表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

125/141

125話 かくてストーカーは顕現せり



「………………え、マジ? マジなのこれ? え、ええ~~…………」



 無かったことになった過去で自分のしでかした事に、セーラは頭を抱えて座り込んだ。

 カミラは終わった事柄だと涼しい顔だが、他の者の目は厳しい。



「ああ、だから学園祭のトーナメントで、お前はセーラの事を予想出来たのだな。前例があったから」



「今の様に現実の自覚をしていないセーラなら、遣りかねないと思ったからよ。利用できるかもと考えていたのもあるけどね」



「というかカミラ、そなたはセーラを側に置いて平気なのか?」



 皆の疑問を代表するようにガルドが質問する。



「ええ、今のセーラは“世界樹”の思考制御を離れているもの。なんだかんだで普通の女の子なのだし、ええ、仮にも体の隅々まで知ってしまった仲だしね。気にしないわ」



「恋人として、どう受け止めていいか解らないぞカミラ…………」



「っていうか、さらりと思考制御受けてたとか、怖い事言わないでよカミラ!?」



「その辺りの話も、後で解るわ。さ、次を見ましょう」



 飄々としたカミラの態度に、一同もカミラがいいのならと、諦めて映像に視線を戻す。

 そこでは、顔から表情が抜け落ちた幼子の姿があった。



『(何故、何故なのよセーラ。セーラ、セーラぁ…………)』



 その周では、常に能面のようなカミラは、無気力な態度もあって、両親からですら厭われつつある存在となっていた。

 カミラはいつも一人で自室に籠もり、食事すら一人。

 ベッドの上から動かない、生きる屍である。



『セーラ、セーラ、セーラ………………』



 幼子から少女へ、とうとう入学式の日になってもカミラは自室から出なかった。

 ひたすらにセーラの名前を呟き、誕生日に到る。



『何故、何故――――』



 そして、時は再び巻き戻る。

 二周、三周、四周、生まれては自室に居続け、何故かユリシーヌに看取られる事を繰り返し。

 五周目で、漸く変化が訪れた。



『会わなくちゃ…………』



 まるで幽鬼の様に青白い顔で、入学式に出席したカミラはセーラを見つめる。



『(嗚呼、嗚呼、嗚呼、嗚呼、…………何故、目が離せないの? 何で、一目見ただけで――――)』



 入学式が終わり、カミラはふらふらとセーラに近づく。

 そして、有無を言わさずその手を掴むと、人気のない東屋まで引っ張っていく。



『ちょっと! ねぇ! ちょっと! ねぇったら! アンタいったい何なのよ』



『…………ぁ、あ、う…………セーラ…………』



 目が離せなかった。

 煌めく赤い髪に、宝石のような緑の瞳。

 肌は白く、しかして健康的で。

 苛立ちの表情でさえも、芸術品に等しい美しさだった。



『ごめ…………ぁ、う、せ、せー…………』



 久しく誰とも話していなかったからか、カミラの声帯はまともに機能しなかった。

 伝えたい言葉。

 伝えたい思い。

 届けることが出来ず、それ故に脳裏に迸る。



『(セーラ。いつも明るく元気で優しい――――でも、私を裏切った。そして、私と同じ転生者)』



 彼女も同じく、繰り返しているのだろうか。

 いいや、そうではない。

 でなければ、カミラと同じく絶望の光が何処かにある筈だ。



『(綺麗、私を不振な目で見るその姿も、同じ女の子なのに)』



 そうだ、同じ女性なのに、だ。

 何故今まで、疑問に思わなかったのだろうか。

 いくら優しいからといって、美しいからといって。

 たとえ、どれだけ仲を深めようとも、カミラは前世を含めてレズビアンの気があった訳では無いのに。



『――――ぁ』



『まったくもう、何だって言うのよいきなり』



 カミラはセーラの柔らかい手を思わず離す。

 セーラは狂人を見る目で、カミラから距離を取った。



『(違う、違う、違う、違う。思い出したっ! セーラはゲームでは聖女として“魅了”の力を持っていたっ! そしてそれは制御できていないっ! だからユリシーヌが側についていたのに――――)』



 何故、気づかなかったのだろう。

 何故、気づいてしまったのだろう。

 カミラの心に、怒りと悲しみが広がる。



『(気づかなければ、偽りの温もりに抱かれ、精神が死ぬまで楽にいられたのに――――嗚呼、嗚呼、嗚呼、嗚呼嗚呼、嗚呼嗚呼嗚呼っ!)』



 気づいてしまったなら、それを見て見ぬフリが出来ない。

 偽りの感情を抱いた自分に。

 その弱さに。

 彼女の性質、素性を見抜けなかった事に。

 カミラは激しい怒りを覚えた。



『――――ああああああああああああああああああああっ!』



『ちょっ!? このっ! いきなり――――ぁ、かはっ!』



 カミラは衝動的に、セーラの首を絞めた。

 両手いっぱいに全力を込めて。

 セーラに殴られ、蹴られようとも、その手を離さなかった。



『おいっ! 止めるんだ君っ! その手を離すんだ! 誰かっ! 誰か手伝ってくれ――――』



 その時、セーラを救ったのは二つの要因だった。

 一つは、ユリシーヌが影から見守り、救いの手を誘導した事。

 一つは、長い無気力生活で、カミラの筋力が非常に衰えていた事。



『(殺す、殺す、殺す、殺すっ! お前なんか――――)』



 カミラは複数人に取り押さえられてなお、暴れに暴れ、最終的に投獄された。

 その時のカミラは、死ぬまで釈放されず、その憎悪に身を焦がしながら死ぬ日を迎えた。



「思えば、これが最初の一歩だったのかも知れないわ」



「何の一歩よアンタ。前々から思ってたけど、結構直情的な性格してるわよね」



「ああ、わかりますわかります。カミラ様はこの頃から、その辺は変わらないんですね」



 現実のコメントはさておき、誕生日の日に死刑を迎えるカミラ。

 その周囲には、何故か見に来たセーラ一行と、両親の姿があった。

 ギロチンを受けるため、断頭台に上る最中、カミラはただ無言で視線をさまよわせる。



『(ふふっ、この時ばかりは感謝しましょう。いくら処刑されても、また私は巻き戻る。――――状況も同じく)』



 それは、絶望に染まった言葉だった。



『ああ、でも、何故。貴方はまたそこに居るのかしら? ふふっ、あははははははっ、ああ、何故かしら、何故かしら、あははははははっ!』



 気の触れた様に笑うカミラに、セーラ達は気味の悪い者を見る目で。

 両親は、悲しそうな顔で。



『ええ、もうどうでもいいわ。いつか対策が出来たのなら、またお会いしましょうセーラ。そして、その前に――――』



 カミラはぶつぶつと呟きながら、断頭台に頭を乗せた。



『ユリシーヌ様――――いえ、ユリウス。ええ、不思議な人ね、貴方って』



 そして、それが最後の言葉だった。

 ギロチンは首に落とされ、カミラの首が落ちて転がり。

 ――――世界は巻き戻る。



「この時きっと、セーラへの復讐心は消えたのだわ」



「真逆、真逆…………いや、真逆…………」



 惨劇にケロリとしているカミラの横で、ユリウスは青い顔で震える。



「ああー…………、そうか、これが“始まり”なんですねぇ…………」



「恋の始まりにしては、物騒よね…………ご愁傷様ユリウス」



「すまない。ウチの娘が、本当にすまない…………」



「カミラちゃんを見捨てないでくださいましねっ!」



「どんまい」

「多分、これからだぞ気合いを入れろ」

「お幸せにねユリウス」



「ちょっとは否定しろよ皆ッ! そうとは決まってないだろうッ!?」



 不安そうに叫ぶユリウスに、集まる同情。

 そしてカミラも追い打ちをかける。



「…………先に謝罪しておくわ。ごめんなさいユリウス。でも、もう逃がさないから。全部見てね」



「謝るな馬鹿女ああああああああああああああッ!」



 だが非情にも、映像は続く。

 赤子に戻ったカミラは開口一番、目標を定めた。



『おぎゃー』

『(最初は、ユリウスが私の死に際に来るのは何故か、から始めましょう)』



 そう決意したカミラの繰り返しが、再び始まる。

 優等生として、淑女として名高いユリシーヌの側に居る為に、勉学に励み、出来うる限りの美貌に近づく努力に邁進する。



「なるほど、今のカミラ様に近づいて来ましたね」



「好きな人の隣に立つ努力…………カミラ様のお力はこうして磨かれてきたのですね」



「この段階では、まだ恋まで行ってなかったけどね」



 アメリとヴァネッサを筆頭に、感心のため息が女性陣から聞こえた。

 ユリウスとしては、喜んでいいのか解らない。

 映像の中では、それなりに綺麗に成長したカミラが入学式の日を迎えていた。



『(ゼロス殿下達と同い年とはいえ、セーラに合わせてユリシーヌ様は今日が入学。――――いい機会だわ。是非。新入生のよしみを理由に近づきましょう)』



 カミラはこれまで以上に、精力的に動いていた。

 アメリやセーラ、他の人物など目もくれずにひたすらユリシーヌを追い続ける。

 ――――ただし、後ろからだったが。



『…………ふむふむ。ユリシーヌ様はカイスの実が好き、と。これなら私も作れるわね。材料をどうするかは今後の課題で』



 時に、東屋の植え込みの影に隠れながら。



『…………なる程。ユリシーヌ様とヴァネッサ様、そしてゼロス殿下は、ゲームでは語られない以上に仲が良い、と。ヴァネッサ様の情報も後で集めてみましょうか』



 時に、寄宿舎の窓の外にへばりつきながら。



『なるほど、なるほどぉ! ユリシーヌ様は聖剣を使いこなせていな――――――――がはっ!?』



『こんな所まで着いてきて、勝手にしななで頂けますカミラ様!?』



 時に、十六歳の誕生日。

 恒例となった魔族の襲撃の最中で。

 勿論、時は繰り返す。



『ばぶぅ』

『(よし! 次は堂々と隣に立って観察しましょう! 折角だから、ユリシーヌ様の好みも――――そういえば、ユリシーヌ様の異性の好みって何かしら?)』



 前回よりも美しさ、知識の深さ。

 そしてストーカーに必要な体力、体術、話術、観察眼、視線誘導の技術、隠蔽工作を行うノウハウ。

 死に戻る度に、カミラの実力は増していった。



『はじめまして、ごきげんようユリシーヌ様。お隣に座っても?』



『はじめましてカミラ様。お噂はかねがね。ええ、どうぞお座りになさって』



 今のカミラの美貌に届かずも、かなりの美人に成長したカミラは、貴族の中でも評判の令嬢になっていた。



「これがカミラ様の執念…………! 愛する人に尽くすというのは、こういう事を言うのですね!」



「ヴァネッサ!? これは間違った例だからな! 見習わないでくれよ!?」



「んで、ユリウス様。ご感想は?」



「…………この馬鹿女に勝てない訳だ」



 ヴァネッサの深刻な汚染疑惑に、慌てるゼロス王子。

 呆れるアメリとユリウスを余所に、カミラの熱烈ストーカーは続く。

 二度や三度どころでは無い。

 それこそ、十周以上だ。



『ねぇユリシーヌ様! 今度、お泊まり会しませんか? ヴァネッサ様達と一緒に!』



『お、お泊まッ――――! ごほん。いえ、ごめんなさい。き、機会があればね…………?』



『ええ、約束ですよ』

『(ユリシーヌ様の困った顔! 可愛いいいいいいいいいいいいいいいいいいっ! ひゃっほおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!)』



 こうして、カミラは前向きになった。

 まるで――否、明らかに依存しながらも、繰り返しの“生”を前向きに。



『カミラ様ッ! カミラ様ッ! しっかりしてッ! 傷は浅い――――』



『――――嗚呼、ごめんなさいユリシーヌ様。ええ、そうね。私、きっと、貴男の事が…………』



 ストーカーを始め、数え切れない周回かの終わりに、カミラは自覚した。

 始めは、前世でお気に入りのキャラだから、と否定して。

 けれど、繰り返す日々の中。

 少しずつ、少しずつ胸を占めるこの気持ちは、嘘ではないと。

 もはや、何故ユリウスが死に目に側に居るのか、どうでもよくなっていた。



『ね、…………ユリシ、ーヌ…………』



『喋らないでカミラ様! もうすぐ助けが――――』



 ユリシーヌの涙を、血に塗れた手で拭うカミラ。

 その行為に、いっそう悲痛な表情をユリシーヌは浮かべた。



『次…………か……、貴男の、た、めに、いき…………ゆり、うす――――』



『カミラ様ああああああああああああああああああああああああああああああああ!』



 ユリシーヌの慟哭を“無かったこと”にして、カミラと世界は巻き戻る。

 そうして、カミラの“在り方”は。



「私の“在り方”の半分は、この時に」



「半分? まだあるのかお前は…………」



 疲れた様なユリウスの言葉に、カミラは淡く微笑んだ。

 その儚げ笑みにユリウスは、得も言われぬ不安を感じたのだった。



ブックマークは一番上左

感想レビューは一番上、最新話一番下

評価欄は最新話下


ぼちぼち過去編も中盤に突入です。

はい、まだまだ続くんです過去編。

いったい誰でしょうね、こんな過去にしたのは。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ