107話 デデーン。カミラ様、アウトーー!
エインズワース家は、とことんアットホームな家風らしい。
案内された浴室に、カミラは酷く既視感を覚えた。
(そういえば、前世そっくりのバスルームも売り出したわね…………買ったのねエインズワース家)
格式を慮る貴族としては、良くも悪くも気安いが。
そもそも、日本人が作ったふわっと恋愛乙女ゲーの世界観である、然もあらん。
カミラはそれ以上深く考えずに、浴室の戸をノックして、返事を待たずに中に入る。
勿論、中にアイリーンが居るのは、扉の磨り硝子越しに確認済みである。
「――――お邪魔するわよアイリーン」
中はカミラが想像した通り、貴族にしては質素なものだった。
ギリギリ二人入れそうな浴槽と、それより少し大きめの洗い場、床は勿論タイルだ。
縦に長方形の鏡の横にはシャワーが、下は棚でシャンプー等。
そして、その前には裸のアイリーンの後ろ姿。
「へうあっ!? ちょ、順番は連絡行ってるでしょう!? 何は入って来てるのよ!?」
頭を洗い始めていたアイリーンは、慌てて手で体を隠しながら振り向く。
シャンプーハット装備なのが、歳に対し幼い感じだが微笑ましい。
「まぁまぁ、そう言わずに。折角家族になるのだし、裸のお付き合いといきましょう」
カミラは自慢の肢体をさりげなく誇示しながら、そのままアイリーンの後ろに座る。
浴室には一人分の椅子しかなかったが、伊達に魔女という敬称を持ってはいない。
カミラは指先の振り一つで、寄宿舎から椅子を転送していた。
「アンタ、また無詠唱でそんな高度な魔法を…………」
「ユリウスのお嫁さんになるんですもの、これくらい出来て当然ですわ」
「くっ……! いばるな! これ見よがしにその駄肉を揺らさないで!」
「あら失礼、でもこれぐらいがユリウスの好みなのよ。知ってた? ア・イ・リ・ー・ン」
「ひゃうんっ! 耳元でささやかないで、というかそんな生々しい情報聞きたくなかったわっ!」
後ろから抱きつかれたアイリーンは、自分では到達出来ないかもしれない美と肉感に、ぐぬぬと顔を歪めると同時に。
蠱惑的な声と、背に当たる肌の質感に戦慄した。
勿論の事、カミラはその心情を手に取るより容易く察しながら、スポンジへ手を伸ばす。
「髪は洗っている様ね、なら体を洗ってあげますわ」
「自分ででき――――」
「――――ふふっ、そう言わずに」
カミラは有無を言わさず、アイリーンの体を洗い始めた。
「強引ねアナタ。それでお姉さま――じゃなかった。お兄さまも落としたの?」
「ええ、恋は。愛は先制攻撃して、その後は蹂躙するのが秘訣というモノですから」
「絶対違うわよねそれっ!? というかまともに洗って――ひゃぁっ! む、胸はなんで手であらうのよ!? アンタそっちの気があるっていうの!?」
ここに来て漸く、アイリーンはカミラが自身の想像以上に厄介な人物だという事に気づいた。
しかし、時は既に遅し。
ボディソープでヌルヌルになったカミラの手は、アイリーンの年相応に小さな胸を洗う――“フリ”をして揉みしだく。
「大丈夫よ。お姉さんが後学の為に快楽を教えてあげますわ。知識はあるから安心しなさい」
「安心できないし、お願いだからそっちの気は否定して!?」
ヌルヌルヌメヌメ、アイリーンは魔力で力を底上げし必死に抵抗するが、如何せん体格の差、魔力の大きさの前にが無駄な抵抗だ。
そうこうしてる内に、椅子からツルと転げ落ち、アイリーンは床に仰向けに倒れ、カミラはこれ幸いと覆い被さった。
「ね、ねぇ冗談よね? ほんきじゃないわよね?」
「ここらで、本当の姉妹になるのも良いと思うのよ私は。大丈夫、きっと夜が明ける頃にはお姉さまと、体と心が呼びたくなってるから」
カミラは宛然と微笑むと、淫蕩な手つきでアイリーンの頬を撫でる。
自らの長い銀髪が頬や首筋に張り付き、ついでの様に泡まみれ。
どっからどう見ても犯罪臭で、俗な言葉で言えば、レズレイプの現場他ならない。
アイリーンは、領内の貴族学校に通う中等部の生徒だ。
そこそこ温室育ちとはいえ、ある程度の常識はある。
故に、自らがこの後に経験するであろう淫獄を容易に想像してしまい、恐怖した。
「ふえっ……、ふえぇぇぇ…………ひっく、ひっく。ご、ごめんなさい。謝るから、もうお兄さまに近づかないから、ゆるして…………」
アイリーンはぽろぽろと大粒の涙を流して、力なく顔を背ける。
その光景に、カミラはピタリと手が止まった。
(……………………しまった。やりすぎたわ)
カミラとしては、あくまで脅し混じりの、ちょっと過激なスキンシップ。
本気で抵抗し、拳の一発でも貰ったらそれで止める筈だったのだ。
(あー、ああ。さっきの抵抗は、アレ本気の抵抗だったのね。――――どうしましょう?)
端的に言って、失敗した。
カミラは冷や汗をたらりと一筋、どうやって元の路線に戻せばいいのだろうか。
(いくら“支配”すると言っても、それは恐怖や暴力では駄目。だからどうにかして――――)
焦るカミラは、意味もなくアイリーンの頬に伝う涙を拭う。
その行為が引き金だったのであろうか、それともmひきつった笑顔が怖かったのであろうか。
アイリーンはポツリと呟く。
「――――ごめんなさい、リディ」
その言葉に、カミラは希望を見いだした。
灰色の頭脳が猛回転し、周囲のタキオンまで取り込んで思考の時間を作る。
(こ、これで取り敢えず、この子とリディが両思いだって事は確定したわね)
だがしかし、無論勿論の事、問題はそこではない。
(ええと、この場合。後始末はどうすればいいかしら? 仕向けたのはリディに押しつけるとして――――)
少なくとも、どう考えても精神時間何千才のする事ではない。
まったくもって、駄目な大人の行為だ。
(唸れ私の記憶! 伊達に経験を積んではいないわ! ええと、ええと、ええと――――そう! 飴と鞭! これで行きましょうっ!)
カミラは手早く、そしてガバガバに算段を付けると。
加速した主観時間から復帰する。
なんとこの間、現実時間ではコンマ一秒にも満たない。
具体的には涅槃寂静秒、人類が計測できるかもしれない最小単位。
――――能力の無駄遣い、ここに極まれり。
「ふふっ、ごめんなさいね、少し、脅かしすぎてしまったわ」
「――――え…………」
アイリーンの主観時間にして、次の瞬間。
体を起こされ、柔らかで優しい包容に戸惑いと安堵と、そして安心がその心身に襲いかかる。
「安心して、さっきのは冗談よ。リディに貴女の気持ちを確かめて欲しい、と頼まれたのだけれど。少しやり方が乱暴だったわね」
「リディが……頼み……?」
呆然と呟くアイリーンを手早く椅子に座らせ、カミラは髪や体を洗い流し始めた。
「貴女とユリウスの距離が近いとは思ったけれど、それで嫉妬して、襲う程、浅ましい女じゃないわ」
見事なまでのブーメランである。
「あれは……嘘? そんな、え、凄く――――」
未だ事態が把握できないアイリーンに、カミラは言葉で思考を制限する。
「恋人を不安にさせては駄目よアイリーン」
「なぁっ!? ち、ちがっ! アイツなんて、こ、恋人じゃあ――――」
「あら、嫌いなの?」
「…………嫌い、じゃないけど」
そんな、アイツも、これってまさか、などと呟くアイリーンの様子に、カミラはほくそ笑む。
だが、まだ気が抜けない。
最後の一押しをするために、カミラはアイリーンを誘導して湯船につかる。
カミラが後ろで、アイリーンを抱っこするような形である。
「アイリーン、貴女がユリウスが好きなのは解るけど、それを出汁にしてリディの嫉妬を煽るモノではないわ」
「わたしは、そんなつもり…………」
「意識してなくてもね、そうしてしまう時もあるわ。だって貴女は私と同じ、恋する女の子ですもの」
カミラの体温と囁かれる言葉に、アイリーンの幼い精神は、自らの行為を、そうだったのだと書き換える。
この場面だけ抜け出すといい感じの光景だが、真実は真逆、吐き気を催す邪悪な光景である。
――――子供一人騙くら様な“悪”が出来なければ、カミラはこの“場”に辿り着いていない、という世知辛い事実もあるのだが。
「明日からでいいわ、もっとリディに素直になったらどう?」
私のように拗らせる前には、とく言葉は辛うじて飲み込まれた。
カミラの真実を知るのは、ユリウスとアメリだけでいい。
ともあれ、嘘のコツは一欠片の真実を入れる事。
リディへの想いと、たった一つ、カミラからの心からの言葉に、アイリーンはカミラを“家族”だと認めてしまった。
「…………ありがとう、義姉様」
「礼を言われる事じゃないわ」
正しくマッチポンプ、だが知らぬは仏である。
カミラはこれ幸いと、アイリーンの機嫌を取るために、性癖の話題をだした。
「ところで話は変わるけど。アイリーン、貴女、女装趣味があるようね」
「なんでそれ…………って、リディから聞いているのねどうせ、ええそうよ。責めるの? 止めさせる?」
以前、誰かから注意された経験があるのか、口を尖らせるアイリーンに、カミラは笑いかけた。
「愚問よ、我が妹。私はユリシーヌの真実に気づき、男に戻した我が儘な女――――趣味の一つとして、存在してるわ!」
「――――義姉様!」
振り向き、花が咲くような笑みを浮かべるアイリーンに、カミラは複雑な思いを感じながら続ける。
「今までで一番、尊敬の念に溢れて…………まぁいいわ。こほん。アイリーン、貴女に先達をして、良い提案があるの」
正直カミラとしては、お遊びで作った“モノ”だ。
結婚後にでも、楽しもうかと思って作らせた至高の一品。
だが、それを“切り札”として切るのも悪くはない。
「提案? 何かステキなことをなさるのね義姉様っ!」
「ええ、貴女と私の趣味を大いに満たし、そしてリディとの“プレイ”も捗る――――」
カミラとアイリーンは、本当の姉妹が仲良くのが悪戯するような表情をしながら、“それ”について話し合った。
次回も明後日です。