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119話 カミラ様の桜の木の下には、死体が埋まってる。



「ではミスコンも最後の試練! 事前の予想を大きく覆し、魔法無しでもカミラ・セレンディアが大活躍だあああああああ! というか、何故活躍した! お陰でお前以外のヤツが陰が薄いぞおおおおお!」



「あやつが出場した時点で、この結果は決まっていたのだよ。残念ながらな…………」



 心の試練を前に、ゼロスと、急遽相方を勤める事になったガルドが沈痛な表情を浮かべる。



「聞いてくれガルド。俺はな、綺麗な女の子達と、ヴァネッサがきゃっきゃうふふな、嬉し恥ずかしな熱戦を予想していたんだ…………」



 会場中の男が、一同に賛同した。

 反面、女性達からの視線はやや冷ややかだ。



「案ずるな、誰しもがそう思っていたさ。かのカミラが人並みに慌てふためく可愛い姿を望むものも居ただろう…………」



「居るのか? そんなの?」



「調べでは、ユリウス以外にも数人いたらしい。顔は美しいからなカミラは」



 然もあらん。

 そう頷くガルドに、総ての人間が、ああ、と同意する。

 カミラが居たら、拳骨の一つや二つ脳天に振り下ろしていたが、ステージ変更と休憩、着替えの三つの理由により不在。



「あとで覚えておきなさいよ、殿下、ガルド…………」



「どうどう、どうどうカミラ様」



「鋼鉄製の扉だってのに、案外声が聞こえるのねぇ…………」



「耐久性と防音は違う、ということですね。ええ、私としては言い寄る男が少なそうで嬉しいですが」



 カミラ達は、ステージに続く入り口で待機していた。

 上級生OB達は苦笑し、ヴァネッサは少し緊張気味に固い声を出す。

 ある意味、彼女はこれが本番なのだ。



「馬鹿な事を言ってないで、そろそろ入場ですわよ皆様!」



「はいはい、わかってます。では――――行きましょうか」



 投げやりな声をカミラが出す前で、扉が開く。

 試練の準備が整ったのだ。



「では三度の入場だ!」



「では、ここらで第三の試練の説明をしようではないか」



 カミラ達がステージに登り、設置された大鏡の前にずらりと並ぶ中、ガルドとゼロスの説明が始まる。



「心が試される、第三の試練は――――因果の鏡だ」



「どのようなモノなのだ王子?」



 態とらしく首を傾げるガルドに、ゼロスは一度ヴァネッサに視線を送り、続きを話す。



「良い質問だガルド。多くの者が知っていようがこれも様式美、説明しようではないか」



 つまる所、これこそがミスコンの元となった“王妃への試練”――――その大本命なのだ。



「その者の因果を写しだし、その次に行われる質問により、王妃への資格を問う」



「王に相応しい女性であるか、上に立つものに相応しい心であるか、そういうモノを判断する試練なのだな」



「ああ、そうだ。今回は俺のヴァネッサ以外には、余り意味の無いモノだが。それでも国一の淑女と呼ばれるに相応しいかどうか、はっきり解るだろう」



「という事だ、皆、心してかかってくれ」



「まぁ、前回までに出場した者達には、繰り返しになるが、そこは我慢して欲しい」



 ゼロスは王と王妃に顔を向け、頷く。

 彼らもまた、ゼロスをしっかりみて、そしてヴァネッサに無言のエールを送った。




「それでは、第三の試練、開始!」



 スタートの合図に、観客も息を飲む。

 例年ならば、出場者の新たな一面が発掘される試練であるが。

 今年は、王太子妃となるヴァネッサがいるのだ。

 嫌が応にも、注目は集まる。



「では、皆一斉に鏡を見てくれ」



「安心するといい、写し出されたモノは、本人以外には確認出来ない。長く感じるかもしれないが、外から見れば一秒程の事柄だそうだ」



 カミラ達は声を揃えて、大鏡を発動させる呪文を唱えた。




『――――我の因果を教え給え』




『――――我、心を正しくあらんと欲する者なれば』




 そして、カミラの意識は鏡に吸い込まれる様に、暗転した。




「…………あら、何も起きないわね」



 視界は闇に包まれたものの、光一つ現れない状況に、カミラは首を傾げる。

 だが否、それこそが試練の始まりなのだ。



『我、鏡の意志なり。これより汝の因果を見せようぞ――――というか、汝、因果が多すぎ。自重せよ』



「軽いわね因果の鏡!」



 姿を見せぬ重厚なダンディボイスに、思わずつっこむが、大鏡は反応を返さずにカミラの因果を写し出す。

 それは――――多くの人だった。



「これが私の因果? 何だって言うの――――」



 カミラは最後まで言えなかった。

 写し出された人々の像が焦点を結ぶにつれ、その“姿”がカミラの言葉を止める。



「嗚呼、嗚呼。そう、そうね。これが私の因果。私の…………“罪”」



 そこには、カミラがいた。

 数々のカミラがいた。



 凶相を浮かべるカミラ。



 聖剣を抱え、座り込むカミラ。



 暢気に笑うカミラも。



 数えるのが馬鹿らしくなるくらい無数のカミラが居た。



 それらに共通するのはただ一点――――“血塗れ”である事。



 そして、足下にはカミラの良く知る人物達が、無惨な死体となって転がっていた。

 彼らの下には、見知らぬ無数の兵、或いは普通の人々。

 総ての人々が、怨嗟に満ちた表情でカミラを責め立てる。



「この不届き者め! 何故我らが死ななければならなかった! 我らが何をしたのだ!」



「カミラちゃん…………何故、母を殺したのですか?」



「カミラよ、何故父を殺したのだ」



「大罪人! そなたの罪は幾億生まれ変わった所で、報いを受け続けるだろう! 何故、何故、王を殺したのだ! 王子を! 国を滅ぼしたのだ!」



「カミラさん、貴女とはそんなに親しく無かったです。でも、恨みがあるなら言って欲しかった」



 何故、何故、何故。



 何故殺した。

 人々が、口々に責め立てる。



「お父様、お母様、アメリ、セーラ、ヴァネッサ、ゼロス、ウィルソン、リーベイ、エミール、エリカ、フランチェスカ、グヴィーネ、ジーク王子、ジッド王、リーザ王妃殿下、ディン・ディジーグリー、フライ・ディア、ドゥーガルド・アーオン、エドガー、アイリーン、アーネスト、リディ――――」



 カミラは覚えている者達を、一人一人呼ぶ。

 それは、何千人。

 何億人にも及んだ。



「貴方達の事は覚えています。いいえ、忘れるわけないわ。だって――――殺したもの」



 忘れてはいけない。

 これらは全て、カミラがループを重ねる中、直に殺してきた人々だ。



 カミラに恨みを持つ者がいた。

 カミラが恨んだ人がいた。

 カミラに何も関係の無い人がいた。



 皆、その時間の中で一生懸命に生きてきた者達だ。

 カミラの様に“やり直す”事などせず。

 “無かった”事にせず、正しく生きてきた者達だ。




「私は――――謝らないわ。後悔もしていないっ!」




 叫ぶように出された言葉は強く、しかして震えていた。




「私は生きたかったっ! 死にたくなかったっ! …………幸せに、なりたかったっ!」



 だから殺したのだ。

 カミラの“生”を邪魔する者達を。



 だから謝罪はしない。

 だから許しは請わない。



「感謝しましょう。――――私は、貴方達の“尊い”犠牲のお陰で、今、幸せなのよ」




「本当に、そう思ってる?」



 カミラの耳元で、新たに現れたカミラが囁いた。



「私は、幸せになってはいけないのよ」



 血塗れの手で、また新たなカミラがカミラの手を握った。



「私はただ、ユリウスの幸せを願い、行動すればいい、――――私に、幸せになる資格など有りはしない」



 新たなカミラが後ろから抱きついた。

 カミラは、カミラという鎖で身動きが取れなくなった。



(嗚呼、嗚呼、嗚呼。――――これは、私の“心”だわ)



 この後悔と絶望と、怒りと悲しみに満ちた世界が、カミラなのだ。



「私はやはり、囚われているのね」



 握りしめた拳を、また新たなカミラが強く包み込み、縋りつく。



「私は、ただ私を好きになって欲しかっただけなの」



「私は、ただ私を理解して欲しかっただけなの」



 人として当たり前の欲求。

 だが、カミラには“それ”がとても罪深い事に思えた。



「――――誰にも、私の“奥底”に触れて欲しくない。誰も、誰もっ! 私にすらっ!」



 カミラは、雁字搦めになりながら叫んだ。



「誰もが私を殺した! 誰もが私を恨んで殺した! 憎んでなくても、怒りでもないのに殺したじゃないっ!」



「ええ、誰もが私を愛さなかった。いいえ、愛してくれた両親でさえ、私を殺した」



「そうね。だから、私を愛する者はいない」



「――――だから、私は、私すら愛さない」



「五月蠅い! 喚くなあああああああ!」



 とうとうカミラは、自らの両耳を塞いだ。

 ――――カミラの因果は、それすらも許さない。




「なぁ、答えろよ。――――――――どうして、俺を“殺した”んだ?」




「ユリ、ウス…………」




 カミラの耳を塞ぐ手を掴み、離したのはユリウスだった。

 彼もまた、青白い顔で、胸から血を流している。



「あ、ああ、ああっ、あああああああああああああああああああああああああああああああっ!」



「なあ、答えてくれよ。何故俺を殺したんだ?」



「ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい――――」



 カミラもまた、死人の様に顔を青ざめて謝罪を繰り返した。

 どんな犠牲があっても、それは今のカミラを構成する一部。

 後悔はあれど、ただその罪を受け入れるのみ。

 だが、ユリウス。

 ユリウスだけは違う。



「好きなの、愛しているの――――」



「好きなら、愛しているなら、殺してもいいのか?」



「違う、違うっ! それは貴男がっ! 私を愛してくれなかったから! 受け入れてくれなかったからっ! 私のモノにならなかったから――――」



「自分の思いのままにならなかったから、殺してもいいと?」



 ユリウスの言葉に、カミラは力なく呻いた。

 ユリウスだけ、ユリウスだけなのだ。

 自分自身以外、唯一求めたのは。



「嗚呼、嗚呼、嗚呼…………私は、ユリウス。貴男を殺したわ」



 それが、カミラの“罪”で“因果”。



「だけど、だけどっ!」



「だけど、何だい?」



 カミラの心罪のユリウスが、微笑む。

 嘘偽りは許さないと、睨みつける。




「――――私を裁くのは、私じゃないっ!」




 そうだ。

 カミラの罪を決め、裁くのはカミラではない。

 他の誰でもない、ユリウスだけが、カミラに裁きを下していいのだ。





「消えろっ! 私の罪よっ! もう一度言うわ、私の罪を裁くのは、因果を決めるのは――――ユリウスだけよっ!」





 瞬間、カミラの視界は崩れ去り、元のステージの上。

 荒い息の中、周囲を見渡せば、心配そうな視線を送るユリウス達の姿があった。




 時は少し巻き戻る。

 カミラ達が大鏡を覗き込んだ瞬間、まず経験者達から意識を取り戻した。

 続いて、セーラ、アメリ、ユリウス、ヴァネッサが順に戻る。



「ふむ、全員終わったか?」



「本当に一瞬なのだな。だがまだだ、カミラが戻っていない」



 ガルドに指摘に、ユリウス達はカミラを見た。



「…………何を見ているのでしょう。あんなに顔を真っ青にして」



「アイツは、このミスコンを辞退するべきだったわね」



 心配するアメリと、舌打ちを隠さないセーラ。

 彼女達二人は、カミラの過去をある程度知っている。

 故に、ただ信じて待つだけだ。



「カミラ…………お前は」



「聞いていたより長いですわね。ユリウス、カミラ様は…………」



 涙を流し始めたカミラの姿に、流石のヴァネッサも不安を感じ。

 ユリウスはカミラの手を取り、優しく包み込んだ。



「念のため医療班を出動させろ! 今すぐ――――」



「いや、待つのだゼロス殿下。カミラは傲岸不遜な人物だが、その“力”を得る過去に、辛い事が無かった訳ではあるまいよ」



「…………そうか。では、待つしかないのだな」



 ガルドの口調に、自分の知らない事があるのだと悟ったゼロスは、医療班に待機の指示だけだして様子を見守る。



 やがて、数分の後。

 観客がざわめき始めた頃、ユリウスには微かな声が聞こえた。

 側にいるからこそ聞こえた、消え入りそうな声。



「ごめんなさい、ごめんなさいユリウス――――」



(――――どうして、お前はッ!?)



 二度と、カミラのこんな顔は見たくなかった。

 させないと、誓った筈だった。

 だか、ユリウスのカミラは、手の届かない所でいつも悲しむ。



「お前にどんな“因果”があるのかわからない。それは許されない“罪”なのかもしれない」



 ユリウスはカミラを抱きしめて囁いた。



「ならば、俺がお前の全てを裁き、許し、共に贖おう。だから――――」



「ユリ、ウス…………」



 その声が届いたのだろうか。

 ユリウスには解らなかったが、カミラの涙と震えは止まり、顔色が元に戻り始める。



「帰ってくるのか」



 そう直感したユリウスは、カミラから体を離した。

 次の瞬間、カミラの瞼がゆっくりと開く。



「ゼロス殿下! カミラの意識が戻りました!」



「…………あれ、私、嗚呼、そうね。戻ってきたのね」



 声色がまだ夢見ごごちなカミラに、ゼロスが駆け寄って問いかける。



「大丈夫かカミラ嬢? 体に異変はないか、気分は悪くないか?」



「――――いいえ殿下。どうやら心配をかけたようね。大丈夫ですわ。少し、ほんの少し悪夢が広がっていただけですから」



 普段通りの、挑戦的な笑みを浮かべるカミラに、ゼロスは一抹の不安を感じながらも頷く。

 こういうプライベートに踏み込む問題は、恋人であるユリウスにお任せだ。



「では、次に移る。問題は無いな」



「ええ、ご存分に」



 カミラは物言いたげなユリウス達を笑顔で黙らし、次の設問へと覚悟を決めた。



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