36話 逆襲のカミラ様、マジカミラ様
「……で、では私はこれでっ!」
「あ、ちょっと待ちなさいカミラ様。怪我しているままでしょう……」
競技が終わり、そそくさと席に戻ろうとカミラの後ろから、ユリシーヌの声がかかった。
あ、と呟くと同時に、カミラがガクっと体勢を崩す。
「……受け止めて頂いて、ありがとうございますわ」
「まったく、貴女は無茶をするんだから……保健室まで連れて行きます」
困った子を見る目のユリシーヌの顔を、カミラはじっと見つめる。
――気づいていないのだろうか?
「それは嬉しいのですけれど……何時まで、この手を“そこ”に置いているのです? き、気に入って頂けたなら光栄ですけれど……、流石に人前ではちょっと」
そう、ユリシーヌはカミラを抱き留めたのはいいが、その右手はしっかりと豊満な胸をふにっと。
完全な無意識、女装経験は豊富だが、女性経験は皆無な麗人の、男として悲しき性だった。
「…………? はッ!? も、申し訳ありませんッ!」
「きゃっ!」
「ああああ、ごめんなさいッ! ああッ!? ま、また――」
「やぁんっ! んんっ! お、落ち着いて下さいなユリシーヌ様っ!」
慌てて手を放すと、当たり前だがカミラの体勢がまた崩れ、今度は両手で支え、豊かな女性の象徴をふにふにふに。
連続するラッキースケベに、カミラの方が逆に落ち着いてしまう。
――もっとも、その顔は真っ赤だったが。
「ああああ、どうしましょう!? 俺、いや私はどうしれば――!?」
「うう……、取り敢えず、あんっ! 私の胸を揉むのを。はぁんっ! や、やめてくださいな。そろそろ他の人の注目を集め始めていますわよ」
「す、すまん――手が勝手に、く、くそう……魔女め」
「や、ユリシーヌ様。いい加減にしないと、今すぐ既成事実を作りますわよ?」
「今すぐ、抱き上げて保健室運ぶからッ! 色々勘弁してください、ごめんなさいッ!」
何でこんなに柔らかいんだ、と先の競技の影響で理性が焼き切れ寸前のユリシーヌ、もといユリウスは。 血が出るまで唇を噛みしめ、正気を取り戻す。
「はい、どうぞ」
カミラはユリシーヌの首に両腕を回す。
ユリシーヌは、えいっとカミラを抱き上げた。
(右手が、相変わらず胸に当たっていますけど、後で指摘しましょうか)
「ふふっ、これが学園一の淑女と名高いユリシーヌ様ですか? とんだエロガキですね」
「ぐっ……、返す言葉もございません……」
「さ、連れて行ってくださいまし。残念ながら私、治療魔法類は使えませんの」
「ええ、存じておりますわ。私も使えませんしね」
ユリシーヌはカミラをお姫様抱っこして、移動を開始した。
魔法というのは万能ではない。
カミラが万能のように使えているだけだ。
そしてそのカミラの魔法を以て、出来ないことがある。
――治療魔法。
適正が必要な故に、使えるものが限られる魔法。
いかにカミラとはいえ適正の無いモノは使えない。
強いて言うなら、聖女であるセーラの得意ジャンルだが彼女は今、幽閉の身だ。
(まぁ、その気になれば、魔力を添え木やギプス。杖の代わりに出来たのだけれど)
「…………役得よね」
「何か言いましたかカミラ様?」
「人前で年頃の女一人を抱き上げるなんて、きっと力持ちだと思われているわねユリシーヌ様」
「……私が魔法にも秀でていると、皆はご存じの筈です、魔力で筋力を強化している、とでも思ってくれてますわ……たぶん」
「ふふっ、だといいですわね」
カミラとしては、皆にあらぬ疑いを抱かせた方が都合がいいので、フォローは入れないでおこうと決意する。
「――と、着きましたね。カミラ様、扉を開けていただけますか?」
「ええ、勿論」
二人は保健室に入る。
しかし、中には誰も居なかった。
「……まぁ、そうですわね」
「何ッ? ……知っていたなら、早く行ってくださいカミラ様」
「聞かれませんでしたので。それにてっきり救護テントに連れて行って貰えるのかと」
「いけしゃあしゃあと」
ぐぬぬっているユリシーヌを愉しげに眺めながら、カミラは提案する。
「いいではありませんか、ここには治療用の魔法具もある事ですし。折角です手当して貰えませんこと?」
「……それが目的ですか。ちょっとは普通の女の子っぽい所もあると見直しましたが、やはり貴女は貴女なのですね」
呆れた様な口調だが、どこかほっとしているユリシーヌに、カミラは催促する。
「貴男が何時でも貴男な様に、私も私ですわ。――さ、そこのベッドに下ろしてくださいまし」
「毒食わば皿まで、という事ですか……貴女の怪我は私にも責任があります。手当くらいは致しましょう」
ベッドに優しく下ろされたカミラは、そのままユリシーヌもベッドに引きずり込みたい衝動を、鉄の意志で我慢し。
代わりに、怪我した足を差し出す。
「このままでは治療できませんでしょう? 脱がしてくださる? 童貞のユリシーヌ様」
「どッ! …………そ、そっちこそ処女の癖に」
「声が震えていましてよ、ささ、私の胸をあんなに熱烈に揉んで、運ぶときにもずっと触っていたぐらい魅力的だったのでしょう? 遠慮しないで靴下を脱がせてくださいな」
「――――ッ!? 魔女めッ! 魔女めッ!」
「ふふふっ、負け犬の遠吠えにしか聞こえませんわっ!」
カミラは努力の末に手に入れた美脚を、ユリシーヌの前でぶらぶらと揺らす。
これは逆襲である。
ラッキースケベは、カミラにも幸運だったが、女として恥ずかしかったのは事実であり、少し腹立たしかったのも事実である。
更に言えば、このままユリシーヌの理性が焼き切れて襲われても、カミラとしては万々歳。
「……地獄に落ちろ魔女め」
「貴男となら幾らでも」
「くそっ――」
ユリシーヌはカミラの前にしゃがむと、ごくりと息をのみ靴下を脱がしにかかる。
だが震える手では時間がかかり、それはユリシーヌに更なる興奮を与える事となってしまった。
「綺れ――ッ。いや、何でもない、何でもないんだ……」
「貴男が望むなら、頬ずりしても、舐めてもいいのですよ?」
カミラはユリシーヌが正気を取り戻さない様に、挑発を続ける。
多少カミラとの関係が改善されていると言っても、我に返れば保険医を呼びに行くなりしてしまうだろう。
だが、そうはさせない。
カミラがさせない。
「ああ、畜生ッ! とっとと済ませるぞッ!」
「くすくす、あら化けの皮が剥がれてますわよ」
「ここにはお前と俺しかいない。問題ないし、万が一聞かれたらお前の趣味だって説明すればいい」
「あら、それなら皆、納得してしまいそうだわ。一本取られたわね。――それはそれとして、まだ半分ですわよ」
「くッ、言われなくても解ってるッ!」
ユリシーヌは意を決して、目を瞑り、一気にカミラの靴下を脱がした。
カミラと言えば、ブルマ姿で男言葉を使うユリシーヌに変なトキメキで悦っている。
「――ああんっ」
「態とらしい声を出すんじゃない……道具を探すからじっとしてろ」
「見つからない場合は、舐めて治してくださいな」
「――――誰がするか馬鹿ッ!」
「いずれは、貴男の妻の体ですよ? 少しくらい味わっても許しますわ」
「ふざけた事を言うと――」
「ふざけて言っていると、本当にお思いで?」
「…………魔女め」
カミラの素足から目を反らし、ユリシーヌは包帯とエイドスバン、という魔法具を探し始めた。
(おかしな話ね、ネーミングは原作通り。でも今は現時だし、私達が使っている言語は英語でも日本語でもない)
それなのに――『エイドズバンド』という英語名なんて。
セーラはこの不自然さに気付いているのか、と益体のないことを考えながら、カミラは戻ってきたユリシーヌに微笑んだ。
「あら、見つかったのね残念だわ」
「ああ幸運にも直ぐ見つかったさ。――ったく、まだ魔法体育祭は続くし、明日にはトーナメントなんだから、午後は安静にしとけよ――――ほら、出来たぞ」
いざ手当となると邪念は消えたのか、ユリシーヌはテキパキと手を動かし、ものの数十秒で終わる。
「ありがとうございます――――、でも駄目ですわ、まだ勝負は着いていないのですもの」
「無効にしてやるから、大人しくしないか」
呆れ半分、心配半分の言葉に、カミラは首を横に振った。
勝利、その先にこそ意味がある。
「……少し、気になっていたんだ。お前、何で『遠回り』に勝利を得ようとしているんだ?」
「…………」
カミラは曖昧に笑い、答えない。
しかし、ユリシーヌは続ける。
「こっちが間諜を使い、離間の策を進行させていたのには気付いていたんだろう? それに、わざわざ紅組生徒を扇動しなくても、お前は全てを蹂躙して一人で勝利を勝ち取れた。何故だ?」
「――直ぐに、解りますわ」
カミラは不敵に、しかし少し寂しげに笑った。
「何だそれは、真逆、俺との直接対決だけが望みではあるまい」
「残念ですが、三分の一ですわね。合格点は上げられませんわ」
目を鋭くするユリシーヌに、カミラは宣言した。
「勝利のその先で、貴男に刻んで見せますわ。――私の想い、私の意志を」
深く、深く心に刻んで、同じ様に、一心不乱に。
二人は見つめ合い黙り込む。
それは、カミラのお腹がぐー、と大きく鳴るまで続いたのだった。
また明日七時に。




