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109話 ユリウス・ストライクバック! 或いは覚悟の覚醒



 つつがなく準備は終わり、カミラの実家の庭に等しいエインズワース家の庭に“婚約記念”立食パーティが。

 もっとも、主役であるカミラ達とエインズワース親子の他は、屋敷の従僕だけという極めて内向き故に、和気藹々とした空気。

 結婚衣装に着替えたカミラとユリウスは、二人仲良く腕を組み、屋敷の玄関から出てきた所だ。



(はふう。去年まではカミラ様が花嫁なんて想像もしてませんでしたが、なんだか感慨深いですねぇ)



 式を執り行う司祭役として、急造ヴァージンロードの先に立つアメリ。

 彼女は、諸々の事に目を反らしながら感嘆の息をもらした。

 然もあらん。

 当のカミラとユリウスは笑顔であるが、内心では火花が散っている。



「――――ところで、俺の魔女。そろそろ何が目的か話していいんじゃないか?」



「ふふっ、私の王子様。目的だなんて、義両親とアイリーン、そして“ユリシーヌ”を見守っていた屋敷の方々に報告を兼ねた感謝を。ただそれだけですわ」



 天気は晴天で、二人を祝福しているというのに。

 当の二人の笑顔の裏は、嵐にも似た何かだ。

 ユリウスは戦々恐々半分、カミラは愉悦混じりの狂おしい愛の。

 面倒くさい恋人達である。



「残念ながら、お前のその言葉は“半分”信じられないな」



「あら酷い。私の硝子細工の心が傷ついてしまうわ」



「…………硝子細工だと解っているなら、大人しくすればいいんじゃないのか?」



「貴男が好きな私が大人しく? 無理な言葉ですわね」



 顔はにこやかに、しかして深いため息をカミラ以外に悟らせずユリウスは述べた。

 一見ただの“嫌み”に聞こえるが、正しくそれは本心だった。

 魔法的な主従契約、そして恋人、婚約者となったがそれで“安心”も“慢心”もするユリウスではない。

 視線はそれまで以上にカミラへ、心と体は側に。



「悲しいな愛おしい人よ、俺の気持ちが解らないとは」



「貴男が私を好きで愛してくれて、――――心配してくれているのは解るわ」



 あくまで身内だけの催し、正式な作法とかは放りなげて、カミラとユリウスはヴァージンロードまでたどり着き、そのまま進む。

 周囲から、嬉し涙や囃し立てる声が聞こえる中、仲睦まじく二人はゆっくりと。

 ――――それはそれとして、何やら苦悩している男共が多いのは何故なのだろうか?

 然もあらん。



「理解しているんだったら――――」



「愛は理屈じゃないもの」



 絡む逞しい腕に、暖かな温もりに安心感を覚えながら、カミラは周囲に向けて柔らかな表情で微笑んだ。

 そう、特にカミラの“愛”は理屈ではない。

 自分でも解っているのだ。

 カミラにとってユリウスは“生きる目的”そのものであり、深く、重い。



 一方、ユリウスはその一言に頭を抱えたくなった。

 何が原因か解らないが、付き合う前の厄介な感じに戻っている。

 そこに惹かれてしまった故に、歓迎と嬉しさを感じると共に、カミラという人間の心の闇、――――“愛の闇”が晴れていないのが手に取るように理解してしまう。



「ま、いいさ。お前の気の済むまで付き合ってやる」



「それって――――」



 あっさりと覚悟を決めたユリウスに、カミラが疑問の声を出そうとするが、アメリの前に来てしまった。




「えー、オホン。――――皆さん静粛にっ!」




 アメリの言葉に、全員が静まりかえる。

 何も知らない使用人達は、愛の言葉とかキスシーンを堪能する為に。

 カミラの企みを知るエインズワース家の面々は、アイリーンを除いて苦笑と喜びの顔。



「では、誓いのキスの前にお二人から一言あるそうです。どうぞご静聴を――――」



 アメリとのアイコンタクトに、振り返って先ずはユリウスから。




「今まで俺を育ててくれた父さん母さん、そして以前と変わらず接してくれるアイリーン。この場にはいないがエドガー兄さん。――――皆、ありがとう」




「そして、小さな頃から見守ってくれた屋敷の人達。貴方達にも、万の感謝を。――――ありがとう」




 シンプルでありきたりな言葉。

 だがそれ故に全員の胸に染み入った、特に赤子の時代からの使用人は、涙を浮かべている。

 ユリウスは次に、カミラに顔を向けた。




「そしてカミラ、お前には感謝したりない。魔族の呪いにかけられ“女”にされていた。そんな歪な俺を愛し、“男”としての人生を取り戻してくれたお前に、感謝を。――――――愛している」




「ユリウス…………」



 そしてカミラも、その言葉に嬉し涙を浮かべた。

 嬉しさと同時に、ぶち壊したい、もっと愛したい気持ちが溢れ出る。

 ――――そう、カミラはユリウスの“全て”を愛しているのだ。



(嗚呼、嗚呼、嗚呼、嗚呼、嗚呼、嗚呼、嗚呼……………………)



 何故。



 何故、嬉しいのに満足出来ないのだろう。



 何故、こんなにも足下が覚束無いのだろう。



 幸福に侵されているのもあるだろう。

 でも、それだけではない。



 本番はまだ先にしても、確かにこれは女として絶頂だろう。

 だが、カミラの心の大半を占めるのは。

 ――――暗き、炎。



 ユリウスという存在の全てを欲し、独占しようとする、制御できない獣。



 愛も痛みも怒りも哀しみも憎しみも。

 全部全部全部全部――――――――。



 鳴り止まぬ祝福の嵐の中、カミラは胸を張って宣言する。




「今ここに居る全員に誓いましょう。例え世界の全てか敵に回っても、ユリウスを守り、愛する事を――――!」




「よくぞ言った、義娘よ!」



「流石、義姉様!」



「本当に良かった……、良かったわ……ユリウスちゃんが幸せに…………」



 家族からは祝福の言葉。

 他の者からは盛大な歓声と共に、所々で我らがユリシーヌ様が、という声がちらほらと。

 それをうっかり聞いてしまったアメリは、どうにでもなぁれ、と皆に叫ぶ。



「では、誓いのキスをお願いしますっ!」



「キース!」「キース!」「キース!」



 酒を飲んでもいないのに、酔ったようにシュプレヒコールを叫ぶ一同。

 無論の事、エインズワース家の面々も参加している。



 カミラとユリウスは、二人見つめ合い笑いあうと、そっと唇を合わせた。

 以前なら恥ずかしさから逃げ出していたが、今のカミラならば、キスまでは問題ない。

 …………健全な若い男女の間柄としては、特にユリウスにとって清らかすぎるきらいはあるが。



 ともあれ、ゆっくり十秒数えて名残惜しそうに顔を離す二人に、盛大な拍手が送られた。

 この後はもう、楽しく話でもしながら食事――――とユリウスは考えていた。

 だが。





「――――では! これよりサプライズのお色直しをするわっ! 特にユリシーヌに憧れていた人は刮目しなさいっ!」





「カミラお前真逆――――ッ!?」



 ユリウスがカミラの企みに気付くも、時は既に遅し。

 前もって準備していた“アイリーン”が、カミラ直伝の魔法を発動する。



「お兄さま、いえお姉さま受け取って――――!」



「くッ!? お前もグルかッ!?」



 カミラにがっちり腕を掴まれ、ユリウスは阻止出来ない。

 瞬間、足下に魔法陣が出現し、そこからの光に二人の姿が見えなくなる。

 二人以外の全員が眩しさから目をつむり、数秒後その目に見たものは。



「お、お、お、お、お姉様、大変お似合いですううううううううううううううッ!」



「そうよっ! これ“も”あってこそユリウスよ!」



「ちッくしょうッ! 父さん母さんも、何笑ってみているんですかああああああああああ!」



 ――――そう。

 ユリウスは、否。

 ユリシーヌは花嫁姿に変身していた。



 それも只の花嫁衣装ではない。

 スカート部分は何故か股下ギリギリまで短く、そのわりに後ろは普通の長さ。

 デコルテと背中はぱっくり開かれ、胸が無いのに、男であるのに妙な色気を出している。



「ふぁぁぁ…………さすが義姉様…………。お姉さまのメイクもばっちり、男だというのに赤い紅を引いて、髪も長くして…………」



「これが、神々が創りたもうた“至高の美”というヤツよ。――――後で衣装はあげるから、存分に活用しなさい」



「はい義姉様! 一生ついていきますッ!」



「うおおおおおおお! 俺たちのユリシーヌ様が帰ってきたああああああああああああああ!」



「す、凄い……、ユリウス様、ユリシーヌ様の時と同じように妖艶な色気が、いや女装になった事で更に背徳感が増して…………、ユリウス様の魅力がこれ以上ないくらい引き出されている!? カミラ様はただ者じゃないね、ユリウス様はいいお人を捕まえになさっった」



「お前達…………」



 使用人の、物分かりが良いどころか全肯定している様子に、ユリウスは両親に助けを求めるべく視線を向ける。

 だがしかし、だけれども。



「ううっ、真逆、ユリシーヌちゃんの花嫁姿が見えるなんて…………、確かに衣装は趣味に走っているけれど、カミラさんの愛が感じられてとても良いわっ!」



「か、母さん…………ああ、うん。そ、そうですね…………」



 感無量といった母親の雰囲気に、ユリウスは最後の望みと父へ。



「うむ、うむ。成長したなユリウス…………こんなに妖艶だとは、今からでも元の道を目指さないか? きっと大活躍できるぞ?」



「貴男もですか父さんッ!? それ、以前の道すら外れてますよね多分ッ!?」



 味方は、味方は何処だと視線を巡らすも。

 アメリは諦める様に目で言い、ならばリディはと見るとそこには。



「…………お前も大変だな。ああ、うん。似合ってるよ、一応」



「ええ、ユリウス様こそ、良くお似合いです。…………強く、強く生きましょうね」



 そう、実は花嫁女装になったのはユリウスだけは無い。

 こちらは普通の花嫁姿だとはいえ、リディもまた、アイリーンによって変身させられていたのだ。



(喜んでいるのは良いが…………良いのか?)



 ユリウスは考える、一矢、一矢報いるべきだと。

 それは怒り、追い回すのでは駄目だ。

 もっと、もっとカミラにとって効果的な方法。



(冷静になれ、カミラはどういう時に慌てふためいていた?)



 思い出すのは告白の時の騒動。

 そして、性転換騒動の後の、エドガーが乱入する前の事。

 つまりは――――。



 ユリウスはリディと視線を合わすと、共にコクンと頷く。

 やはり、これしか無いだろう。



「ご存分にユリウス様。あの手の人種は、案外脆いものですので」



「お前も健闘を祈る。――お互い、面倒な女の趣味をしている」



 カミラとアイリーンでは“愛”のタイプが違うが、厄介な事には違いない。

 女装男同士、堅い友情を結んだ二人はそれぞれの愛しい女へ向かった。



 使用人達に囲まれ、少し離れた所に移動していたカミラは、大胆不敵な笑みで接近するユリウスの姿に違和感を覚える。



(――――あら? 着替えに逃げるとか、怒って拳骨しにくるとか、そういうのを予想していたのだけれど)



 何があったのだろうか、と考える前に使用人達が道を開け、あれよあれよとユリウスがカミラの前に立つ。



「どうしたのユリ――――んんっ!?」



 何かを言い掛ける前に、ユリウスはカミラの顎をクイっと上げ、唇を落とす。



「ひゅう! あ熱いですねユリウス様! カミラ様!」



「むが! もがもがもがっ!」



 年老いた老メイドが茶化すも、カミラは気にする余裕がない。

 だって――――。



(し、舌が入ってるううううううううううう!?)



 突然の奇襲に、カミラは為すが儘だ。

 歯茎や舌を舐められ、唾を啜られ流し込まれ。

 あまりにも情熱的なキスに、頭脳はオーバーヒート直前である。



「お、おーう……こりゃぁベタボレだねぇ」



「ああ、ユリシーヌ様もご成長なさった…………!」



 数分間続き、淫靡に涎の糸を紡ぎながら顔を離すという光景に、周囲は砂糖を口から吐き出す空気だ。

 一方カミラは、酸欠でクラクラ、羞恥と快楽で腰砕け寸前で、力なくユリウスを睨む。



「と、突然なによユリウス…………」



「決めたよカミラ。これからはもう、お前に遠慮なんてしない。でないと暴走するばっかりだからな」



 続いて、ユリウスはまたもカミラに顔を近づける。

 すわまたキスか、とひゃうと可愛らしい声を上げるも、その唇は耳へ行き、ねっとりと熱い囁き声。





「――――覚悟しておけ、俺の“愛”で溺れさせてやる」




 そして。

 エロいウエディングドレス姿で、それでいて乱暴に己の唇を拭い男の性を魅せるユリウスに、カミラは卒倒した。

 それが追い打ちだった。



 あまりにも自分の恋人が、妖艶で、男らしくて、でも女より女らしい姿で、その魅力に、予想以上の“愛の言葉”に、とうとう脳が焼き切れたからだ。



 その後、スキンシップ過多な上、キス魔に変貌したユリウスの所為でカミラの記憶は飛び飛び。

 漸く、平常心に戻ったのは帰りの馬車だったという。

 然もあらん。



次回も明後日を目安に。

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