17話 第二回悪役会議・後
次の更新は明日の昼と言ったが、それは本当だ。
ただし、その前に二回目の更新であーる!
「いったい何を――――――――ッ!?」
それは熟練の戦士ですら見切れない、素早く美しい予備動作だった。
第一に背筋をピンと延ばしたまま中腰へ、その際にスカートにはいっさいの乱れはない。
第二にそのまま膝が静かに床に着く、瞬きをする間も無く、――そしてスカートにはいっさいの乱れはない。
第三に額を防御する様に、両腕をハの字にする。この時の角度はきっちり斜め四十五度だ。――そしてスカートにはいっさいの乱れはない。
第四に長い水色の髪を靡かせて、勢いよく、しかして激突させずに額を床に着ける。
そして――――。
「――――お願いしますっ! お願い申しあげますっ! どうかっ! どうかっ! たった一日でいいんですっ! 私の偽装恋人になってくださいユリシーヌ様ああああああああああああああああああああああ!」
――DOGEZA
古来より日本人に伝わりし、最強最悪の必殺奥義。
この技を衆目の前で使うとき、自分と相手の風評が著しく下がる諸刃の剣。
もはや書物でさえ伝えられていない伝説の秘技が、今ここに再臨した――――!
「あ、頭を上げて下さいカミラ様ッ!?」
「お願いしますっ! お願いしますっ!」
元々無いプライドを捨てて頼み込むカミラの姿は、同情と哀れみを周囲に与えていた。
同時に、ユリシーヌへの視線が厳しくなる。
「お願いしますっ! お願いしますっ! 私の体で寝室の中まで恩返ししますからっ!」
「だから頭を上げて――、何か変なこと言いませんでしたか?」
「いいえ何も。――お願いしますううううううう!」
恥も外聞など全てを捨てて正面から責めるカミラに、周囲の心は傾いた。
あろう事か傾いた。
こいつの場合、ただ欲望の為に土下座しているだけなのだが。
――だがッ! それが逆に周囲の心を掴んだのだッ!
「くっ、カミラ様おいたわしや…………、ここまで頼み込んでいらっしゃるのに……、この世界に神はいないのですか?」
「あー、その、何だ? ユリシーヌ……」
「わたくしを失望させないでくださいましね、ユリシーヌ」
暗に、とっとと頷けよ、と某海賊危機一髪並みの剣の様な視線がユリシーヌに刺さる刺さる。
そして、ぐっさぐっさ刺された結果。
とうとう、――ユリシーヌは折れた。
「――ぐ、ぐううう。ひ、卑怯ですよカミラ様……くッ、この借りは必ず返して貰いますからねッ!」
「ひゃっほーー! いええええええいっ! 我が世の春が来たわよアメリっ!」
「嬉しいのはわかりますけど、いい加減にしろカミラ様!」
パシンとハイタッチをして喜びの抱擁し、抱き合ったままくるくる回るポンコツ主従。
なお、ユリシーヌの拘束は未だ解かれていない。
ようやく纏まった話に、部屋中に弛緩した空気が流れた。
見捨てましたね? 戦略的撤退だし、と仲良い王子とユリシーヌを横目に、アメリはふと思いついた事をカミラに質問した。
「ところで、もしユリシーヌ様が首を縦に振らなかった場合、どうしていたんですか?」
「そうねぇ……」
その時カミラは皆が、自分の言葉を興味深そうに聞いているのを感じ取った。
故に、最悪の結末を話すことにした。
――最悪のサービス精神である。
「たぶん、私は断れなかったのでしょうね……」
カミラは手始めに、切なそうな声で情感たっぷりに言う。
なお、本来は両親にも土下座を敢行するつもりだった模様。
「そして、ユリシーヌ様の事を忘れ得ぬままゼロス殿下に嫁いだのかもしれないわ」
涙を堪えるように目を伏せ、気分は悲劇のヒロインだ。
「カミラ様……絶対嘘ですよねそれ」
アメリのツッコミは無視して、カミラは続ける。
「たぶん一生恨んで、でも同じくらい愛し続けて、私は精神を壊してくのだわ……」
「え、まだ続けるんですかカミラ様?」
「そしてね、壊れた私はきっと、ユリシーヌ様の周囲の人々を、じわじわ、じわじわと追いつめて不幸にして、でもユリシーヌ様には手を出さないの」
「……もしかして、散々ディスったの気にしてました? 謝りますから怖いこと言わないでくださいよぉ」
無論、カミラは心の広い女なので、多少罵倒された所で激おこする位だ。
なあに、町が一つ消し飛ぶだけだろう。
「そうすればきっと、ユリシーヌ様は私の所へ来てくれるわ。嗚呼、その時は憎悪に染まったお顔を拝見できるのでしょうね……そして、私はこう言うの」
「義務感百パーで聞きますが、なんと?」
「殿下とヴァネッサ様を殺して、私を奪い、この国を盗りなさい。って、そしてこうも言うのよ、その次は私のために世界を全て焼き尽くしなさい、って」
目のハイライトを消しマジ顔で語るカミラに、周囲はドン引きを通り越して、軽い恐慌である。
「ユリシーヌ、ユリシーヌ! さっきはスマンっ! 申し訳ないっ! ――お前だけがこの王国の! 人類全員の最後の希望だ!」
「カミラ様!? 絶対この縁談は破談にしてみせますので、自棄を起こさないでくださいましね!? 絶対ですわよ! 絶対ですわよっ!!」
「「「ゼロス殿下、短い生涯でしたが我ら一同お仕えできて光栄でした……!」」」
「「「ヴァネッサ様、もしもの時はご一緒します!」」」
「おーい、皆さん。もしも、もしもの話ですって、いくらカミラ様でも、カミラ様でも…………いや、カミラ様なら本当にやりかねない?」
「ええーい、皆落ち着きなさいッ! だいたいアメリ様! なんで貴女まで呑まれているんですかッ!? ――そもそもカミラッ! 貴女は力ある者なんですから、面白半分に皆を怖がらせないでくださいッ!」
がおっと一喝したユリシーヌによって、騒ぎは沈静化した。
「で、何処まで本気で言ってましたかカミラ様?」
「あら、そんな事も判らないのアメリ? 全部嘘に決まってるじゃない」
ふふっ、といつもの様に笑うカミラに、全員の心が一致した。
彼らは後に語る。
あれは絶対本気だった、世界を滅ぼす目だったと――。
彼らの内心も知らずに、カミラは気持ちよく語る。
「ねぇユリシーヌ様、私は『知って』いるんです。周囲の人々を不幸にしても、弱みを握って脅して言いなりにしても、その体を責め立てても。――その心は決して手に入らないって」
そう、カミラは全て『実践』済みでここに立っているのだ。
真実味があるのは、然もあらん事だ。
ともあれ、その漆黒色の精神までも完全復活したカミラは高らかに宣言した。
「――では、偽装恋人計画の打ち合わせを始めましょう!」
その怖いくらいに宛然と微笑んだ姿は、誰の目にも魔王にしか見えなかったという。
明日の昼は、お見合いに突入します。