102話 いざ来たぞ! 彼氏の実家だカミラ様!
ユリウスの実家、エインズワース領は王都から近くて遠い。
というのも地図で言えば隣だが、そも今の王国領土=世界全土。
より詳しくいえば、世界大戦の影響で全ての大陸が合体した、“リ・パンゲア”とでも呼ぶべき代物だからだ。
故に、自動車並の速度がでる魔道馬車でも、数日はかかる。
余談だが、カミラの実家、セレンディア領地にはその倍以上の時間を有する。
ともあれ、エインズワース領の領主屋敷まで、領内に入ってから更に数日がかりでたどり着き。
今。
カミラ達は屋敷の応接間にて、ユリウス一家と対面していた。
なお、残念ながらエドガーは今回不参加である。
新任教師は忙しいのだ。
(これが、ユリウスの家族ね…………)
カミラはユリウスと隣同士でソファーに座り、テーブルを挟んだ向こう側の家族を、それとなく観察する。
(事前に調べさせて置いたから、ご両親と妹さんの顔は一致するわ。けれど、後ろのメイド姿の美少女――――いやこれ美少年だわ。え、誰?)
ここに同席しているなら、家族の信の厚い者だろう。
しかし、カミラとて貴族令嬢。
不躾に質問するなど、礼儀に適っていない。
(まぁ、いいわ。それより問題なのは――――)
ユリウスとそのご家族、特に父であるアーネスト・エインズワースとの間に、重苦しい空気が流れている事だ。
自己紹介すら、まだだが。
これには、ご母堂イヴリンと妹御アイリーンも、カミラと同様に固唾を飲んで見守るばかりである。
(ユリウス、ユリウス! も、もうちょっと、何とかならないの?)
(うぐ…………すまないカミラ。俺も父も、色々思うところがありすぎてな――――ごめん任せた)
(これをどうにかしろとっ!? ええい、やってやるわよ!)
隣り合う手を握り、“念話”で意志疎通をしたカミラは覚悟を決めた。
もとより、カミラが“ユリウス”という存在を望んだ結果の果てがこれである。
乙女心はリードを望んでいるが致し方なし。
「――――お初にお目にかかりますわ。私、カミラ・セレンディアと申します」
「こちらがお呼び立てしたのに、挨拶が遅れて申し訳ない。私がこの者の父、アーネスト・エインズワースである」
アーネストは木訥とした優しげな顔で、返礼した。
情報によれば彼は、王国暗部――――諜報部門のトップだ。
欠片もその気配を感じさせない立ち居振る舞いに、カミラが関心していると、次にイヴリンが柔らかく笑う。
「妻の、イヴリンで御座いますわ。この度はお目にかかれて嬉しいわ。これからは家族になるのだもの、仲良くしましょうね」
イヴリン・エインズワース。
王国の暗部と何ら関係の無い事は、裏付けが取れてある。
だが、カイス王弟殿下の遠縁にあたる血統故に、その銀髪はユリウスによく似ていた。
「――――アイリーンですわ」
そして最後に、妹であるアイリーン・エインズワース。
齢十三である彼女は、銀髪の縦ロールを揺らし、不満を隠さずカミラを睨んでいた。
然もあらん、情報によると彼女はブラコンという離しである。
カミラは若干の前途多難を感じながら、笑顔を崩さす答えた。
「ええ、宜しくお願いいたしますわ」
にこにこと笑う者が二人、笑顔のまま黙る男と、睨む少女が一人。
そして――――戸惑いの堅い顔のままの愛する人。
このままでいい筈がない、何より話しが進まない。
だからカミラは、臆せず切り込んだ。
「この度は、本当に申し訳ありません。ユリウス――いいえ。“ユリシーヌ”を奪うことになってしまって」
カミラの行動の結果は、誰にでも胸を張って誇れるものだ。
しかし――――ユリウスの家族にとっては、どうであろうか。
悲しんだかもしれない、怒りを覚えたかもしれない。
だから、それ故にカミラは真っ直ぐに彼らを見た。
ユリウスを悲しませるなら、容赦はしないと、金の眼ではっきりと示して。
「ふん、気にくわないわ。カミラ様とやら」
「アイリーン!」
「いえ、いいんですのよイヴリン義母様。アイリーン“ちゃん”がそう思われるのも仕方のない事ですから」
口を尖らせるアイリーンを笑顔でいなし、叱責しようとしたイヴリンを制止して、カミラはアーネストに顔を向けた。
「エインズワース家当主、アーネスト様。――――アーネスト義父様。どうか、私とユリウスの結婚をお許しくださいませんか?」
実の所、王の許可は勅命で出ていた。
いくら王の片腕とはいえ、断ることの出来ない案件だ。
だかこれも礼儀として、そして“認めぬ”のなら“潰す”という気迫と、脅迫しての言葉だった。
だがアーネストはその意味を読みとった上で、ふっと相貌を崩して笑った。
「――――我らが“魔女”殿といえど、まだまだ青いな」
「アナタまでっ!」
「そう怒るな我が妻よ、――ああいや、申し訳ない。誤解をさせてしまった様だ」
「誤解、と?」
怒気を孕みながら訝しむカミラに、アーネストは静かに頭を下げた。
「本当に…………感謝している、ありがとう。この子を“ユリウス”を“ユリウス”から解き放ってくれて」
「お父様…………」
呆然と呟くユリウスに、アーネストは苦笑しながら言った。
それは、確かな親子の雪解けだった。
「お前はもう“男”なのだ。“お父様”と呼ぶな。せめて“父さん”くらいにしておけ」
「父さん、俺は、俺は…………」
俯き、震える声を出すユリウスに、アーネストは優しくそして悲しそうに微笑みかけた。
「長い間、すまなかったな。無理矢理“女”として育てて、そして――――」
「いえ、いえ…………いいんです父さん、あれは命令でもあって、でも俺も、望んで選んだのですから」
涙はそのままに、顔を上げて笑い返したユリウスに、アーネストは柔らかく苦笑した。
「そう言って貰うと、少しは心の痼りが軽くなる気がするよ我が息子よ。――――ずっと、思っていたんだ。本当にお前が、幸せになれるのかと。…………でも、お前は日の当たる場所を掴み取った」
「…………カミラのお陰です。自分の力じゃない」
「それでも、だよ。こんな日が来てくれて、私は嬉しいんだ…………」
ユリウスは王弟カイスの実子だ、故にアーネスト達とは血の繋がった家族ではない。
(良かったわねユリウス…………、ええ、これも、私の望んだ事だったかもしれない)
ゲームにおいて、ユリウスとアーネストの関係は上司と部下だった、――――親子ではなく。
詳しくは語られていなかったが、家族中は良好ではなかった。
故に――――ユリウスは“愛”を知らなかったのだ。
(でも、そんなモノは、もう無くなったわ)
カミラの心は、暖かな温もりで満たされた。
ユリウスを幸せにする為に、生きているのだ。
感無量というものである。
「涙を拭きなさいユリウス。貴方はもう夫になる“男”なんですからね」
「お母様…………」
「あらいやだ。“母さん”でいいわよ。ほら、使いなさい」
涙声まじりのアイリーンの差し出すハンカチを受け取り、ユリウスは涙を拭った。
(ああ、俺は“愛”されていたのだな。カミラの言うとおり、“愛”されて育てられていたんだな…………)
カミラが居なければ、気づけなかった。
思いつきすらしなかった。
「――――ありがとうカミラ」
「礼を言われる事など、何もしていないわ。貴男はただ、そこにあった“モノ”に気づいただけ――――」
そこで、カミラは目を見開いた。
ユリウスに抱きしめられたからだ。
「――――愛しているカミラ・セレンディア」
「私も――――愛しているわユリウス」
カミラはユリウスの背中に腕を回し、微笑んで返した。
「おお」
「あらあら、まぁまぁ!」
「――――けっ」
三者三様の反応を聞きながら、二人は軽くキスを交わすと、名残惜し気に体を離す。
「うふふっ、仲が良くて結構だわ」
「うむ、うむ…………小一時間、隣の部屋に行ったほうがいいのか? イブリンよ」
「母さんにそんな事聞くなよ父さんッ! 何で兄さんと同じ反応なんだよッ!」
エドガーと同じ様な事を言うアーネストに、カミラも苦笑を禁じ得ない。
だが、放っておくと本当に小一時間、休憩を与えられかねないので話題を変更する。
「どうどう、落ち着いてユリウス。――――それで、義父様。婚約、というか結婚の事なんですが」
「おっと、そうだったな。今日はその話で来て貰ったんだったな」
穏やかな口調。
カミラはこのまま何事も起きずに、話が進むと思っていた。
だが――――。
「その事なんだがな、――――ひとつ“条件”がある」
「条件? 何ですアナタ? そんな事何も――――」
折角ユリウスと、と諫めようとしたイヴリンを制止、アーネストはカミラを静かに見据える。
「あえて言おう我が義娘よ。――――ユリウスが欲しければ、この私を倒す事が条件だ!
我らが“勇者”様の、カイス殿下の大切な遺児を、大切な我が子を!
いくらユリウスの恋人でも、我らが“魔女”殿でも!
愛する“娘”はそう簡単に“嫁”にはやらああああああああああああああああああああああああああああん!」
「俺はもう“男”だ父さんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんん!?」
つまりは、そういう事になった。
次回は9/23(土曜)20:00頃の予定です。