61話 【歪】
皆さん、カミラ様の避けては通れないシリアス回が続いていますが
ついてきているでしょうか?
うん、ついてこい。
「ああ、二人で入ると意外とと狭いなこれ」
「部屋にあるのは、あくまでオマケですから」
カミラの中の人で言うところの、独身用アパートに備えつけな狭さの浴槽に、カミラとユリウスは二人で入る。
最初にユリウスが入り、水位は上限。
ユリウスに座るようにカミラが入ると、お湯が溢れ出た。
「こうして見ると、お前案外小さいんだな……」
「それは、女の子ですもの」
ユリウスの今更な感想に、カミラはくすくす笑う。
湯の温度より低い、カミラの体温を全身に感じながら、ユリウスは柔らかくカミラを抱きしめる。
二人とも、しばし無言。
お互いの心音が次第に重なり合い、時折、どこかの水滴がぴちゃんと落ちた。
体の芯から暖まる心地よい温度に浸りながら、ユリウスはカミラの指に、己の指を絡める。
「…………この際だ。ちゃんと言っておこうと思う」
「何をです」
穏やかな口調に、カミラも殊更構えることなく耳を傾ける。
「――――ありがとう」
「ユリウス、様…………?」
思いがけない言葉に、カミラの目が丸くなる。
ユリウスはカミラを抱く腕の力を、少し強めた。
「ずっと、俺はこの国の影として生きていくのだと思っていた。……だが、光ある世界に居て欲しい、そう直接言って、俺を引きずり上げたのはお前だ。――――本当に、感謝している」
カミラはユリウスと絡まる指を、優しく包み、少し俯いた。
「もったいないお言葉ですわ、ユリウス様」
「ああ、お前のやり方は強引過ぎて、犯罪すれすれの所もあったし。礼を言うのがもったいがな」
「あら酷い、積極的な女はお嫌い?」
「…………嫌いになれてたら、今この場にいない」
苦笑混じりに出された言葉は、確かに柔らかな響きがあって。
カミラはその事実に、訳もなく泣きたくなった。
「嗚呼、嗚呼…………。本当に貴男は……酷い、人……」
「酷いのはどっちだ馬鹿女。…………この際だから言っておくが」
「あら、今度はどんな嬉しいことを言ってくれるのです?」
感情を隠すように、茶化した口調のカミラと違い、ユリウスは真摯に答えた。
「悔しいけどな、カミラ。――――多分俺は、お前に夢中だ」
「………………は、い?」
「見事だよ。お前の目、顔、体、匂い、暖かさ、それら全てが俺を惹き付けてやまない」
固まったカミラに構わず、ユリウスは更に続ける。
「――そして何より、俺の事をを好きで居てくれる、お前が側にいないと駄目だ。落ち着かないんだ」
「誇れよ俺の魔女、お前は見事に俺を――――籠絡した」
「あ、嗚呼、嗚呼…………」
カミラの目頭に水滴が溜まり、小さく嗚咽が漏れる。
そしてそれに、密着しているユリウスが気づかない筈がない。
「――――すまない、お前を泣かせるつもりは無かったんだ。」
「い、いいえ。これは嬉しくて、とても嬉しくて泣いているのですわ」
そう言ったカミラの顔は、やはり悲しみに満ちていた。
ユリウスは唇を噛み、カミラを抱きしめる力を強く、強くする。
「前にも、言っただろう? そんな顔で泣くなって…………。お願いだ、どうしたらお前は心の底から笑ってくれる? お前の心も体も、護る事が出来る?」
「いいえ、いいえっ! 私は悲しんでなんて――――」
叫ぶような大声は、唐突に途切れた。
(あ……、嗚呼。私は……、笑えて、いないのですね……こんなにも、こんなにも幸せなのに…………)
水面にうっすら浮かぶカミラの顔は、喜ぶどころか、迷子の幼子の様な泣き姿。
自覚してしまうと、涙が筋となって頬を伝い、ゆっくりと湯船に落ちていく。
「教えてくれカミラ、何がお前を悲しませているんだ? ……お前が重荷を背負っているのは、解るとは言わない。それは今まで歩んできたお前への侮辱だ。――けどさ、俺にも理解させてくれ、お前の全てを。お前が俺の事を理解している様に」
その想いに、カミラは答える事が出来なかった。
ユリウスが想いを伝える度に、カミラの心は溺れていく。
(嗚呼、嗚呼……、こんなに幸せでいいの? ユリウスが私の事を…………、なのに私は……嗚呼)
勇気が出ない、後少し、言葉が出てこない。
全てをさらけ出し、全てを委ねて。
(ううん、ひと欠片でもいい。私の過去を理解してくれたら…………)
その“幸せ”は目の前なのに、後一歩が踏み出せない。
(こんな“幸せ”知らなかった…………、体験なんて出来なかったもの、想像すら、した事なかったわ)
いつかカミラがユリウスに言った“愛と言う名の毒”。
それは、ユリウスだけでなくカミラをも蝕んでいた。
今やユリウスの想いは、カミラへ“毒”
(なんて、なんて甘い蜜の様な――――)
「嗚呼、嗚呼……、愛していますわ。ユリウス様」
「――――なら、そんな哀しい顔で、言うんじゃないッ!」
壊れてしまいそうな程強く抱きしめられ、カミラはこの“幸せな”瞬間が、現実だと強く自覚する。
(駄目、駄目なのよ…………)
カミラの過去は、決して伝えてはならない。
他の誰でもない、ユリウスには絶対に自分から話さない。
(怖いの、怖いのよぉ…………全てを話して、今、拒絶されてしまったら……嗚呼、私はどうすればいい?)
何もかも燃やし尽くす様な愛の裏返しに苦しみながら、それ故、何も考えずにカミラの喉から言葉が紡がれる。
「私ね……、何も考えてなかった」
「カミラ?」
「何も、考えてなかったのよ…………」
「あったのは貴男に好意を、愛を伝える事だけ」
「その先に、好きになって貰えればいい、そう思っていたけれど」
「嗚呼、駄目ねぇ…………貴男が逃げないで側に居てくれて、私を好きだと言ってくれているのに」
「こんなにも嬉しいのに、涙しか出せないの……」
「嗚呼、これが夢であるのなら。二度と覚めないで欲しい…………、もし覚めてしまうのなら、その前に目覚めぬまま死んでしまいたい……」
「この、馬鹿女が」
今にも消えて無くなりそうな女の姿に、ユリウスは歯噛みした。
(ああ、――――そうか。コイツは、カミラという女は、俺からの好意を望んでいても、それが自分に向けられいる事を信じていない。そして、自分の幸せすら端から計算の外なのか)
だからユリウスがカミラに憐れみを覚えたのは、きっとこれを感じ取ったからなのだ。
(そんなの――――許せるもんかッ!)
今この瞬間、ユリウスは決意した。
自分の全てを賭けてでも、この女を心の底から笑わせてみせると。
そして、今為すべき事は――――。
「いいかカミラ今から――――お前を“抱く”。そして、これが夢じゃないと、深く刻み込んでやる」
問答無用でカミラを抱き上げ、ユリウスは湯船から出る。
そして、二人とも体が濡れたままなのも気にせず、ベッドへと直行した。
ブックマークは一番上左
感想レビューは一番上、最新話一番下
評価欄は最新話下
次回も、シリアスシリアスぅ!




