103話 この展開、前にもやりませんでしたかカミラ様?
ユリウスがドタンと立ち上がり、イヴリンは言葉が飲み込めずに呆然と。
アイリーンは、目を丸くしたあと意地悪く笑い。
そしてカミラは悠然と微笑んで、一言。
「――――アメリ、例のモノを」
「ほう、読んでいたか魔女よ」
「女の勘、というものですわ」
カミラは何とも言えない顔のアメリから、差し出された巾着を受け取る。
その巾着は、カミラの宝物箱へと通じる唯一の出入り口だ。
これさえあれば、――――負ける筈が無い。
不敵な笑みを漏らすカミラに、ユリウスがその肩を揺さぶる。
「お、おいッ! お前も何を考えているッ! 何をやらかすつもりだ!?」
「そ、そうよ! ほらアナタも発言を撤回してくださいっ! 何を争う事があるのですかっ!?」
アーネストもまた、イヴリンに肩を揺らされているが、その瞳はまっすぐカミラを見据えている。
「ふむ…………“尊い”とは思わないかね義娘よ」
「ええ、思いますわ義父様…………」
実は、一目見た時からそんな気がしていた。
彼もまた――――“愛”する者だと。
それ故に、今の光景は尊い。
(なるほど、ユリウスは母親似なのね。家族の繋がりは“血”よりも濃い)
また、新しいユリウスの一面が見れた。
その事実にカミラの心は震えた、ついでに涎も少し、刹那の早さでぬぐい取る。
(嗚呼、嗚呼。ユリウスのこの顔だけでご飯は三杯――――じゃなかった。私は生きていけるっ!)
カミラは巾着を手に取り、その時に構える。
対するアーネストも、虚空から何かを取り出す準備を見せた。
「見せて貰おうか。ユリウスへの“愛”とやらを」
「ふふっ、私を誰だと思って?」
両者の火花は激しく散り、焦る周囲の中、うろん気な目をするアメリ。
彼女だけは、カミラの巾着の中身を知っている。
故に、この後の展開が見えるのだ。
(礼を言うわシーダ――――、いえ。私達)
これは、正しく“見極め”だった。
カミラと言う人物を計る、アーネストの“試し”。
(ふふっ、意地が悪いわね義お父様。脳内当てゲームなんて)
そう、この“試し”に正しい答えなど存在しない。
また、“最適解”を導き出すヒントなどない。
だが、――――ここに例外が存在する。
(あの夜、シーダ704は映像メッセージの他に、私にしか解らないように幾つかの情報を伝えたわ)
これからの事、未来の可能性。
その中に、今回の事も記されていた。
(失敗したシーダ678、一部成功したシーダ703、その他いろんな私“達”が様々な方法を取った)
物理的な近接戦闘で勝利したカミラが居た。
魔法で蹂躙したカミラがいた。
権力で屈させ、脅迫で脅し。
その先に良好な関係に至ったのも、事故によりアーネストを殺してしまったカミラも居た。
(そんな私達が至った答え、それは――――)
緊迫した空気の中、自然体のままで微笑むカミラに、アーネストが催促する。
「さて、どうしたのかね? 真逆、臆したとでも?」
「ご冗談を。ええ、私達に言葉はいらない。そうでしょう義お父様――――」
カミラは金色の眼を爛々と輝かせ、目的の“モノ”を掴み取った。
今はそう、“愛”を示せばいい。
ユリウスへの“愛”を――――。
「これが――――私の答えよっ!」
「ぬおおおおおッ!? そ、それは、それは何という――――!?」
アーネストが思わず前のめりになる、他の者は目を丸くし、アメリはコイツ本当にやりやがった的な顔で、痛ましげに顔を伏せた。
「…………カミラ? なあカミラ? その手にあるのは…………何、だ?」
「あら、物忘れが激しくなる歳じゃないわよユリウス。これは――――パンツよ! トランクスでもいいわっ!」
それは男モノのパンツ、――――トランクスであった。
青色のトランクス、使用済みなのか、皺が寄っているトランクス。
どこか見覚えのあるそれに、ユリウスは小首を傾げ、ん? となる。
嫌な予感しかしない。
「くっそおおおおおお! そう来たか義娘よ! 私も負けんぞおおおおお! 私はこれだああああああああああああああああ!」
「――――そう来たのね、義父様」
一方、アーネストが掲げたのも――――やはり下着。
それも女モノの、黒くてスケスケで、やけに過激なランジェリーだ。
そして、それを見たイヴリンは何かに気づいた様にはっと、頬を紅潮させプルプル震える。
「――――これは中々、やりますわね義お父様」
「いやなんの我が義娘こそ」
互いに手の中の“物品”にかける情熱は同じ、価値もまた――――同じ。
つまりは、引き分け。
その事を視線で通じ合い、二人は新たな“品”を――――。
「何をしているんですかアナタああああああ!? カミラさんまでっ!? わっ、わたっ、私の下着! 無くしたと思っていたのに!?」
「父さんもカミラもッ!? いったい何がしたいんだよッ!? というかそれ、一昨日穿いていたヤツじゃないかッ!」
母息子は仲良く伴侶に飛びかかり、下着を奪還しよようとするが、そうは問屋が卸さない。
カミラとアーネストは許さない。
だってこれは、――――“愛”溢れる宝物なのだから。
「ちぃッ! 糞ッ! ちょこまかと逃げるな馬鹿女!」
「いつもいつも言っているでしょうアナタっ! いい歳して私の下着を収集しないでくださいと!」
「え、何これ。お父様がお母様の下着を…………?」
「アイリーン様! お気を確かに!」
始めてみるであろう父親の姿に、失神寸前のアイリーンと、それを支えるメイド美少年。
この乱痴気騒ぎを見て、アメリは猛烈に帰りたくなった。
然もあらん。
「すまぬなイヴリン。私は――――お前を愛しているのだ」
「そうよユリウス。私もまた――――貴男を愛しているの」
二人の猛攻をひらりと避け、歯をきらりと光らせのたまう変態新造親子に、イヴリンはがっくり膝を着く。
「母様!?」
「そう、そうなのねユリウス…………貴男、こんな所は私に似ないで欲しかった…………」
ユリウスは慌ててイヴリンに駆け寄り、手を差し伸べる。
イヴリンはその手をがっしりと掴むと、ユリウスに熱く、熱く語った。
「ユリウス。貴男は負けちゃ駄目よ。いくら愛する者が度し難い程に変質的に愛してきても、私みたいに諦めては駄目よ…………」
「くッ、母様。苦労、なさっていたんですね」
「そうなのよ、そうなのよ。聞いてくれるユリウス――――」
はい、聞きますともッ! と新たな親子の絆を結ぶ二人を、カミラとアーネストはうんうんと頷く。
苦労の元凶達が、何の権利があって感動しているのだろうか。
「…………いい、光景ですね義父様。続けますか?」
「ああ、いい光景だな。私としては続けたい所だが――――」
「ええ、私もそうですわ。まだ“愛”を示すには物足りない。けれど――――」
カミラとアーネストは拳を付きだして、ゴツンと合わせる。
そこには確かな、同類として、親子としての“絆”があった。
「これから宜しく、我が義娘よ。言うまでもない事だが、あの子を愛して、幸せにしてやってくれ」
「ええ、勿論ですわ。この魂、全てに誓って」
二人はニヤリと笑い、拳を離す。
「――――まぁ、カイス殿下の指輪を着けていた時点で、認める以外の選択肢は無かったのだがな」
「あら、そうでしたの? 義父様もお人が悪い」
さらっと言われた事実に、カミラは腑に落ちていた。
(なるほど。私達がここに来た時点で最適解は――――)
シーダ達はきっと、これも読んでいたに違いない。
アーネストとの勝負は、保険と信頼を得る為のイベントだったのだ、多分。
(まぁ私の事ですし、今後の“ループ”の為の選択肢潰しの可能性も否定出来ませんが)
ともあれ、障害は無くなった。
ならば次にすることは、一つ。
「――――アメリ、目録を」
「はい、ここにカミラ様」
うろんな視線を止めないアメリから、カミラは結納品の目録を受け取ると、そのままアーネストに渡す。
「うむ、確かに受け取った…………ほぉ、流石セレンディア家だな、はっはっは。これだけで我が領地は百年は安泰ではないかッ!」
「百年と言わず、千年、永久に、共に繁栄を築き上げていきましょう」
「ああ、宜しく頼む」
今度は領地を治める貴族として、二人は堅い握手を交わ――――。
「ちぇすとおおおおおおおおおお!」
「あ痛っ!?」
「あ、アイリーン!? いったい何をするのだ――――!?」
握手の直前、突撃してきたアイリーンが手刀で遮る。
そして、ぐぬぬっとアーネストの前に割って入り、カミラへ人差し指を突きつけた。
「お兄さまとの結婚なんて、認めませんわ! この泥棒猫! 絶対、ぜぇっーーたいっ! お姉様をたぶらかした貴女なんて、認めませんわ!」
一難去って、また一難である。
次回は、9/25(月曜)20:00頃の予定です。
……また遅れたら、ごめんちゃい。