113話 幸福の女神アメリ
ミラの声が、サロン内に元気よく響きわたる。
「――――では、これより対策会議を始めますっ!」
(おかしいわ、絶対間違ってるっ! っていうか、昔の私はこんなアクティヴじゃなかったわよ!?)
次の日である。
カミラの力でぱぱっと直ったサロンにて、もはや恒例となった会議が。
サロンとは会議室の類義語だったかと、疑問に思うより前に、カミラとしては困惑の限りだ。
「対策会議って、何を話すんですかミラさん」
「うむ、ぶっつけ本番では駄目なのか? 余の目からみても、カミラのポテンシャルは高いし、他の生徒達からの人気も中々のものだろう?」
「この馬鹿女、面と体は悪くないし対策いらなくない?」
「…………っていうか、貴方達何故そんなに順応してるのよ」
アメリとユリウスはまだいい。
だが、当たり前のように同席し、紅茶をすするセーラとガルドも、何故そんなにミラの行動に適応しているのだろう。
「お前の疑問は解るが、――――諦めるんだカミラ。鏡を見ろ」
「ブーメランっ!? 何それ、ブーメラン帰ってきているの私!?」
なまじ自分の事が故に、腑に落ちないカミラ。
そんな恋人に、隣に座るユリウスは優しく肩を叩くのみだ。
「はいそこカミィお姉様! この窮地で戸惑うのは分かりますが、イチャイチャは後にしてくださいね!」
「~~~~っ!」
過去の自分に注意され、声無き叫びを上げるカミラに、誰一人同情の視線は無い。
因果応報である。
「ああ、でも確かに何かしらの対策は必要ですね。カミラ様は誰よりもご聡明でお美しいですが、嫁にしたら絶対苦労する人ナンバーワンですから」
「ケケケ、そういやそんなランキングあったわね。というかカミラを美化しすぎよアメリ。くくっ、はははっ!」
「初耳なんだけど!? というか教えなさいよアメリ!」
ぎょっとするカミラに、アメリはため息を一つ。
「いえ、以前言おうとしたら。『ユリシーヌ様以外からの生徒人気は、記憶するにも値しないわ』と伝える事すら出来なかったじゃないですかぁ」
「…………アンタ、本当にユリウス馬鹿なのね」
「なんだか少し、照れるな」
「しみじみ言わないで、照れないで…………」
両手で顔を覆い、がっくり項垂れるカミラを余所に。
うーん、と考え込んだミラは重々しく口を開く。
「由々しき事態ですね…………申し訳ありませんがアメリさん、聞くところによるとカミィお姉様の“派閥”は相当大きいとか。買収なりなんなりで固定票を集めるのは可能ですか?」
「え、えーと可能ですけど、いいんですかねぇ…………?」
提案に戸惑うアメリに、ミラはちっちっち、と人差し指を振って断言した。
「いいですかアメリさん。恋は――――戦争なんですっ!」
「で、あるならばっ! 手段もっ! 方法もっ! 選んでなどいられません!」
「戦争じゃないしっ! 頼むから選んでええええええええええええっ! 」
不正上等、勝ったもん勝ちだと、高らかに謳うミラの姿に、ガルドなどは神妙に頷いている。
「こらっ、アンタはまたイラン事をラーニングするんじゃない。あの馬鹿女の恋路を見てるでしょう? あんなめんどくさい恋したいの?」
「あー、あー、ああ…………。すまぬ、余はまた間違ったようだ。誠に得難い友人だな、そなたは。感謝している」
「――――っ!? わ、解ればいいのよ、解れば!」
さりげなくカミラに塩を塗り込みながら、二人に空気をだすセーラとガルドを。
カミラはひと睨みしてから、努めて冷静に発言する。
「ミ、ミラ? アメリもよ。貴女達の気持ちは嬉しいけど、今回はそういう不正の類は駄目だわ」
「何故ですカミィお姉様。私に共に過ごした記憶はなけれども、必ずや賛同してくれると思ってましたのに…………」
心底不思議そうに首を傾げるミラ。
アメリやセーラも同感だったらしく、視線で回答を訴えている。
「ええ、確かに。この世は勝った者が、得た者が正義。そういう思想もあるでしょう」
「では何故?」
「これはね、ヴァネッサ様の友愛と、私の、私達の愛の戦いなの。正々堂々と勝負するのが“筋”だわ。――――それに、ヴァネッサ様も同じ意見の筈よ」
カミラの視線を受け、ユリウスも補足した。
「ヴァネッサ様は殿下やご実家の力を借りずに、真正面から勝負するだろう。それは俺が保証する」
「…………他でもないユリウス様が言うなら、解りました。この案は取り下げます」
記憶は無くともやはり同じカミラ。
ミラは、素直に引き下がった。
「ではどうする? 余は万全だと思ったが、ここに来てカミラの人気が盤石ではない事が判明してしまったが…………」
「対するヴァネッサ様は、迫力のあるお方とはいえカミラ様に匹敵する美人。学力も問題ありませんし、なにより殿下との仲睦まじい姿が好評で…………カミラ様に勝ち目あるんですかね?」
「酷くないアメリ!? そこまで勝ち目ないの私!?」
青ざめながら机につっぷしたカミラに、セーラはやる気なさげにフォローする。
「まー、その辺は大丈夫じゃない?」
「どういう事です? セーラちゃん」
「アタシ調べでは、なんだかんだでユリウスに一途な姿が好評みたいだし、精々女子票を二分するくらいでしょ」
「ふむ。二人とも相手いるから、男子票は違う所に行くと想定して…………。結構いい勝負をする、ということかセーラ?」
「ん、そ、そ。おおよそガルドの考え通りでしょ」
二人の意見を聞いたミラは、興味深い事を聞いたと考え込む。
「ここまでの話を総合すると、やはり本番次第という事か…………」
「取りあえず、セレンディア系列の美容商会からエステティシャンの派遣を頼んでますし、本番は明日なんで、それくらいでいいのでは?」
「…………気が利くわねアメリ、うう、ユリウス以外では貴女だけが頼りだわ」
「もったいないお言葉ですカミラ様」
打つ手無し、と閉幕の雰囲気と共に、仲の良い主従を披露していると。
やはり、ミラが待ったをかけた。
「いいえ、まだですっ! 打てる手は打っておきましょう!」
「打てる手って、何をするつもりですミラ様?」
ミラはにんまりと笑うと、アメリとセーラに言い放つ。
「――――お二方も、出ましょう」
「ええっ!? 出るってわたしもですか!?」
「成る程、男子票の行く先を出来るだけ固めない為に、アタシとアメリが必要って事ね。うーん…………」
驚くアメリと、あまり乗り気ではないセーラの二人を余所に、ガルドとユリウスは冷静に分析する。
「確かに、アメリは男子人気が密かに高いとも聞く」
「悪行が広がっているとはいえ、セーラの外側に変わりはない。この場で一番、男心が解る存在だしな。現状一番良い手だ」
「…………ああ、ならばもう一つ駒は増やせるな」
「駒? この場以外で協力してくれる女子生徒に心当たりが?」
ニヤニヤと笑うガルドに、首を傾げるユリウス。
はて、ガルドの交友関係はそんなに広かっただろうか。
「いやいや、セーラよりも男心が理解出来て、なおかつ男子のみならず女子からも人気絶大な人物がいるではないか」
「え、そんな人がいるんですかガルドさん!」
食いつくミラに、残る三人の女子は心当たりを思わず見つめる。
そうだ、そういえば、誰よりも適任がこの場に一人。
「ねぇ、それって“アリ”な訳?」
「過去にネタ枠として出場されている方もいるって話でしたし、出場要項にはその辺の資格の記載はないですけど…………カミラ様」
「――――俄然、燃えてきたわ」
「…………うん? 皆、誰の事を言っているんだ?」
未だ解らないユリウスを前に、カミラは親指をグッと立ててガルドへゴーサイン。
これぞ、何よりの最善手である。
「出場決定だな、ユリウス。――――いや、ユリシーヌ!」
「ええ、任されましたわ――――じゃッ、ないッ! 俺にまた女として――――して…………、うん、“アリ”だな」
「よっしゃああああああああああああああああああああああああ! ユリシーヌ様復活ううううううううううううううううううううううううううううっ!」
何をどう考えたのか、カミラは解らなかったが。
ミスコンに出る、つまり際どい衣装の妖しいユリウスが見れる。
そんな即物的な考えの前に、全ての思考が敗北する。
ハレルヤ、この世の春がまた来たのだ。
「どうどう、カミラ、アンタ口調が崩れてるわよ」
「ですよねぇ……、でなければユリシーヌ様に告白なんてしませんよねカミラ様…………」
嫌な予感をアメリが覚えた直後、カミラから指示が下る。
「準備を、準備をなさいアメリっ! ユリシーヌ相応しい衣装を選ぶわよっ!」
「お手伝いしますカミィお姉様っ!」
カミラの行動は定まった。
後は、アメリが苦労するだけだ。
「折角だから、模擬店を利用しましょう。――――そうね、ウチから手を回して、今からでも料理のグレードを、いえ、目玉となる物を新たに準備しておきなさい。ええ、それから模擬店の宣伝に使う衣装も――――」
「はぁ……やっぱりこうなりましたか…………」
「アンタ、苦労してんのね…………」
「すまない、カミラがいつも迷惑をかける…………、いや、今回は俺もか、本当にすまない」
「というか、間に合うのか!? 明日だぞ?」
盛り上がる同一人物姉妹と、アメリに集まる同情の視線。
やるべき事は山済みで、次々と膨れ上がっていく。
だが――――。
「ふふっ、ふふふふふっ。ええ、でもこれでこそカミラ様です。ええ、こんな事もあろうかと、ご要望の全ての案を、先回りして準備だけはしていますっ! カミラ様の右腕を――――なめるなぁっ!」
「流石、私のアメリっ! では早速行動開始よ皆っ! えい、えい、おーーーー!」
「くっ、本当に苦労したんだなアメリ…………」
「なんか、以前カミラに負けた事が、当然に見えてきたわ。勝てない、アメリが着いてたら勝てないわ…………」
「歴代の記憶も、余も、アメリの様な右腕が欲しかったなぁ…………」
すっかりカミラに順応してしまったアメリの姿に、一同は涙を禁じ得ない。
ともあれ、カミラ一派はその結束を固くし、明日の文化祭――――ミスコンへ望むのであった。