表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/141

04話 残念ですが子犬は脳筋狼に進化しました。



(キスをしたのは、ちょっと大胆過ぎたかしら? ……きゃっ、私ったらはしたない……)


 等と、アメリが聞いたら殴られそうな事を本気で考えながら、筆を執っていた。

 案外と、カミラは乙女である。


「アメリ、これをヴァネッサの所に届けてちょうだい」

「……はい、承りましたカミラ様」


 ヴァネッサ・ヴィラロンド。

 彼女は、ゲームでいう所の悪役令嬢である。


 ただ悪役令嬢と言ってもカテゴリー的には、で、実際の所、主人公と険悪な恋敵という所だ。

 カミラが色々やらかした所為で、彼女からのライバル宣言を受けているが、そんなものユリシーヌを堕とす為には塵芥も同然。

 協力を仰ぐため、手紙くらいは幾らでも書こう。


「そうそう、今からあのバカ王子の所へ行くから、アメリ。届けたら貴女はセーラの所でも、行っていなさい」


「ぐげぇ、あの常識の通じない女の所に、また行かなきゃならないんですか……、勘弁して下さいよぉ」


 調子の悪そうな顔を、更にぐったりさせてアメリは項垂れた。

 セーラとは、今年入学してきた平民出身の娘だ。

 この貴族や裕福な商人の子女が通う学院において、非常に珍しい存在である。


 そしてそれだけではない。

 彼女は――――『主人公』なのだ。


 カミラにとって厄介なのは、彼女もまた『転生者』であった事。

 セーラが原作知識を持つ以上、無闇と敵対する事は避けたい。

 故にカミラは、ゲームで親友役だったアメリをスパイとして派遣しているのだ。


「仮にも貴族の子女とあろう者が、ぐげぇなんて言わないの。……それにしても大丈夫? 顔色悪そうだけれど」


 サロンを出て、連れだって歩きながらカミラは問おた。


「半分位はカミラ様の所為だって、解ってますか?」


「もう半分はセーラの所為でしょう、なら全てセーラの所為で問題ないわ」


「どういう理屈ですかそれは……」


「あの子は邪魔なのよ色々と、でも迂闊に消して、どんな問題が起こるかわからないわ」


 ため息混じりにそう言うと、アメリは珍しいモノをみたと、目を丸くした。


「……何かへんなモノでも食べましたカミラ様?」


「馬鹿言わないの」


 セーラは主人公で、原作では封印されし魔王を浄化するという聖女、という役所だった。

 カミラは魔王の力を得て原作ブレイクを果たしたが、それ故に簡単には手が出せない存在となっていたのだ。


(全く、儘ならないモノね……)


 セーラを無力化する案を幾通りか思案しているうちに、ゼロス王子のサロンの前まで着いてしまった。


「…………? カミラ様、入らないんですか? それともご気分でも……?」


「ええ、入るわよ。ただちょっと、考え事してたものだから……、心配かけてすまないわ」


「いえいえ、カミラ様が健やかでいらっしゃられるならそれで。では、わたしは行って参りますね」


「手抜かりなく、ね」


「カミラ様こそ……なんて、言うまでもない事ですね」


「ふふっ、千年経ってからそんな大口叩きなさい」


 アメリを見送ったカミラは、王子のサロンの扉をノックした。



 通常、王族のサロンはその権威を示すべく豪華なものだ。

 しかし、このゼロス王子のサロンは数少ない例外と言える。


「失礼するわゼロス殿下、相変わらず質素なサロンだ事」


「フンっ! フンっ! フンっ! フンっ! 入るなりっ! 失礼だなっ! お前はっ!……、ふう。これは質実剛健と言うんだ。――と、らっしゃいカミラ嬢」


 中に入ると、最低限の調度品に囲まれ、豪華な筋トレ器具でゼロス王子が一人で腹筋をしていた。

 サロンが最早サロンの意味をなしていないが、まったくもって、どうしてこうなった。


 ゲームでは彼は、本人自身の才は低いが人望型王才の、子犬系王子だった。

 しかし、何が原因かわからないが、今の王子は子犬から狼(見た目だけ)王子に進化していた。

 美貌と筋肉以外の素質が変わらないのが、せめてもの救いである。


 ……それとも、彼のファンからしてみれば嬉しいのであろうか?

 前世からユリウス一筋だったカミラには、最早知ることの出来ない事だったが。


「下町の酒場じゃないんだから、全く……」


 軽口を言い合いながら、カミラは勝手に席に着いた。

 王族と貴族の間柄ではあるが、ゼロス王子とカミラ個人としては、悪友と呼ぶべき関係。

 他に誰も居なければ、お互い対面など気にしない。


 ゼロス王子は、その鍛え抜かれた上半身(見せ筋肉)の汗をタオルで拭いながら問いかけた。


「それで? 今日はどうしたんだい、いきなり。厄介事なら帰ってくれよ。――面白そうな事なら大歓迎だけどな」


「貴男自身にとっては、厄介事半分、面白いこと半分、という事かしら」


 その辺にある出しっぱなしの菓子を勝手に食べながら、カミラは胡散臭い顔で笑った。


 ゼロス・ジラールランド第一王子。

 彼は原作ではパッケージのセンターを張る、子犬系王子だった。

 ――だった。


 よくあるクールで優秀な実力者ではなく、その反対で作中随一の無能と言われる程の非才だ。

 ――今では筋肉だが。

 

 しかし己を正しく知り、臣下が支えたくなる王の資質を持った人物像は、ゲームと同じで、その点についてはカミラも好ましく思っていた。


 それは兎も角。


「今回は『罠』、のようなモノを仕込みに来たのよ」


「おいおい、エラく物騒だな。今度は何を始めるんだ? ウチの奴らとかアメリの手間を増やすんじゃないぞ」


 面白い方か、と顔をわくわくさせ、ゼロスは続きを促す。


「今まで言ってなかったけど、私、ユリウスが好きなのよ」


「おいおい、アイツは男――って、その名前を知ってるって事は、全部承知済みか? もしかして」


「ええ、勿論よ」


「……魔王の力ってのは、王家の秘密まで丸解りなのか」


 驚いた直ぐにげっそりした顔になったゼロスを、愉しげにカミラは微笑みながら否定する。


「魔王の力はそんなに万能じゃないわ。これは私個人の術で知ってたのよ」


「そっちの方がもっと怖いわ馬鹿野郎!」


「あら、嬉しいわ」


「褒めてねぇよっ! …………それで、俺に何をして欲しいんだ。アイツは俺の配下とは言え、父上から与えられた人材だ。はいそーですか、ってお前に与える事はできないぞ」


 軽い口調で、しかし厳しい視線を向ける王子に、カミラは淡々と答えた。


「――何も」


「何も? どういう事だ?」


「強いて言うなら、彼の仕事中でも側にいる許可と、私の都合に合わせて休暇を与える事の権限を」


 ユリウス/ユリシーヌは、趣味で女装している訳ではない。

 王位継承のゴタゴタを避けるため、女児として育てられた彼は、王子の婚約者の警護、予言された聖女のサポート、そして将来的には、他国への間諜の任を任せるための訓練を受け、今ここに居る。


「……ふむ。よく解らないな、お前がその気ならどんな手段を使っても、アイツを側に置けるだろうに。何故そんな回りくどい事を?」


 怪訝な顔のゼロスに、カミラは熱に浮かされる様な口調で答えた。


「私は、ユリウスの心が欲しいのです。無論、その体も手に入る事が出来れば嬉しいですが、権力、暴力を使って無理矢理側に置いたのでは、彼は靡いてくれないでしょう。――それは、幼馴染みである王子が一番よく知っているのでは」


「……カミラ嬢は、俺より俺達の事を知っていそうだな」


「私が知っているのは、ユリシーヌ様の事だけ、後はほんの少しですわ」


「そのほんの少し、がこちらとしては一番怖いのだがな……」


 ゼロス王子は苦笑しながら、許可を出した。

 ただし半裸、仮にも貴族の乙女の前でしていい格好ではない。

 服を着ろ。


「カミラ嬢、お前の好きに口説け。――ただし、アイツが不幸になる事は許さん。幼馴染みとして、親友として、俺はアイツに、男として幸福になって欲しいんだ」


 太陽の様な笑顔を向けるゼロス王子に、カミラは真摯に答える。


「ええ、この命に変えましても」


「アイツを頼む」


 王子と堅い握手を交わした後、カミラは立ち去るべくサロンの扉の前に立ち――。


「――まあ、途中で泣きついたり、激怒したりするでしょうけど、気にしないで下さいな」


「おいっ! おいっ! アイツをどうする気だ! カミラ嬢っ!」


 しまった、と顔を青ざめながらも、面白そうな顔半分で叫ぶ。


「おほほほほほほ、ではご機嫌よう~!」


「――こんっのっ! 邪悪令嬢がぁああああああああ!」


 駆け寄って制止しない辺り、いい感じに畜生だと、カミラは愉しげに退出した。

 なお、会話の一部始終を魔法で強制的に聞かされたアメリは、その場で胃を押さえ崩れ落ち、主人公セーラに癒しの魔法をかけられていた。

おねだりついでの小話


「誤字脱字報告、評価ブックマーク等をカミラ様がお望みです。

円滑な学院生活を送る為に、是非お願いします」


「アメリ、何しているの? 早く来なさい」


「今行きます、美しく親愛なるカミラ様――、では宜しくお願いしますね皆さま」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ