02話 これは純愛って言うのよ!
さて、唐突だが季節は今、秋である。
これが何を意味するかと言うと――――。
「――ふぅ。わかっていた事とはいえ、やはり足りないわね」
「何がです? カミラ様」
「何がって、寝ぼけているのアメリ。恋よ、恋。あのユリシーヌ様を堕とすのに、時間が足りるのか、と言う事よ。貴女にも手伝って貰うんだからシャキッとなさい」
「あぁ……。やっぱり昨日の事は夢じゃなかったんですね、ううう」
しくしくおよよ、と泣き真似をするアメリを放置して、カミラは紅茶を啜る。
二人は今、ゲームの舞台である王立学院の、数少ない権力者にしか許されない専用のサロンにいた。
無論言うまでもなく、ここはカミラ専用のサロンであり、また授業前な事もあって密談に打って付けであるのだ。
「……はぁ~あ。それで、何でまた『白銀』のユリシーヌ様に恋とか言い出したんです?」
「恋に理屈なんて要らない、そう思わない?」
「相手が男の人だったら、何も言いませんよわたしは! 何で女の人なんですかぁ……、よりにもよって、学園一の人気を誇るユリシーヌ様なんてぇ……」
今にもやけ酒を始めそうなアメリを愉しげに笑いながら、カミラは告げる。
「ふふっ。これを聞いたら、貴女は本当の意味で後戻り出来なくなるわ」
まるで今晩のメニューを伝えるが如く何気なく、しかして冷たく。
「……それでも良しとするならば、お聞きなさい」
カミラの真っ直ぐな瞳に、アメリは即座に居住まいを正して答えた。
「――愚問ですねカミラ様」
カミラからしてみれば、本来は主人公の親友役として将来的にも悪くない立場を得るはずの彼女ある。
少なからず、罪悪感というものがあるのだ。
しかし、アメリとしては。どの様なモノであっても気遣いは無用と言えた。
何せ、かつて王国全土を襲った飢饉にて、貧困に青色吐息だった領地を救ったのは、他ならぬカミラだったのだ。
他にも上げると限りないほど、カミラの恩恵に預かっている。
「カミラ様に対するわたしの忠誠は、既に王国、王族以上のモノになっています。例えどの様な非道な道に進もうとも、わたしはカミラ様に全身全霊で尽くしていくだけです」
「…………そう、貴女の忠誠に感謝を。これ迄も、そしてこれからも、頼りににしているわアメリ・アキシア」
アメリの心からの言葉を眩しく思いながら、カミラはそれを受け入れた。
(そもそも、飢饉になったのも。私が魔王を簒奪した余波みたいなものだし、現代知識を再現した品の数々を任せたのも、ゲームで有能だったからだけど。そういうのは言わぬが花、というやつね)
彼我の温度差にたじろぎつつ、カミラは本題を切り出した。
「ではこの事は他言無用よ」
「はいウツクシクごソウメイナ、カミラ様」
「……今棒読みじゃなかった?」
「気のせいでは?」
釈然としないものを感じつつも、カミラは続ける。
「まぁいいわ。率直に事実だけを言うとね、ユリシーヌ様は、紛うこと無き『男』よ」
「…………? またまたご冗談を。この学園、いえ。この国一番美しくて女らしい、貴族女性の見本の様なお方が男な訳無いじゃないですかー。そりゃあ、ユリシーヌ様は女性にしては少し背が高くて、胸がお寂しい事ですけど。それだけで、そんなそんな……」
歩くと蠱惑的に揺れる、絹糸のような銀髪。
長い睫毛で、切れ長の目。
誰よりも淑女で、穏やかな女性。
――そんな人が、男である筈が無い。
アメリはそう思ったが、カミラのあまりにも真剣な態度に、考えが揺らいでいく。
「あのー、カミラ様? つかぬ事を聞きますが、証拠などは……?」
その問いにニヤリと笑うと、カミラは数枚の写真を差し出す。
魔王の力を持つカミラにとっては、盗撮など朝飯前だ。
……魔王の力を得る前でも、同じ事が出来る実力があった辺り、カミラの怖い所ではあるが。
「見たら燃やしなさい。万が一他の者にバレると、王族専門の暗殺者が来るでしょうから」
「うひゃあ! そんなモノ見せないでくださいよぉ!」
「でもこういう証拠が無いと、貴女は納得しないでしょう? 私は貴女を、只言いなりになる駒として扱う気はないのだから」
「……狡いですカミラ様」
少し口元を綻ばせながら、アメリは写真をまじまじとみる。
それは、ユリシーヌの屋敷の自室と思しき場所での生着替え写真だった。
丁寧にも、化粧場面や入浴写真もある。
その過激さに今度は赤面しつつも、アメリはカミラの言葉が真実だという確証を得た。
「はぁ~。肩幅や腰は制服で誤魔化しているんですね、まったくもって見事…………って、どうしたんですこの写真」
「ちょっと忍び込んで、ね」
「……もしかして、偶に居なくなると思ったら真逆」
「てへ」
「一応上級貴族の令嬢何ですから、せめてわたしに一言いってから出かけて下さい……」
盗撮を咎める事なく容認した辺りに、アメリのカミラへのある種の諦めが感じられたが、それはそれ、これはこれ。
「ええっと、つまり。この王立の学園に正々堂々と通えて、さらに真実を知ると暗殺者が来る。となれば、ユリシーヌ様の件は王族が関わっている、と」
「話が早いわね、流石アメリ」
ぱちぱちと拍手を送るカミラに、アメリは本格的に頭を抱えながら結論を言う。
「無理じゃありません? カミラ様、諦めましょう?」
「あら、大丈夫よ。貴女が察している通り、私がこの事を知ってるのは不法な手段だったけど、それだけじゃないもの」
「それだけじゃ……ない?」
「いざとなれば、王族を黙らせる秘密の一ダースや二ダース、既に入手済みだわ」
「ダース単位ですか!?」
「最悪、力付くで滅ぼせばいいしね」
「じゃあ何でわたしに話したんですか! それだけ色々揃ってるなら、とっとと想いを伝えるなり、政略結婚でもすればいいじゃないですかイヤだーー!!」
「あら、それじゃあ、ユリシーヌ様の心は手に入らないでしょう? 幾ら私がこの国で二番目の美しさを誇り、白を黒にする権力を持っていても、それだけでは人の心は手に入らないわ」
まるで出来の悪い子供を諭すような口調に、アメリは釈然としない想いを抱えつつも、妥協案を出す。
「取りあえず、形だけでも婚約してから、恋愛を始めるというのは……?」
「あら駄目よ。それではユリシーヌは私に決して心の奥底を開かない」
「どうして、そうお思いで?」
「私の、千年の人生の経験、かしらね……」
「キメ顔で適当言わないで下さいカミラ様! だいたいわたしと同じ十六年しか生きていないでしょう!」
「あら非道い、本当なのに……。まぁいいわ」
カミラはアメリに、程良く大きい胸を張って宣言した。
「私の目的は――、愛しいユリシーヌの心をドロドロに溶かし、私抜きには生きられない様にする事よッ!」
「せめてまともに恋愛して下さいカミラ様アアアアアアアアアアアアア!」
見事な失意体前屈を披露しながら、アメリは叫ぶ他なかった。
いいえ、立派な邪悪令嬢です
2018/2/16追記
念のため、真逆に「まさか」というルビをふっておきました。
文脈的に「まぎゃく」という意味で使っている所もあるかもしれませんが、基本的に「まさか」です。