139話 めでたしめでたし……じゃっ、なああああああい! カミラ様はカミラ様だからカミラ様だって言ってるだろっ!
「適わないなぁ…………」
主と友人の戦いを見ながら、アメリは呟く。
それは羨望、感謝。
戦いの中に込められたセーラの想いは、カミラだけではない。
アメリにも、ユリウスやガルドにも届く。
セーラは、カミラと共に戦う事が出来る。
しかし、きっと。
死ぬときは――――別だ。
アメリは、カミラと共に戦う事が出来きない。
けれど。
カミラと共に死ぬことは出来る。
死、とは少々大げさだが、多分、そういう事なのだ。
「ああ、確かに羨ましい。だが、セーラに出来ない事を俺達は出来る、そうだろう?」
「そうですね、ユリウス様…………」
カミラが飛んで跳ねて、巨人をいなし。
そして――――勝利を納めたかに見えた。
だが。
「負けちゃいましたねぇカミラ様」
「くくっ、そうだな。アイツらしい」
抱き合うセーラとカミラの姿に、二人は苦笑する。
カミラが勝つと思っていた。
だが、敗北の姿も不思議ではなかった。
「でも、よかったですね」
「そうだな――――じゃあ、行こうか」
二人は歩き出す。
見れば対面からは、ガルドも同じ様な顔で向かっている。
「あ、そうだユリウス様。わたし、カミラ様達に言いたい事があるんですっ」
「それは奇遇だ。ガルドも同じだろうから、三人でしっかりと言っておこうか」
「はいっ!」
そして――――。
「そぉいっ! 何してるんですか二人ともおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」
「あいたっ!」
「うわっちょっ!」
すぱん、すぱーんと、良い音が二つ響いた。
□
「(ちょっとカミラ、これ何時まで続くのよ…………!)」
「(私に聞かないでよっ! っていうか話かけないでっ!)」
「はいそこっ! ちゃんと聞く!」
あれから三十分、何度目かのハリセンが振り下ろされた。
「だいたい、いいですかカミラ様、セーラ。お二人とも毎回毎回――――」
アメリの言葉に頷くユリウスとガルド、その三人に囲まれて正座するカミラとセーラ。
そう、時は正に――――お説教タイム。
「いやね、アメリ。これは…………」
「駄目です。言い訳は聞きません」
「まぁまぁアメリ、ここはアタシに免じて――――」
「――――いや、そなたも同罪だからな?」
取り付く島のないアメリに、うぐぐ、と唸るカミラ。
それとなく責任回避しようとして、釘を刺されるセーラ。
「お二人が戦うのは百歩、いえ千歩譲ってアリとしましょう」
「本格的な戦闘になったのは…………許すか? どう思うガルド」
「何だかんだで二人とも好戦的だしな、そこまでは良いのではないか?」
そろそろ脚の痺れを感じながら、カミラとセーラは黙って聞く。
さっきまでの感動的な空気は何処へ行ったのだろうか。
ここはその空気のまま、ユグドラシルの解体に向かうシーンなのでは。
二人は腑に落ちない気持ちを、申し訳なさそうな顔で隠しながら、互いに肘でつつきあう。
「(セーラ、貴女の所為よ。あんなもの持ち出さなければ)」
「(それを言うならアンタだって、そもそも魔王の力無しにあれだけ戦えるのが非常識なのよ、ホントに伯爵家のご令嬢なの?)」
「話は黙って聞くっ!」
すぱぱぱんと連続ハリセンが飛び、二人揃ってうぐぐっとダメージ。
「どうして何時も、全力で武力を用いるんですか…………」
「大丈夫よアメリ、武力以外も全力だわっ!」
「出会い頭にガツンといかないと、マウント取れないわよアメリ」
「その考えから矯正してやろうか二人共ぉっ! だいたい、後始末するのは誰だと思っているのですかっ!」
うがー、と吠えるアメリを前に、カミラは立ち上がった。
脚がプルプル震えていたが、そんなものはご愛敬だから、セーラはさり気なくつつくのを止めるべきである。
「ごめなさいアメリ、そしてユリウス、ガルドも。心配をかけたわね」
「…………ホントにご理解頂けてるんでしょーか、カミラ様?」
訝しむ様な視線を送るアメリに、カミラはあら手強いと心の中で冷や汗。
カミラだけでは分が悪いと、セーラも立ち上がる。
だからカミラも、さり気なくセーラの脛を蹴るのは止しておくべきである。
「…………仲がいいな、そなたらは」
「成る程、喧嘩する程仲がいいとは、こういう事なんだな」
麗しき、麗しき? 友情に男二人は、何しにここまで来たのだっけ、と遠い目をし始めるが。
カミラとセーラは、気づかずにアメリを宥める。
「今回は軽率だったわアメリ。今度から何かする時は、アンタにも相談して、関わって貰う。勿論、アタシが何か危険な事をしようものなら、遠慮なく注意して止めてもらっていいわ」
但し、それで諦めるとは言っていないし、危険な事をしないとも言ってない。
「そうよアメリ。何だったら書類で残して、破ったら罰を受けるわ」
「……………………もう一声」
「わかったわ。アタシ秘蔵のBL同人もつける…………っ!」
悩んだ末、追加を望んだアメリに、セーラは虚空からとある書物を取り出す。
ガルド×ユリウス本と書かれた、やけに嘆美で薄い本を差しだし、しかしてそれは横から出てきた手に奪われ。
その手の主、カミラはそれを瞬時に三冊にコピーするという高度な魔法技術の無駄遣いを見せた後、セーラの胸ぐらを掴む。
「――――先生。次は、ユリウス×ユリウス本で頼むわ。言い値でいい」
「ショタユリウスと老ユリウスね! よし乗った――――!」
「あ、わたしは。男カミラ×わたしでお願いしますセーラセンセー」
「帰るまでにプロット構想を考えておいて」
むふふふ、きゃいきゃい、とよからぬ話を始める女性陣に、男性二人はどん引きである。
「ゆ、ユリウス? 何だか凄い方向に話が行ってないか?」
「くッ、よく解らないが、このままだと不味い気がすするッ! 止めるぞガルドッ!」
襲われている訳でもないのに、貞操の危機を感じたユリウスは。
同じく本能的に危機感を覚えているガルドと共に行動を開始する。
「おいセーラ。男二人では寂しい、もっと余をかまえ」
「――――へぁっ!? が、ガルドぉっ!?」
ガルドに後ろから抱きつかれ、顔を赤くするセーラ。
その光景を、カミラとアメリの二人ひゅーひゅーとはやし立てる。
(これで目的は達した。けれど、俺も便乗させてもらおう)
ユリウスもまたカミラの横に立ち、その細い腰をぐいっと抱き寄せる。
「皆と話すのも良いが、お前は真っ先に俺の所に来いよ」
「~~~~はわぁ………………はい、ユリウス様ぁ」
ちょっとした嫉妬と共に、渾身のスマイルを見せるユリウスに、カミラはくらっとよろめき、ぴたっとその身を委ねる。
「チョロいっ!? 二人ともチョロいですよっ!?」
真逆、このまま甘ったるい空気が流れるのか。
二つのカップルを前に、一人寂しく眺めるしかないのか。
アメリが最悪の未来に戦慄し、ガタガタ震え始めたその時。
「――――いや、いい加減にしなさいよ」
助けは来た。
このユグドラシルに居る中で、もう一人の独り身。
そう、シーダ0である。
「陛下も、元陛下も、何してんですかい。オレとシーダ嬢ちゃんは一番上で待ってたんですぜ」
そしてもう一人、フライ・ディア(既婚・二児の父親)が、やや呆れながらその後ろに。
「すまない。ちょっと因縁の対決があってな」
「いえ、見てたから事情は知ってますけど、終わったならとっとと来てくださいよ陛下達…………。後はこのデカイ塔をぶっこわすだけなんでしょう?」
その言葉に、ユリウスの腕の中にいるカミラへ視線が集まる。
「え、何? 何で皆、私を見るの?」
「そういえば、ちゃんと聞いていなかったな。――――カミラ・セレンディア。そなたは、このユグドラシルをどうする算段なのだ?」
もし支配し、利用すると言うならば、とガルドは睨むが、カミラはあっさり答える。
「ああ、ユグドラシル? 別にいいわよ壊しちゃって。私には必要ないもの」
なんの気負いも無く、演技も無く、虚勢を張るでも無く。
どうでもいい、と出された言葉に、一同は沈黙した。
「――――――――、いや、薄々は気づいていたが」
ユリウスが苦笑する。
「まぁ、あの態度では。そんな感じはしてましたけど…………」
ですよねー、とアメリも苦笑気味に頷く。
「いや、アンタ…………。その結論があっさり出るなら、とっとと膜破っておきなさいよ」
セーラが明け透けに、不満を言う。
「うむ、その言葉が聞けて余も安心だ」
うむうむ、とガルドも頷き、恋人とは良いものだなぁ、余もセーラと…………、と呟き、セーラの顔が真っ赤に。
フライ・ディアは、ま、こんなもんだろ、と生暖かな視線を送り、シーダ0が問いかけた。
「…………これから何が起こるか解らないわ。それでも?」
「ええ、勿論。――――だって、私の事はユリウスが幸せにしてくれるから」
カミラは返す、晴れやかな顔で。
「それに、ユリウスは今までと変わらず私が幸せにするわ」
皆を見渡して、カミラは続ける。
「私には沢山の人が、頼れる人々が居るもの」
「間違ったら正してくれる人。間違っても着いてきてくれる人。私以上に、皆の幸せを考えてくれる人」
「私は得た。私と同じ熱量で、私と同じ深さで、私と同じ大きさで、私を愛してくれる人を」
だから。
「だから、大丈夫。――――怖いものなんて無い」
「これから先は、いつ崩れるか解らない偽りの平和なんて、要らないのよ」
カミラは、真っ直ぐにシーダ0を見た。
「ありがとう“私”。この時間は、私がもっと良くしてみせる」
「――――“私”の決意。確かに受け取ったわ」
二人のカミラは微笑む。
一人は、愛しい人の腕の中で。
一人は、未練を残した黒色を纏い独りで立って。
――――故に、カミラも問いかける。
「“私”こそ、“もう”いいの? ユグドラシルが無くなる事について未練はない?」
「愚問ね“私”。これが仮に私の時間だったとしても、同じ答えを出すわ」
シーダ0も、あっさりと答える。
だが。
(――――ええ、そうでしょうね。“私”が諦める訳がない)
そして同時に、彼女の用事が“済んでいる”事を確信した。
カミラとセーラが戦っている間に。
もしかしたら、ここに到着する前に、もう済んでいたのかもしれない。
(私ならそうする。――――なら、“わたし”だって同じでしょう?)
カミラが“それ”を読んでいる事は、きっとシーダ0も同じ。
その上で、共に口には出さない。
(動くのは、今じゃないわ)
シーダ0には“特大のプレゼント”が用意してあるのだ。
「どちらの意見も一致したわ。なら、始めましょうか。ここからでも出来るのでしょう?」
「ええ、だけど念のために外に出てからの方がいいわ」
二人は静かに見つめ合うと、共に歩き出す。
周囲は、どこか不穏な空気を感じながら続く。
エレベーターの中に入り、妙にピリピリとした空気に耐えきれず、誰か何か言えよ、と当の二人以外で押しつけ合い、ならばとフライ・ディアはガルドに話題をふった。
「そういえば、おめでとうございますガルド辺境泊閣下」
「え、何それ。ガルドが辺境泊ってどういう事!?」
ピリついた空気も何のその、セーラは思わず食いついた。
「ああ、セーラは知らなかったか。ユグドラシルが無くなれば、魔族はちょっと特殊な魔法を使える人間になる。人間への敵意も消える――――あれはユグドラシルの誘導だからな」
「ってな訳で、魔族は王国に編入される事になったんだぜ嬢ちゃん」
「魔族はユグドラシルの崩壊と共に消え、それと共に彼らに虐げられていた“可哀想な”町が発見される。そういう筋書きよセーラ」
カミラの補足に、ガルドは笑う。
「余は、王国に密かに接触し、王命によって魔族の行動を妨害していた勇気ある町長の息子、という訳だ」
「へぇーー。なら、これが終わればアンタは辺境泊って事なのね」
「学院の卒業後、という但し書きは付くがな」
つまり卒業後は、ガルドはセーラと離れ、何処かの令嬢と結婚する可能性がある。
そんな事実に行き着いてしまい、セーラは表情を暗くした。
ガルドがセーラに手を伸ばそうとする前に、ポーンという軽快な音と共に、一階に到着。
ぞろぞろと外に出る中、キラリと目を光らせたフライ・ディアは、更に話題をふる。
魔王の忠信フライ・ディア。
彼は四天王の中でも、脳味噌まで筋肉で出来ていると専らの評判だが、気遣いが出来る、女心も解る、少々お節介な、筋肉ナイスミドルである。
「いやぁ。辺境泊ともなれば、ガルド閣下にも嫁さんが必要でしょう。どうです? ご命令とあらば、見繕って置きますが?」
「それについてだがな…………一つ、考えというか。頼みたい事があるのだ」
ガルドの言葉が、自身に向けられているとも知らず、セーラの顔が青くなる。
最新技術によって、解体の際に離れるのは百メートルもあれば安全だ。
そこに着くまで会話は一度途切れ、セーラの目が死に、ガルドは真剣に。
事態を悟った周囲の皆がニヤニヤと見守る中、到着し足を止めたガルドは、セーラの前に片足を着いた。
「親愛なる友セーラ。余はそなたに伝えたい事がある」
「え、え? あれっ? な、何よっ!?」
セーラはガルドに左手を取られ、その表情に、膨大な“熱”と、懇願の響きを感じて戸惑った。
「――――余は、そなたが欲しい。そなたと余の間には、まだ確かな関係は築けていないかもしれない。だが、どうか。お願いだ。余は一生涯をかけてそなたを愛し、幸せにする事を誓う」
「セーラよ。――――余と結婚して欲しい」
目を丸くし、口をぱくぱくさせ、真っ赤になって顔を反らして、おどおどと戻す。
そして、彼女らしからぬ、か細く震えた声で答えた。
「…………はい、よ、よろしく」
「おおっ! ホントだなセーラ! 余は聞いたぞ! 確かに聞いたぞっ! 皆も聞いたなっ!」
「~~~~っ!? だ、抱き上げ――――、ああ、もぅ…………好きにしなさいよぉ」
セーラをお姫様だっこして喜ぶガルドに、皆は祝福の拍手を送る。
おめでとうの言葉が響きわたる中、カミラとシーダ0は視線を合わせ頷く。
「それでは――――っ!」
「二人の前途を祝って――――っ!」
「「ユグドラシル崩壊スイッチっ! オーーンっ!」」
ぽちっとな、と言いながら二人のカミラは、シーダ0が取り出した“自爆スイッチ”のボタンを一緒に押す。
その直後、ゴゴゴ、という地響きと共にユグドラシルが原始分解を始め、先端から光の粒子に変化してゆく。
「そんなノリで壊していいんですかコレっ!?」
――――消えてゆく。
「ちょっとっ!? アタシ達をダシにして、壊してんじゃないわよっ!?」
――――消えてゆく、前史文明が残した祝福/呪いが。
「見ろセーラよ、まるで世界が祝福しているかの様な綺麗な光景ではないか」
――――光となって、消えてゆく。
「閣下、おめでとうございます! 次はお世継ぎ期待してますぜぇ!」
――――古い柵とと共に、消えてゆく。
「…………まったく、カミラらしい。いや、俺たちらしいって事かな」
五分間続いたそれを、皆は一心に見つめていた。
これで、もう残す事は何も無い。
これからは、明るい未来が待っている。
誰もがそう思った。――――二人以外は。
「――――じゃあ、始めましょうか」
「ふふっ、やっぱり気付いてたのね。でも“私”だもの、当たり前よね」
全身から紫電を、侵・雷神拳を纏わせたカミラに。
錆び付き、ボロボロになった聖剣を構えるシーダ0に。
皆が目を丸くする中、カミラは言う。
「――――全員、構えなさい。まだ終わっていない。“私”は最後にとんでもないモノを盗んだわ」
「は? え、カミラ様!?」
「ぬぅ、ここで来るのか。――――わかった協力しよう」
「それで、何を盗まれたんだカミラ」
聖剣を抜いて構えるユリウスに、カミラは答えた。
「壊れたのは器だけよ。中身の大事なモノは全て“私”の手の中」
「それはどういう事だよ嬢ちゃん!?」
フライ・ディアの叫びに、カミラは獰猛な笑みで、黄金瞳を輝かせた。
「ユリウスを諦めて、他の私の幸せを補助する? そんな殊勝な事を、この“私達”がするモノですかっ! “私”の目的はどこまで行っても“ユリウス”と共に居る事。その為ならば、全てを犠牲にするわっ!」
「ふふっ、ご明察よ“私”。さぁ、乗り越えてみせなさいっ! 勝てたなら大人しくこの場を去りましょう」
でも、と彼女は嗤った。
「負けたのならっ! “私”に変わってユリウスを私が愛するわっ! そして世界も支配してみせるっ! ――――さぁっ! さぁさぁさぁっ! 未来を掴みたければ、私を倒して“輝き”を見せなさいっ!」
――――そして、最後の戦いが始まった。
前話の活動報告の通り、少々遅刻しました失礼。
@1話&エピローグ。
次回はその二つを投稿予定です。
ではでは。