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108話 強く生きるのだユリウス



 久々に実家で迎える朝は、ユリウスの心情として何とも言えないものだった。

 然もあらん。

 傍らに厄ネタもとい、恋人で婚約者のカミラがいないからだ。



(アイツは結構嫉妬深い。だから、アイリーンの件もあるし、色々覚悟していたんだが…………)



 しかし、結果として一人寝。

 急遽、アイリーンの部屋で寝る事になったと、アメリから伝言があっただけだ。

 それどころか夕食以来、会話すらしていない。



(不安だ…………、アイリーンは無事だろうか)



 とはいえ、カミラは優しい。

 妹となる人物にそう無体な事はしない、ととまで考えて、寝間着から着替える手がピタリと止まる。

 だって、カミラなのだ。

 しかして、カミラなのだ。

 何をしでかすか解らない、半分天然な面倒くさい女なのだ。

 ――――そんなのを恋人に選んだのは、ユリウス自身だったが。



(ま、まぁ。幾らカミラでも…………何だ、この拭いきれない不安は



 うっかり、安心するべき点が何一つ無いことに気づいたが、もはや手遅れだろうと戦々恐々と着替えを再会する。

 事実、アイリーンが泣き出すハプニングをカミラはやらかしていたが、ユリウスには知る由が無い。



「早く身支度を整えて、食堂に急ごう」



 誰に言うでもなく呟いたユリウスは、着替える手を早めた。



 それから数分後。

 食堂に入ったユリウスが見たものは、少し異様な光景だった。



「おはよう――――?」



「ユリウス様、おはようございます」



「おはようユリウス、よく眠れたか?」



「うふふっ、おはようユリウス。一人寝は寂しかったかしら?」



「寂しいと言うほど、アイツと一緒に寝てませんよ母さん。――――ところで“アレ”は?」



 朝食を前に家族が思い思いに過ごす中、ユリウスが指さした先には、カミラとアイリーンの姿。

 昨日とは違うのは、カミラの膝の上にアイリーンが座っている事だ。



「ええっとその、強く生きてくださいユリウス様。わたしは止められませんでした…………」



「いきなりそんな不吉な事を言わないでくれアメリ!」



「うむ、強く生きろよユリウス」



「きっと、“血”以上に“家”なのね…………強く、強く生きるのよユリウス」



「父さん母さんまでッ!? いったい何を言っているんだッ!?」



 何なのだろうか、この、同情と押し殺した愉楽に満ちた三人の顔は。

 ユリウスはこちらに気づかないカミラとアイリーンの隣に座り、挨拶をする。



「おはよう二人共」



「おはようユリウス」「おはようございますお兄さま」



 本当の姉妹の様に声を揃える二人に、ユリウスは質問する。

 禄でもなさそうなので聞きたくないが、聞かないと始まらない。



「昨日とは違って随分と仲良くなったな。何かあったのか?」



「ふふっ、秘密ですわ。ね、アイリーン」



「はい義姉さま! それは秘密なんですお兄さま」



 ねー、とハモりながら、キャッキャウフフする二人を前に、ユリウスは立ち入れない。

 本当に、何があったのだろうか。

 ともあれ、ギスギスしているよりマシだと結論づけて、朝食を運ばれてくるのを待つ。



(カミラがこんなに仲良くしていると、嬉しいが少し、寂しいな…………)



 こんな事を考えるなんて、俺もコイツに毒されて来たか、とリディの運んできた珈琲を啜っていると、ある事に気付く。



「そういえば、昨日は挨拶していなかったなリディ。久しぶりだな」



「はいお久しぶりでございますユリシーヌさ――いえ、ユリウス様。魔族の呪いが解かれ、元の姿に戻れてよかったです」



「ん? ははッ、まあな」



 うっかり忘れがちになるが、そういう設定だ。

 ともあれ、今はそこに言及する所ではない。

 カミラとの付き合いの経験上、このリディの変化こそが、この後の布石の一部に違いない――――筈である。



「ところで、今日はどうした? お前が男の格好をしているなんて、珍しいじゃないか」



「ああ、これですね。――――僭越ながら、ご一緒に強く生きていきましょう」



「はァ? あ、おいちょっとッ!?」



 またも意味深な言葉を返されて、ユリウスは困惑する。



「くッ! いったい何が起こっている!?」



 アウェーだ。

 実家にいると言うのに、ユリウス自身は何もしていないというのに、限りなくアウェーである。



(いや、待つんだ。リディの表情は同情と――戦友に向けるそれだ。そしてアイツと俺の共通点)



 即ち――――女装。

 今日は何故か、リディは執事の格好をしているが、共通点はそこである。



(待て待て待て待て待てッ! アイリーンの我が儘で一年中女装しているヤツが今日に限って男の格好をしている!?)



 不味い、不味い、不味い。

 何が不味いか今一つぼやけているが、これは非常に不味い事態だ。

 聖剣を受け継ぎし勇者候補として、カミラの伴侶としての第六感が告げている。

 ――――逃げよう。



「ふむ。部屋に忘れ物をしてしまった。取りに戻るから、先に食べていてくれ」



 ユリウスは即決すると、困った様な演技をしながら立ち上が――――れなかった。



「何を忘れたかは知りませんが、今、特段に困ることでも無いでしょうユリウス。一緒に朝食を取りましょう?」



「少し不作法ですわお兄さま。義姉さまの言うとおりですよ」



「ぐ……」



 ユリウスは助けを求める様に、両親へ視線を向けるが。

 帰ってくるのは、母親の諦めなさい、という顔と、ガンバ、と親指を立てる父親の姿。

 はて、父親はこんなにファンキーな人であったであろうか。



(畜生ッ! 絶対何かあるのは確定じゃないかッ!?)



 ここで強引に逃げれば、事態が悪化するだけだと判断したユリウスは、勘違いだったと短く告げ、浮いた腰を降ろす。



「――――カミラ。お前、皆を巻き込んでまで、何を企んでいる」



 その鋭い声の問いに、カミラはあっさりと答えた。



「何って、今日の午後には帰る予定でしょう? だから、その前に思い出作りとして、このお屋敷の皆の前で結婚式の予行練習をしようって話しになったのよ」



「予行演習?」



「ええ、お兄さまはお婿に行くので、結婚式はセレンディアの方でしょう。だから、お屋敷の全員は見に行けないから、その前に……っていう義姉さまの提案ですわッ!」



「…………成る程、わかった」



 今一つ腑に落ちないが、理屈は通る。

 ユリウスは拭いきれない不安に、居心地の悪さを感じながら渋々納得した。



 そして朝食後――――不安は的中する事になるのだった。



次回も多分、明後日です。

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