開く。
「先ずは殿下…………貴男と王に謝罪しなければならない事がある」
神妙な顔のユリシーヌに、ゼロスは優しい目で答えた。
「想像は付くが、何だ? 言ってみろ」
「私は今まで、王国の為に、影を担うように育てられました」
「ああ、そうだな」
「でも、それはもう出来なくなりそうです……」
王子と女装男の視線が交わる。
その真剣な雰囲気に、他の者は口を挟めない。
「――決めたのだなユリシーヌ」
「はい、我が身を捧げたい人が出来ました。だから――――」
「みなまで言うな。そして謝罪は無用だ。…………あの我らが魔女が根回しに来たときにもう、覚悟は出来ている」
「殿下……………………」
「我が親友ユリシーヌ…………」
幼い頃から共に育った者の、ある種の決別に。
熱い友情が――――。
「――――根回しの時に止めてくださいよ殿下! この惨状どうしてくれるんです!?」
「無茶言うな馬鹿! 俺にあの魔女が止める事なんて出来ないだろ!? 我が父だって諦めてるんだぞ半分!」
――――友情が?
「それでも止めてくださいッ! どうしてくれるんですッ!? もうあの女無しの生活が想像出来ないじゃないですか!?」
「ははーん、成る程成る程、ついに籠絡されたかお前、この惨状はそれが原因だな?」
「ニヤニヤするんじゃねぇッ!? ――――じゃない。ニヤニヤしないでくださいませんかッ!?」
うがー、と吠えるユリシーヌの姿に、ヴァネッサは戸惑う。
「アメリ様、セーラ様。つまりこれは?」
「両思いに、両思いにはなったのですがねぇ…………」
「ざっくり言うと、あの女。直前でヘタレて逃げ出したのよ! けっけっけ、ザマァないわねっ!」
「…………カミラ様」
ヴァネッサは思わず眉間を押さえた。
普段、あれだけ猛アプローチをかけて、王や親まで巻き込んで盛大に外堀を埋めた挙げ句がこの有様。
「事情は解りましたわ…………それで、ユリシーヌ様はどうしたいのです?」
取っ組み合いを始めそうな王子とユリシーヌに、ヴァネッサはぴしゃりと言い放つ。
顔を見合わせた二人は我に返り、ごほんと咳払い。
そして、再び真面目な顔に戻る。
「――――カミラを捕まえるのに、協力して貰えませんか?」
「理由をお聞きしても?」
「ええ」
嘘偽りは許さないと、微笑みながら鋭い視線を送るヴァネッサに、ユリシーヌは真摯に答えた。
「もしかしたら、今直ぐすべきでは無いのかもしれません…………」
「でも、私は今すぐカミラを捕まえたい、逢いたい」
「きっとカミラは落ち込んでるでしょう、悲しんで涙しているかもしれません」
「私は、――――カミラのそんな顔を見たくない」
「私は、――――カミラの側にいたい」
「カミラ・セレンディアという一人の人間を、――――幸せにしたい」
確かな熱情と共に語られた言の葉に、ゼロスとヴァネッサは頷いた。
セーラは愉しそうに眺め、アメリは感動のあまり涙を流している。
「ああ、お前の決意はよく解った。俺も協力は惜しまない」
「ええ、わたくしに出来ることなら、何でも言ってくださいユリシーヌ」
「ゼロ、ネッサ…………」
堅く握手を交わす三人に、セーラが単刀直入に切り出す。
「ユリシーヌの意志も確認できた事だし、次いこう次。――――でさ、どうやってあの女を捕まえるの?」
「ミスリルを使用した、とっておきの手錠も引き散られてしまいましたからね……」
その言葉にゼロスとヴァネッサは、ユリシーヌの手からぶら下がる手錠の片割れに気づく。
「…………苦労しているのだなお前」
「まぁ! ……相変わらず規格外ですわねカミラ様は」
「言わないでください、泣けてきます……」
「ええと、そんなお手上げみたいな顔しないで、取りあえず現状の確認をしましょう! ね、ねっ!」
一瞬沈み込んだ空気を、アメリが必死に回復させる。
「こっちが手錠に仕込んだ魔法によりますと、今もカミラ様は校内と転々と爆走しています…………よく息が続きますね?」
「あの女なら、丸一日走り続けても平気でしょうよ」
「カミラ様なら否定できませんね」
「うむ、それはいいが。このまま外に出られたら、や厄介な事になるぞ、早急に対処しなければ」
「あら、多分外には出ませんわ殿下。カミラ様がその気なら疾うに王都から出ている筈ですもの」
「その気になれば空飛べますからねぇカミラ様……」
「はっはっはっ! 我らが魔女は万能だなっ!」
「ええ、流石カミラ様――――じゃないっ! どうするんですかっ!? カミラ様を捕まえるなんて手段すら思い浮かばないですよっ!?」
「先のトーナメントで見た速度が常に出せるなら、まず誰にも追いつけませんわよね……」
「魔法で止めようにも、件のカミラが国一番の使い手だ」
「魔法体育祭の騎馬戦でも、あれだけハンディキャップがあって、結局止められなかったからな……」
やっぱ無理なんじゃね? という空気が漂って来たとき、少しの間、沈黙していたセーラがニヤリと笑う。
「――――我に秘策あり、よ!」
「おお! 何かあるのかセーラ嬢!」
「また禄でもない策じゃないでしょうね。わたしは覚えてますからね、今の事態を引き起こした一端は、あんたの策だって事」
「まあまあ、押さえてセーラ様。――――それで、どんな“手”なのです?」
注目を集めたセーラは、悪い顔をして言った。
「直接止めようって考えがダメなのよ。――――アイツの善意を利用しなさい」
「善意とは、何だ?」
「アイツは決して他の生徒を傷つけないわ。だから全生徒を巻き込んで、追い回すのよ」
「追い回した先はどうするのですセーラ様?」
「取りあえず、東屋かコロシアムに誘導する様にして、そこでアタシとユリシーヌが待ち受ける。ユリシーヌの方に行った場合、話聞かなきゃ自殺するとでも言いえばいいわ。アタシの方に行った場合は、何とか時間を稼いであげる」
「…………確かに、うまく行きそうですねセーラ。カミラ様の善意を利用するのは気が引けますが、この際仕方あありません」
「なら、その後は私次第、という事ですか……」
「ええ、アンタがカミラをどういう風に幸せにしたいか、どんな関係になりたいか知らないけど、全てはアンタ次第よ」
けけけ、と愉しそうに笑うセーラに一抹の不安をよぎらせながら、各々は頷き目を合わせた。
――――ここに、カミラ捕縛作戦が始まった。
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割烹読んでくれた方は知ってると思いますが、ユリウス編は後一話か二話です。




