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129話 ユリウスは手遅れ、貴殿の幸運を祈る



「こうして、私は今の私になった」



 カミラは記憶映像を一度止め、過去の自分と並ぶ。

 怖いほど透き通った笑みで、ユリウスに笑いかける。



「…………お前は、歪だよ」



「ええ、でも、だからこそ私に“道”は開けた」



 辛い過去がある事は勘づいていた。

 でも、誰がが予想したであろう。

 しかし、誰もが納得していた。



 ユリウスに拘る理由、執着心。

 ――――そして、愛。



 皆がユリウスを見つめ、カミラに向ける言葉を待った。

 今、その権利を持つのは彼だけだ。



「本当の事を言うと、お前の事が少し怖い」



「…………っ」



 カミラの顔が強ばる。

 やはり、ユリウスの口から出るのは拒絶か。

 過去を知って貰いたかった、でも、もしかしたら。

 もしかしたらと思った。



(嗚呼、嗚呼。駄目よね、こんな女、誰が受け入れてくれるっていうのよ)



 婚約の破棄や、恋人の解消は当然待ち受けているだろう。

 それでも、それでも、少し離れた所にでも、居させて欲しい。



 カミラの瞳が、諦観と、なお押さえ切れぬ願望に染まりかけた瞬間。

 さっと近づき、ぽかり、とユリウスはその頭に拳骨を落とした。



「勘違いするんじゃないバカ女、話は最後まで聞け」



「ユリウス…………!?」



 突然の物理的衝撃に、涙目になったカミラに、ユリウスはため息を吐きながら言う。



「それでも、な。いや、だからこそか。俺はお前を放っておけないと思った。それだけじゃない。――――ほんの少し、少しだけだが、…………嬉しいと、思ったんだ」



「私、私――――」



 えぐえぐと泣き始めたカミラを、ユリウスは強く抱きしめる。

 だいたいである、自分という存在をこの上なく理解して、幸せを願い。

 存在全てを捧げている、見目麗しい女。

 しかも、己が将来を誓った愛する女。



 男として、ユリウスという存在として、どうして突き放す事が出来ようか。

 そもそも、くそ程重苦しい愛を確かに感じ取って、それが心地よいと受け入れたのだ。

 破天荒な事は端から承知していた、想像を軽々しく越えてきた辺り、らしいといえばらしいし。

 何より、何より――――。



「こんなに可愛いって思ってしまうんだろうなぁ…………」



 可愛い、超ド級のヤンデレを可愛いって言ったぞコイツ。

 男性陣からの戦慄と、女性陣からのある種の尊敬の念を苦笑で受け流し。

 ユリウスは腕の中の宝物に促した。



「さ、続きを見せてくれカミラ。まだ終わっていないのだろう?」



「はい、ユリウス。私がループから脱出した経緯は、まだ少し先ですから」



 まだあるのか、この先も衝撃の真実とやらがあるのだろうな、という感想を抱きながら。

 ユリウス達は、再び視線を映像に戻した。

 ――――今まで以上に仲睦まじい二人を祝福しながら。



 ともあれ。

 次のカミラの行動は、とても穏やかなものだった。



『(私が為すべき事、ユリウスが本当の意味で幸せになる方法…………)』



 成長する最中、カミラはそれだけを考え続ける。



『(まず、この美貌は維持しましょう)』



『(いざという時の為に、体は鍛えておかないと。――――私は、魔法が使えないから)』



『(お金や人手は無いより、ある方がいい。――――でも、これからは陽の光が当たるやり方で。悪意は悪意しか呼ばないから)』



 その周のカミラは、騎士となってユリウスの側に居た。

 学園にいる時は、良き友として。

 戦う時は盾として。

 そして――――。



『――――かはっ、ごほっ、ごほっ。どうやら、ここまで…………の、ようね』



『喋らないでカミラ様ッ! 直ぐに治癒を使える者を――――ッ!』



 誕生日、魔族フライ・ディアの致命的一撃から、ユリウスを庇ったカミラは、いつもの様に命を終えようとしていた。

 胸から大量の血を流すカミラを抱き抱えるユリウスに、カミラは問いかける。



『ね……え、わ、たし…………あなた、まもれ……しあわせに…………でき、た?』



『――――ッ!? 私は、幸せだから、これからも貴女と』



 最後まで聞くことが出来ずに、カミラは巻き戻る。

 そんな、悲しそうな顔をさせたい訳じゃなかったのに。

 足りない。

 このやり方では足りない。

 どうすれば、ユリウスは悲しまなくていいのだろうか。

 どうすれば、全てを赦してくれた貴男に報いる事が出来るのだろうか。



『(体は守れても、心は守れない――――)』



 再び成長する中、カミラは考える。



『(悪役になれば、ユリウスは悲しまないかしら? いいえ違うわ。ユリウスは優しいから、聡いから、きっと私の事を見抜いてしまう)』



『(では、代役を立てて、私という存在が生きていると誤解させる? いいえ、それも駄目だわ。ユリウスはきっと気付く。そしてとても悲しむわ)』



 関わらないのが一番なのだろう。

 そうすれば、見知らぬ人間が目の前で死んだ。

 それ位の“悲しみ”で済む。



『(――――でも、それは駄目だわ。ユリウスの為に何もしないのは、あの死を無駄にする事と同義よ)』



 カミラは足掻く。

 自分が死んでも、ユリウスが幸せになれる様に。

 何度かは、莫大な金銭を。

 何度かは、有能な人材を。



 結果が確認できない、無駄かもしれない繰り返しに、心が擦り切れそうになった事もある。

 けれど。



『(私はまだ繰り返せる。少しでも貴男が笑ってくれている時間があるから、最後に貴男が側にいるから――――)』



 ユリウスの事だけを考えて生きて、ユリウスの為だけに死んで。

 それは、ある意味幸せな繰り返し。



 ある時は、セーラや他の人物を近づけ、ユリウスの恋人になる様に画策した。

 ――――だが、一度も靡かずにカミラの側に居た。



 ある時は、セーラの行動に介入して、ルート決定によるユリウスの安寧を計った。

 その先にある魔王との決戦や、ユリウスの運命は帰られなかったけれど。



『嗚呼、誰かが幸せになるという事は、それがユリウスではなくとも心が暖かくなるのね…………』



 そして、カミラの行動に変化が表れた。

 ユリウスを直接幸せに出来ないのであれば、間接的に。

 彼の周囲を幸せにして、後を託せばいいのだ。




『愛を求めるなら、愛を与えよ…………』




『ええ、全ての答えはそこにあったのよっ! 皆が愛で以て幸せになれば、きっとユリウスもっ!』




 それはカミラにとって真実だった。

 その後、ユリウスが本当に幸せになれるのか確認できないのが残念ではあったが。

 もう、心が擦り切れる事は無くなっていた。



『セーラ…………後を頼むわ。ユリシーヌ様達を幸せにしてね』



『約束するっ! 約束するから死なないでよバカオンナっ! アンタが死んだら――――』



 数々の人を愛に導き、幸せを託し。

 とうとう愛憎を覚えたセーラにさえ、ユリウスの事を託した。



『(貴女という存在に、不安はあるけれど。――――でも、誰かを愛する事には、この上なく信頼できるわ)』



『(私は今ここに誓う。セーラ、貴女をいつの日か、聖女の役割などない普通の女の子にしてみせる)』



 数々の愛と誓いを胸に、カミラは歩み続ける。

 そして――――不意に、その時は訪れた。



 俗な事だが、幸せには、愛を成り立たせるには、どうしても金銭が必要な事がある。

 その為にカミラが出来ることは、商会を立ち上げて前世知識を利用した品を売る事。

 それから、セレンディア領地の開発。



『そういえば、屋敷の裏手にある山は、まだ開拓してなかったわね。何か鉱石の類でも出るといいのだけれど』



 そして映像は切り替わり、今カミラ達がいる施設の前に。

 数年かけて森は切り開かれ、残るは山。



『――――おかしいわね、魔法を使っても、トンネルすら出来ないなんて』



 木々は伐採出来た。

 土壌も少しは取り除けた。

 しかし一メートルの深さで、シャベルもスコップも、魔法ですら掘り起こせない。



『まるで、何かに阻まれている様…………。聖女縁の品や遺跡も、魔族の拠点とかも、この地には存在していない筈』



 ゲームでも、設定資料集でも、この場所の事は書かれていなかった。



『どう考えても、何かある筈よ。でも、何があるというの?』



 考えても答えが出る筈が無く。

 クラウスやセシリーに聞いても、屋敷に残された歴代の記録を調べても、何も出てこない。



『…………わかった事は、大陸一つ支配する国だというのに、大きな戦争がなかった事』



『その歴史は、数百年にも満たない事』



『そして、王国成立以前の記録が、いっさい残っていない事』



『どういう事なの? 世界樹の創世神話から、そもそも王国成立時の記録すらないっ!』



 おかしい。

 どの文献も調べても、十周以上かけて王国を見て回り調べても、せいぜい五代前の王の記録までしか見つからない。

 まるで、歴史が途中から始まった様な不自然さ。



『不自然なのはもう一つ。この事を疑問に考える者は、ユリウスの兄一人だけ』



『彼の発見したという“遺跡”を、調べてみるしかないわね』



 カミラはこれまで通りに、ユリウスの幸せを願い、行動しながら。

 合間合間に、調査を進める。



 エドガーの入手していた情報は九割がデマで、残る一割は廃墟。

 だがその廃墟こそ、カミラに確信を与えた。



『私には解る――――これは機械よ。ぼろぼろになってもう動かないけれど、今の文明では作れない筈の、機械』



 錆びた金属にうっすら見え隠れするのは、前世で馴染みのある文字、アルファベット。

 カミラにとってこの世界の文字は、日本語と英語を足して二で割り、強引にねじ曲げた様な印象だ。

 長年感じていた違和感が、形を結ぶ。



『多分…………、この世界は一度滅んだ。何が原因か解らないけれど、その上で』



『今の歴史は、この国は――――何か大きな存在、神とも呼ぶべき超常的存在が、何かの目的の為に作り上げた』



『セーラの存在の答えも、きっとそこにある』



 時間だけは十二分にある、カミラは焦らず一歩一歩、試行錯誤を重ねた。



『エドガーに協力を求めて、入り口を探しましょう。あの山の遺跡は生きている筈よ』



『聖女の品を集めて持って行きましょう。何か反応があるかもしれないわ』



『日本語を思い出さなくてはね。英語…………嗚呼、こんな事なら、ちゃんと学んでおけばよかった』



 そうして更に五周以上の時間を費やして、入り口は開かれた。





『ようこそ世界平和恒久実現機構“世界樹”へ。私は当施設の管理AI、ユグドラシル・ブランチタイプ“T”』





『入館者を確認………………照合完了。シナリオ“聖女の為に鐘は鳴る”登場キャスト、カミラ・セレンディア』





『パターンイレギュラー・TTと認定。情報セキュリティのクリアランスが全て解放されます』




『ここは“時空間操作”能力研究所。初めまして新人類にして、想定された可能性の超能力者。旧人類に変わりTTが貴女を歓迎します』




ブックマークは一番上左

感想レビューは一番上、最新話一番下

評価欄は最新話下



前話をがっつり執筆した結果、今話は来週くらいかな?

と思いましたが投稿できました、やったね!

では、次話は来週です。


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