115話 ユリウスは独占欲と監禁気質をもつS系
昼である。
宣伝回りを何回か繰り返した後、クラスの中華喫茶でシェフ兼ウェイトレスを。
ユリウスと共に食事を取ったカミラは、ミスコンまでの暫しの間、二人っきりの時間を過ごしていた。
「ふぅ…………、やっと一息つけるわね」
「ああ、真逆、殿下とガルドが食い倒れバトルを始めるなんてな…………」
広いソファーにて、ユリウスの膝にカミラの頭。
「王と、筋肉系魔族が腕相撲大会で熱戦を繰り広げて友情が芽生えていたのは吃驚したわね」
というか、最近は頻繁に人に紛れた魔族を見る。
あらためて人を知る為、とガルドは言っていたが、それにしてはエンジョイし過ぎではなかろうか。
「結局、食い倒れバトルも腕相撲大会も、優勝したのは新しい学院長だったものな…………」
ユリウスはカミラの頭を優しく撫で。
カミラは、ユリウスのウィッグを己の指に巻き付け弄ぶ。
「あの学院長、屋台引いてケバフ売っていたわよね…………知ってる? 今の所、あの屋台が学内の売り上げトップだって」
「しかも女装して、俺より受けてたな…………世の中は広いなぁ…………」
ディジーグリーが支配していた時より、スペックが高すぎる学院長の活躍に、二人はただ、ため息を付くばかりだ。
魔族に乗っ取られていた学園長が、そのまま続投する事に、誰も意義を唱えなかったのは。
きっと、そのバイタリティを上は皆、知っていたからに違いない。
現にカミラの両親も手紙の中で、歳食って丸くなったんじゃなかったのか、という困惑染みた言葉を残している。
「――――話は変わるが、一つ聞いていいか?」
「ええ、どうぞ」
ユリウスの撫でる手が止まった。
カミラはまだ、髪の毛で遊んでいる。
「何故、お前は引き下がったんだ?」
何時、何処で、とは聞き返さない。
ユリウスならば、話して欲しいと、聞いてくれると予測していたからだ。
カミラは、ぽつりぽつりと話し始めた。
「…………グヴィーネに、完敗したという気持ちは本当よ」
「でも、お前ならば。観客やヴァネッサ様達が目を丸くする様な、奇想天外な“返し”が出来たんじゃないか?」
「ええ、多分、出来たと思うわ。私なら」
カミラは髪から指を離し、その手をユリウスの頬へ。
「…………以前だったらね、きっと、そうしたわ」
ユリウスの顔の輪郭を確かめ、カミラは手を滑らせて再び髪へ。
そして、頭に乗せられた彼の手を柔らかに握る。
「貴男の気を引くために、視線一つ、気持ちの欠片一つ独占するために、きっと、何かをしたでしょうね」
カミラは、誰に問うでも無く続けた。
「私は何故、撤退の判断を選んだのかしら? 貴男への気持ちが薄れた訳でも、独占欲が消えた訳でもないわ」
心底不思議そうにするカミラの姿に、ユリウスは変化を感じていた。
いきなり変わったのではない、これはきっと、今までの“積み重ね”だろう。
「後の事を考えれば、あそこで立ち向かい。ヴァネッサ様達を叩き潰すべきだった。でも何故かしら? 万が一失敗した時のリスク管理? ええ、きっとそうね」
「…………そうか。お前がそう言うんなら、そうなんだろうな」
変なこと聞いて悪かったな、ユリウスは繋いだ手の、カミラの手の甲に口づけをした。
カミラ自身は、正確に理解していないが。
ユリウスには、今の答えで確信に至った。
(ミラの事や、ヴァネッサの事もある。その前にもアメリやガルドの事があった)
だが、それだけでは無い。
(大きな所で言うと、それはカミラが俺の手を取った時だ)
秘密だらけの妄執的な愛だけではない。
――――信頼。
恋人としての信頼が、ユリウスと双方向でつながった。
それはとても良い事で、そして。
「ああ、――――嬉しいな」
「あら、いきなり何? 私が負けたのがそんなに嬉しいの?」
ゆるゆると微笑むユリウスに、カミラはふくれっ面。
「違うよ。お前が可愛くて、愛おしいって話しさ」
「ユ、ユリウスっ!?」
ちゅっ、ちゅっとカミラの手の甲に。
軽く、しかして甘いキスの雨を降らすユリウスに、カミラは思わず赤面し、上擦った声を。
「え、ちょっ、う、嬉しいんだけれど、時間が――――」
「大丈夫さ、まだ十分以上ある。――――なら、まあ、頑張って満足させるさ」
「満足させるって、何よぉっ!? って、乗らないで腕掴まないでっ!?」
慌てふためくカミラを、ユリウスは満足そうに見つめながら。
なるべく負担にならないように馬乗りになり、カミラの両手の手首を、頭の上で片手で押さえた。
「なぁ、カミラ。気づかないのか? お前が悪いんだぞ…………」
「ひゃうぅんっ! く、首筋ぃ…………。んっ、ああんっ!?」
熱情に満ちた囁き、そして首筋に吸つくような口付け。
カミラは真っ赤になりながら目を伏せ、顔を背けながらか細い声で抵抗の意志を見せる。
「あ、痕が残ってしまうわ」
「いい匂いだ。どうしてお前はこんなにも、俺を惹き付けるんだ?」
「や、嗅がないで…………」
「お前は自覚するべきだよ。俺に与える影響を――――ああ、こんな煽情的な衣装を着て」
「それはユリウスだ――――んん~~っ!」
「――――ん、はぁ…………黙れよ」
抗議の声はユリウスの唇によって、文字通り口封じ。
あまりにも熱烈な迫られ方。
それも、女装の麗人という背徳感も加わり、カミラはただ頭を茹でらせるのみだ。
ユリウスはカミラの胸元を大きめに開けると、鎖骨を舌でなぞる。
同時に、開いている左手を際どいスリットから除く太股に這わせた。
「や、駄目よ。駄目ぇ…………」
「本当に駄目なら、もっと抵抗しろよ。じゃなきゃ俺の女だって“痕”だらけのまま、ミスコンに望む事になるぞ?」
「ううぅ~~」
眼孔を欲望に滾らせたまま、からかう様な口調に、カミラは必死で体に力を込めた。
だが身は捩る事ができても、びくともしない。
「な、何でよぅ」
「それが、お前の意志だって事だろ。――――ずっと“こう”されたかったんだよ」
「――――っていうか、貴男。私に“絶対命令権”使ってるでしょぉ!?」
「ああ、バレたか」
「バレるわよっ!?」
そう。
ユリウスはカミラに“絶対命令権”を密かに使って、体の自由を奪っていたのだ。
「でも、もう遅いよ。――――何より、こういう事を望んでなかったって、俺の目を見て言えるのか?」
「そ、それは――――」
正直、カミラとしては超絶望んでいた事だった。
けれど、心の準備が出来ていない。
心の準備すらないまま――――というシチュエーションすら望んでいた事実すらあるが。
今まで一度も、ユリウスは己の欲望の為に、この力を行使した事は無かった。
卒業か、このまま、女として一段上に上ってしまうのだろうか?
「お前が悪いんだ。ヴァネッサとの勝負だからって、文化祭の為だからって、俺はお前の――――ああ、こんな美しくて色気だらけの姿。誰にも、見せたくないのに」
「そんな事、言わないで…………」
もはやカミラの声に力は無く、抵抗の意志など消え失せた。
そう――――ユリウス色に自分を染め上げ、ユリウスの総てに自身を刻んできた“ツケ”が回ってきたのだ。
ユリウスの顔が徐々に近づく。
カミラは顔を背けたまま、そっと目を閉じた。
顎がぐいと捕まれ、カミラの顔が真正面を向く。
そして――――。
――――バチコンッ!
「~~~~っ!? いったぁああいっ!? 何をするのよユリウスっ!?」
与えられたのは愛欲に満ちたキス――――ではなく、額へのでこぴん。
目を見開いた先には、満足そうなユリウス。
「そろそろ時間だぞカミラ。というかお前、簡単に流され過ぎじゃないか? こっちとしてはチョロくて面白いけど」
「お、面白っ!? え、チョロ――――!?」
面白半分か、そんなに私はチョロいのか、というか最初からからかう算段だった? という疑問と衝撃がいっきに満ちあふれ。
カミラは鯉の様に、口をパクパクさせる。
「…………あの、その、カミィお姉様。ユリウス様、もう終わりました?」
「成る程、カミラ様をコントロールするにはユリウス様から迫ってもらえばいいのですね」
「貴女達ぃっ!? いいいいいい、いったい何時から――――っ!?」
突如聞こえてきた声に顔を向ければ、顔を赤くしながら鼻息荒いミラと、しみじみと頷くアメリの姿。
「どこからって」
「やっと一息うんねんですわお姉様」
「最初からじゃないっ! 来てたならイチャイチャする前に声かけなさいよっ!?」
うがー、と顔を朱に染めてワナワナ震えるカミラ。
だが、アメリとミラは顔を見合わせて、困った顔をする。
「と言われましても」
「ユリウス義お兄様が、ちょっとイチャイチャして悪戯するからその後で、暫く見てていいから、と」
「ユ゛ーリ゛ーウ゛ース゛ーー!」
「安心しろ。別に、お前に言った言葉は“嘘”じゃないからな」
「くぅっ! うううううう~~~~っ! じ、時間なんでしょっ! もう行くわよ皆っ!」
恥ずかしさや、嬉しさでにっちもさっちも行かなくなったカミラは、照れ顔を隠す様にずんずんと歩き出す。
ちゃっかりユリウスの手を引いている所、怒ってはいない様だ。
仲良きことは善きこと哉。
アメリとミラは笑い合うと、二人に続いてサロンを出て行く。
そして――――ミスコン本番が始まる。