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第87話泥に塗れて芯が立つ

 構想は既にあった。

 人の身では到底不可能な奇跡。

 精神体に至ることで見えた景色。

 魔法を超えて現象として縛り付ける理。

 それは、世界の法則を書き換え、この都市一帯の生命体を自然現象の一部として組み替える。

 天空から降り注ぐ汚泥と空気を汚染する毒素。

 大地は分泌される液体により蝕まれ、これに触れた生命体は肉体及び精神がそれに変わる。

 魔力抵抗の高い者は些か時間を要するが、新たなる理は命を呑み込み増殖していく。

 防御も回避も意味を成さない。

 正に神代魔法レベルの事象。

 全てを等しく間引きする。

 後に残るは、暗澹たるこの世の果て。

 地獄はもう直ぐそこだ。



「──うん。仕上がって来たね。でも……まだ踊れるだろう?」



 圧倒的な光が全てを貫いた。

 刹那の隙間に何かが木霊し、この身が悲鳴を上げている。

 否、苦痛の原因は光などではない。

 この光は何の痛痒も齎さず、ただ魂が浄化されていくのを感じるだけ。

 肉体は気泡が割れていく様に崩れていた。

 制御が効かない。

 精神体が複雑に絡み、自我の境界線が希薄になっていく。

 核たる炎の理。

 それは隔絶した何かの断片。

 精神体と魂の中間地帯で漂う残滓。

 炎の英雄の中身は、それが崩れ去らない様に器を作って守っていた。

 苦痛に喘ぐのは、漏れ出た理が器を侵食するから。

 その暴威にただ一つの精神体など燃え尽くされる。

 複数の精神体を集めても時間稼ぎにしかならない。

 英雄は壊れていた。

 はなから制御不可能な能力。

 身に過ぎた力はその身を滅ぼす。

 哀れな英雄は死を望んだ。

 きっと何度も壊れて死んだのだろう。

 それだけの地獄がここに在る。

 だから、俺も精神を拡張して恐怖から逃げた。

 取り込んだ直後から精神が蝕まれ、遠からずに精神体が溶けて魔物と混ざり合った。

 暴走なんかじゃない。

 ただ耐えきれなかった。

 暴走から覚めた後、安定した心は流れる様に精神体の能力を読み解いて真価を深める。

 全ては炎から逃げたかった。

 無意識に拒絶していたんだ。

 使えないなんて言い訳さ。

 コハクの存在が理に干渉するのは嘘じゃない。

 だけど、それ以上に怖かった。

 とてもじゃないけど、素面で制御出来るものじゃない。

 何もかもが限界だっただけ。

 ただそれだけさ。



「……身体が、治った? あれだけ絶望的だったのに──貴女は天使様?」

「お、おおおおおお!? な、何て美しいんだ! これまで数多くの女性を見たが、貴女に勝る者なんてただ一人もいない。是非、俺と結婚してくれ!」

「たわけボケナスが! お前には可愛い幼馴染がいんだろ!? 目移りすんなクズ! 後な、人を比べんな! 同じ人間なんていねぇんだ。みんな違ってみんな良いんだよ。少しは考えて発言しろ、この阿保刃が」

「……純白の翼。頭上に輝く輪。こんな種族は、記憶に、ない。藤堂、雅臣が言った、違和感。お前は、何だ?」

「はい、何でもいいだろ透水。このピンチを打破したコハクに感謝して戦う。真の勇者に必要なのは戸惑いじゃない。柔軟な勇気が全てを変える! さぁ、真の勇者が参戦するぜ」

「もう、こんな時までカッコつけて……ほんと、アルマスらしいわ」



 炎の理が独立して知覚した。

 切り離されて歓喜の感情が湧くそれは、まるで天の使いたるコハクに対して深い敬意と畏怖の念を溢している。

 さっきまでは次元が違う。

 今ならこいつが傅くのも分かる。

 アレは間違いなく最上位存在に位置する何かだ。

 その権能は炎の理を凌ぐだろう。

 内なら魔物達も戸惑い萎縮している。

 本能が薄れていく。

 理性が表に出る。

 俺が俺じゃなくなっていく。

 まだ精神体の修復は終わっていない。

 俺が主体になるのは駄目だ。

 器が崩れる。

 魔物もコハクの所為で制御が難しくなった。

 何なんだあの女は。

 何で俺の邪魔をするんだ。

 炎の理を誘惑するだけじゃ足らず、魔物達も怖がらせて器を壊そうとするなんて。

 アレは何様なんだ。

 俺より強いつもりか。

 この世界じゃなきゃ弱者の分際で。

 この俺の暴力に優って悦に浸るだと。

 あ〜目障りだ。

 俺の精神体を掻き乱して不安定にさせる。

 許されざる大罪だ。

 もう理や魔物など知ったことかよ。

 元々俺は強者なんだ。

 有象無象が中で吠えたところでそれがどうした。

 狂獣たるその所以をその身に刻んでやる。



「よし、今がチャンスだ。透水と顎は俺に続いて刃を援護だ。その刀で東堂雅臣をもう一度切り裂け。その道は俺たちが必ず作る。頼んだよ、刃」

「……確かに今は殆ど人型に近いわ。あれなら確実に精神体を捉えられる。私も勿論援護するわ」

「アルマスの頼みはどうでもいいけど、コハクちゃんのお願いなら、俺はどこまでも飛んでみせるよ」



 未だ蠢く魔物の肉体。

 最後まで逃げようとした意識は、三人の手により剥ぎ落とされていった。

 その陰から飛び出す刃。

 自信に満ち溢れた表情から振り落とされる一太刀。

 貰えば精神が壊れるだろうか。

 そんなことを思いながら敢えて受けた。

 少しばかり軌道を調整した結果、右肩から心臓まで食い込む日本刀は、俺の狙い通り炎の理と魔物のみが悲鳴を上げる。

 俺自信に影響はない。

 切り離されたのを利用して魔物もくっ付けてやった。

 あくまで全てを総括して一つ故に一時的なことだが、目論見通り喧しい心のざわめきは完全に消えて頭がよく冴えている。

 極めて清々しい気分だ。

 地球に居た頃の感覚。

 この世界に身も心も染まって初心を忘れていた。

 燃え上がる激流の如き感情。

 それは──



「──滾るなぁ」



 刃の肉体から血が噴き出る。

 指先が血に濡れて肉がこびり付く。

 久々の貫手の感触に歓喜の笑みを浮かべ、迫る大剣を肉体に埋まった日本刀で下段から切り上げた。

 金属が擦れる音が響き、巧みな技術で刀身をなぞるが如く軌道が変わり、腹部目掛けて横に振り抜かれた。

 上体を逸らすが半分程度切り裂かれる。

 その勢いのまま左手を地面につき、振り下ろされる大剣の横を腰を捻って蹴り抜く。  

 弾かれて無防備になる顎。

 次の動作に移行する前に、冬牙の魔法を利用した蹴りが腹部を貫いた。

 追い討ちで透水の大砲も直撃。

 高速で大地を跳ねて転がり続ける。

 数百メートルは飛んだか。

 地面にめり込んでようやく停止した。

 泥に塗れて不快な気分。

 立ち上がって肉体を振動させる。

 不純物を吹き飛んで気分が良い。

 見据えた先では刃が戦線に復帰していた。

 怒りに感情が燃えてるのか、憤慨して今にも駆け出すのをアルマスに止められている。

 そのまま一人で向かって来れば殺してやるのだが、矢張り複数人を一気に相手するのは楽ではない。

 今の実力だとこんなものか。

 不甲斐ない実力に怒り狂いそうだ。

 全く持って不公平である。

 人間ならば裸一貫で戦えっての。



「東堂雅臣っ!! よくも、よくもやってくれたな! よりにもよって、コハクちゃんの前で……! 絶対に殺してやる!」

「……おい、コハクは俺の彼女だ。露骨に発情して名前を連呼するなよ刃。勇者として恥ずかしくないのか?」

「あ〜悪りぃなアルマス。こいつマジで節操なしの女好きでよ。後でキツく言っとくからさ、今は勘弁してくれや」

「そうそう。禿げてる顎の言う通りさ、今は雅臣を殺すのが第一優先だよ。それにさ、こんな馬鹿はほっといても大丈夫だって。どうせ何も出来ないだからね」

「緊張感の、ないことだ」

「ええ、それには同感です。子供っぽくて、ここが戦場なのを忘れてるのかしら。幾ら私の力で治癒出来ると言っても、物事には節度を持って欲しいわね」



 殺し合いの中で何度も軽口を叩き合う。

 幾度なく繰り返される中で悟っていたが、相当下に見積もられているようだ。

 事実苦戦はしている。

 攻められれば押し負けるのは明白だ。

 逆にこちらから仕掛けても結果は同じだろう。

 神とやらのゴミ屑が介入せねばもう殺し終わっていた。

 そもそもコハクとアルマスの参戦もおかしいのだ。

 突然覚醒して俺の力を封じるし、アルマスは四人に並び立つぐらいにはパワーアップしている。

 いや、内包する力はそれ以上か。

 流石に六対一は堪えるな。

 仮にも勇者と名乗る人間がこれか。

 借り物の力とご都合主義のごり押し。

 実に無様である。



「……はぁ、恥ずべきことだ。強者たる所以を示せず、愚かにも地を這い蹲る痴態──まだまだ弱いんだなぁ」



 吐き捨てたのは己の醜態。

 今の一戦で確認は終えた。

 己と言う器にただ一つの精神体が鎮座する。

 それこそが自然体であり、本来在るべき姿。

 見失っていたのは、自我の境界にして確たる個。

 圧倒的な自尊心こそ精神体の制御に相応しい。

【強化】は既に掛けた。

 精神体を強化することであらゆる制限を取り払う。

 上辺だけの猿真似ではない。

 真なる意味で神域に一歩踏み込む。



「……今までと雰囲気が違う。この感じはあの時の──いや、それ以上の神力だっ……!!」

「それだけじゃないわよアルマス! この感覚は【暴威炎轟•ギリダオラス】の気配じゃない。間違いなくアレが発する純然たる神の気配よ!」



 戯言を宣う半端者どもの言葉に目を細める。

 元々異世界人やこの世界の人間とは何か違うと思っていたが、どうやら神とやらの干渉を受けていない人種だったか。

 突然力が爆発的に増幅した理由

 精神体を強化したことではっきりと見える。

 まるで操り人形のようだ。

 異世界人たちに絡まって力を供給している。

 その一つ一つが悍ましい程の権能の塊

 全てを断ち切るのは不可能

 しかし、供給してる糸だけならば断ち切れる。

【強化】の限界を超えれば二人分なら可能だ。

 それ以上は負荷を許容出来ない。

 ならば──



「──さらばだ、同胞よ」



 風牙と顎の運命を破壊する。

 強化された精神体が放つ神域の力を持って握り潰す。

 ただそれだけで2人は暴発した。

 一言も発することなく粒子状に崩れていく。

 最も容易く断ち切れたのはこの2人

 ならば迷う道理はない。

 感慨もないまま動揺してる4人を地面に叩き付ける。

 この領域内の魔素を掌握してる身としては容易いこと。

 神なる権能に触れなければ問題などない。

 所詮こんなのは一時凌ぎ。

 ただ今の内に対話をしたいだけだ。



「……さて、2匹のゴミを処分した訳だが、もういい加減理解しただろう? 俺と貴様らの隔絶した力の差をな」

「藤堂……雅臣っ!! よくも、よくも冬牙と顎を! 殺してやるぞ、藤堂雅臣っ!!!!」

「うるせぇな、てめぇ。もう、貴様なんぞに興味はねぇんだよ。ゴミ屑が口を開くんじゃあねぇ」



 騒ぎ立てる刃の口に右手を突っ込み舌を引きちぎる。

 もがくことも出来ずに残った舌が気管を塞ぎ喘ぐ刃

 それが酷く無様で不憫に思い、まだ掴んでいた舌ごと喉を貫いて返してやった。

 これで呼吸も楽になる。

 騒ぐことも喋ることもない。

 まさに完璧だ。



「さて、これで静かになったな。今の俺はすこぶる冷静なんだ。故にお前らに質問しよう。答えたくなければ沈黙してろ。直ぐに刃と同じ運命を辿らせてやる」



 ぴくりともしない刃を一瞥して視線を3匹に戻す。

 各々とても良い表情をしている。

 潜り抜けて来た経験故か。

 はたまた神なる何かの仕業か知らないが、ここで介入がない以上は好きにして良いのだろう。



「……分かった。質問には答える。だから、2人には手を出さないくれ。知ってることは何でも答える。頼む、藤堂雅臣」

「別にお前らの命に興味なんぞない。殺すのは楽しいからに過ぎん。精々殺されない事でも祈ってろ。もしくは、神とやらの加護でも期待するんだな。ただの人たるアルマス•ネイレイトよ」



 未だ運命の糸が見えぬアルマスを見下ろす。

 今になって疑問が湧いて来る。

 この世界に溢れる不自然な現実

 俺自身も自分を見失い彷徨っていたが、それ以外の奴等はどうなっているのか。

 この透水たる同胞をしてもそうだ。

 今の現状をどう感じている。

 そもそも神とはなんだ。

 何を指しているのか。

 俺が知らなければならないことは腐る程ある。


 さて、何から質問するかな。


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