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128話 乙女ゲー転生したらモブだったけど…………

言い忘れてたかもしれませんが、作品テーマは「狂おしいほどの愛」です。



 誰もが、何も言えなかった。

 何といって慰めたらいいのだろうか。

 力になる? いいや、これは既に通過した過去だ。

 そもそも、どうやってここから抜け出せたのか。



 疑問は尽きず、しかして言葉は出ない。

 軽々しく出してはいけない。

 躊躇いがちに、それぞれがカミラに視線を送る中で、過去のカミラは新たな局面を迎えていた。



『ええ、全ては無駄だった。私には何も変えられない』



『なら、愉しみましょう? 十六で死ぬまで、世界は私の庭。――――好きなようにさせてもらうわ』



 濁りきった瞳のカミラは、好き放題に行動を開始した。

 まるで、今までの鬱憤を晴らすように、贅沢と悪逆に勤しんだ。



『はんっ! 奪いなさい! 全ては泡沫の夢! 蒙昧なる愚民共も、高慢なる貴族共も、全てから財を奪いなさいっ!』



 いつもの様に、人を集めて組織し。

 カミラは蹂躙を始めた。

 最初は、両親を監禁して家の実権を握り、領民からその命さえも奪う。



 領内で奪うモノが無くなったら、次は隣の領地へ。

 思う存分略奪を繰り返し、果ては国王の命まで。

 見目麗しい者を奴隷として侍らせ、金銀財宝の山に囲まれ。

 この世の贅を集めた料理を味わう。



『どう? 魔王ドゥーガルド。私の軍門に下りなさい、そしてこの世を意のままにするのよ!』



『貴様ぁっ! それでも人間かっ!』



『ええ、愚劣な人間ですわ。ふふっ、あはははははっ!』



 もはや手慣れたもので、魔族を悉く奴隷に落とし、魔王すら捕らえる。

 そして、カミラは奴隷に後ろから刺されて死んだ。



 数周、略奪と暴虐の限りを愉しんだ所で。

 カミラは飽きて次の“遊び”に手を出す。



『料理は美味しかったけれど、案外つまらないものね。一時の慰めにしかならない』



 インターバルとばかりに、その時のカミラは何も行動を起こさずに育っていた。

 ――――もっとも、美容の努力や体術の鍛錬などは行っていたが。

 ともあれ、学院の寄宿舎に住むようになったカミラは、自室の窓から攻略対象と戯れるセーラを見下ろす。



『そうね…………次は心。心が欲しいわ! ふふっ、どんな事をしましょうか』



 あえてセーラに近づいて、今度こそ両思いになってみるのもいい。

 攻略対象者――――は、ユリウス以外に興味は無い。



『彼らは友人に思えても、恋人としてはね…………、心が震えないわ』



 これまでの周回で出会い、カミラに恋心を抱いた人々に逢うのもいいだろう。



『迷ってしまうわ。嗚呼、嗚呼。でもやはり』



 彷徨う視線の先に、セーラ達を少し離れた場所から見守る人物。

 ユリシーヌの姿があった。



『ええ、恋をするなら――――貴男がいい』



 貴男でなければ。

 そう熱い吐息を漏らすカミラは、最後の過ちにそれと気づかず踏み出していた。



『待っていてユリウス。貴男を、愉しんで・あ・げ・る』



 その周は、計画立案とストーカー行為に勤しみ。

 カミラはユリウスの腕の中で死んだ。



『初めまして――――ユリウス・エインズワース。いえ、カイス殿下のご子息』



『なッ――――!?』



 入学式の後、カミラはユリシーヌに近づき耳打ちする。



『国王になってみたいと、思いませんか?』



 つまりはそういう事だった。

 ユリウスの意志とは関係なく、クーデターの旗印として担ぎ上げる。



 人が沢山死ぬだろう。

 養父母と殿下達との関係も壊れるだろう。

 その中で、一心に籠絡せんとするカミラに、死が訪れるその時まで寄り添う女に。



『ねぇ、聞かせて頂けないかしら? 貴男の心を』



 それは正しく魔女。

 人々を惑わし、世界に混沌をもたらす悪。

 ――――ユリウスの受難の始まりだった。



 事は全て、計画通りに進んだ。

 カミラのマッチポンプで、否応が無しに世に出たユリウスは。

 数々の魔族を打ち破り、不正を働く貴族の悪事を暴き。

 着々と名を高めていく。



『今の気分はどう? 父である勇者カイスの後継者として名高いユリウス様?』



『忌まわしき魔女め。地獄に落ちろッ! お前の企みでどれだけの命が犠牲になったと思っている! 昨日殺した貴族だってそうだッ! あれはお前が脅して唆した結果、悪事を働くしかなかった弱者でしかなかった!』



 激高して胸ぐらを掴むユリウスに、カミラは微笑む。



『私が諸悪の根元だと? ええ、そうでしょうとも。尤も証拠など出てこないでしょうけどね。それで――――殺しますか?』



『…………殺す、ものかよッ。俺たちにはお前の力が必要だ。今お前を殺したら、死んでいった殿下達に申し訳が立たない、畜生ッ!』



 乱暴に突き放したユリウスを、カミラはドロドロとした瞳で問いかけた。



『殺してくださらないのね、残念だわ。大好きな貴男になら、と思ったのだけれど』



『ほざけ魔女。全てが終わったら、今度はお前が報いを受ける番だ』



『あらあら、憎まれたものね。好きとは仰ってくれないの? そんなに熱い視線を送っているのに』



『…………お前のツラと体は魅力的だと認めよう、だが、未来永劫、たとえ生まれ変わっても俺はお前など好きにならないし、愛する事もないッ! 話が済んだのなら個々から出て行けッ! 顔も見たくないッ!』



 その会話から暫くの後、ユリウスは王座を掴む。

 同時にそれは、カミラに死が訪れる日であり。

 その周の死因は、殺した筈のヴァネッサだった。



『なるほど、生きて…………いたのね』



『死になさい! この人でなし! 死んで、ゼロスに謝るのです! 死になさい! 死になさい!』



 男装し、カミラ達の兵に紛れ込んだヴァネッサは、その本懐を見事に遂げたのだった。



『糞ッ! 誰か医師を呼んでこいッ! おい、ここからだろうッ! 俺以外の相手で死ぬんじゃないッ! お前は俺が――――』



『…………また…………ね』



 ヴァネッサは即座に囚われ、その場で殺された。

 カミラもまた致命傷、今回もユリウスの暖かな腕に中で息絶え。

 ――――そしてまた、世界は巻き戻る。



『嗚呼、実に心地の良い愛憎だったわ…………、でも満たされない』



 不満だった。

 純粋に好意を向けられない事は、最初から解っていたが、実際に体験すると心が痛む。

 それに。



『ユリウスも身持ちが堅いわ。あんなに誘ったのに、側で見るだけなんて』



 ならば、とカミラは思案した。

 今度は手を出させる方法を取ろうと。

 それだけでは勿体ない、失敗したなら、その肉体を堪能出来る様にしよう、と。



 美しく成長を重ねる最中、カミラは優等生を演じきった。

 たとえどのような犯罪が起きようとも、誰にも疑われる事のない“よい子”に。

 やがて、入学時には国一番の淑女として名を馳せたカミラは、偶然を装いユリウスと友誼を結び始める。



『本当に奇遇だわカミラ様。こんなにも気が合うなんて!』



『ふふっ、私達。良いお友達になれそうね』



 最初は持ち物のブランド、色等を同じにして。

 学力の高さ、趣味嗜好を合わせ、食事の好みまで。

 全て同じでは無く、例えばカレーの辛さの好みなど、少しずつ違う所がポイント。



 事務の手違いを工作して、寄宿舎の同室となり。

 一ヶ月も経たないうちに、誰もがユリシーヌと常に行動する事に、疑問の一つも抱かないようになって。

 そして止めは――――。



『――――そん、なっ!? 真逆、ユリシーヌ様が、お、男のヒトだったなんて』



『これは誤解ッ! 誤解なんですカミラ様ッ!? 頼むから逃げないで理由を聞いてくれ…………』



 青ざめて、涙を浮かべるカミラに、ユリシーヌは必死に弁明した。

 全てが掌の上とも知らず、その秘密を明かしていく。

 結果、カミラはユリウスの共犯者の立場を手に入れた。



『あのセーラ様が聖女様で、ユリシーヌ様――――いいえ、ユリウス様が、国王様から密かに使わされた護衛だったなんて…………』



『騙すつもりは無かったんだ。この部屋も手違いがなければ、俺一人で使うつもりで――――いや、言い訳だな。俺は貴女を騙して、その心地よさに甘えて、一緒に暮らしていたんだ』



 膝を着きうなだれて、罰を待ち望むユリシーヌに。

 カミラは視線を合わせて、その手を優しく握る。



『ユリウス様の事情は解りました。――――その、ユリウス様さえよろしければ、この生活を続けませんか?』



『カミラ様? 何を…………』



 戸惑うユリウスに、カミラは柔らかに笑った。

 同時に、恥ずかしそうにそわそわしてみせる。



『はしたない女と、お思いにならないで下さいましね。…………私、ユリウス様に協力したいと思うのです。聖女様を影から支えるお仕事、物語の様でワクワクしてしまいますわ。――――それに。今ここで貴男と離れてしまえば、二度と私の目の前に表れないおつもりでしょう?』



 ユリウスは瞳を揺らして逡巡した。



『そのお気持ちは嬉しいですカミラ様。ですが私はその為に特殊な訓練も受けていますし、何よりこれは遊びではないのです』



『決して、ユリウス様のお邪魔になりませんわ。それに、万が一疑われても、私がいるならどうにでもなるでしょう、違いますか?』



 諭すようなカミラの言葉に、ユリウスは考え込んだ。

 人生初めてとも言える友との楽しい生活、そして騙していた負い目。

 それでも、とユリウスは一人になろうとした。



『――――カミラ様、女の格好でも私は男です。いつ貴女の魅力に負けて襲いかかるかも判らない。だから』



『だから? ふふっ、私は信じていますわ。ユリウス様は学園一の淑女で紳士であると』



『…………敵わないな。そして嬉しくて、少し恥ずかしい。貴女にそんな事を言わせてしまうなんて』



『では、これからも宜しくね。美しい守護者様』



 それから先は、トントン拍子に事が進んだ。

 セーラにすら、ただの親友関係であると思わせて、味方に付け。

 破天荒な彼女の行動を、ユリウスと共に見守る。

 ――――だが、夏になって破綻は訪れた。



『何ですってッ!? 殿下を庇われてセーラ様が重傷を!?』



 ゲームで言うところの中盤の始まり、魔族に取り付かれた子爵夫人の不正を暴くイベントで、本来ならばあり得ない筈の深手。



 本来ならば、ユリシーヌも密かに同行して、皆に気付かれないよう影から夫人を処刑する筋書きだったのだが。

 少しずつ、毒を混ぜる様にユリウスの周囲から人々を遠ざけたカミラによって、同行どころか、その事件すら知り得ていなかったのだ。



『――――んぐッ!! 直ぐに向かわないとッ!?』



『落ち着いてくださいましユリシーヌ様。向かうのは構いませんが、冷静に行動しましょう。さ、先ずはこの水でも飲んで落ち着いて』



 食事中であったため、素直にカミラの差し出したコップを手に取るユリウス。

 ――――だが、それは罠であった。

 育ちと任務上、体に毒を馴らしているユリウスではあったが、カミラの調合した特性遅効性睡眠薬の前では無意味。



『(こんな事もあろうかと、普段から持ち歩いていて良かったわ。残念だけれど――――ええ、潮時のようね)』



 この日、王宮で治療を受けるセーラの下へ行く途中、ユリウスは姿を消した。



 次に彼が目を覚ましたのは、窓一つない、牢獄というには豪華な密室。

 厳重な事に、手足と首が鎖に繋がれた状態だった。



『…………鎖? ――――はッ!? こは何処だッ!?』



『お目覚めね、ユリウス。なかなか目を覚まさないので、薬の調合を間違ったと思ったわ』



『薬? どういう事ですカミラ様ッ! 冗談にしては悪質過ぎますよ! 今は一刻も争う――――』



『――――残念ながら、貴男はこれから先、私が死ぬまで此処から出られないわ』



 何よりも信頼していたカミラの裏切り行為が飲み込めず、ユリウスはしばらくの間、冗談であれ、と言葉を尽くすが、返ってくるのは無惨な真実。



『本当に…………、君が、俺を閉じこめたっていうのか? そんな、何故…………。俺達、仲間だったじゃないかッ! 親友だったじゃないかッ! どうしてこんな事…………』



 ベッドの上で力なく項垂れるユリウスを、カミラは優しく抱きしめて耳元で囁く。



『私達は親友でした。貴男の事を応援しているのも、力になりたいのも本当です。――――でも、それ以上に、貴男が欲しい』



『…………別に今じゃなくても良いはずだッ。俺は君に惹かれていた。セーラの護衛期間が終わったら、いつかはと思っていた。君も、言わなくても解っていてくれていたと思っていたのに』



 逃れる様に、しかして薬の影響か、力なく抵抗するユリウスに。

 カミラはねっとりと全身で絡みつき、押し倒す。



『理解していたわ。でも、私には時間が無いから。最初からこうしようって考えてたのよ。――――もっと早く、言葉にして押し倒してくれていたら、ええ、幸せな別れが待っていたのでしょうに』



『君こそ言葉にするべきだったッ! 今からでも遅くはないッ! 殿下達が君を手配する前に俺を解放するんだ』



 顔を必死に背けるユリウスの頬を、カミラは舌でなぞる。



『…………ん、はぁ。残念だけれど、私の死ぬ直前まで、助けは来ないわ。誘拐を実行した者は既に自死しているし、私に繋がる証拠など残してはいない。それに、この時の為に私は“優等生”でいたのよ?』



 その言葉にユリウスは、強い恐怖と悍ましさを覚えた。

 自分はいったい、どんな人物と暮らしていたのだろうか。

 目の前の女性は、本当に、あのカミラなのか。



『…………ひ、ぁ――――! き、君は、誰なんだ?』



『嗚呼、ユリウス。私の、私だけのユリウス。恐怖に怯える姿も美しいわ、嗚呼、嗚呼、なんて素敵で――――心が痛い』



 嗚呼、嗚呼、ごめんなさい、ごめんなさい。

 好きになってしまって、愛してしまって、ごめんなさい。

 狂気を帯びた激情の言の葉が紡がれ、ユリウスの耳を犯す。



『好き、好き、好き、好き、愛してるのよ、貴男を誰にも見せたくない、私だけが貴男を、嗚呼、貴男も私だけ見て、見るのよ――――!』



 熱い吐息とは裏腹に、冷たく凍えそうな体温が、裸に向かれたユリウスを絡め取る。

 そして、淫獄とでも呼ぶべき日々が始まった。

 


 映像は暗転し、写るのは情事の後のみ。

 しかし誰が見ても、ユリウスは色に籠絡させつつあった。

 一方でカミラの表情はすさみ。

 当初、狂気の中でも見えた余裕が、日を追う毎に無くなっていった。



『(嗚呼、嗚呼、嗚呼、嗚呼、何故、何故なのよ…………こんなにも体を重ねているのに、少しも貴男に近づけない)』



 怪しまれないように律儀に学院に通うカミラは、夏だと言うのに寒そうに体を振るわせた。

 彼の体の味を覚える度に、彼がカミラの体に溺れるほどに、心が遠くなる。



『(予想はしていた筈よ、覚悟は出来てた筈なのに…………嗚呼、嗚呼、人の心とは面白いものね)』



 それは精一杯の強がりであり、――――本心。

 カミラの心は既に、化け物と呼ぶべき“それ”になっていた。



『ねぇカミラ。そんなに辛そうな顔をしないで…………。アタシ達がきっと、ユリシーヌを見つけてみせるから』



『ありがとうセーラ様。ええ、暗い顔をしていても、何も解決しませんわね…………』



 気遣う様によりそうセーラに、カミラは強ばった笑顔を披露する。

 時は既に、誕生日間近。

 魔法により数日で回復したセーラだが、ユリウスの失踪が発覚して以降、手掛かりを求めて奔走していた。

 ――――そう、セーラさえも、カミラを疑っていなかったのだ。



 その日の夜、寄宿舎地下に作らせた監禁場所に、カミラは赴く。

 部屋に書き置きを残して。

 灯台もと暗しとはこの事、ユリウスは学院内にいた。



『おはようユリウス。今日も来たわ』



『おはようだって? 今は夜だろう、いくら外が見えなくても、時間をずらして来ようとも無駄だ。お前は怪しまれない様に学院に通ってるし、それ故に、皆が寝静まってから来ている』



 皮肉気に口元を歪めるユリウスの姿に、カミラは冷たく睨みつけた。



『忌々しい程に、貴男は頭が回るわ。それに、勘もいい。――――いい加減、心も私のモノにならない?』



『俺が好きだった、愛したカミラはもういない。いや、最初からいなかったんだ』



『そう、哀しいわね』



 カミラは静かに涙をこぼしながら、用意した薬を飲み込んだ。

 そして、ユリウスにも無理矢理口移しで飲ませる。



『また媚薬か? それとも麻薬漬けにでも?』



『いいえ、ただの精力剤よ“貴男のは”。――――これが最後、貴男に忘れられない“呪い”をあげる。もう私以外誰も愛せない“祝福を”』



『――――? 何を言ってッ』



 思わせぶりな言葉に疑問を感じたユリウスを、カミラは言葉にさせまいと押し倒し――――、最後の肉欲の宴が始まる。



 それから二日後。

 カミラの書き置きから、ようやく寄宿舎の地下室を発見したセーラ達が見たものは。

 昇りつめ、事切れる瞬間のカミラと、下敷きになっていたユリウスの姿。



 駆け寄った所でカミラの意識は無く。

 ユリウスの声にならない叫びと共に、世界は巻き戻った。



『(また一つ、貴男の心を手に入れた。…………嗚呼、でも、とてもとても寒い。寒いわユリウス…………)』



 次の周、精神的にやつれたカミラは、病弱な人間として育った。

 無論、肉体的には演技。

 しかし、その心は病んでいた。



『(今回は動きにくくなったわ。でも、これもまた新たなるアプローチへ繋がる)』



 カミラは家人に見つからないように夜毎外出し、体が鈍らないように鍛える。

 同時に、王国の暗部へと接触。

 結果、十歳になる頃には、ユリウスと同じくセーラの護衛を期待させる程に、その地位を確保していた。



 そして、入学式の日。

 前回と同じ寄宿舎の部屋で、カミラはユリウスと再度出会う。



『――――こほっ。失礼しました。これから宜しくお願いするわユリシーヌ様』



『ええ、期待しているわカミラ様。共にセーラ様もお守りしましょう。――――でも、無理は禁物ですよ。いくら貴女の腕が立つといっても、病弱な身。男である私が手に届かない場所のみ、お願いするわ』



『任されましたわ――――こほ、こほ』



 同じ立場、同じ目的を持つ仲間。

 それでいて庇護をそそる立ち位置のカミラに、ユリウスは前回同様、直ぐに心を許した。

 予め、自身の性別が伝えられていた事もあったのだろう。



 それから先、二人は静かで、けれどセーラの巻き起こす騒動によって、賑やかな時間を共有した。

 しんしんと降り積もる雪の如く、着実に、そして穏やかに、互いの感情は高まっていく。



 背中を合わせて、危機を乗り切った事もあった。

 一方が窮地に陥れば即座に駆けつけ、助け合った。

 だが、それだけでカミラが満足する筈がない。



『ユリウス…………お願い、これは夢、一夜の夢、それでいいから、ユリウス――――』



『ああ、これは夢だ。明日になれば消える、ただの夢だ』



 セーラの毒殺を防ぐ、という名目で自ら盛った媚薬を飲み、カミラはユリウスに縋りつく。

 ユリウスもまた、淡い恋心と友情と、カミラ培った儚さ故の演技に騙され、火照った体を抱きしめる。

 ――――そこからは、甘い蜜月が待っていた。



 初めて女の体を自分の意志で抱き、性の快楽を、愛することの充足感を知ったユリウス。

 初めて、ユリウスから真正面に好意を向けられたカミラ。

 思い出した様に表れる“一夜の夢”は頻度を増し、――――そして、拭えぬ違和感。



『どうしたのユリウス? 私は逃げないわよ』



『すまない、何故だか君が――――いや、何でもない』



『ふふっ、変なユリウス。さ、続きをしましょう。今宵も夢を頂戴』



 淡く微笑み愛おしい男を迎えるカミラ。

 目の前の幸せなど、何一つ疑っていない態度の裏で。



『(嗚呼、嗚呼、嗚呼、…………何故、何故、こんなにも幸せなのに、――――貴男が遠く感じるの)』



 それはきっと、ユリウスも同じだったのだろう。

 体を重ねる頻度が増す代わりに、情熱的に愛される度に、カミラを見下ろす彼の目は冷めゆく。

 同時に、カミラの心も次第に乾いていった。



 夏が来て、そして終わり。

 秋の始まり――――カミラの誕生日に至って、それは噴出する。



『――――どうしてッ!? どうして俺を“見ない”ッ!? 俺は“誰か”の身代わりじゃないッ!』



『――――ぁ』



 夕日が差し込む時間、寄宿舎の部屋でユリウスはカミラを抱きしめていた。

 カミラは何も言い返せない。

 それは、目を反らしていた事だったからだ。



『最初は気のせいだと思った。君が余りにも美しいから、周囲に嫉妬して、そうだと思ったよ』



『いいえ、いいえユリウス。私は、私は確かに貴男を――――』



『嘘だッ! 確かに君は俺を見ていた。でもそれは、俺であって俺じゃない…………なぁ、誰なんだよ。君が好きな“ユリウス”は』



『お願い、信じて。ユリウス…………貴男が、好きなのよ。愛しているのよ』



 カミラの言葉は、ユリウスにも、そしてカミラ自身にも空虚に響いた。

 何が駄目だったのか、何を間違えたのか。

 病弱だと偽った事か、過去を明かさなかった事か。

 肉欲を求めた事だろうか、それとも、それとも、それとも――――。



『愛してるの、愛しているのよぉ…………』



 涙を流し、虚ろに呟くカミラを置いて、ユリウスは立ち去ろうとする。

 そして。




『もう、お終いにしようカミラ。君はそれを直さない限り、誰も、本当の意味で君を好きにならない。――――誰も、君を愛さない』




『ユリウス…………』



 呆然と呟き、その背に向かって腕をさ迷わせるカミラを無視して、ユリウスは歩く。



『待って、待って、待ってお願い! お願いだからっ!ユリウス、ユリウス、ユリウス――――』



 立ち去るユリウスを追いかける為に、カミラが踏み出した瞬間、ドクンと強く心臓が跳ねた。

 続いてぐらりと視界が揺れ、バタンと倒れる。



『――――? 病弱を理由に気を引こうとしても駄目だ。気付いていたよ、君はともすれば俺よりも健康体だろう。今日は殿下の所で寝るから、また明日』



 倒れ伏したカミラを見て、しかしてユリウスは歩みを再会する。



『まっ…………て、ちが、…………ほん、と…………』



 それは、自業自得とも言える結末だった。

 密かに使用を続けた媚薬は、その幸せにより量を間違えて服用され、そうと気付かずにカミラの体を蝕み。

 自らの嘘によって、その信頼は喪った。



『ゆり……う………………』



 心臓が早鐘の様に打ち鳴り、数秒もしない内に、その心臓は破裂。

 ユリウスが立ち去る姿を眺めながら、カミラは死んだ。



 ――――そして、時は巻き戻る。

 愛を、憎しみに変えながら巻き戻る。



『届かないっ! 何度やっても! 貴男に届かないっ!』



 沈む、渇望の海に。



『嗚呼、嗚呼、嗚呼、嗚呼、嗚呼、ああ、ああ、ああ、ああ、ああああ!』



 沈む、絶望の海に。



『何故私は繰り返す! 進めない!』



 沈む、憎悪の海に。



『抱いた希望は沈む! 私は救われない、誰も救えない。何一つ手には入らない!』



 欲しかったのはたった一つ。



『自分の命さえも!』



 叶わないから、せめて。

 そう願った。



 だが、心の救いさえ許されなかった。

 ならば。



『どうやっても貴男は私を愛さない、私を愛さないなら――――苦しんで、苦しんで、後悔の中で懺悔しながら死になさいユリウスうううううううううううううううううううううううううううううううううっ!』



 次の周のカミラは、それまでで一番美しく成長した。

 遺失したと思われていた聖女の衣装を発見し、王宮に寄付して名を高め。

 商会を立ち上げ王国の市場を席巻し、裏社会も配下の組織で牛耳り――――。



『ええ、そうよ。計画の最終段階に入りなさい』



 薄暗い部屋で、カミラが何者かに命令を下していた。



『令嬢ユリシーヌ以外の、エインズワース家の全てを排除しなさい。』



 不幸に、ユリウスには不幸になって貰わないといけない。

 では不幸とは?

 カミラは先ず、人を使い、間接的にユリウスの周囲で盗難事件や傷害事件を起こした。

 何れも、ユリウスが関わる形で、だ。



 それにより、彼の家族や屋敷の使用人は、少しずつ距離を置いて。

 ユリウスの孤独を加速させるように、今度は領民へとアプローチ。

 それだけではない。

 最終的な絶望を深める為、彼の救いとなる人物を一人配置し、心の強度が上がった所で、悲惨な結末を迎えさせる。



『孤独の中の一筋の救い。けれど、力が足りなくて救えなかった、間に合わなかった。――――その道筋の最後には私が。ふふっ、全てを明かした時が愉しみだわ』



 そうして、入学式の日に至る。

 その頃のカミラは、ヴァネッサを婚約者の座から押し退け、王子ゼロスの婚約者となり。



『初めまして殿下。ふふっ、おかしなものですわね、婚約者であるというのに、今日逢うのが初めてなんて』



『なんて可憐な――――ご、ゴホン。いや、こちらこそ会うのが遅れてすまない。これから宜しく頼む。俺と共に王国の未来を支えてくれ』



 人が恋に落ちる瞬間というのは、こういう事だろう。

 カミラを一目見た瞬間、ゼロスはその心を囚われた。

 


『御心のままに、ゼロス殿下』



『奥ゆかしいな。数年後には夫婦となるのだゼロスでよい』



 この“一目惚れ”には仕掛けがある。

 培ってきた薬物の知識により、無味無臭で調べても空気としか出てこない、ゼロスにだけ効く惚れ薬。



『(ふふっ、あははははっ! 大切な主人が薬の虜だったなんて、ええ、その時が来るのが楽しみだわ!)』



 こうしてカミラは、たった一回会っただけでゼロスの心を掴み、その座を不動のものとした。

 だが、ユリウスを取り巻く事態といえば、不自然なまでに今までと同じだった。

 正確な所をいうと、カミラが直接的に手出し出来る様になった分、悪化していたといえよう。



『まぁ! 大変! 早く着替えなくては風邪をひいてしまうわユリシーヌ様』



『い、いえ、カミラ様。大丈夫です。慣れっこですので…………それより、私に近づいてはいけません。御身が汚れてしまいます』



 それまでの策略により、ユリウスの自己評価は低く、おどおどとした態度になっていた。

 カミラからしてみれば、陰のある美人に見え、ときめき半分、憎悪半分、といった所だったが。



 ともあれ。

 入学早々にユリシーヌが虐められている現場に、勿論の事居合わせたカミラは。

 ユリシーヌが何と言おうと、ゼロスの権力を傘に、側に居る様に命じた。



『ねぇユリシーヌ、今度一緒に遊びに行きましょう?』



『いえカミラ様、私は――――』



『うむ、ユリシーヌよ。カミラが望むのだ、一緒に楽しんでこい。ああ、だけど二人とも、俺との時間も作ってくれよ』



『勿論ですともゼロス』



『御意に、殿下』



 入学して一ヶ月も立たない内に、王室を籠絡し、財政を傾け始め。

 ユリウスといえば、捨てられた子猫が懐くより早く、その心の隙間をカミラによって埋められていた。



 それから夏になるまで、学院と王国の状況は目まぐるしく変化していく。

 カミラに逆らう者は一族郎党皆殺しにあい、国民は重税を課せられ搾取され。

 そんな中、一つの噂が出回り始める。

 ――――ユリウスが勇者という話だ。



『ユリシーヌ様。いえあえてユリウス様とお呼びしましょう。どうか我々と共に、魔女カミラを打ち倒しては貰えませんか!』



『わ、私は――――』



『おい、粛正部隊が来たぞっ! ユリウス様を連れて逃げ――――がはっ!』



 噂が出回ると、各地で抵抗組織――――レジスタンスが出来るのも早かった。

 それも無論、カミラの仕込みであったが。

 彼らは幾度となく、ユリウスにあの手この手で接触し、正義を訴え、そして目の前で散っていく。



『…………カミラ様。私は、俺は』



 どうすればいいのだろうか。

 ユリウスはカミラという安寧と、その他全てに降りかかる“悲劇”に悩む。



 この時のユリウスにとって、カミラは女神に等しい存在だった。

 然もあらん、ユリウスには“良い”面しか、カミラは見せていなかったからだ。

 だが――――、ユリウスはカミラを盲信しない。

 出来なかった。



 カミラによって配置された“救い”の人々、喪ってきた人々の言葉が蘇る。


 ――――どうか正しく在る様に。


 ――――虐げられる痛みを、忘れない様に。

 

 ――――いつか勇者として、世界を。



 ユリウスが葛藤する中、王族は謎の病に倒れ、カミラが実権を握る。

 彼の周囲で、これはユリウスという不幸がいるからだと、風当たりも強くなる。



 そして、ユリウスに一つの命令が下された。



『ユリシーヌ様。…………いいえ、勇者ユリウス。貴男に王命を下します。逆賊ヴァネッサ・ヴィラロンドとその一味を討伐しなさい』



『カミラ様ッ!? わ、私は――――』



『ええ、貴男が戸惑うのも解るわ。ヴァネッサは仲の良かった幼馴染み、ゼロス殿下にとっても思い出深いお方…………でもだからこそ、この王国に弓を引いた事、決して許してはいけない』



『――――――御心のままに、カミラ様』



 ユリウスは出陣する。

 カミラによって正気を喪った粛正部隊の隊長として、戦場に赴き。



『何故なのですユリウス! 貴男は勇者なのでしょう! 何故、あの忌まわしき毒婦の下で――――ぎゃああああああ』



『黙れ! 発言を許可した覚えは無いっ! ――――さぁ勇者ユリウス様。逆賊の首魁ヴァネッサとその右腕、クラウスの首を。それがカミラ陛下のお望みですので、是非その聖剣で正義の執行を』



『くッ、やるしか…………ないのか』



 逆賊、本当にそうだっただろうか。

 正義、それはこちらにあるのか。



 戦場となった地でユリウスが見たのは、重税や粛正に怯えることなく、平和に暮らす無辜の民。

 その無辜の民が惨たらしく殺され、炎と血に塗れた大地。

 何より――――証拠。



 これまでカミラが行ってきた数々の非道外道の証拠が、これでもかという程に集められていた。



『私は…………俺は…………』



『ユリウス!』

『お願いだ勇者よ! 我が娘を止めてくれ!』



 処刑の為に囚われた人々からの懇願が、ユリウスを苛む。

 それを取り囲む粛正部隊の人員は、ただ無言でユリウスに正義執行を促す。



 もはや、誰が正義で、誰が邪悪か。

 ユリウスは理解していた。

 だが。



『勇者として――――正義を執行する』



 剣を振るった。

 首が落ちる。



 剣を突き刺す。

 血を吐いて死んだ。



 皆一様に、絶望と呪いの言葉を残して死んだ。

 その中には、かつて救いだった人の縁者も、カミラ自身の両親も。

 密かに生き残っていたユリウスの家族も。

 見たことのある、赤毛が綺麗なクラスメイトも。

 全部、ユリウスが殺した。



『(――――何故)』



『(何故、何故、ユリウスは彼らを殺したの?)』



 魔法具を使って全てを見ていたカミラは、王座にて一人、首を傾げる。



『(これでユリウスは、全ての糸を引いていたのが私だと理解した筈。幼い頃の境遇、救いの手、周囲の不幸)』



 その全ての証拠を、あえてヴァネッサ達に掴ませ。

 粛正部隊にも、証拠の品を消さないように命じた。



『(嗚呼、嗚呼…………これでユリウスは私を恨む筈だったのに、絶望の闇をセーラの心で払い、怒りと憎悪に魂を燃やして、私を)』



 ユリウスは希望の旗印となり、生き残っている者、死んでいった者、その全ての命を背負い、カミラの前に立つ筈だった。

 そしてそれを難なく叩きのめして、カミラに死が訪れるまで。



『(心の底から私の事を愛する様に命じて、その感情を愉しむ筈だったのだけれど)』



 ユリウスが城に帰還するまでの数日、カミラの心は疑念に抱かれる。

 獅子身中の虫になるのだろうか。

 それとも既に心の底まで籠絡されて、生きる人形となっていたのだろうか。



『どちらにせよ、帰ってくる日辺りで終わりね』



 時節は秋になろうとしていた。

 そうしてユリウスは、計らずともカミラの誕生日に帰還する。

 城の入り口まで行き、ユリウスを出迎えたカミラは、報告もそこそこに二人でゼロスの眠る部屋へ。



『改めて…………大儀だったわユリウス』



『は、それがカミラ様の、王国の為であれば』



『ふぅん』



 昏睡状態が続き衰弱したゼロスの横で、二人は無言。

 カミラは、様子の変わらないユリウスに戸惑い。

 ユリウスは、カミラの言葉を静かに待つ。

 やがて、痺れを切らしたカミラが意地悪そうに聞いた。



『それで、幼馴染みや父を殺した感想は? どう? 愉しかった?』



『いいえ、とても哀しかったですカミラ様』



 やはり淡々と答えるユリウスに、カミラの心はささくれ立つ。



『(何故、何故そんなに普通にしていられるのよっ!)』



 やはり、行き人形となってしまったのか。

 それを確かめるために、カミラは質問を続ける。



『率直に聞くわ。あの地に私に関する情報があった筈よ。そして貴男はそれに目を通した』



『はい、全て読んでしまいました。申し訳在りませんカミラ様』



『――――っ! では! では何故、貴男は平然としていられるのっ! 全ての元凶は私なのよっ!』



 口調を荒げるカミラに、ユリウスは微笑んだ。



『ええ、存じ上げております』



『あああああああ! だから! 何故、貴男は何も無かった様な顔が出来るのよっ! 私が憎いでしょう! 怒りを覚えたでしょう! なんで剣を向けないのっ! 勇者なのでしょう!』



 生き人形になってしまったのか、これでは復讐の意味が無いではないか。

 カミラの心に嵐が吹き荒れる中、ユリウスは柔らかにその手を包み込む。



『ゆ、ユリウスっ!?』



『聞いて下さいカミラ様。真実を知った時、俺は腑に落ちたのです』



『何を――――』



『貴女は何時も、俺を優しい瞳で見た。でも同時に、その奥底に激しい怒りがある事も感じていました』



『…………知って、いたの』



 虚を突かれたカミラを、ユリウスは抱きしめる。



『どうしてだろうと、ずっと疑問だった。でも、貴女から与えられる暖かな時間の中で、それは些細な事だった』



『当たり前よ、貴男を絶望に落とすためにそうしたのだから。ねぇ、今どんな気持ち? 私が全ての元凶だって解って、どんな気持ち?』



 それは怒りか悲しみか。

 震えるカミラに、ユリウスは答える。



『カミラ様。――――俺は今、嬉しいんです。貴女にこんなにも強く思われている事が、貴女の役にたてた事が』



『~~~~~~~~っ!』



 カミラは怖くなってユリウスを突き放した。

 何故、何故、何故。

 理解の及ばぬ、予想できなかった言葉に、恐れおののく。



『貴女のした事はどう考えたって悪だ、未来永劫どうやっても許される事ではない』



『こうしてる今も、俺の心は憎しみに溢れている』



『――――でも、それより強く。貴女を哀れに思う』



『それ以上口を開くなあああああああああああああああああああああああああああああっ!』



 護身用の短剣を取り出し、ひどく震える手で構えるカミラに、ユリウスはゆっくりと近づく。



『思えば、貴女は常に孤独だった。きっと、殿下の事も愛してはおられなかった』



『く、来るなっ! 来ないでぇっ!』



『いくら貴女が強くても、そんなに震える手では俺は殺せないよ。さ、もっと強く握って』



 ユリウスは短剣を握るカミラの手を、自らの手で強く握りしめる。



『離して、離してよ…………』



 ゆるゆると首を横に振るカミラに、ユリウスは笑顔を向ける。



『俺はね、カミラ様。作り上げられた境遇とはいえ、貴女の存在に救われたんだ』



『だから、こう言うよ』



『ユリウス・エインズワースは、カミラ・セレンディアの全てを赦す』



『例え、世界の全てが君と敵対し、憎み、その存在を赦さないとしても。俺だけは、君が望む限り側にいて、君の全てを赦し続ける』



 カミラが長年待ち続けた言葉が、そこにはあった。



『さあ、お前が望むなら――――俺を殺せ』



 どれだけ繰り返しても得られなかった、“愛”とでも呼ぶべきモノがあった。




『それで救われるのなら、殺してくれよカミラ』



 嗚呼、それは光であった。

 誰かが誰かを想う、そんな、普遍的で、尊い、人間として誰もが望む――――光。



 何故、今回に限って与えられたのだろう。

 カミラがユリウスに憎悪を向けた時だけ、与えられたのだろう。



『この先はもう無いのに、嫌よ…………嫌よぅ…………何で今更、そんな――――』



 こんな希望など、こんな光など、こんな愛など欲しくなかった。

 ユリウスが死ぬほど憎んでくれれば、それで良かったのだ。

 それで、それでカミラは“生きて”居られる。



『嗚呼、嗚呼、嗚呼、嗚呼、嗚呼ああああああ――――っ!』




『この身が生まれ変わっても、また俺はお前を好きになるよ、お前を愛して、そして全てを赦すよ。だからカミラ。お前の心が光に戻れるのなら――――』




 耐えられない。

 耐えられない。

 こんな筈じゃなかった。こんな筈じゃなかった。



『ユリウス! ユリウスうううううううううううう!』



 好きなのだ、愛しているのだ。

 この世の全てを灰に変えても、手に入れたかったのだ。

 ――――でも、断じて、こんな形ではなかった。




『死になさいっ! 死んで、死んで、死んで――――――――――っ!』



 カミラはユリウスを刺した。

 幾度と無く繰り返されたループの中で、初めて、ユリウスを刺した。

 何度も、何度も何度も何度も。

 ドスっ、ドスっ、どちゃ、どちゃ、どちゃ。




『死んで、死んで、死んでしんでしんでしんでしんでええええええええええええええええええええ』




 心の臓が肉塊に変わり、大きな穴が空いて。

 それでもカミラはユリウスを刺し続け。

 ――――漸く、その温もりが消え去ったのに気付いた。




『嗚呼、嗚呼、嗚呼、嗚呼、何で、なんで死んで…………殺したくて殺したかった訳じゃないのに…………嗚呼、嗚呼、何故』




 ユリウス、ユリウスと幾度と呼んでも、答える声は無い。

 必死に揺さぶっても、抱きしめても、指一つ動かす事は無い。




『殺し…………、ころ…………、私、殺してしまった――――――』




 ぽろぽろと、カミラの頬に涙が伝う。




『殺しちゃいけなかったのに…………絶対に、殺しちゃいけなかったのに』




 今此処に、カミラは本当の意味で全てを喪った事に気付いた。

 何時からだったのだろうか。

 人の心を弄ぶ事も、人の命を奪う事も、決して、してはならない事だったのに。




『ごめんなさいユリウス、ごめんなさい、ごめんなさい』




 カミラは短剣を自らの胸に向ける。

 死には、死を以て償わなければ。

 繰り返してしまうこの命では、足りないけれど、少しでも、少しでもユリウスへの償いになるのなら。





『――――私の全ては、未来永劫、ユリウスの為に』





 運命への憎悪は消えた。

 ユリウスが全て消し去った。

 今まで形作っていたカミラの心は壊れ、消えて、その全てが“ユリウスの為に”再生する。



 そして、――――時は巻き戻る。

 カミラの心にだけ、全てを残して。

 時は、巻き戻った。



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ようやく、連載前に考えてたカミラ様の過去の殆どを出し切れました。

力入れ過ぎて、十二分に伝わってるか自分でも判りませんが。

ともあれ、後は今に繋がる上向きの過去です。

ではでは。


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