134話 カミラ様は愛が重いし、勉強もできる。美人だし優しいし魔法も達人、しかし、しかし馬鹿、であったのだ……!
「いやぁ、真逆。俺の筋肉がカミラ嬢の仕込みだったなんて…………」
「――――わたくしは信じておりました。カミラ様は筋肉についての理解者だと!」
「結果的にそうなってるだけだからねヴァネッサ様っ!? ゼロス殿下っ!?」
VR空間から部屋に戻った途端、ロイヤルカップルが楽しそうに笑う。
席を立ち、うーんと背伸びの途中だったカミラは、反射的に叫ぶ。
「…………アンタ、苦労してるけど。何処まで行ってもアンタなのねぇ」
「うむ、余は安心したぞ!」
「嬉しいけど素直に喜べないわよっ!?」
セーラは苦笑しながら、ガルドは朗らかに笑う。
過去を見せて、引かれるぐらいの想像はしていた。
だが、何だろうかこの空気は。
(思った以上に生ぬるい視線は何よっ!?)
目を白黒させるカミラに、今度は両親が席から立ち上がり側へ。
そしてぎゅっと抱きしめる。
「愛しい我が子よ…………。何があっても、どんな過去があろうとも。お前は私達の子だ」
「そうよカミラちゃん。…………それで、式は何時にする?」
「だからっ!? 嬉しいけど反応おかしいってっ!?」
何故だろうか。
受け入れて、愛してくれているのは嬉しいが。
勿論、悲劇のヒロインとして憐憫の情を貰いたかった訳でもないのだが。
ともあれ。
戸惑うカミラに、次の人物が声をかける。
「ま、元気だせよ現魔王陛下様よぉ。何度もアンタを殺しちまったオレが言う事でも無い気がするがね」
「此方としても、今の貴男の罪ではないので。アレコレ言うつもりはありませんが。その気持ちは受け取っておきますわ。ありがとう」
同情してるのだか、困惑しているのだか、判別不能の顔をしているフライ・ディアからの言葉に。
カミラは苦笑と共に返した。
「…………はぁ。では、そろそろお開きと行きましょうか」
「ここでの用は全て済んだのだなカミラ? なら折角だ、俺に少しだけ時間をくれないか」
「おおっ! 今やるんですねユリウス様! ひゅーひゅー!」
何故か興奮気味のアメリと。
少し照れくさそうにするユリウスに、カミラは思い出した。
(そういえば、プレゼントがあるとか言っていたわね。何かしら?)
指輪は貰った。
ならば、ネックレスやイヤリングなどのアクセサリーでもくれるのだろうか。
嬉しいのだけれど、ユリウスが今渡す必要のあるモノとは何だろうか。
カミラが内心で首をひねる中、何事かと皆が二人を囲み始める。
セーラとガルドはそれを知っているのか、ニヤニヤと。
他の者はシーダ0も含め、興味深そうに見守っていた。
「ユリウス。貴男が何をくれるのかは知らないけれど。その前に一つ、挨拶でもしていいかしら?」
「ああ、勿論だ」
カミラはこほん、と一つ咳払いをして、全員の顔を一人一人見てゆく。
暖かな心を持つ仲間、家族、敵かもしれない者。
誰もがカミラを忌諱しなかった。
拒絶、しなかった。
それは、それはとても――――。
「――――ありがとう皆様。私、カミラ・セレンディアの過去を知ってくれて。そして、受け入れてくれて」
「いいえ親愛なるカミラ様、礼には及びません。だってわたし達全員、カミラ様の事を好きなのですから」
「そうだぞカミラ。むしろ嬉しいんだ。お前の過去を知ることが出来て」
「誰だってさ、理解できるわよ。辛い過去を、悲しい過去を誰かに見せるのは、とても勇気がいる事だって。だからアタシは、そんなアンタを尊敬するわ」
「アメリ、ユリウス、セーラ…………」
何て、何て幸せなのだろう。
ずっと、ずっと、ずっとこの日を待ち望んでいたのだ。
誰からも受け入れられて、ユリウスと二人で居る事を許される日を。
カミラの頬に、一筋の涙がつたう。
「カミラちゃん。貴女が私達の子であること。誇りに思います」
「カミラ様、きっとこれからは幸福だけ訪れるのですわ。貴女がこれまで頑張ってきた分、幸せになりましょう」
母セシリーとヴァネッサの言葉に、カミラは涙を拭いながら頷いた。
その光景を、クラウス、ゼロス、フライ・ディア、そしてガルドは、優しい目でカミラに頷く。
「…………ごめんなさいユリウス。貴男が何かをくれるというのに、少し湿っぽくなってしまったわ」
「別に構わないさ。今のはとても、大切な事だったのだから」
「ありがとうユリウス。貴男が貴男で、私は幸せよ」
「ははっ。なら、これからもっとお前を幸せにしよう」
優しく微笑み、カミラの手を柔らかにとったユリウスは、皆に顔を向ける。
「ここに居る皆は知っているだろう、俺が元々男であった事は」
「そして、俺とカミラが恋人になった日、学院に居た者は見たはずだ。カミラが俺に魔法をかけた事を」
ユリウスの言葉に、アメリ達はそういえば、と頷く。
残る者は、そんな事があったのかと興味津々だ。
「ユリウス? それが今、何の関係が…………?」
「あるんだカミラ。皆も聞いてくれ、あの日、カミラが俺にかけた魔法は、魔族による呪いを解くものではない――――呪いなんて、カミラの嘘だしな」
「その言い方では、あの時の派手な魔法は見せかけだけはなかった、と?」
ゼロスの発言に、ユリウスは頷く。
一方カミラは、少し目が泳いでいた。
言ってしまうのか、常識から考えずとも、非常識過ぎる、重すぎる愛情の発露を、暴露してしまうのだろうか。
(ユリウスっ!? 言うの!? それ言っちゃうのぉ!?)
カミラの態度に、事情を知っている者は、あーと頷き。
他の者といえば、記憶の旅で耐性が出来ていた為、コイツまだやらかしているのか、という目で見た。
口に出さないだけの、情けはある。
「え、“私”。いったい何したのよ?」
「切り込むのかそなたっ!? ――いや、同じカミラだものな…………」
然もあらん。
シーダ0の率直な疑問に、ユリウスは答えた。
「カミラはな…………、俺に“絶対命令権”なる魔法をかけたんだ」
「…………でかしたわ“私”っ!」
「“私”ならそう言ってくれると思っていたわ!」
通じ合う同一人物に、ユリウスは眉根を押さえながら続ける。
「この魔法の効果は、カミラの肉体と魂への、絶対的な命令権を刻むモノだった。――――しかも解除したらカミラも俺も死ぬらしい」
「カミラちゃん…………」
「我が娘よ、それは重いぞ」
両親からの、残念な子供を見るような視線に、カミラはたじろいだ。
「うぅ、そんな目で見ないで皆…………」
「いや、無理ですって、重すぎですよカミラ様ぁ」
「ですが、まぁ。少し解る気もしますわ」
「解ってくれますかヴァネッサ様!」
「少しだけですってばっ!」
目を輝かせるカミラに、ヴァネッサは怒鳴り返す。
ゼロスという最愛の人がいる身としては、断じて、決して、狂人と紙一重の愛を持つ同類とは思われたくはない。
親愛の情と、これとは別である。
「――――頑張るのだユリウス」
「強く生きろよ、我が親友…………」
「何かあったら、――――遠慮なくお前達を頼るからな」
ガルドとゼロスに、晴れやかな顔でそう言うと。
ユリウスは、こほんと咳払いした。
「つまりは、このままだと平等では無いと思うんだ。――――恋人とは、対等の立場であるべきだから」
「ユリウス? 何を…………」
言っている事は至極もっともだが、それをどうするつもりなのだろうか。
ユリウスの魔法の腕では、解析すらまともに出来ない程の高度な術式なのだ。
そんなカミラも含めた皆の疑問に答える様に、ユリウスは一人の名を呼ぶ。
「頼む、ガルド」
「任された――――」
その瞬間、ガルドが何かの魔法をを発動する。
カミラとユリウスを中心に取り囲む、幾何学模様の魔法陣。
光を発し始めたそれは、ユリウスから心臓から半透明の鎖を出す。
「ま、真逆、これってっ!?」
「そうだ。…………あの時の“逆”だよ、カミラ」
鎖はカミラの心臓と結ばれ、瞬き一つの時間で、魔法陣と共に虚空へと消える。
「今ここに宣言しよう! 俺、ユリウス・エインズワースは! カミラ・セレンディアに!」
「人生の全て、この魂を未来永劫捧げる事を――――ッ!」
わぁ、という歓声と共に、二人へ祝福の言葉が送られる。
「おめでとうカミラ様っ!」
「ま、確かにアンタには効果的な手だわ。――――おめでとう」
「…………うぅ。感謝する、婿殿」
「末永く、カミラちゃんをお願いしますねユリウス」
「ふぇ…………? え、あれ…………それって、え? え? え?」
幸せヒートオーバーなカミラに、ユリウスは言う。
「お前が俺を離す事が出来ないように、俺もきっと、同じだから。だからさ、一緒に、同じ高さで、同じ深みで、俺はお前を愛するよ」
「ユリ、ウスぅ…………ゆりうすぅ…………」
感極まってえぐえぐと泣きながら、カミラは世界で一番愛おしいヒトに抱きついた。
ユリウスもまた、大切に大切に、カミラを抱きしめる。
「これにて一件落着だな。…………ヴァネッサ、これから一緒に、結婚式の友人代表スピーチを考えてはくれぬか?」
「ええ、勿論ですわゼロス。わたくし達の時は、お二人にお願いしましょう」
祝福ムードの中、カミラ達をは少し離れた位置で。
祝ってはいるが、フライディアは複雑な表情でガルドに問いかける。
「めでたし、めでたし。で終わりませんか? 前陛下」
「そんな気もするが…………シーダ0?」
ガルドは同意して、シーダ0に判断を仰いだ。
「――――いいえ、駄目よ。“私”は“私”だから解る。この幸せと、あれとは別問題なのだから」
シーダ0は“念話”を使って、カミラの近くにいるセーラを呼び寄せる。
彼女の周りに、セーラ、ガルド、フライ・ディアが集まった。
幸せ一杯、脳味噌花満開で、今にも失神しそうなカミラは、それに気づかずユリウスの逞しい胸板に頬ずり。
「ねぇ、本当に実行するの? もういいんじゃない?」
「このまま何もせずとも、セーラの体の問題は解決するだろうしなぁ…………」
「と言ってますけど、どうするんですシーダ0“陛下”?」
「何を言っているのよ、“陛下”はこれから“あっち”でしょ」
シーダ0の視線の先には、セーラが。
その態度に、三人は“計画”を実行するつもりだと、腹をくくった。
「はいはーーい! ちゅうもーーくっ!」
カミラ達からしてみれば、突如として大声をだしたセーラに注目が集まる。
「どうしたのセーラ…………、ガルド、フライ・ディア、“私”まで。何? 貴女達も何かくれるの?」
「幸せボケはそこまでにしなさい“私”。ある意味ではプレゼントなのだけれどね」
シーダ0の不穏な物言いに、カミラのスイッチがバチリと入る。
「――――――――。何の、つもり?」
今ここで戦いを始めるのか。
何故セーラ達は、そっち側なのか。
目的は、手段は、対抗策は。
様々な思考を巡らせながら、カミラは“魔王”の権能にて、膨大な魔力を体に回し――――。
「――――え」
カミラの目が見開く、顔から血の気が失せる。
切り替わった頭が更に冷え、拳に力が入り。
本能的に、ユリウスを庇うように前に出た。
「何をしたの、“私”」
油断していた。
幸せだったから、となど言い訳にもならない。
最大限の警戒をすべきだったのだ。
相手は自分、同じ過去を持ち、違う未来をたどった自分自身。
何を考えているか、それ故に検討がつかない。
「もう理解しているでしょう“私”。いいえ、カミラ・セレンディア。貴女はもう、“魔王”では“ない”」
「――――っ!」
カミラは唇を噛みしめた。
考えてもみなかった最悪の事態だ。
シーダ0に魔王の力が奪われたのなら、カミラの勝ち目は非常に薄くなる。
それに彼方には、ガルドとフライ・ディアがいるのだ。
(さっきの魔法で、時空間制御の力はユリウスにも影響を及ぼす事が出来る。でも、手が足りない。ガルドとフライ・ディア。セーラもどんな手を隠し持っているか――――)
もしカミラがシーダ0ならば、カミラに対する対抗策を各々に貸し与えている筈。
迂闊には動けない。
カミラが焦燥感に駆られる一方。
ユリウスは冷静にシーダ0を観察していた。
そしてその上で、ゼロスと“念話”をする。
(ゼロス。どうやら向こうはカミラだけが目的らしい)
(…………お前のそう言うなら信じよう。ならば、俺が向こうから話を聞き出す。お前は何時でも戦えるようにしてくれ)
(ああ、カミラはこちらで押さえる。恐らくこの場では戦いにならないだろうが、十分に警戒してくれ)
ゼロスとユリウスは、アイコンタクトをして行動を開始する。
カミラをユリウスが後ろから抱きしめると同時に、ゼロスが一歩前に出て、口を開く。
「話をしよう。――――目的は何だカミラ嬢」
「シーダ0と呼んで殿下。私の目的はね、あの大馬鹿女の最後の“やらかし”を阻止する事にあるのよ」
「最後の“やらかし”? カミラがまだ何かするのか?」
シーダ0は、ニンマリと笑ってカミラを指さす。
「教えてあげる。この女わね、――――ユグドラシルを支配する気だったのよ。その時空間制御の力で、未来永劫」
「貴女も同じ“私”なら、何故敵に回る――――むぐむぐぅっ!?」
「はい、ちょっと黙っとけカミラ。お前の事なんだから」
むー、ぐー、と抗議の声を無視して、シーダ0は暴露する。
「今、ユグドラシルは劣化の一途を辿っているわ。そして何時、世界に混乱が訪れるか解らない。なら――――“私自身が生け贄となって、ユグドラシルを維持すればいい”」
「だが、カミラはユリウスと共に居る事を望んでいるぞ?」
「“私”にとって、それとこれとは違う問題よ。ユリウスと共に生きながら、一方でユグドラシルという冷たい機械の一部となる方法なんて、幾らでも思いつけるし実行できる」
全員の責めるような視線が、カミラに向けられた。
残念でもないし、当然である。
「――――むぐ、むぐ、むぐぅ! っぷはぁっ! 何よっ! 平和な世界でユリウスと幸せになる方法があるなら、実行せずにはいられないでしょう!?」
「お前が犠牲になる方法を、俺が、俺達が許すと思ったか馬鹿女ッ!」
「だから、この事は墓場まで持って行くつもりだったのよぉっ!」
この裏切り者っ! と叫ぶカミラをさて置いて。
ユリウスはシーダ0に問いかけた。
「それで、君はどうやってこの馬鹿女の企みを潰す気だ?」
「先ずは、セーラを今の“魔王”に設定してあるわ。そして、カミラのユグドラシル管理者権限も剥奪してある」
「成る程、力を取り上げるのか。良い方法だ、それで俺は何をすればいい? カミラを監禁しておくか?」
それはそれで、と顔を一瞬緩ませるカミラは余所に置いて。
シーダ0は首を横に振る。
「それには及ばないわ、完全な大団円にはユグドラシルの破壊が不可欠よ。だから、セーラの処置が終わる一週間後に、魔王城跡地にて顕現させる手筈を取ったわ」
「此方から、魔王討伐の為に攻め込んで、ついでにユグドラシルも壊してしまおうと?」
「概ねその通りよ。その時に全ての魔族を討伐するという事にしたから、この場に居る者か、話のすり合わせが出来ている少数精鋭できて頂戴」
カミラ以外の全員が頷き、ゼロスが纏めた。
「カミラの企み、ユグドラシル、魔族。その全てを解決するのだな! 乗ったぞ!」
だが、アメリがおずおずと質問する。
「あの~~。ちょっといいですか? ユグドラシルを壊したら、カミラ様のループ中みたいに、色んな事が起こるんじゃ…………」
「その心配は無いわアメリ。あれは、バグったユグドラシルが、魔族を使って騒動を起こしていただけだし、魔族と人間が互いを敵視するのも、ユグドラシルの思考誘導だもの」
「つまり、ユグドラシルさえ壊してしまえば、全てが丸く収まるんですね!」
「大きな事はそう簡単に起こらないわ。――――でも、私は、“私達”は、僅かな可能性も見逃したくない」
カミラは叫んだ。
「何故なのよっ! 少しでも不安があるなら、それを潰しておくべきでしょう!?」
シーダは淡々と答えた。
「…………これは妥協では無いわ。私はね、貴女に幸せになって欲しい。そして貴女は最後の一歩を間違えて踏みだそうとしている、なら、止めるべきなのよ」
「私には、貴女が間違っている様に見えるわ」
二人のカミラの間で火花が散り、そしてユリウスはカミラの羽交い締めを止め、その手を握る。
「カミラ、シーダ0。このまま言い争っても、話は平行線だろう。――――だから、一週間後、ユグドラシルにて決着を決めないか?」
続いて、ユリウスはカミラを抱きしめた。
「俺はカミラの味方だ、側にいる。だから覚えておいてくれ。俺はユグドラシルを破壊して、お前を幸せにしてみせる。――――そして、シーダ0。お前の企みを壊してみせる」
「――――へぇ。私が何を企んでいるですって?」
「カミラはカミラなのだろう? なら、企んでいない方が不自然だ。…………君には、今語った事以外に目的がある、俺は確信しているよ」
ユリウスの言葉に、シーダ0は悲しそうに微笑む。
「なら、一週間後。全てはそこで――――」
次の瞬間、カミラ達はシーダ0によって空間転移させられた。
目の前に見えるのは、セレンディアの屋敷。
何かを考える間もなく、空に覆面を被ったシーダ0と、鎖に繋がれたセーラの姿が映し出される。
――――カミラ・セレンディアの最後の恋の障害が、今、始まりの鐘を鳴らした。
ブックマークは一番上左
感想レビューは一番上、最新話一番下
評価欄は最新話下
解決すべき最後の事柄が表に出ました。
次話から最終章に入ります。
プロットを今一度整理するので、遅くとも来週末までには次話投稿の予定です。
ではでは。