04話 残念ですが子犬は脳筋狼に進化しました。
(キスをしたのは、ちょっと大胆過ぎたかしら? ……きゃっ、私ったらはしたない……)
等と、アメリが聞いたら殴られそうな事を本気で考えながら、筆を執っていた。
案外と、カミラは乙女である。
「アメリ、これをヴァネッサの所に届けてちょうだい」
「……はい、承りましたカミラ様」
ヴァネッサ・ヴィラロンド。
彼女は、ゲームでいう所の悪役令嬢である。
ただ悪役令嬢と言ってもカテゴリー的には、で、実際の所、主人公と険悪な恋敵という所だ。
カミラが色々やらかした所為で、彼女からのライバル宣言を受けているが、そんなものユリシーヌを堕とす為には塵芥も同然。
協力を仰ぐため、手紙くらいは幾らでも書こう。
「そうそう、今からあのバカ王子の所へ行くから、アメリ。届けたら貴女はセーラの所でも、行っていなさい」
「ぐげぇ、あの常識の通じない女の所に、また行かなきゃならないんですか……、勘弁して下さいよぉ」
調子の悪そうな顔を、更にぐったりさせてアメリは項垂れた。
セーラとは、今年入学してきた平民出身の娘だ。
この貴族や裕福な商人の子女が通う学院において、非常に珍しい存在である。
そしてそれだけではない。
彼女は――――『主人公』なのだ。
カミラにとって厄介なのは、彼女もまた『転生者』であった事。
セーラが原作知識を持つ以上、無闇と敵対する事は避けたい。
故にカミラは、ゲームで親友役だったアメリをスパイとして派遣しているのだ。
「仮にも貴族の子女とあろう者が、ぐげぇなんて言わないの。……それにしても大丈夫? 顔色悪そうだけれど」
サロンを出て、連れだって歩きながらカミラは問おた。
「半分位はカミラ様の所為だって、解ってますか?」
「もう半分はセーラの所為でしょう、なら全てセーラの所為で問題ないわ」
「どういう理屈ですかそれは……」
「あの子は邪魔なのよ色々と、でも迂闊に消して、どんな問題が起こるかわからないわ」
ため息混じりにそう言うと、アメリは珍しいモノをみたと、目を丸くした。
「……何かへんなモノでも食べましたカミラ様?」
「馬鹿言わないの」
セーラは主人公で、原作では封印されし魔王を浄化するという聖女、という役所だった。
カミラは魔王の力を得て原作ブレイクを果たしたが、それ故に簡単には手が出せない存在となっていたのだ。
(全く、儘ならないモノね……)
セーラを無力化する案を幾通りか思案しているうちに、ゼロス王子のサロンの前まで着いてしまった。
「…………? カミラ様、入らないんですか? それともご気分でも……?」
「ええ、入るわよ。ただちょっと、考え事してたものだから……、心配かけてすまないわ」
「いえいえ、カミラ様が健やかでいらっしゃられるならそれで。では、わたしは行って参りますね」
「手抜かりなく、ね」
「カミラ様こそ……なんて、言うまでもない事ですね」
「ふふっ、千年経ってからそんな大口叩きなさい」
アメリを見送ったカミラは、王子のサロンの扉をノックした。
通常、王族のサロンはその権威を示すべく豪華なものだ。
しかし、このゼロス王子のサロンは数少ない例外と言える。
「失礼するわゼロス殿下、相変わらず質素なサロンだ事」
「フンっ! フンっ! フンっ! フンっ! 入るなりっ! 失礼だなっ! お前はっ!……、ふう。これは質実剛健と言うんだ。――と、らっしゃいカミラ嬢」
中に入ると、最低限の調度品に囲まれ、豪華な筋トレ器具でゼロス王子が一人で腹筋をしていた。
サロンが最早サロンの意味をなしていないが、まったくもって、どうしてこうなった。
ゲームでは彼は、本人自身の才は低いが人望型王才の、子犬系王子だった。
しかし、何が原因かわからないが、今の王子は子犬から狼(見た目だけ)王子に進化していた。
美貌と筋肉以外の素質が変わらないのが、せめてもの救いである。
……それとも、彼のファンからしてみれば嬉しいのであろうか?
前世からユリウス一筋だったカミラには、最早知ることの出来ない事だったが。
「下町の酒場じゃないんだから、全く……」
軽口を言い合いながら、カミラは勝手に席に着いた。
王族と貴族の間柄ではあるが、ゼロス王子とカミラ個人としては、悪友と呼ぶべき関係。
他に誰も居なければ、お互い対面など気にしない。
ゼロス王子は、その鍛え抜かれた上半身(見せ筋肉)の汗をタオルで拭いながら問いかけた。
「それで? 今日はどうしたんだい、いきなり。厄介事なら帰ってくれよ。――面白そうな事なら大歓迎だけどな」
「貴男自身にとっては、厄介事半分、面白いこと半分、という事かしら」
その辺にある出しっぱなしの菓子を勝手に食べながら、カミラは胡散臭い顔で笑った。
ゼロス・ジラールランド第一王子。
彼は原作ではパッケージのセンターを張る、子犬系王子だった。
――だった。
よくあるクールで優秀な実力者ではなく、その反対で作中随一の無能と言われる程の非才だ。
――今では筋肉だが。
しかし己を正しく知り、臣下が支えたくなる王の資質を持った人物像は、ゲームと同じで、その点についてはカミラも好ましく思っていた。
それは兎も角。
「今回は『罠』、のようなモノを仕込みに来たのよ」
「おいおい、エラく物騒だな。今度は何を始めるんだ? ウチの奴らとかアメリの手間を増やすんじゃないぞ」
面白い方か、と顔をわくわくさせ、ゼロスは続きを促す。
「今まで言ってなかったけど、私、ユリウスが好きなのよ」
「おいおい、アイツは男――って、その名前を知ってるって事は、全部承知済みか? もしかして」
「ええ、勿論よ」
「……魔王の力ってのは、王家の秘密まで丸解りなのか」
驚いた直ぐにげっそりした顔になったゼロスを、愉しげにカミラは微笑みながら否定する。
「魔王の力はそんなに万能じゃないわ。これは私個人の術で知ってたのよ」
「そっちの方がもっと怖いわ馬鹿野郎!」
「あら、嬉しいわ」
「褒めてねぇよっ! …………それで、俺に何をして欲しいんだ。アイツは俺の配下とは言え、父上から与えられた人材だ。はいそーですか、ってお前に与える事はできないぞ」
軽い口調で、しかし厳しい視線を向ける王子に、カミラは淡々と答えた。
「――何も」
「何も? どういう事だ?」
「強いて言うなら、彼の仕事中でも側にいる許可と、私の都合に合わせて休暇を与える事の権限を」
ユリウス/ユリシーヌは、趣味で女装している訳ではない。
王位継承のゴタゴタを避けるため、女児として育てられた彼は、王子の婚約者の警護、予言された聖女のサポート、そして将来的には、他国への間諜の任を任せるための訓練を受け、今ここに居る。
「……ふむ。よく解らないな、お前がその気ならどんな手段を使っても、アイツを側に置けるだろうに。何故そんな回りくどい事を?」
怪訝な顔のゼロスに、カミラは熱に浮かされる様な口調で答えた。
「私は、ユリウスの心が欲しいのです。無論、その体も手に入る事が出来れば嬉しいですが、権力、暴力を使って無理矢理側に置いたのでは、彼は靡いてくれないでしょう。――それは、幼馴染みである王子が一番よく知っているのでは」
「……カミラ嬢は、俺より俺達の事を知っていそうだな」
「私が知っているのは、ユリシーヌ様の事だけ、後はほんの少しですわ」
「そのほんの少し、がこちらとしては一番怖いのだがな……」
ゼロス王子は苦笑しながら、許可を出した。
ただし半裸、仮にも貴族の乙女の前でしていい格好ではない。
服を着ろ。
「カミラ嬢、お前の好きに口説け。――ただし、アイツが不幸になる事は許さん。幼馴染みとして、親友として、俺はアイツに、男として幸福になって欲しいんだ」
太陽の様な笑顔を向けるゼロス王子に、カミラは真摯に答える。
「ええ、この命に変えましても」
「アイツを頼む」
王子と堅い握手を交わした後、カミラは立ち去るべくサロンの扉の前に立ち――。
「――まあ、途中で泣きついたり、激怒したりするでしょうけど、気にしないで下さいな」
「おいっ! おいっ! アイツをどうする気だ! カミラ嬢っ!」
しまった、と顔を青ざめながらも、面白そうな顔半分で叫ぶ。
「おほほほほほほ、ではご機嫌よう~!」
「――こんっのっ! 邪悪令嬢がぁああああああああ!」
駆け寄って制止しない辺り、いい感じに畜生だと、カミラは愉しげに退出した。
なお、会話の一部始終を魔法で強制的に聞かされたアメリは、その場で胃を押さえ崩れ落ち、主人公セーラに癒しの魔法をかけられていた。
おねだりついでの小話
「誤字脱字報告、評価ブックマーク等をカミラ様がお望みです。
円滑な学院生活を送る為に、是非お願いします」
「アメリ、何しているの? 早く来なさい」
「今行きます、美しく親愛なるカミラ様――、では宜しくお願いしますね皆さま」