101話 カミラ様、ユリウスの実家に………
――――車中は、異様な雰囲気に包まれていた。
(何故、こうなっているんだ…………ッ!?)
ユリウスは頭を抱えそうになった。
もはや流行を通り越してスタンダートとなった魔道馬車の中、客室に乗るのは三人。
即ち、カミラとユリウスとアメリ。
(そこまではいい。アメリがメイド姿なのは、カミラのお付きとして来ているから良しとしよう。一緒にこの場にいるのも何ら問題は無い。無いが――――)
妙に緊迫した雰囲気のなか、ユリウスはごくりと唾を嚥下し、隣に座るカミラをやんわりと引き剥がす。
「どうしたんだカミラ? 積極的なのは嬉しいが、今はそんな場では無いだろう。それに、アメリだって見て…………なんだそれ?」
「やん、いけずぅ…………」
「あ、お気になさらず。これは只の“びでお”なるモノですから!」
ベリッと引き剥がした直後に再度くっつくカミラに、不穏な事を言って凝視したままのアメリ。
「いやいやいやッ!? 確か聞いたことがあるぞ! その“びでお”とやらは映像を記録する魔道具じゃなかったかッ!?」
「ええ、新型試作品のテストを頼まれまして。で、ですね。せっかくですから。今回のご訪問を記録に残しておこうかと」
「という訳よ。気にしないでいいわ」
「気にしない訳にはいかないだろうがッ! だいたいお前ッ! 今何しようとしてた!?」
纏わりつくカミラの手をピシピシ叩き落としながら、ユリウスは叫ぶ。
カミラも負けじと手を伸ばす回数を増やしながら言った。
「私達――――“愛”が足りないとおもうのっ! 具体的には赤ちゃんとか!」
「てめッ!? 事あるごとに散々恥ずかしがって逃げた癖に、今更それかッ!? というかアメリが撮影しているのに出来るわけが無いだろうッ! 時と場合と場所を考えろ馬鹿オンナ――――ッ!」
そうユリウスが一際大きな声を出すと、カミラは肩を震わせ、しゅんと顔を俯かせる。
「嗚呼、嗚呼、嗚呼、そ、そんな…………私はただ……、馬鹿だけど世界一美しい女神の様な女だなんて…………」
「くぅ~~、おいたわしやカミラ様! ユリウス様残酷ですよっ!」
「何処に突っ込んでいいか解らないし、女神とは一言も言ってないぞ大馬鹿アホ女共ッ!」
ギャースとなお延びるカミラの腕を払いのけ、ユリウスはげっそりした顔をする。
いつも通りといえばいつも通りだが、いったい何があったというのか。
(コイツは案外ウブな事は既に解っている、今回だってこっちが本気で迫ればヘタレるだろうが、万が一いや億が一という事も。――――兎も角。前触れも無しにこんな事をし出したという事は、何か禄でも無い事を考えているに違いない!)
カミラへの熱烈過ぎる信頼を元に、ほぼ正確に答えを導き出したユリウスは密かに産みだして置いた“対カミラ用戦術マニュアル”を実行する――――!
「なぁ、カミラ…………」
「きゃっ、あ……。ユリウス…………」
ユリウスは殊更に甘い声を出し、カミラのその白く柔らかな頬に手を添え、視線を合わせる。
カミラは恥ずかしそうに、そして嬉しそうに頬を朱に染め瞼を伏せるが、騙されてはいけない。
きっと、半分は演技に違いないとユリウスは確信した。
(ええ、ええ。ユリウスならばそう“考える”筈。そしてそれは間違っていない――――)
カミラの態度の、“半分”は確かに演技だ。
読まれる事を前提とした、“本気”の演技。
――――そして、残りの“半分”は。
「ユリウス様、私思ったのです…………」
カミラは頬に添えられるユリウスの手を、そっと両手で包み、ある意味真摯に語る。
「何だ、言ってみろ」
「――――もっと、私に“鎖”をつけてみませんか? 婚約、結婚という形だけで無く。ここに、貴男という“男”の“女”だという証を、確かに刻んでみませんか?」
まるで聖慈母の様に微笑んで、カミラはユリウスの手を自身の腹部に誘導する。
そして、耳元で囁いた。
「想像してみて、私と貴男の愛おしい結晶で、貴男の側だけに居る私を――――」
熱い吐息、途端むせかえるような甘美な匂い。
数ヶ月前だったら、たまらず押し倒していたかもしれない。
だが――――ユリウスだって、カミラへの理解を深めている。
「…………成る程。それは大変魅力的なお誘いだ、愛しい人よ。だが」
「だが? 今更、私達の間に何か問題はありまして?」
こんどは胸まで押しつけて、官能を誘うカミラにユリウスは確信する。
「すまない。――――不安にさせていたかカミラ、相変わらず変な所で自信の無い女だな」
「…………嗚呼、バレていましたか愛おしい人」
「バレているとも」
そこでユリウスはカミラから体を離し、ふわりと安心させるように微笑み――――両手を拳にして美しい顔のこめかみに。
「あ、あれ? ユリウス? 何故こんな事――――」
焦るカミラに、ユリウスは額に青筋を浮かべ、拳に力を込める。
「バレてるんだよバカミラあああああああああああああああああああああああ!」
「あだだだだだだっ!? ユ、ユリウスちょっとギブギブギブーーーー!」
ぐりぐりとカミラのこめかみにダメージを与えながらユリウスは続ける。
「何が愛の結晶だぁッ!? お前の事だからなし崩しで襲わせて、アメリにその行為を撮影させて、死ぬまで主導権を握ろうって腹だろうがッ――――!」
「おお~~、流石ユリウス様。わたしも何も知らされてませんが、大方その通りでしょうねぇ」
「気づいていたなら、お前も止めろよッ! 何ボケっと撮影してるんだよッ!」
「いやはや、わたしはカミラ様の味方ですから。そんな不利になるような事なんて、とてもとても――――うぎゃっ!」
ケラケラと笑うアメリに、ユリウスはデコピンで制裁した後、むっつりと腕を組む。
なんでこんな女、好きになってしまったんだろうか。
こういう破天荒な行為さえも、好ましく感じるのは、やはり人として手遅れなのだろうか、と。
――――端から見ても、どう考えても手遅れなのだが。
ともあれ。
解放されたカミラは、痛みに呻きながら不可解だと漏らす。
「くっ…………。そんな、まだ“童貞”の内なら私の魅力で押し切れる筈なのに…………!」
「童貞だからだ糞馬鹿女! さんざん“お預け”されているんだ。いい加減馴れてもくるッ!」
「残念でもないし、当然ですねぇカミラ様。というか“まだ”なんですねヘタレ」
「貴女はどっちの味方よアメリっ!?」
「勿論、カミラ様に決まっているじゃないですか~~」
「いい相棒を持ったなカミラ…………」
「今優しくしないでよユリウスっ!?」
ぽんと肩に手を置くユリウスに、カミラは怒鳴る。
だがユリウスは気にせずに、今度はカミラの左手を取った。
「こんな所でとは思わなかったし、まだ早いとも思っていたが――――受け取れ、拒否権は無いぞ」
「へ? 何を――――」
きょとんと首を傾げたカミラは、次の瞬間、破顔し涙した。
「ユリウス…………、これ、これって――――」
何でこんな時にとか、もっと相応しい場所がとか。
様々な想いが溢れたが、何よりその“左手の薬指”の感触の前に、全て、全てが吹き飛んだ。
「実母がカイス王弟殿下……“父”から、頂いたものだそうだ。お前が持つに相応しい――――」
「ユリウス、ゆりうすうううううう…………」
まるで幼子の様に滂沱の涙を流すカミラへ、照れくさそうにユリウスは言った。
「俺達の子供とか、そういうのは後々ゆっくり話し合おう。不安かもしれないが今は“それ”で満足して欲しい」
「…………ひっく、えぐえぐ。そ、そんな満足だなんて。私は、私は。今、世界一幸せな女の子だわ」
「おめでとうございます! カミラ様ぁ~~~~!」
アメリまでもらい泣きし、幸福が満ちあふれる車内の中、ユリウスはカミラを強く抱きしめる。
これが、この温もりこそが。
ずっと望んでいた幸せなのだろう、と。
だが、だが、だが――――これはいったい何事だろうか?
「…………その、何だ? カミラ? お前、光っているが、どうかしたのか?」
「――――はぁっ!? こ、これは真逆! 今すぐ馬車を降りてカミラ様から離れてくださいユリウス様っ!」
「え、え? いきなり何よっ!? ――――って、何か光ってるううううううううううううう!? はわわわわわわわっ!? これ! これヤバい奴だわっ!」
カミラの様子に慌てふためくアメリと、顔面真っ青のカミラにユリウスは付いていけない。
「ああ、もうダメっ! 嬉しさのあまり魔力が暴発するぅ~~~~!」
「そういう事は早く言え馬鹿、間に合わない――――」
「カミラ様の馬鹿あああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
そして、ピンク色でハートの爆発が馬車の中から起こり。
ユリウスの実家への到着は、数時間遅れたのであった。
次回の更新は明後日、9/21、20:00頃です。
今回からユリウス実家編の開始です。
どうぞお楽しみください!
……所で、今日誕生日なんだけど。
…………祝え、祝えください!
※追記
所で、百話過ぎて今更ですが、キャラ紹介とか需要あります?