133話 705匹カミラちゃん
『どこで、どこで私は…………私は、間違えたのだろう…………』
焦土となった王都にて、燃えさかる瓦礫の山に囲まれ。
カミラ、否。
シーダ0となる女は、一人呆然と立ち尽くしていた。
顔には真新しく、そして大きな傷跡と火傷。
喪服の様なドレスはボロボロで、その手にが完全解放された聖剣が握られている。
カミラと同じ過去を持つが全く違う道筋に、全員が苦い顔をした。
「カミラ様が魔王を倒し、ループから脱出して。そこまでは同じなのに、どうしてこうも違うのでしょう…………」
アメリが思わず呟く。
彼女が意識するより大きく響いたその言葉に、ガルド達も反応した。
「そういえば、余も居なかったな…………何があったのだ?」
「それを言うなら、何でアタシはカミラが十六歳になる前に死んでるのよ? 魔族の大侵攻とか、貴族の反乱も無かったわよね?」
セーラに続き、ゼロス王子も首を傾げた。
「俺も、ループの時と同じ生っちょろい肉体をしていたな…………」
「婿殿と出会って早々に、結婚式を上げる。そんな道もあったのか。だがしかし、それが故に、王家と対立する事となろうとは」
父クラウスの言葉に、母セシリーも頷いた。
何故、こんな悲劇の結末になってしまったのだろう。
「――――予想していたとはいえ、今の状態と全然違うわね」
カミラは冷静な目でシーダ0を見た。
ユリウスは複雑な表情で、彼女に視線を向ける。
無理もない。
悲劇の引き金は、魔族に体を乗っ取られたユリウスを、カミラは救うことが出来ずに。
再び、その命を奪ってしまった事から始まったからだ。
「…………そんな顔をしないでユリウス。私の世界軸で貴方と過ごした時間は、とても幸せだった」
「――――ッ」
「ふふっ、ごめんなさいね。貴男に言う事ではないけれど、言わせて頂戴――――ありがとう、貴男の存在こそが私の全てで、私に意味を、人生を与えてくれて」
その瞬間、ユリウスはシーダ0に駆け寄って抱きしめたい衝動に駆られた。
しかし、けれど、シーダ0の愛したユリウスは自身では無く。
ユリウスが愛するカミラは、隣にいるカミラなのだ。
(カミラが、カミラが何をしたって言うんだッ! こいつはただ、俺を望んだだけじゃないかッ!)
映像の中では、カミラが各地を旅しながら、魔族と、魔族にされてしまった人々を殺し回っていた。
今がそのような地獄で無いことに安堵を覚え、今後起こるかもしれない可能性に不安になり。
ユリウスは隣に居るカミラの手を、ぎゅっと握った。
「心配する事などないわ。こんな事は起きない――――そうでしょう“私”」
「そうね。その為に704人が、そして705人目である今の“私”が在るのだから」
二人のカミラの間で、突如出てきた705という数字にアメリ以外が顔をしかめる。
「お前はまた、…………俺達にも解る様に話してくれ」
ちくしょう、やっぱりまだ地雷が残っていやがった、と多くの視線が突き刺さる中。
当人の片割れ、シーダ0はどこ吹く風でカミラに問いかける。
「満足したかしら“私”? 見ての通り、私の過去はこれで終わりよ」
「“カミラ・セレンディア”としての終わりでしょうが。まだ貴女が“シーダ”と名乗る理由や、ループとは違い、肉体を持って時間遡行した理由。それから――――704人の“私”がしてきた事。それら全てが明かされていないわ」
カミラの言葉に、シーダ0を含む全員が首を傾げた。
「ちょっとっ!? 何で“私”までっ!?」
「…………いえ、勿論他の人達とは違う理由よ。――――ねぇ“私”、肉体と共に時間遡行した理由。本当に解らない? オリジナルタイムマシンの銀時計は確かに持っているのでしょう?」
「知らないモノは知らないわ。だって時を止めるくらいにしか使ってないもの。普段はアメリに預けているから、調べもしていないし」
調べていたら、その辺りの疑問は氷解したのだろうか。
調べていない事で、知らない所で下手を打ったのでは。
そんな不安を浮かべるカミラに、シーダ0は言う。
「知らないのなら、映像を見ながら説明しましょう。タイムマシンに必要以上に触れる必要は無いわ。今を生きる“カミラ・セレンディア”には必要ない。それがシーダ達の総意なのだから」
「“私”がそう言うなら」
カミラは素直に引き下がり、シーダ0の記憶に視線を戻す。
そこでは、銀の懐中時計を手に入れてから、実験を繰り返して過去に戻ろうとする場面。
廃墟となったセレンディアの館にて、苦悩しているシーダ0姿があった。
『過去に戻れば、全てがやり直せる。ユリウスの死も回避できるかもしれない』
『私が壊したのは、この時計に干渉して時空をループさせる装置。だから、今なら。正しく過去に戻れる』
『ユリウスを喪う前に戻って、過去の悲劇を回避出来る』
『でも、でも――――』
カミラは首を横に振って、銀時計を握りしめる。
『死んだのよ、殺してしまったのよ…………私のユリウスは、もう居ないのよ…………』
『過去に戻ってやり直すのは、とてもいいわ。でも、私は、私は――――』
『――――それで、本当に幸せになれるの?』
それは、今までで一番痛々しい声だった。
強く激しく叫んだ訳でもないのに、弱々しく小さな呟きでも無いのに。
誰の心にも、響く。
『ユリウスを二度も殺したこの手で、守れなかったこの手で、誰も彼も殺してしまったこの手で』
『その痛みを、命を。…………“また、無かった事”にするの?』
嗚呼、嗚呼、嗚呼とカミラは慟哭した。
もう自らが幸せになる資格など無い。
ユリウスは死んだのだ。
『せめて、ここに残してくれていたら。今を生きる覚悟が出来たのにね…………』
カミラは腹部を力なく触り、自嘲した。
もし“そう”ならば、それは何よりの希望となったであろう。
今を続ける意味となったであろう。
けれど――――全ては夢、幻の彼方。
そうして嗚咽がしばらく続いた後、泣きはらした赤い目でカミラは呟く。
『私は、私は過去に戻る。――――でもそれは、過去への自分への憑依ではないわ』
『ユリウスは死んだ。私のユリウスは死んだ。過去に戻ってもユリウスは、もう私のユリウスでは無い』
『だから、今より“シーダ”と。“カミラ・ダッシュ”、カミラから分かたれた新たな存在として、過去に戻りましょう』
『カミラ・セレンディアが幸せを掴める様に、全てを燃やして灰に。もし道を違え不幸になるのなら、引導を渡す為に』
映像の中で、カミラは銀時計の機能を発動させる。
『私はシーダ。始まりのシーダ1にして、ユリウスを喪った0。願わくば、この旅路が一度で済むように。――――さよならユリウス、愛しているわ。どうか私の事を、見守っていてね』
そうしてシーダ0となったカミラは、過去に戻った。
だが彼女の願いとは裏腹に、カミラという存在が幸せを掴むのは難航し。
――――やはり、廃墟の屋敷で佇む事となった。
違うのはシーダ0と、無事とは言い難いがユリウスが側に居る事。
『邪魔者は全て片づけた筈よっ! なのに、なのに何故幸せにならないのよ“私”ぃ!』
『やっぱり、それでは駄目なのよ“私”。誰かを傷つけて、それではループしていた時と同じ過ちだわ。ねぇ、考えましょう? 次の“私”にしてあげれる事を』
『…………二番目の“私”、貴女は今を諦めるの?』
『沢山の血が流れて、でも助かった人も大勢いたわ。何より――――ユリウスは生きているから』
『でもっ! 彼は目を覚まさない! 解るでしょう“私”ならっ! ユグドラシルも消滅した今! ユリウスはこのまま一生目覚めないっ!』
『それでも、生きているから。…………ここに、新しい“命”があるから。解って、“私”』
シーダ0は項垂れる。
『…………それで、“私”は幸せになれるの?』
『ええ、いつかきっと、そう思える時が来るって信じているから』
そうして、二番目のカミラは“シーダ2”となって、0に協力した。
自らの銀時計を過去に送り、起こった出来事の対処法や、新たに取るべき行動を伝える。
『出来ることはこれくらいかしら? ねぇシーダ0。次の私には優しくしてあげて。出会い頭に襲いかかっては駄目よ、迷惑だわ』
『でも“私”。それくらいの奇襲に対処できなければ、幸せなど掴めないわ』
『…………成る程。それでは仕方無いわ』
『ふふっ、解ってくれると思ったわ。――――じゃあね』
『では、ね。“私”』
シーダ0とシーダ達は、そんな事を何回も繰り返した。
一つ一つ丁寧に、騒動の穴を埋め。
時には、銀時計と情報伝達だけでなく、道具を送り込み。
『これは何? シーダ304』
『“私”に魔族は率いる事が出来ない。なら、その存在を作ればいい。――――それに、これならセーラに肉体を与える事が出来る』
『何処に送るの?』
『魔王城の地下に。この計画は私が物理的に産まれる以前の時間に介入する方法だわ』
『――――もし失敗しても、この世界の時間軸から乖離してしまった“私”ならば、フォローが出来ると?』
『勿論、最善は尽くすわ。どんなに最悪でも、“私”が産まれない、という状況は避けれる計算だから、安心しなさい』
『…………それは、とても安心出来ない理由ね』
それは、ガルドの存在が確定した瞬間だった。
また、ある時は――――。
『ねぇ気づいている? シーダ0。幾ら時空間を操れる存在だとはいえ、貴女は年を重ねすぎた』
『解っているわ。こうして若い姿のままだけれど、すこしずつ、過去に戻れる“時間的距離”が短くなっている』
『最初の方は、産まれた時より前に戻れたのでしょう?』
『ええ、試しに一度。戦国時代に戻ってみた事もあったわ。――――勿論、数秒見ただけで戻ってきたけど』
『でも、今回は入学式の日が関の山。これは不味いわ、だから考えたの。――――アメリ・アキシアを友人としましょう。あの子は優秀だわ』
『で、その手段は?』
『“私”の行動を誘導する。今までの様に助言したり、改変の為の道具を送ったりするだけじゃ駄目。どういう形であれ、“私”が“私”の意志で決定し、行動する事が重要よ』
『その為の環境作りは、私に丸投げね“私”? ええ、何度も何度も、“私”は私に…………』
『いえ、だって。今の私はユリウスが居て幸せだけど。でも、子供を産む事が出来ないし。パパ様とママ様は死んじゃってるじゃない――――』
『――――全部言わなくていいわ。今を生きる選択はするけれど、もっと“幸せ”になれるなら、次の“私”には、そうなって欲しいものね』
セレンディアの屋敷で、養子の赤子をあやすシーダ456と0は笑いあった。
アメリがカミラの側に居る事を、運命付けられた瞬間であり。
今のカミラがうっすら抱いていた疑念、違和感が晴れた瞬間でもあった。
大多数のカミラが、シーダ0と協力し、新たなシーダとなった。
でも、それは全員では無かった。
『シーダ0! 貴女だからこそ解るでしょう! 幾らユリウスの為をはいえ、同じ“私”とはいえ、色んなモノを誘導されて、黙ってられると思ってっ!』
『黙って納得して受け入れなさいよ“私”! 面倒な女ねっ!』
『五月蠅いブーメランだわ“私”! この時間から出て行けーーーー!』
過去に戻る時間が少なくなればなる程、カミラとシーダ0が敵対する展開は多くなり。
比例する様に、大団円に近づいている。
そして――――。
『シーダ0。貴女がやってきた事、それは私にとっての福音だったわ。…………でも、もう限界よ』
『シーダ704…………。でも、私は止まる訳にはいかないわ』
セレンディアの屋敷の一室で、鎖に繋がれた妊婦。
以前カミラに通信をしてきたシーダ704。
彼女は去ろうとする0を、心配そうに見つめる。
『703からの伝言や、702の残したメッセージで聞いているわ。何人もの“私”を殺したって、その度に、正気を喪いつつあるって! お願いよ、ここに居て暮らしましょう?』
『それは出来ないわ“私”。貴女の幸せは望むけれど、祈るけれど。側にいたら――――嫉妬して、殺したくなる』
『“私”…………』
シーダ704は0を止められなかった。
同じ自分である、その気持ちは痛いほど解るし、何よりアメリを喪った事を後悔していたからだ。
『もう、行くわ』
『次の“私”をお願いねシーダ0。――――そして貴女も、いつか幸せになって』
『それは、無理な相談ね』
704の懇願に、0は苦笑しながらその時間から去る。
そして、705人目のカミラ。
――――即ち、今現在のカミラのへ。
『こーほー、こーほー。――――あいむ・ゆあ・ふゅーちゃー』
「どうしてっ! こんなシリアスな過去からっ! この登場の仕方になるのよ“私”いいいいいいいいいいいっ!?」
記憶映像と同じく、見事な失意体前屈を見せるカミラ。
その叫びに、誰もがカミラに同情した。
なお、これにて記憶の旅路は終了である。
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念のため説明しておきますと。
過去介入の条件には、ループ終了が絶対条件なので。
過去介入の先は、ループ終了時の状態です。
ループしていた状態が世界にとっての異常で。
ストーリー本編の時間は正常な時間なのです。
まぁ、多数のカミラ様の介入だらけの状態ですが。
ではでは。
次回は今章最終話です、