110話 閑話・カミラ達が居ない間、何二人でデートしてすとろべりって………ああ、ごめん。甘くないねこれ。
「じゃあディジーグリーの事は任せたわよ、フライ・ディア」
「うむ、頼んだぞ。他の魔族にも伝えておいて欲しい」
アメリとガルドは今、城下町の路地裏にて密かに魔族フライ・ディアと会っていた。
目的は、赤子となったディジーグリーを預ける事と。
そして、魔族への“救済”の事を伝える事である。
「こっちとしては構いませんがね陛下。あの現魔王様はご承知の事なんで? オレはもう、あのお方と敵対するなんて懲り懲りなんですがねぇ……」
元々、忠義に厚いフライ・ディアは、ディジーグリーの密かな“念話”のサポートもあり、素直に現状を受け入れていた。
即ち、ガルドが魔族の“救世主”となる事と、――――カミラの君臨。
その二つともである。
故に、カミラの逆鱗に触れる事はしたくない。
だが、ガルドの頼みは聞き届けたいという、板挟みの状態であった。
「大丈夫だ。ディジーグリーをそなた経由で魔族領に戻す事は、カミラも承知している」
「あの馬鹿が怖いのは解るけど、今回の事はあっちも了承済みだから、安心なさいな。図体デカい癖して心配性ねぇアンタ」
真面目な顔のガルドとケラケラ笑うセーラの姿に、フライ・ディアはぼりぼりと頭をかいた。
この様子だと、カミラの方の“伝言”の中身は、二人は知らないらしい。
面倒な事になった、と曖昧な笑みで遠い目。
「――――このフライ・ディア。陛下“達”のご命令、承りました。では、これ以上ここに止まるのは危険だもんで去らさせて貰います」
「うむ、良きに計らえ」
フライ・ディアは、後は野となれ山となれ、ディジーグリーを抱え退散する。
彼一人には、この流れは止められない。
話が大きすぎて、事の善し悪しすら判断が付かないのだ。
大通りに出て人混みに紛れるまで、彼らを見送ったセーラとガルドは、ほっとため息を付いたり伸びをしたり。
二人の用件は、まだあるのだ。
「――――それで、次は何処に行くんだったか? セーラ」
「次はアタシの家よ」
気軽な声のガルドとは裏腹に、セーラの口調は強ばっていた。
そう、ディジーグリーの受け渡しについては、セーラにとってあくまで“オマケ”でしかない。
本命は実家訪問、――――自身のルーツを探す事である。
「じゃあ行くわよ、――うん、ここからなら直ぐね」
「確か、パン屋だったか? ふむ、楽しみだな」
セーラの顔色に気付かず、暢気なガルドの様子に。
彼女は不機嫌さを隠さず歩き出しながら、問いかける。
「ねぇ、アンタ。“アタシ”の事、何処まで知ってたっけ?」
「いきなりなんだ? そなたは“聖女で”余の恩人で、笑顔の可愛い、優しい女性だ。…………他にあるのか?」
「――――なっ!? ア、アンタ今っ!? か、か、かわ…………うぅ、この馬鹿男! 唐変木!」
「ぬぅ? 何かまずい事を言ったのか? すまないセーラ」
そういう事は二人っきりの密室で、という言葉を飲み込んで。
セーラは立ち止まり、一気に真っ赤になった顔を両手で隠して数回深呼吸。
「そう、いう。事じゃなくて…………ねぇアンタ、カミラから聞いていないの? それとも本当に解らない?」
そもそも、あの女が間違っていたのかしら、と首を傾げるセーラに、ガルドもまた考え込む。
セーラという存在を、カミラは何をもって問題としたのだろう。
「“聖女”という存在は確かに驚異だ。――――いや、そうではない、か?」
ガルドは、ぼんやりと問題点に思い至った。
確かに“聖女”は魔族、魔王にとっての驚異。
カミラの性格なら、殺すなり、排除するなりしている筈だ。
「セーラそなたは何故、生きている? 何故、今この学院に居られるのだ? カミラならば――――」
その疑問に、セーラは皮肉気に返した。
「――――あの女ならば、殺している筈だって? まぁそうね、アタシがあのババアでもそうしてるわ」
「ならば何故…………?」
「そんなの簡単よ、カミラは優しいから。アタシを現実に引き戻し、“聖女”の力を“歪める”だけで済ませた」
「“聖女の力”を“歪める”? そんな事――――」
出来るはずが無い、ただし“カミラ”と“ガルド”ならば。
その事に気づき、ガルドは慌ててセーラの手を引き、近くの路地裏の奥へ。
そして、あたりに人が居ないのを確認して、“世界樹”へとアクセスする。
「ちょっと! いったい走り出して何なのよ!?」
「すまない、少し待っててくれ――――」
ガルドはセーラの文句を聞き流しながら、彼女の情報を閲覧する。
(――――『該当一件、個体名セーラ』)
しかし、その中身は虫食いと文字化けで読むことすら儘ならない。
(違う、これはカミラがかけたプロテクトか! 余にも見られたくないとは、いったい何が…………!?)
例えカミラが知られたくない情報であっても、セーラに何かあってからでは遅い。
ガルドは次に、セーラの額を自らの額に当てて、直接個体情報を読みとる。
(何だこれは…………、“聖女”の情報が壊れている? それに、魔族の情報で一部上書きされて――――、いや、これは真逆)
カミラがセーラにした行為に、大体の“あたり”を付けると、ガルドは顔を離した。
「えぇ、いや、そんな、確かに誰もいないけど、まだ早いというか、アタシの事――――」
「うむ? おーいセーラ? 熱でもあるのかそなた。顔がまた真っ赤だぞ?」
「――――はっ! くっ、このスケコマシっ!」
「はぐぁっ!?」
ガツンと一発、セーラの拳がガルドの腹部に。
然もあらん。
「ぬおお…………、う、うむ。そうか、いきなり顔を近づけて悪かった。すまない…………」
「こ、今度から一言いいなさい! 心の準備ってもんがあるんだから!」
言い訳せずに素直に謝るガルドに、行為そのものは拒否しない発言をしたセーラ。
その意味の理解を棚に上げて、ガルドの行動の意図をセーラは聞いた。
「…………そ、それで? 何か解った?」
「ああ、カミラがそなたに何をしたか。何が目的だったかが解った。――――おぼろげ、であるがな」
「そう、ならアタシの家に行く意味を解るわね」
「可能性は低い…………それでも行くのか?」
言っても無駄だなのでは、と暗に指し示すガルドに、セーラは長く赤い髪を棚引かせて背を向ける。
「…………確かめたいのよ、それでも」
「そうか、なら付き合おう」
ガルドの言葉に、セーラは少し悲しそうな顔で、声だけは元気に返す。
「ありがと。…………じゃあ、進みましょ」
セーラの様子に、流石にガルドも気付いたが、何も言わずその後に続いた。
今のガルドには、彼女をどうしていいか、彼女にどうしたいかが、解らなかった。
お互いに無言で、ただ歩く。
やがて数分後、セーラの足は焼け落ちた廃墟の跡で止まった。
「…………ここが、“そう”なのかセーラ?」
セーラはそれには答えず、静かな口調で要求する。
「ねぇガルド。アンタ、世界を管理する“世界樹”とやらで、色々知れるんでしょ? ここが、何だったのか。アタシと何の繋がりがあるのか。知ることは出来ない?」
「…………わかった。やってみよう。後悔はしないな?」
「…………さぁ、ね」
ガルドは物悲しげなセーラの態度に、ぐっと拳を握りしめながら“世界樹”に再びアクセス。
ものの数秒もかからず、その全てを暴く。
(ああ、そうか。だからカミラは…………だからセーラは…………)
伝えても良いのだろうか? セーラが知るべき事なのだろうか? そう逡巡するガルドに、セーラは青い透き通った瞳でまっすぐに促す。
「それは、アタシが知るべき事よ、だから遠慮なく話して」
「…………わかった」
そして、ガルドは伝えた。
この場所は赤の他人の家で、焼け落ちてから十年以上経っている事。
セーラの実家であるパン屋では無い事。
そもそも、セーラの実家など“無い”事。
その両親すら、存在しない事。
そして――――。
「最後に、…………いや、これは…………」
「話してガルド。予想はついてるから」
力なく笑うセーラに、ガルドは葛藤した。
ただ、悲しませる事しか出来ない自分に。
彼女のか細く頼りない肩を、抱きしめたくなる衝動に。
「余は、余は…………」
「馬鹿ね、アンタがそんな顔するんじゃないの。悲しいのはコッチなんだから…………」
ふわり、と。
立ちすくむガルドは、セーラに抱きしめられた。
その包容は慈愛に満ちていて、正に聖女といった所だった。
(いや、……“役割”だからではない。セーラが優しいんだ。だからきっと、“選ばれた”のだ)
ガルドはおずおずと、抱きしめ返すと。
最後の真実を告げる。
「――――セーラ。そなたは元々、“存在しない”人物だ」
「だろうと、思ったわ」
「あくまで推測でしか無いが、この“時代”に合わせて、“世界樹”が創り出した魔法的存在。…………多分、カミラも知っている」
「ああ、だから、あの女はアタシを消さなかったのね。同情や親愛があったかもしれないけど、何より――――シナリオが崩壊してしまうから」
「シナリオ? 何の事だ?」
ここで、聞き覚えの無い単語にガルドは戸惑った。
するとセーラは体を離し、真面目な顔で語る。
「『聖女の為に鐘は鳴る』かつて、そういうゲームが在ったのは知ってる?」
「文明崩壊前のゲームか? どんなものなのだ?」
「ゲームといっても高度な紙芝居みたいなモノよ。『セーラ』という赤毛の女の子が、貴族の学校に通い、王子様や貴族の男の子と出会い、世界を脅かす魔王を倒す、そんな恋物語。――――ここは、それとよく似てる」
「セーラになる前のアタシは、そのゲームが大好きだった。それこそ、全てを暗唱出来るほど、人生を捧げて、何十年ものめり込んだ」
「正直、カミラに邪魔され、アンタがこの世界の裏側を喋るまで、ゲームの世界に転生したと思ってた」
「…………どうして、違うと思ったのだ? そなたの目からしたら、ここはゲームの世界だったのだろう? カミラや余の言葉で――――」
セーラはガルドの言葉を、端的に遮った。
「――――カミラ、あの子がそう言ったからよ」
「カミラが?」
今一つ要領を得ない表情を浮かべるガルドに、アメリは言葉を重ねた。
「思い返してみれば、あの子の言葉には、真実が散りばめられていたわ」
「そしてそれを、アンタが補強してしまった」
「何より、何よりよ」
涙声、震える声でセーラは。
「アタシと同じように“前世の記憶”を持つ、それこそ、そんな記憶を持つ意味がないカミラがね、言ったのよ。ここは――――未来の世界だって。ゲームの世界に転生した訳じゃないって」
「ねぇ、理解できる? ゲームではカミラ・セレンディアは名前さえ出てこなかった脇役だった。どのルートを辿っても、死の運命しかなかった。名前だって、設定資料集の片隅に乗ってるだけ」
「カミラはどんな気持ちで、運命に、“シナリオ”に抗い、何度も何度も繰り返して」
「アタシは良いのよ。――――老いて、満足に死んでいった“記憶”が残ってる。今は確かに、死の後の続きだと思ってる…………だから、好き放題してたんだけどね」
セーラは少しの間だけ俯くと、きっ、と顔を上げてガルドの右手を両手で掴んだ。
「お願いガルド、何でもするわ。――――だから、アタシに魔法じゃない、肉の体を与えてちょうだい! クローンっぽいアンタなら、それが出来る筈よね」
「た、確かにそれは妙手ではあるが、どうしたのだ!?」
そうすれば、今の“世界樹”を騙し、生存を計っているギリギリの状態から、セーラは脱出出来る。
この後の生も確実だろうし、異論は無い。
だが、それがカミラと何の関係があるのか。
「あの子は、カミラはね。正しく“幸せ”にならなちゃならないわ!」
「ユリウスと恋人で、今も結婚の挨拶に行っているではないか、それの何処が“幸せではない”というのかっ!?」
未だ、きちんと人間を、男女の仲というモノを理解しないガルドを、セーラは鼻で笑う。
「はんっ! ちゃんちゃらおかしいわ! あの女は凄く強いけど、それは“力”だけよ。“心”はか弱いってもんじゃないわ! …………まぁ、何度もループしてるヤツが、まともな精神してる訳無いけど」
「か弱いなら、尚更ユリウスに任せておけばいいのでは?」
「最終的にはそうね、それが一番だわ。でも、よ? あの子はループの事すら、ユリウスに話していないでしょう。アンタが世界の裏側を話したとき、ユリウスが驚いていたでしょ、あの子、絶対何も話してないわ。断言できる」
言い切ったセーラは、ヒートアップしてギリギリと手に力を込めた。
その手に、手を包まれているガルドは強い痛みを覚えたが、言い出すまえにセーラは尚も言い募る。
「それに、今まで魔族を放置してたのも問題だわ。ちょっと考えれば、何らかの対策を立ててもいいのによ?」
「う、うむ。そうだな…………」
「ああいうタイプはね、誰かがケツをひっぱたいて、晒け出してあげないと、何時まで経っても胸にしまい込んで、ドロドロ落ちていくのよ! ――――薄い本で何度も読んだわ!」
「薄い本が何かわからぬが、つまりは、カミラを幸せにする、と?」
「そうよ! じゃなきゃ、おちおち恋もしてらんないじゃないっ!」
がおーっと吠えるセーラに、ガルドは感銘を覚えた。
強い女性だと。
そして、ズキリと胸が痛んだ。
こんなに思われてみたい、と。
だから、それ故に。
自覚しない思いが、胸の奥から飛び出る。
「では約束してくれ。いつか、余を見て――――? 見て? なんだ? 余は何を言おうと……?」
しかし、自覚しないが故に言葉にならない。
セーラはその必死そうな様子に、恋の予感を感じた。
だが、ガルドの精神はまだ幼く、優先すべきはカミラという面倒くさい哀れな女である。
「ええ、約束してあげる。その変わり、しっかり協力しなさいよ。――――さしあたって、カミラの過去と本音を引き出して、ユリウスに暴露する事かしら」
「おお! 感謝する! ……する? まあいい。大船に乗ったつもりでいるがよい! 幸いにして、そなたの体の事なら、そう遠くない内になんとかなるであろう。余の使った装置がまだ生きている筈だからな!」
数ヶ月先の修学旅行の行き先が、魔王城跡地の方面だった筈だ。
その時に抜け出して取りにいける筈だ。
ガルドはそう算段をつけながら、満足そうに頷き、セーラと堅い握手を交わした。
――――セーラの柔らかな手に、ドギマギしながら、であったが。
「待ってなさいカミラ・セレンディア! アンタをユリウスルートに攻略してあげる! えいえいおー!」
「えい、えい、おーー!」
王都の片隅で、二人の元気な声が響きわたった。
次回は多分、明日か明後日か来週中です。