126話 カミラ様は再び折れる。ポキッと折れる。
『――――全ては、ユリウスの為に』
ループを繰り返し、カミラの探求は続く。
入学する十五年を、自分磨きや前世知識の再現に費やし。
残る一年でひたすらにユリウスを堪能する。
食の好みを知り。
衣服の好みを知り。
学力の高さを知り。
人間関係を知り。
過去の出来事を調べ上げ。
性的嗜好や、本人すら気づかない癖。
ありとあらゆるモノを把握して。
『足りないわ。――――そうね、私も王国の闇に入り込もうかしら』
そうして、カミラの新たなる試行錯誤が始まる。
最初は直に頼み込んでみたが、駄目だった。
次は、ゼロスから――――でも駄目だった。
ならばと、王宮の役人や大臣から攻め。
そして、他者の秘密を握り脅すこと、効率的な暗殺など、非道、外道な手段を覚えた。
『なるほど、実績が足りないのね。なら、組織を作りましょう。私の手足となる手駒を』
最初は、領地に出没していた子供のスリを。
次に、非行に走る青少年を。
失敗と成功を繰り返しながら、何度も“繰り返して”大きな組織を作り上げた。
『嗚呼、そういう“ルール”なのね。攻略対象には直接、間接的に接触出来ない。でも――――その周囲は違う』
どれだけ強大で強固な組織を作り上げようとも、カミラが十六歳で死ぬのには変わりなかったが。
入学式の時点で、大きなシナリオ変更が起こることを確認した。
『しかし、厄介なモノね。社会の闇に手を出せば出すほど、セーラ達の活躍の踏み台になる。――――もっとも、状況の操作によっては、ユリウスを学院から引き剥がして一年丸々独占出来るのは利点よね』
時にはユリウスの同僚として。
あるときは、敵対組織の首領として。
カミラは、様々なユリウスの側面を楽しんだ。
終わりのない一歩的な逢瀬。
だがある時、カミラは一つの発見をしてしまった。
王都の路地裏。
そう、ゲームではセーラの実家のパン屋があった所であり、現実ではただの焼け跡の空き地であった所。
『どうやっても、セーラという人物は見つけられないわね。…………祖父である男爵の屋敷にもいなかったし』
ゲームの主人公にして、聖女が持つ“魅力”の力にて、カミラを籠絡した人物。
その足跡、過去といったモノは今までのループの中で、ただ一回も発見できなかった。
『どのループでも、彼女の存在の足跡は入学式からよ』
実に不可解な事だった。
『まるで、その日を境に突如として現れたみたいに。それだけじゃないわ』
カミラは組織に調べさせた結果を覗き、前回の終了時までの結果と、脳内で照らし合わせる。
『まったく…………記憶だけじゃなくて、何か持ち物の一つや二つ、持ち越せればいいのに。記憶力が気持ち悪いくらいに上がっているのがせめてもの慰めね』
ループを何回か経験した時点で気づいた事だが、カミラの記憶力は天才と呼ぶべきそれになっていた。
その気になれば一瞬見ただけのモノでも、鮮明に思い出せる。
知識だけでは無い、体の動かし方といったものでも同じだった。
ともあれ。
セーラへの魅了対策を忘れていなかったカミラは、無駄だと知りつつ。
入学式前日、焼け跡の空き地に来ていたのだった。
『ふん、無駄足だったわね。次回のループからは、事前の調査は無しにしましょう』
見切りを付けその場から去ろうとした瞬間、異変は現れる。
突如として、天から光りが降り注ぎ、人の形になったのだ。
『――――あれは何!? 人が、セーラが、光の中から出現した!?』
カミラは物陰に慌てて隠れながら観察する。
どういう事なのだろうか。
いくら魔法のある世界とはいえ、ゲームでも、今までのループでもこんな事は無かった。
『(良くわからないけれど、セーラは今、この瞬間、世界に現れて認識された? そしてそれに伴い、周囲に情報改変が――――?)』
観察と推察を繰り返すカミラを余所に、ふらふらと立ち尽くすセーラの前に、貴族の乗る馬車が現れた。
『(あれは例の男爵家の家紋っ! シナリオの強制力? それだけじゃ――――、ちっ、情報が足りなさすぎる!)』
ループの手掛かりといってもいい現象に、カミラは目を輝かせた。
『嗚呼、嗚呼、嗚呼…………でも、これではっきりしたわ。セーラは、人間じゃない。魅了の力だってきっと人間ではないからよっ! 嗚呼! 嗚呼! 嗚呼! なら――――私が奪っても、いいわよね』
そして、暗黒に染まりきっていたカミラは、セーラを物理的に排除する事を決めた。
『ふふっ、うふふふふっ! どうやって乗っ取ってやろうかしら! 楽しくなってきたわ!』
狂ったように笑う過去のカミラに、全員がどん引きする。
「…………一つ確認するけど、アタシの誕生は毎回こうなの?」
「ええ、直に見てはいないけれど、今回もそうだった筈よ」
「…………結局、今のアンタは、アタシに何をしたワケ?」
「自我を持った操り人形の糸を切って、人の肉を与えようとしてるだけよ。感謝するにしろ、恨むにしろ、全てが終わってからにしてね」
セーラとカミラの会話が、穏当に終わった事に、全員が胸をなで下ろした。
――――と、思いきやカミラが爆弾を残す。
「先に謝っておくけど、この後の周回から何回か、貴方の出番ないからね」
「アタシに何したのよ馬鹿女ああああああああああ!?」
セーラに何とも言えない複雑な視線が集まる中、映像は続く。
そして、その答えは直ぐに映し出された。
次の周回から、カミラが戦力を整えてセーラの出現に備える様になったからだ。
『見えたわねお前達っ! さあ! あの化け物を殺すのよ!』
『頭領! 貴族サマの馬車が近づいてきますぜ!』
『まとめて殺せっ! 目撃者も全てだっ!』
遠距離からの魔法攻撃に加え、事前に設置した爆薬での爆殺。
見事にセーラを殺したカミラは、セーラの様に振る舞いながら、学院生活を楽しんでいた。
「下手に近づけば魅了にかかり、目的が達成されない。――――そうか、こういう試行錯誤の繰り返しで、魔王ドゥーガルドは殺されたのか。…………そなた、ちょっとガチ過ぎないか?」
「この頃の私は、魔法も使えない、記憶力が良くて鍛えただけの小娘だもの。仕方ないわよガルド」
何処が小娘だ、と全員が叫びだしたかったが、ぐっと我慢して続きを見る。
絶対にカミラと敵対してはいけない、と魂に刻みながら。
映像の中のカミラは、主に二つの方法で学院生活を送っていた。
一つは、セーラと同じ行動を取って、攻略対象者達と仲を深める事。
もう一つは、セーラの名前を名乗り、セーラと偽って学院に入学する事。
『とても興味深いわ。私がセーラの名前で入学するだけで、関われる事柄が増える。それだけじゃないわ! ――――世界が、不確定になる!』
十六歳の誕生日で死ぬ事こそ変わらなかったが、そこにたどり着くまでに大きな変化があった。
ある時は、魔族との全面戦争が始まったり。
またある時は、政変によるクーデタ勃発で、ゼロス達王族を筆頭に、高位貴族が処刑されたり。
はたまた、地方領主の紛争がきっかけで、大規模な内乱状態に陥ったり。
『嗚呼、嗚呼、とても興味深いわっ! セーラを殺すだけで、世界はこんなにも変化するっ! なら、なら、今度こそは――――』
もはやカミラは、ユリウスの事など上から三番目程の重要度に置き。
ループ脱出の為の、試行錯誤を始めていた。
『――――そう、ゼロス殿下を最初に籠絡すると、貴族達の不和が広がり内乱になるのね。…………セーラ生存時に起きなかった所を見ると、魅了の力が関係しているのかしら?』
『あー…………、あー…………、そう、そうねぇ……、ユリウスに肩入れしすぎると、クーデターが起きるの。まぁどのみち私は死ぬし、他の案を試しましょう』
『へぇ、全員とその婚約者と親友関係になると、魔族との全面戦争になるのね! そして切り札は――――』
いつもの東屋で、皆の中心で笑うカミラの視線の先には、ユリシーヌ――――ユリウスがいた。
『(セーラが死亡状態だと、何故かユリウスが勇者として覚醒するのよね。――――嗚呼、嗚呼、これって運命じゃない! きっと魔王を倒した時こそ、私が生き延びて、ユリウスと結ばれる事が出来るのよっ!)』
『あらカミラ様。私の事をじっと見つめて、照れてしまうわ』
『ふふっ、ごめんなさい。きっと貴女の事が好きだから、見てしまうのね』
笑いあう二人に嫉妬して、我こそがカミラの友であると、言い合い始める周囲。
その光景に現実の皆は、何か気持ち悪いモノを見る目と吐き出しそうな青い顔をしていた。
「なぁ魔女、我らの魔女…………お前、その、なんだ? …………凄いのだな」
語彙力が消失したゼロスの発言に、誰もつっこまなかった。
何と声をかければ、判らなかったからである。
とにもかくにも、記憶映像は続く。
完全にシナリオ分岐を読み切ったカミラは、新たに大軍指揮能力と経験を積みながら。
一歩づつ、魔族との全面戦争を有利に運んでいく。
数え切れない程の人間が死んだ。
時に必要な犠牲として。
時に、次周へと繋ぐ実験の産物として。
『我らが英雄カミラ様! どうか人類に勝利を――――!』
『何が英雄だ! この人殺しの詐欺師めっ! お前なんか死んでしまえばいいんだ!』
『ああ、戦乙女カミラ様…………死ぬ前に会えて光栄でした。俺、貴女の事が――――』
カミラに希望を見た者。
カミラによって絶望を与えられた者。
カミラを愛した名も知らぬ青年も。
その全てを幾度となく、“無かった”ことにしながら、カミラは魔王の座にまでたどり着いた。
『よくぞここまで来た、愚かなる人類よ』
『全てを終わらすわ! 準備はいいユリウス! 皆っ!』
『『『おう!』』』
人類生存圏より北の魔王城、最終的に残ったメンバーは、やはりというか、攻略対象者達全員だった。
気休めで聖女装備一式を纏ったカミラは、男に戻ったユリシーヌ、ユリウスの隣にて魔王と対峙する。
結果だけ言おう。
これより後、魔王を倒すまで、カミラは数十回のループを必要とした。
『――――やった! 勝ったわ!』
『ああ、やり遂げたんだ俺達は…………ありがとうカミラ。お前がいなかったら、世界は平和にならなかった』
『いいえ、いいえユリウス。お礼を言わなければならないのは此方の方…………。ねぇ帰ったら伝えたい事があるの、聞いてくれる?』
『勿論だカミラ。――――ッ!? おい! カミラッ!? しっかりしろッ!?』
『あ、え、――――なんで、私、倒れ――――』
ユリウスとカミラ以外、誰も生き残れなかった激戦。
魔王の亡骸の横で勝利を喜ぶ最中、カミラは突如として倒れた。
『(くっ! どこか気づかない所で致命傷を――――)』
『カミラッ! 目を開けてくれッ! カミラあああああああああああああああああッ!』
そして、また時は巻き戻る。
きっと、防御力が足りなかったからだと、また幾度も失敗しながら魔王を打ち倒し――――カミラは死んだ。
次は、魔法的な防御を。
次は、魔王の倒し方を。
次は、倒す日付を。
様々な要因を試し、そして、最後に一つだけ事実だけが残った。
『あはは、あははははは、はははははははっ! 生き残れないっ! 生き残れないっ! あんなに犠牲にしてっ! 皆の想いも踏みにじってっ! 誰も彼も殺してっ! それでも、私は生き残れない――――』
『嗚呼、嗚呼、嗚呼、嗚呼、嗚呼、嗚呼! 何故なのよっ! 何故私だけがこんな目にあうのよっ! 私が何をしたって言うのっ!』
再び、カミラは深い絶望へと陥った。
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誤字脱字誤変換の類は、その、なんだ、すまない。
まったり修正入れてく予定なんで、気を長くして欲しい。
ではでは、次回は来週です。